手の中に収められているビンを少し動かすと、からんという風鈴のような音が鼓膜を揺らす。不思議な形のビンに注がれているその液体は、ビンの中でぱつぱつと弾け、口に含むとその弾けを強く感じる。
甘く、弾ける飲み物を少しずつ飲みながら、時計を一瞥する。
もう少しで、いつも母が帰ってくる時間。もちろん、その時間は前後することはあるけど、大体は同じ時間に帰ってくる。
夕方になると、昼間よりは少し涼しく感じ、初夏の空気が身にしみわたる。そんな空気の変化に意識を向けていると、少し離れたところからがちゃりという、硬質なものがぶつかり合う音が聞こえた。
「ん、あ、おかえりなさい」
「ただいま」
もちろん、入ってきたのは勤務を終えて疲れた表情をした母親であり、それ以外の誰でもない。
何を話したものか、と考える。昨日までは、特に意識することなく自然と話題が出たけど、なんだか母と話すことに抵抗を感じてしまう。
「今日、いろいろ調べてみたの」
「っ、え?」
思いがけない母からの言葉に、少し反応が鈍り、返事が遅れる。母はそんな私の様子など気にも留めず、買い物袋の中身をてきぱきと冷蔵庫に収納する。
「昨日、吹雪が言ってたこととか。お母さんに分からないような、難しいことばかり言っていたから、調べてみたの」
改めて説明されて、私は「あー」となんとも言えない返事をする。母の前で難しいことなど言った覚えがないから、きっと風呂を出てからのことなのだろう。
「そうしたらね、吹雪と同じような子、いるんだって」
「そ、」
「──艦娘、っていうらしくて」
私の言葉を遮るように母はその名前を口に出す。かんむす、かんむす? あまりピンとこない言葉だ。
「とりあえず、またいろいろ調べたりしてみるね。明日は学校に行ける?」
「う、うん。多分」
そう、と短く返した母はそれ以降黙りこくり、私も同じようにビンに入れられた液体を観察し続けた。
なんだか、母と私の間に距離ができてしまったように感じる。母はどう思っているのかわからないけど、少なくとも私は、そう感じた。
微妙な空気が居間を包み、私はなんとも言えないまま夕食までの時間を潰した。
朝、泥のような眠りから覚め、重たい瞼をこじ開ける。
平日だ、という事実が私の全身に重たくのしかかる。昨日の学校に行きたいと思っていた自分を心底不思議に思った。
口からぐずぐずとした何かが溢れそうになるも、それをため息に変えて吐き出す。
「おはようございます」
居間に入るや否やそう言った私に、母はいつもと同じく朝食を差し出しながら「おはよう」と言った。このとき、二人とも私がかしこまった物言いになっていることに違和感を覚えなかった。
.目の前に差し出された朝食を、箸で口に運び、咀嚼する。安っぽい味のするご飯は、いつもと変わらず健在だった。
「今日、学校行けそう?」
「うん。行ってくる」
「わかった」
短い会話を交わし、手を合わせ、一度自室に戻る。学校に行くため、制服に着替える。
水兵の服をもとにした制服に袖を通し、汗でべたつく紙を一つにまとめる。少し伸びた前髪を切り揃え、洗面台へと向かう。
歯を磨き、切った前髪が顔に付いていないかを確認する。あとは特にやることがないので、居間に戻って時間が来るのをソファの上でごろりと横になって待つ。
目の前に広がる天井は、まるで素知らぬ顔をしているかのように綺麗だ。目玉をきろきろと動かして天井を見渡しても、汚れが特に目に付くことはない。天井だけ綺麗なんてへんなのと思い、少し笑う。笑のツボが浅くなったように感じた。
「吹雪、そろそろ行かないの?」
「うん、行く」
胴体を無理矢理押し上げた私は、その勢いのまま立ち上がり、歩き出す。
1日ぶりの学校。特に嬉しくもなんともないけど、とりあえず行ってみる。