暗殺チームが共同で暮らすアパルトマン、そこにどたばたと足音も大きく帰ってきたのはホルマジオだ。白いノースリーブの中には何かを抱えている。
「リーダー、ちょっと見てくれ!」
男四人も座れば尻がきついソファーを一人で占領し、広げた新聞で顔を覆っていたリゾットは面倒くさそうに新聞を剥いだ。
「ニャーって鳴く蛇見つけたんだがよ、こりゃあなんて種類の蛇なんだろうな」
「……蛇がニャーと鳴く? なんだそれは」
聞き間違いではないのか、とリゾットが身を起こしつつ口にすれば、ホルマジオはいいや確かに鳴いたと首を横に振る。シャツの裾をまくりあげてペロンと取り出したのは、彼のいう通り蛇だ。なにやら鶏冠と脚が四対付いてはいるのだが……蜥蜴ではなく蛇だろう。
「ほら、鳴け鳴け」
その蛇の腹部を揉みながらそう言いやるホルマジオ。
「に、ニャー!」
「なっ?」
「ふむ……確かに鳴いたな」
どこかわざとらしさを感じぬでもないが、確かにこの蛇もどきはニャーと鳴いた。
「ホルマジオ、お前は今まで鶏冠のついた八本足の蛇がいると聞いたことはあるか?」
「あ? ねーよんなもん、ねえから持って帰ってきたんだろ」
リゾットは頷く。俺もないと。それの意味するところはコレがかなり珍しいものであるということだ――つまり、売れば高い。
動物園か、それとも生物学研究所か、そのどちらかへ連れていけば高値で売れる。今の着た切り雀な極貧生活とはおさらばできるというわけだ。
「何リレになると思う?」
「さあ、二百億リレは下らないんじゃないか」
残念なことにイタリアの通過であるリラ(複数形でリレ)はかなり価値が低い単位である。一ユーロが二千リレ、円で換算するならば一円が約二十リレに相当する。絶滅器具種たるパンダ二頭の十年間レンタルで十二億かかることを考えると、不思議生物一匹に二百億リレ、つまり十億円は納得できる価格だ。いや、一体しかいないのだからもっと高価格で引き取ってもらえるかもしれない。
この生き物を売れば一財産どころか、幹部の地位を買ってもお釣りが来る。二人は唾を飲み込んだ。
「どうする?」
「どうするって、売るだろ。こいつを売りゃああのボスの野郎の咽頸に噛みつけるわけだろ」
「そうだな」
「やめて! 売らないで!」
「……誰の声だ」
「こんな裏声出すやついたか? メローネか? おいメローネ、どこに隠れてやがる」
「裏声じゃないから! この可愛い蛇さんの声だから! くっそ、猫の声だしときゃ『なんだ猫か』って見逃されると思ったのに解せぬ、誠に解せぬ!」
「ホルマジオ、隠しマイクがないか確かめろ」
「おう」
「やだセクハラ! えっち!」
あれこれと確認したのち、二人はようやっと蛇がしゃべったことに納得した。マイクもない、カメラもない、口から声が出ている。
「もうお嫁にいけない! パパに言いつけてやる! わーんアインズさーん!」
「雌か」
「しゃべる蛇ってーとまた高く買い取ってもらえそうだな」
「蛇ちゃんは人権を主張しますよ!」
「人に与えられる権利を人権と言う。蛇に人権などない」
しくしく泣くふりをする蛇をつまみ上げる。親指と中指が微妙にくっつかない程度の胴回りに1.5メートルほどの体長。揉めば親しみを感じる感触だ、ずっと揉んでいたくなる。
「だが面白い生き物だな。もしお前が役に立つようなら売り払わないでやる」
「ん? 売らないのか?」
「売ったらそれっきりだ。飽きてから売っても遅くはないだろう」
珍しい見た目はもちろん価値があるが、人語を操る動物は人間の他にはいない……いなかった。この蛇はどんな役に立つだろうか? たとえば暗殺対象の屋敷に蛇だけを侵入させて内側から鍵を開けさせる、情報をすっぱぬいてくる、これが毒蛇なら毒で噛み殺させても良いわけだ。
