大海原でつかまえて   作:おかぴ1129

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01.岸田の元に来たのは

 季節は真冬。お正月も終わり、師走の煩雑な日々が終わりを告げ、時の流れが一気にスピードダウンしていくのを肌で感じることの出来る、僕の大好きな季節だ。

 

 今日は、お昼に秦野と外出していた。今年高校受験を控えた僕は元旦以外は基本的に勉強漬けの冬休みだったのだが……

 

『先輩。超絶鈍感クソ野郎と言われたくなければたまには外に出ましょう。勉強は明日にしてください』

 

とかなり強引な手口で誘われたからだ。

 

 少し前に電話で秦野と話をしたのだが、どうも秦野は初詣をしなかったらしい。僕も初詣に行こうと大晦日の日に岸田を誘ったのだが岸田は誘いに乗ってこず、結局初詣に行かずじまいだったことを話すと、

 

『じゃあ先輩、私と時期外れの初詣に行きましょう』

 

と提案され、今まさに神社に来ている。

 

 秦野と二人でお賽銭を投げ入れ、無作法に鐘を鳴らし、柏手を打つ。その後、神様にお願いごとをして、僕と秦野は社を後にした。

 

「先輩、何をお願いしたんですか? やっぱり合格祈願ですか?」

 

 神様へのお願いが済んだ後、いつもよりほんの少しはしゃいでるように見える秦野は、しきりに僕にそう聞いてくる。

 

「そういうのって人に話したら効果無くなっちゃうんじゃないの?」

「そんなの聞いたことないですよ。何お願いしたんですか?」

「秦野こそ何をお願いしたのさ?」

「私は今年こそ金賞です。先輩とも約束しましたし」

 

 秦野はそう言って背筋を伸ばし、胸を張る。だが元々背の小さい秦野が背筋を伸ばしたところで、ぼくの胸元辺りまでしかない秦野の背はそこまで代わり映えがしないというのは秘密だ。本人、気にしてるらしいしね。

 

「で、先輩は?」

「合格祈願。高校受験ってのは、やっぱり大きな壁だからね」

「……やっぱりそうですか」

 

 これはウソだ。僕のお願いは、これではない。僕のお願いは、こんな僕自身の努力でなんとかなるお願いではない。

 

――姉ちゃんに会えますように。

 

 僕のお願いはこれしかない。これしか考えられない。梅雨時、この小さな神社で出会い、僕の隣でお日様のような笑顔を見せてくれていた比叡姉ちゃん。いくら僕が努力をしても、艦これの世界に戻ってしまった姉ちゃんに会うことは叶わない。なら、神様にお願いするしかないじゃないか。僕は今日、生まれて初めて、心から真剣に神様に自分のお願いを祈った。

 

 神社を後にした僕達二人はその後、街に出てちょっとぶらついた後に帰った。最近出来た評判の和風カフェに行ってみたいと秦野が言い出し、無理やり付き合わされたのだ。和風カフェは本当に江戸時代の茶屋みたいな出で立ちの場所で、客席はひとつひとつが小さな個室のようになっている。ぼくはお抹茶と金つば、秦野は甘酒をホクホク顔で堪能していた。

 

 散策も終わり辺りが暗くなってきた頃、僕は秦野を家に送り届けた。

 

『キャラメルもいいですけど、甘酒もいいものですね。今日好きになりました』

 

 別れ際にそういい、上機嫌で自分の家に入っていった秦野。秦野との付き合いも結構長いけど、別れた後少しスキップを踏むように上機嫌で家に入っていった彼女は見たことがない。うん。まぁゴキゲンなのはいいことだし、人生を楽しむ上で、好物が増えるのはいいことだ。

 

 しばらく歩いていると、僕のスマホに着信が入った。えらくタイミングよく電話がかかってくるなぁと思いながら、僕はポケットからスマホを取り出し着信の相手を見る。画面には『岸田』という文字と、岸田のブサイクな写真が表示されていた。

 

「う……」

 

 反射的に変な声が出てしまうのは勘弁してくれ岸田。嫌いではないんだ。嫌いではないんだけど、どうも岸田という存在を確認してしまう度、脊髄反射で変な声が出てしまうんだ。僕は手袋を外すと、寒さに震える手でスマホを操作し、岸田からの着信に出た。

