気付けば、紅い館でメイドとして働いていた。
——男なのに。
「……なんでっ……こんなことに……ッ!」
諦めの混じった激情は向ける矛先すらなく霧散して行く。
最古の記憶は——確か、友達と一緒にご飯食べに行った記憶……。
「レイ君。妹様がお呼びですよー?」
「げぇ……」
いきなり部屋に入ってきた妖精メイドに思わずうめき声を返してしまう。
妹様——フランドール・スカーレットはボクの主人。
つまり、ボクはフランドール様の専属メイドである。
他の住人からは気がふれてるだの凶暴かつ凶悪だの言われていたが、実態は能力に振り回され、制御を諦めた女の子だった。
色々あってボクが能力を弱体化させて上手く制御できるレベルまで落としたわけだが——代償としてボクはフランドール様の所有物となった。
まぁ、見た目麗しい女の子の唯一になれると思えば気分はいいが……。
ともあれ、主人の呼び出しだ。
用件は想像付くが、そして逃げ出したい気持ちでいっぱいだが、行かねばなるまい。
全速力で地下にある図書館のさらに地下、薄暗い洞窟のような穴倉の先にある扉に向かう。
扉には【フランのお部屋】と可愛らしいタッチで彫られたカードがぶら下がっており、中からはカタカタカタカタカタ、と異音が聞こえる。
ボクは扉の前に立って息を整えて薄く滲んだ汗を拭う。
白いエプロンに汚れがないのを確認して扉をノック。
「あ、はーい、入っていいよー」
あどけなく、幼い声。
相変わらず異音は聞こえたままだが、それはいつものことだ。
ノブを回し、開く。
現れたのは真っ赤な部屋。
紅いネグリジェ姿の少女が机に向かって座っている。
主人のフランドールだ。
長い金髪をゆったりと伸ばして椅子に座った少女は足をぶらぶらさせつつ、咥えていた棒付き飴を口から出すと手招きをした。
「よく来たねーレイちゃん」
パタパタ、と背中から伸びた一対の棒に七色の宝石をぶら下げた異形の翼をはためかせて笑顔で寄ってきた。
身長はボクの肩ぐらいで——多分一三〇センチくらい。
そのためボクの顔を見ると必然的に上目遣いとなるわけだが、フランドールは無邪気な笑顔を浮かべるとくいっと指をクローゼットに向けて動かした。
「今日はこの服を着て貰うために呼んだんだー。アマゾネスで頼んだお洋服なんだけど、ついさっきスキマ宅配便に届いてね」
クローゼットから現れたのはありえないところにスリットが入った青のエプロンドレス。
嬉々として広げたフランドールは着て貰うのは確定事項かのようにボクにそれを押し付けてくる。
「フランドール様……? あの、ボクは男——」
「知ってるよ? でも私のメイドなんだから好きにしていいよね?」
「……はい……」
反撃は諦めた。
なんせ、片手に炎の剣を召喚してるのだ。
止めるのはまあ容易だが、結果として大変面倒な事になるのは分かりきっている。
特にこの館——紅魔館の住人は我が主人に甘いところがある。
背後、机に置かれたノートパソコン(ボクの所持品だったらしい)をなんとなく一瞥し、ボクは併設された更衣室に進入する。
もはや慣れてしまったメイド服を手早く脱いでハンガーに掛けると、すぐにエプロンドレスを着る。
腰から脇にかけてのスリットから外気が入って寒い。背中だって半分くらい出てる。
スカートなんか膝上丈。
女の子が着れば間違いなく魅惑的に映るだろうそれは残念、男たるボクが袖を通すために買われてしまった。
——どうせならフランドールが着ればいいのにな。
無意識に浮かんだ雑念を頭を振ることで振り払う。
「着たー? 早く出ておいで」
「フランドール様、そろそろボクのセクシャルを把握してくれませんかねぇ……」
「え? 男の娘でしょ? 分かってる分かってる」
当たり前のように男の子だと返答が来た。
分かっててやってるらしい。というか分かっててやってる。何回も聞いたし。
専属になった時は執事服だったのになぁ……。
一日パソコン貸したらこうだよ……。
一体何見たんだ……? 怖い。
「レイ。そろそろお姉さまが異変? だかなんだかってイベントを行うらしいの。幻想郷の管理者ととも打ち合わせしてね、なんだか、スペルカードルールとやらを導入するみたい」
「はぁ」
衣装の細部を直しながらフランドールは最近みんながせわしなく動いている理由を唐突に話しだす。
なるほど、イベントの用意をしていたわけだ。
「なんでも、妖怪を人間が倒す為のルールなんだって。幻想郷のバランスがどうこう言ってたけど、小難しくてよく分かんなかったけど」
「妖怪を倒すためのルールですか。妖怪に従う理由はないのでは?」
うん、とフランドールは首肯する。
どうやらそれだけではないようだが。
「妖怪は人間を食べるでしょう? でも、幻想郷は狭い。人間生産地である人里から人をさらうのにも限界がある」
「あぁ、つまり——」
「そ、人間に妖怪を打倒しうる武器を進呈しようっていうのがスペルカード。既に人里には魔法使い達が作ったスペルカードが配布されたり売られたりしてるみたいよ?」
言葉から察するに、スペルカードとは魔法などが封じられた呪文書のようなもの……だろう。
それも、おそらく大半は使い捨て。
護身用の武器に近いか。
「なるほど。大体は把握しましたが、なぜ今その話を?」
「もっちろん! レイ! スペルカードを作りましょう! お姉様達は既に作ったみたいだけれど、私はテカテカ動画見たり生放送したりで忙しかったし!」
一瞬ニートという文字が頭を過ぎった。
あぁ、違う。我が主はニートではない。
無理やり腹パンでもして不敬な念を叩き折る。
この後、図書館の主パチュリー・ノーレッジにスペルカードの作り方を指南してもらい、日が暮れるまでスペルカードを作りまくった。