ポケットモンスター 〜リセナンス・オブ・ソウル〜 作:ユークアドレナン
ちなみに、本編の方はガン無視していきますので、そこはよろしくです。
晴れ渡る広大な青空の下、果てしなく広がる緑の草原。その草は爽やかな風に吹かれてなびいている。
そんな草原に、大地が剥き出した一本の道が伸びている。その道には、今までにいくもの人々が踏みしめてきた跡が残り、くっきり残っているものもあれば、消えかかっているものまで見られる。
そして、今また新しい足跡を刻む少年が一人、その道を歩いていた。
その少年は、紺色のネクタイを締め、灰色のワイシャツの上に黒いベストを羽織っている。下には、黒に灰色のラインが入ったぶかぶかなズボンを履き、薄茶色にオレンジのラインのブーツを履いている。
ここしばらく髪を切っていないため、前髪は目にかかり、後ろ髪は肩にかかるまで伸びていた。その艶やかな黒髪の間からちらちらと見える蒼い瞳は、穏やかに正面を見据えていた。
彼は決して振り返らない。それは彼自身が旅立ちの時に決めたことだ。
この少年の名はレクト。
彼は、幼き頃に両親を亡くし、一人で生きることを強いられた。それは、5歳になる子供にはあまりに過酷な試練であった。そんな中で彼が、それからの12年を立派に生き延びてきたのは、他でもない、彼の所持するポケモンたちのおかげであった。
ポケットモンスター、縮めてポケモン。
それは、この星に生きる不思議な生き物たち。その数は計り知れない。
そんなポケモンたちには様々な生態があり、独自に進化した特徴がある。
ポケモンと人間は、協力し合い、支え合って生きる関係にある。
しかし、その力を悪用する者たちも必然的に現れる。
事は既に動き出している。
その大きな波乱の渦に、レクトは取り込まれていくのだが、彼はそれを知る由も無い。
旅立ち
ここは、とある山に添うように位置する村だ。そこには古くからの歴史があり、伝説とされる“あるもの”を守っているという噂もある。
民の数は、人だけを数えると50人程度。
自然に囲まれた険しい地形に、木造建築物が連なるこの風景は、滅多に拝めはしないだろう。
村の一番大きな屋敷、そこは村長が住まう家。
屋敷内には村の民全員がぎゅうぎゅうになって集まっている。
その人混みの中に、一人の少女がいる。
彼女の名前はミラ、16歳。
白っぽい肌の背中に、薄茶色の長い髪が垂れ、同じくらい薄茶色の大きな目をしている、可憐な容姿の少女だ。
彼女は、これから己に課せられる使命を、まだ知らない。
*
今日、こんな朝早くに、ババ様から全員集合がかかった。
日はまだ山の隙間から顔をはみ出させているだけの早朝で、ミラはまだ眠たかった。
普段は広く感じるこの屋敷だが、今日は特別狭苦しく感じる。
ババ様はとても聡明なお人だ。民をこんな時間に無理に屋敷に集めることは、よほど酷い状況でなければするはずが無い。
その場にいる全員の、張り詰めた緊張感を感じ、ミラは首を振って睡魔を追い払った。
「皆の者、よく集まってくれた。少々窮屈な思いをさせていることを許してほしい」
背もたれの大きな椅子に座るババ様は立ち上がり、深く頭を下げた。
「今皆を呼び寄せた理由、もう察している者もいるやもしれぬ」
ババ様には、生まれつき備わった力がある。それは、“未来を予知”する力。
その力で、この村にもたらされるいくつもの危機を予知し、民はその言葉を頼りに備え、危機を脱してきた。
ババ様の力は本物なのだ。
そして今この時もまた、ババ様は予知した未来を民に伝えるのだろう。
場の空気がずんと重くなる。誰かが唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
…ババ様は重々しく口を開く。
「かなり近い未来、この村に終わりが来るだろう」
沈黙がその場を支配した。
ババ様が言った事が信じられないのだ。しかし、ババ様は冗談を言う人では無い。これは皆が受け入れなければならないことであり、向かい合うべき現実なのだ。
それを実感し、ミラは唾を飲んだ。
「邪悪な意思を持つ者どもがこちらに向かっておる。目的はやはり、我々が守ってきた例の物じゃ。その力を求め、やつらがもうそばまで迫って来ておるのだ」
ババ様はそう宣言した。
ミラは信じられなかった。敵が迫ってきていることではなく、あのババ様が諦めていることにだ。
「…わたしは納得できません!」