 

「ぅぅおおお岸田ー。どうかしたかー?……」

『うああああうあうあうあううううああああうううあうあうあ』

 

 スマホの向こう側から聞こえてきたのは、呪詛の言葉としか思えないような、岸田のうめき声というか叫びというか妙な声だった。ついに岸田はおかしくなってしまったのか……

 

「岸田?」

『うああああああああああシュウよ……あいいいあああいあいあいいいあああ』

 

ダメだ。まったく話にならん。

 

「どうしたの? なんかあったの?」

 

 一応そう岸田に問いかけるが、相変わらず岸田はうめき声しか発してこない。しかしうめき声を注意深く聞いていると、ときどき若い女の人の声が岸田の声に混じって聞こえているような? ついに岸田に彼女が出来たのか?

 

「岸田? 女の人の声が聞こえるけど、誰か来てるの?」

『そ、そうなんだけどあいあいいいいああああああ』

 

うーん……確かに岸田はキモヲタだけど、根は悪いやつじゃないし、実はイケメンなところがあって、決して会話不可能なほど知能に欠陥があったわけではないはずなんだけど……それよりも気になるのが、岸田の背後から聞こえる女の人の声だ。

 

――岸田殿、橋立殿がお電話の相手でありますか?

 

 なんかこんな感じのことを言っていた気がするんだけど……僕の名前が出ている? 相手は僕を知っている?

 

「岸田? そこに誰かいるんだな?」

『お、おう。いああああううええうい』

「そいつは僕のことも知ってるんだな?」

『いあああうううおおおえええいいあうあうううう』

 

 ダメだ……岸田の返事の意味がまったく分からない……埒が明かないので、僕は岸田の部屋に行き、真相を確かめることにした。岸田に電話を切らないように伝え、僕は走って岸田の家に向かった。

 

 岸田の家の前に到着した僕は、インターホンを鳴らす。『はーい』といってドアを開けてくれたのは岸田のお母さん。岸田の家は、父親が単身赴任で滅多に家には帰ってこられず、実質、岸田家は岸田と岸田のお母さんの二人暮らしだ。その岸田のお母さんを適当にいなし、僕は岸田の家に上がらせてもらった。

 

 こちらから聞かずとも岸田のお母さんが教えてくれたのだが、やはり今、岸田は来客中らしい。それも、服は全身黒ずくめで、おしろいを塗ってるんじゃないかと思うほどに顔が白い、若い女性なんだとか。なんだその個性的な風貌の女性は……

 

 岸田の部屋の前まで来る。あの日……比叡姉ちゃんと共にレ級に立ち向かった日以来の緊張が僕の手を襲い、緊張で手が震えてドアノブをうまく握ることが出来ない。理由は分からない。得体のしれない女性という存在を恐怖に感じているのか……はたまた他に何か要因があるのか……なんとか力を込めてドアノブを回し、意を決した僕は勢い良くドアを開いた。

 

「岸田! 無事か?!」

「あおういうえあういうえあぁぁあああシュウ!!」

 

 よかった。岸田は白目を向き、口から泡を出して死亡寸前のスベスベマンジュウガニみたいな顔をしていたが、意味不明ながらも僕の姿に反応したあたり、少なくともひどい目にあってはないらしい。

 

「よかったぁあ……無事だったか……」

「橋立シュウ殿……で、ありますか?」

 

 電話口で何回か聞こえた声に話しかけられた。声のした方を振り向くと、そこには確かに、岸田のお母さんが説明した通りの、人身黒ずくめの服に身を包み、肌が雪のように白い、一人の女性が座っていた。彼女は僕にペコリと頭を下げ、こう言った。

 

「突然申し訳ございませぬ。あなたが、橋立シュウ殿でありますか?」

 

 僕はこの女性と会ったことはない。会ったことはないのだが、どこかで見た覚えがある。

 

「そうです。あなたは?」

「失礼。自分、“叢雲たんチュッチュ鎮守府”所属、特殊船丙型、あきつ丸であります」

 