リゾット・ネエロは顎を揉んだ。調教すれば良い道具になるのではないか、と。
――だが、この八本足の蛇が調教できるようなものでなかったことは、彼にも想定外のことだった。
「アッバル、仕事だ」
「おっぱい?」
「おっぱいだ」
メローネが増えたとプロシュートが嘆く、人にもなれるこのセクハラ蛇。暗殺対象かその身辺にたわわな胸の持ち主がいないと動かないというワガママは、まあ他のメンバーのワガママと比べれば可愛らしいものだとはいえ、面倒であることは確かだ。三十代後半の少し垂れた70のDがストライクおっぱいだと言うが、そんなニッチな暗殺対象ばかりいてたまるものか。
今回の暗殺対象は四十代半ばのC、この蛇の許容範囲内だ。暗殺対象の情報にバストサイズが必須になったことを情報屋はどう思っているのだろうか? おっぱいストがメンバー入りしたと思われているならまだマシだ、リゾットの好みだなどと思われていたらこの蛇をくびり殺しても足りない。
「うえー、この人の顔ゴブリンみたい」
「一応それでも女だぞ」
写真を覗き込みそんなことを言うアッバルにリゾットは反射的にそう返す。アッバルのお眼鏡にかなうバストサイズの暗殺対象が十人のうち何人いると思っているのか。顔で文句を言うな。
「いま帰ったよー」
玄関を蹴り開いて帰ってきたのはメローネで、テーブルでコーヒーに岩のようなクッキーを浸していたプロシュートが「壊れるだろうが、もっと丁寧に開けろ」と眉間に皺を寄せる。その横でコーヒーの染み込んだクッキーをもりもりと食べているペッシが空の皿をプロシュートに差し出す。そして皿に乗せられる湿ったクッキー。
「あはっ、アッバルいたんだね」
「リーダー、それじゃあ私お仕事行ってくるよ」
「つれないな、こんなに君のことが好きなのにさあ」
「ペッシ耳を塞いでおけ」
「ウン、分かったよ兄貴!」
メローネは腰をいやに強調しつつアッバルの転がるソファーに座る。
「気持ち良いんだよね」
「黙らっしゃい」
「オ○ホールを握ってるときみたいでさぁ。揉ませてよ、アッバル」
「性転換しておっぱい育ててから来い」
アッバルに絡むメローネの発言はしかし、このメンバーのほとんどの者に身に覚えがあり納得できるそれだった。何故あれほどアッバルを揉むと多幸感を得られるのか? それはあれだ、パブロフの犬だ。感触と結びついているのだ。
着た切り雀たちに女を買う余裕はなく、恋人など更に縁遠い。自然と発散は一人ですることになり……可哀想な男たちはシリコンの犬になった。
――始めこそ柔らかいだのなんだのとアッバルを揉みまくっていた彼らだが、今やこの蛇を揉みたがるのはメローネ一人。メローネは戦犯として一度吊し上げられた。
玄関を小さい音をたてて開いた影はイルーゾォだが、彼はアッバルに絡むメローネを見るやすぐに扉を閉めてどこかへ消えた。巻き込まれたくなかったのだろう、もしリゾットがイルーゾォの立場なら彼もそうした。
しかし、いま逃げたのはイルーゾォだ。自分でもそうしただろうからと言ってイルーゾォが責められぬ言い訳にはならない。
聖戦だ。魔女裁判だ。宗教戦争だ。イルーゾォを締め上げろ。
「ペェッシィ‼」
「ど、どうしたんだい兄貴ィ!」
「イルーゾォを釣り上げろ!」
「わ、分かったよ兄貴!」
全て了解しているとばかりにプロシュートが声を張り上げ、よく分からないままのペッシに命令する。
「だめ?」
「おっぱい」
「雄っぱいならあるよ、ほら」
「たわわなおっぱい」
「ほら乳首」
「たゆんたゆんなおっぱい」
アバルトマンの玄関外、ホルマジオが猫にちょっかいを出して引っ掛かれていた。暗殺チームは今日も元気である。
なんぷらー様のリクエストに添えた気がしません。