ようやく苦痛だった授業が終わり、みんな部活や帰路につこうとしている。私は部活に所属していないので、もちろん家に帰る。しかし、今日は用事があり、すぐに家に帰れないのが残念。
「で、なに?」
「ああ、いや、その」
何かを躊躇うようにどもる男の子。早く終わると言ったのはそっちなのに、なにを躊躇しているんだ、と言ってしまいたくなるけど、それは必死に抑える。
「やあ、ね。うん、まあ……やっぱり明日でもいいかな」
「はあ?」
「あ、ごめん。でもなんか、今日はダメだ」
がくっと肩を落として言う男の子。その姿勢になりたいのはこっちの方だというのに。私は心中いらいらし、踵を返して帰る約束をしていたクラスメイトの方へ向かう。
「帰ろう」
「うん。でも、吹雪ちゃんって鈍感?」
「え?」
この子もこの子でなにを言っているのかわからなかった。今日は変な日だ、と思いながら歩き出す。とくに後ろには目もくれないが、ドンマイだとか、嫌われてるんだとかの声が聞こえた。本当にあの人はなにがしたかったのだろう。
「もうすぐ週末だね」
「あ、うん。そうだね」
急な話題に対応しながらも、そうか、と思う。もう、週末が近付いているんだ。やっと家でゆっくりできる。──と、いっても、昨日休んだばかりだけど。
「ねえ、吹雪ちゃんは週末なにしてるの?」
「特に何かするわけじゃないよ。暇だったら散歩したり、小物を見に行ったり」
「へえ。なんか、おじいちゃんみたい」
「えー、なにそれ」
顔では笑いつつも、内心馬鹿にしているのかと思う。みんなみたいに可愛い女の子になれなかったのだから、仕方ないじゃない。こんな腹の中真っ黒で、汚い人間に育ってしまったのだから。
「あ、吹雪ちゃん、アイス食べよう」
「ええ、買い食いはダメだよ」
「っえ?」
「え?」
クラスメイトが、面食らったように振り返る。思わず私も素っ頓狂な声が出てしまう。何か、おかしなことを口走っただろうか。
「どうしたの。今まではそんなこと言わなかったじゃん」
「そうかな。私はずっとダメだと思ってたけど」
「なんか、今日の吹雪ちゃん変だね。昨日何かあったの?」
「何もないよ。それより、早く帰ろうよ。日が暮れちゃう」
「……うん」
それから、怪訝そうな表情をしたクラスメイトは、私と少し距離を置いて歩いた。
「ただいま」
と言っても、家に誰もいないことは分かっている。なんとなく癖で言ってしまう。
「吹雪」
ぞわり、と全身の鳥肌が悲鳴をあげて立つ。目は大きく見開き、出来ることならそれ以上動きたくなかった。どっしりとした声は、何度も何度も私の頭の中で反芻され、目眩がする。できることなら、そのまま倒れてしまいたかった。
「話があるんだ、来なさい」
言われなくても分かっている。父親が私より早く帰ってくるなんて、私を怒るときくらいしかない。それに、父は怒ると怖い。まるで鬼のように怒るか、黙って私を威圧する。
居間に入ると、母親もソファに腰掛けていた。そんなに悪いことをした覚えはないのに、と思いながら向かい合うようにして床に座り込む。
「一昨日の夕方、何があったんだ。言いなさい」
「一昨日……?」
急に一昨日の話題を出され、困惑する。しかも夕方となると、より一層。何があった、と聞かれても、深海棲艦を見て気絶したくらいしかない。
「し、深海棲艦を──」
「深海棲艦!?」
名前を口にしただけで、声を荒げる父。私はわけがわからず、ただ怯えるしかない。深海棲艦がなんだ。そんなにいけないのか。
「うん──見て、それで、気絶しました」
「それだけか?」
「あ、えっと。なんか、思い出した? ふ、艦の記憶みたいな?」
曖昧な発音で告げる。父もなぜ疑問系なんだと言いたげな表情をしている。でも、私にもよく分からないのだから仕方がない。それに関してはもう、許して欲しい。
父が、大きくため息をつく。母は小さく「ごめんなさい」と呟いた。その呟きの意味がわからず、問いかけようと口を開いた瞬間、先に父が言葉を発した。
「今まで、黙っていたことがあるんだ」
怒声でも、無言の威圧でもないそれは、私の知らない父の優しさが垣間見えて、思わず目玉が揺らぐ。動揺してしまった。
「お前は、海軍に行かなくてはならない」
「え!?」
「そういう使命なんだ、許してくれ」
す、とスーツの擦れる音を立てながら父が頭をさげる。状況に付いていけず、混乱する。
「実はお前には、駆逐艦吹雪型一番艦「吹雪」の記憶がある。それは、父さんも、母さんも知っていたことだ」
吹雪。それは、人生で何度も聞いた名前。
「お前はこれから、人体改造をして、艦娘として、深海棲艦から世界を守らなくてはならないんだ」