 そう言いながら、彼女……あきつ丸さんは立ち上がり、敬礼をしながら僕をまっすぐに見つめた。そうだ思い出した。比叡姉ちゃんのことを調べた時、この人のことを見た覚えがある。

 

「……ん? その妙ちくりんな鎮守府名は……てことは比叡姉ちゃんの……?」

「はい。橋立殿のことは、比叡殿から常々聞いておりました」

 

 あきつ丸さんのこの発言を聞き、僕はあの日々のことを思い出し、胸がキュッと締め付けられたのを感じた。それにしても、もう二度と体験することはないだろうと思っていた、ゲームの中の人との会合をまた果たすだなんて……しかも相手は比叡姉ちゃんと同僚っぽいし。

 

「比叡姉ちゃんと同僚なんですか?」

「ハッ。そうであります。橋立殿のお話は比叡殿から常々。なんでも自慢の弟で、レ級に立ち向かった勇敢さを持ち……」

 

 いや確かに立ち向かったのは事実かもしれないけど、戦ってたのは姉ちゃんだし、それは言い過ぎだよ。でも自慢の弟だなんて思ってくれていることは、嬉しいことこの上ない。

 

「お風呂あがりの比叡殿のあられもない姿を見ては憤慨し、時に比叡殿に甘えて頭を撫でてもらうのが趣味の、ちょっと甘えん坊な弟だと伺っているであります」

 

 前言撤回。会うことはないだろうと思ってあることないこと吹き込んでいるようだ。それじゃまるてスケベ心丸出しで甘えるの大好きな五歳児みたいじゃないか……この憤り、どうしてくれよう……

 

 岸田を見ると、あきつ丸さんの突然の来訪に頭が混乱しているようで、相変わらず白目をむき、口から泡を吐いて痙攣している。まぁ気持ちは分からないでもないけれど……

 

「……えーと、とりあえず座って下さい」

「はい。承知したであります」

 

 僕があきつ丸さんに座るように促すと、あきつ丸さんは敬礼をやめ、再び腰を下ろした。この人はずいぶん真面目な性格のようだ。

 

「とりあえず話を聞かせてもらいたいんですけど……その前に岸田を正気に戻していいですか?」

「ハッ。むしろ自分からもお願いしたいのであります。自分が来た途端、岸田殿はこのように泡を吹いてピクピクと痙攣されており、まったく話が出来なくて困っていたであります」

 

 この状態で僕に電話をかけてきたのか岸田……

 

 その後、岸田のほっぺたに容赦なく平手打ちをかまし(実際にはぺしぺし叩いただけだけど……)、岸田を正気に戻した後、岸田のお母さんに頼み込んで、台所で3人分のココアを淹れさせてもらった。ココアを淹れて部屋に戻ってみると、岸田が再び白目を剥きはじめていたので、再度ほっぺたをぺちぺちと叩いて、こっちの世界に呼び戻した。意外と小心者だなぁ岸田。

 

「お前が腹が据わりすぎなんだよ!! 普通自分が楽しんでるゲームのキャラが目の前にいたらビビるだろ!!」

 

 僕がこの状況でもビビらないのは、すでに一度経験済みだからなのだが、今はその説明は却下だ。あきつ丸さんにはホッと一息ついてもらうため、岸田にはとりあえず落ち着いてもらうため、僕は自分が持ってきたココアを二人に薦めた。

 

「比叡殿のおっしゃった通り、絶品なのであります」

「シュウ、お前のココア……うまいな」

 

 姉ちゃんはそんなことまで鎮守府で自慢してたのか……そして岸田にそんなこと言われるとなんだかキモいぞ。

 

「ところであきつ丸さん」

「ハッ」

「比叡姉ちゃんは元気ですか?」

「そのことで、お二人にお願いがあります」

 

 あきつ丸さんはテーブルに自身のココアを置き、まっすぐに僕達二人を見つめ、真面目な顔でそう切り出した。これだけで、穏やかではない事態が起こりつつあるのが予想できる。

 

「岸田殿、橋立殿。“叢雲たんチュッチュ鎮守府”まで、ご足労いただけませぬか」

「うあああいいいあいああいあいい」

 

 岸田、うるさい。……てことは僕と岸田に、あっちの世界に行けってこと?

