特別、これといった趣味もなく、休日は散歩に行くくらいしかすることのない私は、何をすれば良いのか分からず、ただ窓の外を眺めることしか出来なかった。
でも、窓の外を眺めていて、また深海棲艦を見てしまったら嫌なので、海の方は見ずに、学校のある方向を眺めることにしている。
「吹雪……」
何の気なしに自分の名前を呟く。この名前は、母が名付けてくれた名前らしい。
吹雪のように強く、花吹雪のように煌びやかに、 紙吹雪のように人を祝えるように──と、いう意味でつけたらしい。それは幼い頃に聞いたもので、信憑性も薄く、記憶も曖昧なので合っているのか分からない。
それに、私は特に強くないし、煌びやかでもないし、人を祝えるような性格にもならなかった。願いに全て反してしまったということになる。なんだか申し訳ない、と思い頬を掻くも、切れた箇所が歯に当たり、痛みを伴うだけだった。
吹雪型駆逐艦一番艦「吹雪」。歴史が特別得意なわけではない私には、あまりピンとこない名前だった。正直、どういう艦艇なのか分からないし、そもそも駆逐艦という言葉を昨日初めて聞いた──聞いたというか、見た……知ったくらいだし。
歴史の教科書に、少し出てくるような戦艦の名前しか分からない。
「三笠……とかは聞いたことある気がする」
しかしそれも、どの戦争のことを習っているときに聞いた名前なのかも分からない。言ってしまえば、そういうものは9割方分からない。
「なんなんだろう──これ、記憶。「吹雪」の記憶、なのかな」
艦にも記憶というものがあるのだろうか。分からない。昨日から分からないことだらけだ。
学校の方角から目を逸らすように、きろりと目玉を動かす。すると、部屋の角にある本棚に、ぽつんと置いてあるノートに目が留まった。
触ってみると、被っていた埃を撒き散らし、噎せそうになる。
「なつかしい。これ、日記だ」
小学生の頃に書いていた日記。もう捨てたと思っていたけど、本棚にあったとは。
傷んだページを、ぱきりぱきりと音を立てながら捲る。
「日記かあ」
今更ではあるが、少し書いてみても良いかもしれない。ノートの何も書かれていないページを開き、ペンたてに突っ込んである鉛筆を握りしめる。
静寂の広がる部屋に、鉛筆が滑る音が響き渡る。私は、鉛筆で何かを書く音が不思議と好きだった。
『今日は、何故か学校を休んだ。別に体調も悪くないし、怪我をしたわけでもないし、身内に不幸があったわけでもない。昨日の夜、暴れたら休むことになっていた。どうやら私には変な記憶があるみたい』
我ながら、意味のわからない文に仕上がった。しかし、日記なんてこんなものだろうと思い、前のページを見返してみる。
すると、何かがひらりと床に落ちた。紙のようだ。
「……?」
手を伸ばして、それを拾い上げてみると、長方形の小さな紙だ。大きさとしては、名刺くらい。
『もしあなたが何かを思い出すことがあったら、ここに電話をしてください』
その下には、電話番号。──不思議な文。昨日までの私が発見していたら、わけのわからない紙として捨ててしまっていたかもしれない。けど、今の私は違う。思い当たる節がある。
しかし、こんな都合の良いことがあるのだろうか、と思案し、今日は保留にすることにした。
日記に紙を挟み、元々置いてあった場所に置き直す。顔を上げると、空に赤みが増していた。
じっとりとした暑さが身を包む。意識すると、急に暑くなったように感じる。手で軽く顔を仰ぎ、人通りが少し多くなった道路を見下ろす。
「ううん、明日は学校行かせてくれるかな」
特に学校が好きなわけではないけど、何故かそんな言葉が自然と口から零れた。あれだけ面倒だと感じていた人間関係や、勉強も、案外嫌いではないのかもしれない。
「あと1時間くらいでお母さん、帰ってくるかな」
ぐっと伸びをし、気持ちを切り替え、今度は海の方を見る。
「今度はお前らを見たくらいで気絶しないぞ」
少し余裕ができた私は、そんな格好つけたことを言ってみた。