+α番外・NG集   作:千野 敏行

7 / 8
※シリアス


蛇も雌だから薔薇の園に暮らせるんだってばっちゃが言ってた編

 クライムに雄々しいモーションをかけるガガーランの膝の上には、数ヵ月前にリグリットからスルーパスされ青の薔薇のペットとなった八本足の蛇。バジリスクの幼性だが、人語を解し操ることの出来る特殊な個体だ。名前はアッバルという。

 

「童貞はいかん、いかんぞクライムくん! ガガーランの言うとおりだよ! 童貞のしがちなミスの一つに、どっちの穴に突っ込めば良いのかわからずうっかり尻の穴にインサートなんていうのがあってね。やばいでしょ?」

「ガガーラン、その卑猥な蛇を黙らせろ」

「いやいや、時々あることだろ? アッバルは親切で言ってるんだぜ。なー、アッバル?」

「そーだそーだー! というわけでクライムくん、王女としっぽりな仲になって長続きするためにはここで一丁経験豊富でヤワじゃないガガーランに導いてもらったら良いよ!」

「お断りします」

 

 孤児あがりのクライム王女としっぽりする未来などありえないのだ、前提がおかしい。とはいえ、この素面でも酔っぱらいな下品族に理性的な話が通じるわけもない。

 

「全く素人童貞は女に夢を見すぎてていかん。童貞を捨ててしまえば夢は所詮夢だったって分かるだろうに……。ガガーラン、ぱいぱいくださいな」

「おー、ミートパイな」

「なんでそれで通じるんですか」

「クライム、こいつらはそういうものだと思え」

 

 世に二匹といない人語を話すバジリスク。敵対モンスターとして出会えばただの憎い怪物でしかないが、こうして落ち着いて見れば愛嬌のある顔つきだと分かる。ガガーランの太い指先に摘ままれたミートパイに手を伸ばす様子は微笑ましく、悪戯に遠ざけられたそれを追いかけ口で捕まえる姿はただのペットだ――青の薔薇はもちろん、きっとこの世のどんな人間より強く恐ろしい存在だというのに。

 手に付いたパイくずを舐めるアッバルを他所に、クライムはこの宿へ来た目的を果たす。

 

 エ・ランテルに生まれた最新の英雄の話から、漆黒のメンバーモモンの名が上がった。本当にそれほどの偉業をなしたのかと疑う彼らにアッバルのずれた感想。

 

「そのモモンってひと、知り合いに名前が似てるからなんだか親近感覚えるなぁ。あの人ならそんくらいのことお茶の子さいさいだろうし」

「ん? どうしたアッバル。そのあの人ってのは迷子になる前につるんでた奴か?」

「そーそー。モモンガさんって言ってね、すんごいんだよ! 魔法詠唱者(マジック・キャスター)ですごく強くて、私でも使える武器を融通してくれたりソロだと死ぬところサポートしてくれたり。そのモモンって人、一度で良いから会ってみたいな」

「会うときゃ会うだろ。てかそのモモンガってのは蛇相手に貢ぐたあ……特殊性癖か?」

「モモンガさんはピュアなのよ。獣姦なんてしません」

 

 それが、呼び水であったのだろう。

 

 青の薔薇においてアッバルは戦闘にはさっぱり参加せず、街道で青の薔薇へ襲いかかってきた大鬼やらなんやらの死体処理で腹を膨らませる程度の「おまけ」であった。戦えることがバレれば危険視されると知っていたからだ。アッバルは簡単にくびり殺せる弱い個体でなければならない。怪物と戦う彼女らを手助けするわけもなく――鎧の中、ガガーランの腹に巻き付いて外は見ない。見れば手助けしてやりたくなるのだ、あまりに彼女らが弱くて。自分がモモンガに助けられたように。

 だが、虫メイドを逃すため現れた怪物、あれは駄目だ。アッバルでは勝てない。鎧の中に隠れているゆえその姿を視認することはなかったが、性別が男だろうことは分かった。彼の慇懃な口調に詰められた侮蔑、敵意、それらがブスブスとアッバルの肌を刺した。