「あの……何か問題でも起こったんですか?」

「はい。今は詳しくお話は出来ませんが……岸田殿の身に危険が迫っているのであります」

 

 僕は反射的に岸田の顔を見る。今のあきつ丸さんの セリフを聞いた為か、岸田は口をあんぐりと開け、目を点にしている。

 

「お、俺に身の危険……?!」

「そうであります。元々は比叡殿もこの場に来る予定でありましたが……運悪く深海棲艦に遭遇し、比叡殿は囮役を自らかって出て、向こうに残ったであります」

 

 その言葉を聞いて、僕の頭が真っ白になった。秋口の、比叡姉ちゃんと僕を極限まで追い込んだレ級とのあの戦いを瞬時に思い出し、僕は気がついたらあきつ丸さんの肩を掴んで揺さぶっていた。

 

「姉ちゃんが?!! 姉ちゃんは大丈夫なのか?!!」

「ゆ、揺らさないで欲しいのであります……!!」

「無事か?! 無事だったのか姉ちゃんは!!」

「ひ、比叡殿は我が鎮守府でも手練の一人……そう簡単には沈まないのであります……今もきっと無事かと……!!」

「無事なんだな! 姉ちゃんは無事なんだな?!」

「や、やめて欲しいのであります……!」

 

 あきつ丸さんの言葉による抵抗を受け、僕は我に返り、あきつ丸さんの肩から手を離す。我ながら、今のは大人気なかった……

 

「ご、ごめんあきつ丸さん」

「気にしないで欲しいのであります。誰でも自身の姉が危機に直面していると知ったら、取り乱すものであります」

 

 あきつ丸さんはそう言って僕に微笑みかけてくれる。よかった。少しは気が楽だ。

 

「……時間がありません。話を戻しますが岸田殿、来ていただきたいのであります」

「あ、あの……シュウ?」

「そして……個人的にですが、橋立殿……」

 

 うーん……なんか橋立と呼ばれるのは違和感がある……

 

「シュウでいいですよ。みんなそう呼んでるし」

 

 みんなじゃないけど……“超絶鈍感クソ野郎”って呼ぶ奴もいるけど。今秦野はくしゃみしてるんだろうなぁ……

 

「了解であります。ではシュウ殿。シュウ殿をお呼びするのは、このあきつ丸の独断なのでありますが……比叡殿に、シュウ殿を会わせたいのであります」

「へ?」

「比叡殿は鎮守府に戻ってから、ずっとシュウ殿の話をしていたであります。今日こちらに来てシュウ殿と会うことも、とても楽しみにしてらっしゃったご様子。作戦が決まった日から今日までずっと、あんなに楽しそうな比叡殿は見たことがなかったであります」

 

 そうだったのか……姉ちゃん……

 

「不測のアクシデントとはいえ、そんな比叡殿がシュウ殿と会えないというのは……このあきつ丸、忍びないのであります。自ら危険な役を買ってでた比叡殿には、なんとしてもシュウ殿に会っていただきたい」

 

 そこまで言われたのなら仕方ない。父さんと母さん、それに秦野の顔が一瞬浮かんだが、姉ちゃんのことが心配だ。僕で力に慣れることがあるのなら、喜んで力になる。

 

「分かりました。僕は何をすればいいんですか?」

「とりあえず、岸田殿と共に鎮守府に来ていただければよいのであります」

「分かりました。おい岸田?」

 

 僕は改めて岸田を見た。岸田は相変わらずポカンとした顔をしていたが、目に少し光が戻っている。この異空間に、少しは慣れてきたのかな?

 

「お……おぉおおお、なんだシュウ?」

「なんだじゃないよ……岸田、僕は行くよ」

「い、行くってどこへだ?」

「決まってるだろ。お前の“叢雲たんチュッチュ鎮守府”だよ。お前はどうする?」

「ど、どうするったって……」

 

 岸田は怪訝な顔であきつ丸さんを見た。あきつ丸さんは相変わらず、まっすぐな眼差しで岸田の方を見つめている。

 

「あ、あの……あきつ丸……さん?」

「はい、であります」

「行くって……」

「岸田殿が作り上げた、“叢雲たんチュッチュ鎮守府”であります」

 

 真面目な顔して言う名詞じゃないよなこれ……つーか岸田、改名するって言ってなかったっけ?