ミラは感情を抑えていられず、声を張り上げて叫んでいた。民の目がミラに集まる。
「村が終わるだなんて、そんなことさせない。わたしたちは今までに何回も敵を退けてきた!今回だって、いつもみたいに皆んなでどうにかする!そうでしょう!」
その場の全員がそれに賛同し、声を上げた。周囲はガヤガヤと、自分がどうするこうすると言って止まない。
ババ様は、ただただ静かに、その場でたたずみ目を閉じている。
しばらくその状況が続き、皆がババ様の様子に気付いて静まるまで、しばらく時間が経過した。
皆が静まると、ババ様はゆっくり首を横に振った。
「今回の敵はとてつもなく強大だ。我らではとても太刀打ちできん」
ババ様のその言葉を聞き、民は脱力する。
ミラも、立っているのが辛くなり、そのまま座り込んでしまいそうなのを必死で堪えた。
「皆よ、わしの不甲斐なさを許しておくれ。わしには未来を予言することしかできん。今回は回避のしようも無いことなのじゃよ」
ミラは拳を握り、また叫ぶ。
「じゃあ、皆んなで逃げればいいのよ!村を捨ててでも生き延びるの!」
「無駄じゃよ。やつらはすぐに我らの居場所を突き止め、襲撃してくる。その運命から逃れることはできん。どうしても…」
言い終わるとほぼ同時に、ババ様はかっと目を開き、大きく杖をかざした。
「じゃが、わしとて“プロトスの首飾り”をやすやすと渡そうとは思わん!そこでじゃ」
そこまで言うと、ババ様は側近の女性に何かを呟く。
側近は一度席を外し、戻ってきた時には手に紫の布を持っていた。
「今から一人、村を旅立ち、この首飾りを守り続ける者を指名する。その者は、これから起きることから逃げず、また、何があろうと首飾りを手放さないことを誓ってもらう」
その場の緊張感が、これ以上ないくらい高まっている。
ミラは心臓が破裂するんじゃないかというほど、自分の鼓動を感じていた。
「ミラ、わしの前へ」
はっとし、ミラは駆け出す。
人混みを掻き分けるようにして、ミラはババ様の正面に立った。
「ミラ、お前は昔から我の強い娘であった。こうと決めたら絶対に曲がることもない頑固者で、とにかく気が強いのが取り柄じゃよ」
ババ様の表情は穏やかだった。ババ様はそうやって、民の皆んなを見守ってきたのだ。
「わしは、そんなお前だからこそ、お前が首飾りの守護者としてふさわしいと思っておるのだ。だが、これはとても過酷な指名じゃ。お前はこれから、この村を一人で背負い、生きていかなければならんのだ」
ミラは返事をしようとするが、あまりの緊張感に息が詰まり、声が出なかった。
「それでも、これを受け取る覚悟はあるか?」
ミラは目を閉じ、深呼吸をして懸命に自分を落ち着かせた。
再び開かれた目には情熱の火が灯る。
「はい。きっと守り切ってみせます」
ババ様はミラの目をじっと見つめた。
ミラも決してその視線を逸らすことはなかった。
長く見つめ合い、一瞬、ババ様の表情が和らいだ。
「そうか、やってくれるか…」
ババ様は紫の布から首飾りを手に取る。そして、それをミラの首にかけた。
ミラは首飾りを握りしめる。
ミラ自身、プロトスの首飾りを実際に見るのは初めてであった。古くから伝わる、いくつもの奇跡の伝説。それが今、自分の首に下がっている。
革紐が付けられた金具に、鈍く光る赤い宝石が付いている。ミラの想像していたものよりも、実物はいくらか古く見えた。
「もう一つの贈り物じゃ。お前にこのポケモンを託そう。首飾りの守護者として相応しい、この村一番の、わしのポケモンを」
ババ様は手提げの中に手を入れ、一つのボールを取り出した。
それは赤と白の球体、ポケモンを収めるモンスターボールだ。
「出て来なさい、ウインディ!」
ババ様は天井に向かってボールを投げる。それは空中で弾け、大きな影が現れる。
白き獅子のたてがみをなびかせるそれは、宙で身を翻し、ババ様の隣に華麗に着地する。
燃え盛るようなオレンジの体毛は、どこか優しく温かみを感じる。そのオレンジにいくつかの黒が刻まれ、獰猛な雰囲気もかもし出す。そのウインディは、普通よりも一回り大きい。
胸を張り、威風堂々たる姿を見せるそのポケモンこそ、この村で一番強いポケモン、ババ様のウインディだ。
ミラはその高貴な姿、態度に言葉を失う。
「このポケモンを…わたしがもらってもいいの?」
「当然じゃ。わしから残せるものなど、このくらいじゃよ。ウインディには既に覚悟を決めてもらった。大丈夫じゃ。首飾りの守護者ミラよ」