 

 イビルアイの逃げろという言葉に従い駆け出したガガーランとティア、そしてガガーランの鎧の中に潜むアッバルだったが、そう距離も稼げぬうち、鮮やかなばかりの炎が全身を舐めた。肌を焼く炎ではない、命を焼く炎だ。心臓が、胸が、枯れ竹を燃やすような赤い火を上げた。

 ああ、はやい、はやい、まって。これではしんでしまう! アッバルは絶叫した。

 

 枯れた森に、あるとき火事が起きた。アッバルも父親についてその場にいた。大気汚染により酸性雨が降るようになり、やがて雨すら降らなくなった場所だった。火の脚は速い……まるで男から男へ渡って行くサキュバスのように、精のみならず命まで搾り取ったら捨てていく幻想のモンスターのように、枯れ木を抱き締めては白い灰だけを残し去っていく。父親や学者たちは悲鳴をあげ、微生物が、残された森が消えていくことを嘆いていた。

 

 アッバルは胸を叩いた。叩いて消えるわけではないと分かっていた。だが、この命を燃料とする悪魔の火が消えることを願っていた。命は常に燃えているが、それは炭のように密やかに燃えねばならない。油を染み込ませた厚紙のように炎を上げて燃えてはならない。きえろ、いやだ! 残るものが白い灰だけという、恐ろしい終わり方など。バジリスクが長命であるためか、炎はなかなか消えず、アッバルは苦しみ続ける。

 フリーフォールのように足下を失い落ちていく感覚。

急速になにかを、命を失っていく。

 

 ぶつん、と卓上灯のコードが千切れた。覆水盆に帰らず、千切れたコードはもう元へは戻せない。机の上はお先真っ暗。

 

 

 知らない部屋で目を覚ましたアッバルを待っていたのはモモンガだった。彼は涙声で、やっと会えた、外は危険だ。アッバルさんはここで過ごしていてほしい、などと言う。ガガーランと共におればまた危険な目に遭うやもしれない。ガガーランは冒険者なのだ、危険に飛び込んでいくのが仕事だ。ここにいてください、安心させてほしい。

 

 それからアッバルは書庫にてリッチたちが積み上げた書類を突き崩す酷い遊びに興じ、闘技場にてアウラやマーレに甘やかされ、墳墓前でパンドラズ・アクターとおしゃべりし、色々な場所でアルベドに玩具にされた。

 外へ出なくとも良いように、外へ興味を持たないように、守護者らやNPCらや蜥蜴人らは口々に言う。ここは異形の楽園、かの御方の治められるここにおれば何も恐ろしいことはない。

 

 アッバルは短期間とはいえ外に、自然に触れた。いきいきと過ごす人々の姿をその目に映した。だからこそ、悪気なく、悪意なく、洗脳せんばかりな彼らに恐怖を覚える。

 

 ここにおれば幸福。こここそが安住の地、我らは選ばれた民なのだ。

 ……本当に?

 

 本当にここは安住の地なのか? アッバルを閉じ込めるこの場所は。魚の群れに、一尾、色違いが混じっているような違和感。白いテーブルに一つ消ゴムのかすがあるような、そんな目立ち方。フゥと息一つ吹き掛けどこぞへ飛ばされる(ころされる)のを待つ消しカス(じゃくしゃ)の心地がするここが。

 モモンガと同じプレイヤーだからと優遇され、しかしやはり、アッバルは外様でしかない。既に出来上がっているグループに入る、その難しさ。――だがアッバルは口をつぐむ。外に出たい、ここは尻の座りが悪いと言えない理由がある。

 

 だって、親しくしてきた相手がもがき苦しみながら死んでいく姿を前にした男の悲鳴を、アッバルは聞いていたから。




 リクエストくださいましたティーダ様、乳成分なくて申し訳ありません。あとシリアスになってしまいました。すみません。
 初稿には少しはあったものが、書き直した後にはミートπしか残りませんでした。お肉はちゃんと鶏とか牛とかです。まだ喉が痛いとです。
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