 

「ほ、ホントに? ウソじゃない?」

「ウソではないのであります。鎮守府では、あなたの分身たる叢雲たんチュッチュ提督が、あなたの到着を待っているであります」

 

 岸田は目をぐるぐるさせながら、自分のパソコンのモニターを指さした。なんかだんだんイライラしてきた……

「こ、このモニターの向こう側へ?」

「そうであります」

「俗に言う、二次元へ?」

「そうであります」

「俺とシュウが向こう側の世界に?」

「そのとおりであります」

 

 あーもうムカつく!! 行くのか行かないのかハッキリしろよ岸田!!!

 

「いや、つーかもう僕が決める! あきつ丸さん! 岸田も行きます!!」

「ちょっと待てシュウ! 勝手に決めるなよ!!」

「よく考えろ! 二次元だぞ?! お前、前から口癖が『フェイトそんは俺の嫁』と『あー二次元行きてぇ。リアルに』だっただろうが!!」

「た、確かに……」

 

 やはりだ。やはりこう攻めれば岸田は陥落する。

 

「よし決まり! あきつ丸さん!! 岸田も行きます。つーかむりくりでも連れて行きます!!」

「だからといってかってに決めるなシュゥウウウウウ?!」

 

 僕の決意、そして岸田の慟哭を聞いたあきつ丸さんは、安心したようににっこりと微笑み、目に涙を浮かべた。

 

「……よかったであります。このあきつ丸、任務達成だけでなく、比叡殿に助けていただいた恩も返せるであります」

 

 その直後あきつ丸さんの身体が、あの日の比叡姉ちゃんのように輝き始めた。それを見て岸田は『ひえっ?!』という悲鳴を上げ、腰を抜かしている。岸田、その悲鳴を姉ちゃん以外が使うことは許さん。

 

「こ、これは……」

「お二人とも、このあきつ丸の手を握って欲しいのであります」

 

 輝くあきつ丸さんが、僕と岸田に手を伸ばしてきた。僕はあきつ丸さんの左手を取り、岸田の手を強引に取って、同じくあきつ丸さんの右手に触れさせた。

 

 その途端、僕と岸田の身体も同じく光り輝き始めた。痛みや違和感はないが、自身の身体が発光し、身体からたくさんの光の粒がたちこめる体験なんてしたことなくて、少し狼狽えてしまう。

 

「大丈夫であります。このまま手を取っていていただければ、向こうに行けるのであります」

「そ、そうなんですか? つーかこんなタイミングよく……」

「それは向こうに到着してからお話するであります」

 

 岸田を見ると、岸田はさっきと同じく、白目を剥いて泡を吐いている。スベスベマンジュウガニの再来だ。

 

「身体が……身体が光って……うひゃひゃ……」

「岸田しっかりしろよ! 仮にも叢雲たんチュッチュ提督の分身なんだろ?」

「……ハッ! そういえば!!」

 

 光り輝くスベスベマンジュウガニが、思い出したように口から泡を吐きながらあきつ丸さんに詰め寄った。

 

「向こうに行くということは!! 叢雲たんに会えるのか?! 待ってくれているのかッ?!!」

 

 いよいよの段階にきて、やっと正気を取り戻したかと思えば、聞くことはそれなのかこのスベスベマンジュウガニは……

 

「あ……あの……」

「どうした?! 叢雲たんは待ってくれているのか?! 待ってくれているのだな?!!」

「そ、それがー……叢雲殿は敵母港空襲作戦に出て、しばらくは帰ってこないのであります……」

「そ……そう言えば今日の昼過ぎに遠征任務に出したんだった……ボーキないから……む゛ら゛ぐもぉぉおおおおお?!!」

 

 その瞬間、僕達の姿は消え、向こうの世界に渡った。こっちの世界で最後に聞いた声は、いまいち人間に進化しきれないスベスベマンジュウガニの慟哭だった。

 

 姉ちゃん、待ってて。今行くから。

 

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