塗り替えられる記憶   作:美寿子

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決断。

 窓もドアも閉めっきり、部屋は静寂に包まれる。私の身体はじめじめとした熱気に包まれているけど、そんなのは気にしない。

 目元を腕で多い、ベッドに横たわっている。気力が湧かず、寝ることさえも億劫。目を覆っている腕は微かに湿り、少し気持ちが悪い。ずび、と鼻をすすると、液体が鼻の奥に押し込まれる。確か、耳の方に溜まったりするからやめた方がいいと聞いたけど、今はそんなことはどうでもいい。

 海軍に行かなくちゃいけない。その事実だけが脳みそにこびりつき、しつこい油汚れの様に離れていかない。嫌だ、なんで私が。

 しかし、人体改造を受けないと、記憶が脳みそのキャパシティをオーバーし、記憶が出来なくなってしまう。それが怖くて、私の気持ちは陽炎の様に揺れ動いている。

 私の家は、決して裕福ではない。軍に所属したら、家にお金が入るという話も聞いた。人類を救う仕事をするのだから、きっと、父も母もこの先楽して生きていけるような金額が入るに違いない。共働きで、毎日疲れた顔をしている母。顔すら滅多に見ることができない父。軍に入ったら、きっと、これ以上ない親孝行になるのだろう。

 でも、怖い。一度見ただけで気絶してしまったような相手と戦わなくてはならないなんて。しかも、私が見た深海棲艦は、深海棲艦の中でもかなり弱い方に位置するらしい。それなのに、やっていけるというのだろうか。

 「う、っ」

 口から呻き声が漏れる。想像してしまい、怯えたのだ。あんなのと、あれよりおぞましいものと、幾度も幾度も相対するだなんて。とても、私には無理だ。

 様々な気持ちが私の中でゆらめく。今のことを覚えられなくなるのは嫌だ。親に楽をさせたい。しかし、あんなものと戦うなんて。軍に所属して、親元を離れるだなんて──。目が回りそうになる。腕を目元から離し、勢いよくベッドに叩きつける。そして、大きくため息。

 全てが嫌になる思いだ。いっそ窓から飛び降りてしまおうか。

「お父さんたちは──どう思ってるんだろう」

 聞いてみようか、と思ったけど、すぐに考え直す。あんなことを言ってしまったあとで、何が「どう思う?」だ。どうもこうもないだろう。

 また、大きくため息をつく。どうするのが正解なのか、わからない。否、きっと正解なんて無い。

 そんな自問自答を繰り返していると、外はすっかり闇に呑まれていた。暗闇の中で輝く星。星たちが答えを導く、なんて思わないけど、優柔不断で、迷って、揺れていた心が、少しだけ固まった気がする。

「やっぱり、怖い」

 

 

 目の前には、青く澄みわたる海。大きな荷物を背負い、いつも通り髪を一つに束ねた私は、目を細める。

 腕時計を見て時間を確認し、歩を進め始める。

 正直、怖くて怖くてたまらない。今にも足が震えて、腰が抜けてしまいそうだ。しかし、そこは必死に耐え、しっかりとした足取りを演じる。……演じたところで、誰も見ていないけど。

 なんて心の中で忙しくしていると、数百メートル先に大きな建物が見えてきた。私は、そこでこれから暮らしていくことになる。

 幸い、海に近い地域に暮らしていたので、荷物やらは自分で運ぶことが出来た。まあ、少し大変だったけど、経費を抑えられたのだと思えば大丈夫、だと思う。

 建物内に入り、事前に渡されていた地図を見ながら、用事がある部屋へ向かう。司令官は、どんな人なのだろう。

 私が悩みに悩んだ結果、出した答えは軍に所属することだった。理由はたくさんあるけど、やはり、記憶と親の点が大きかった。後悔は、今のところしていない。……というより、まだ改造も受けていないのに後悔するなんて、尚早過ぎる。

 目的地に到着し、大きい扉を骨で叩く。すると、中から「どうぞ」という、凛とした女性の声が聞こえた。ここの司令官は女性のようだ。

 扉を開き、一例する。顔を上げると、すぐに敬礼。

 

「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」

 




吹雪ノ章 了
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