そう言われると、ミラは恥ずかしくなって顔を赤らめた。
ウインディは自分の新たな主人に対し、深く頭を下げる。それが余計に恥ずかしく思うミラであった。
「ミラ!」
入り口付近から、ミラの母親の声が響く。
ミラは振り返り、自分の両親がこちらに向かってきているのを確認した。
ほとんどない隙間で、民はなんとか道をつくり、親は謝りながらもやっとのことでミラのもとにたどり着いた。
二人はいくつかの荷物を持っていた。
「これは旅のカバンだ。ミラが昔欲しがっていた肩掛けの大きめなカバン、買うのが遅くなってすまなかったな。あと、旅で必要なものもいくつか入れてある。地図に、懐中電灯、寝袋にそれから…」
「旅のお着替え、あとお化粧。あなたは気は強くても女の子、せっかくの美人なんだから、オシャレには気を使うのよ?あと、歯磨きは毎日3回して、朝起きたら顔を洗って髪を整える。それから夜はしっかり寝ること。夜更かしは美容の天敵だから…」
二人は慌ただしく言った。それは終わることを知らないかのように続けられる。
「もう、二人とも心配症なんだから、わたしもう子供じゃ……」
そこまで言って、ミラは言葉を止めた。
両親の呼吸は不規則で、目には涙を溜めている。すぐに涙が溢れ出てきた。
それでも途中で止まったミラの言葉を受け止め、両親は笑う。
「そ、そうよね。心配が過ぎたかしら、あ、あたしったら…うぅ」
「ミラはもう16歳だ、こんなに立派に成長したんだな…」
二人は本当に、今にも泣き崩れてしまいそうでった。
それでも、これから旅立つ自分の娘のその最後の背中を、笑って見送ろうとしている。
この時、ミラは自覚した。
心のどこかで、この事を夢だと思っている自分がいたこと。自分がまだ、子供が遠足にでも行くような軽い気持ちでいたこと。
そうだ。これが最後なのだ。
怒ったり泣いたり、笑ったりして生活してきたこの時間。親族や友達などと過ごしてきた、当たり前の日常。
…それらはもう、帰ってくることは無い。
ババ様や両親、今まで様々な日常、苦難を共に生きてきた仲間たち。そして、自分が生活してきたこの場所、この風景。
ミラはそれらを全て失うのである。
………永遠に。
「そっか、今日が最後なんだ。これが最後の…お別れなんだ………」
その瞬間、ミラの目から涙がどっと溢れてきた。
同時に込み上げる感情に耐え切れず、ついに足に力が入らなくなり、ミラは両親に抱きついた。両親も、もう離さんとばかりに、力の限りミラを抱き締めた。そして、今までの我慢に限界が来て、両親も大きく泣き叫んだ。
もう会えない。
永遠の別れ。
その姿に心を打たれた民も涙し、その波はどんどん広がってゆく。
ついにはババ様でさえ、上を向き、涙をこぼす。
皆は、それぞれの家族、友達、仲間と抱き合い、涙を流す。
それはまるで雨のようだった。
最初はポツポツと降る雨。
それは地に落ち、やがてはさらに多く、大きく降り注ぐ。
丁度外も雨が降り出していた。
ちっぽけなそれらは地面で集まり、手と手を取り合って、最後には大きな水溜りとなる。
悲しみとは試練だ。
人間は悲しみ無くして成長は果たせない。
泣くことは弱さではない。かと言って、泣くことそのものが強さでもない。
真の強さとは、悲しみを乗り越えた先にある。
ウインディは泣かない。
彼は一足先に、月に泣いていた。
後は民たちが皆、この悲しみを乗り越える事。ウインディはそれを待つ。
この悲しみを乗り越えた後、皆は後悔することなく敵に立ち向かうことができるだろう。
そしてミラも、振り返ることなく、旅立つことができるだろう。
戦いはこれからだ。
*
朝早くの、日がまだ顔を出していない頃。
ミラは村を出る準備を済ませ、ウインディと共に村の外にいた。
見送りはいない。皆、日常を送るフリをして、来たるべき時に備えているのである。
ミラは振り返らなかった。
彼女の朝焼けを見つめる目には、堅い決意が宿っている。
「ウインディ、わたしはちょっと不甲斐ないかもしれないけど、これから長らくよろしくね」
ウインディはゆっくり頷いた。
すると、ミラはウインディの背中に跳び乗った。
ミラは、ウインディの背中の暖かさに一瞬驚き、たどたどしていて 首の付け根の毛を多めに掴んだ。
ミラがしっかり掴まっていることを確認すると、ウインディはゆっくり走り出す。
ミラは泣かない。
その目は、ただただまっすぐと、正面に広がる外の世界を見据える。
……ミラの戦いは、今始まった。