その日の午後、思い思いを背にした黒い制服に身を包んだ学生たちを見守る曇天は遂に、その涙腺の封を破り捨て泣き出した。
慈之宮(いつくのみや)高校の新設された真新しい校舎を滴る雨粒たちがニヤミスを繰り返す一室の窓辺に彼女――四奏小夜は、頬杖を着いたまま泣きじゃくる黒い天を仰ぎ見ていた。
仕切りに吐き出される吐息の無色透明な姿はやがて、目には見えない落胆という名の色彩を強めて行く。
「小夜。そんなに溜め息ばっか吐いてるとね、幸せってのは寄り付かなくなるもんだよ?」
「だって亜弥(あや)ちゃん、天気予報は曇りのままだ、って言ってたんだよ?」
「予報は予報。あくまで推測なんだからさ、アテが外れることだってあるんだよ」
正論に塗れた反論を下して来るのは小夜の学友にして親友、興野(おきの)亜弥。茶系のミドルヘアを後ろで一つに束ねた、やや尾の短いポニーテールを呈した髪型をしている。
しっかりとした目鼻立ちは沖縄出身者であるのが由縁か、はたまた家系の血筋が由縁か。
「分かってるよ。でもさ、やっぱり釈然としないじゃん?」
「小夜ってさ時々、変に強情なところあるよね」
「強情じゃないよ、私はただ――」
腰骨に両手を当てがった小夜が続けようとした瞬間。その言葉を遮るかにように、空が大き目な嗚咽を漏らした。
「けっこー近かったんじゃない?」
「うぅ……雷、嫌い」
「もう、小夜は怖がりなんだから」
「しょうがないじゃん、怖いものは怖い――」
そして、もう一度。
「小夜、あんた喋らない方がいいんじゃない?」
順応性が高い性分なのか。小夜は二度の結果から得た教訓を生かして口を両手で押さえながら頷きを繰り返す。が、相手は自然。
「こりゃ酷くなりそうだわ」
亜弥のうわ言が告げた通り、黒い雷雲に覆われる空の号泣は激しさを増すばかり。残念ながら小夜の教訓は水泡が如く弾け消えることとなった。
午後に控えた二限の授業時間を気が気でないまま過ごす運びとなった小夜が、六時限目の生物室から帰って来る廊下の途中、ふと空模様を確認するために窓の外へ視界を逸らした時のこと。
学校の敷地内と外とを隔てる薄緑の網目状のフェンスの外からこちらを見やる黒装の男と視線が交錯した。
「誰?」
「小夜、どうしたの?」
「亜弥ちゃん、あれ」
「え、どこどこ?」
数歩先を歩いていた亜弥が踵を返して戻って来る。
しかし、小夜が再び黒装の男が居た箇所を指差した際には、既にそこはもぬけの殻。フェンスの内に乱立した木々が風に煽られる姿しかなかった。
「お化けでも見たの?」
「違う。さっきはそこに男の人が――」
「良い、小夜。恐怖心って言うのはね、怖い怖いと思ってるから悪化するものでね」
悪意の程は皆無。しかしながら解せないのは、不確かな証言には決定的な裏付けを伴わせる必要性が着いて回ることにある。
この場に於いての裏付けとは、走り去る後ろ姿でも何でも、そこには確かに誰かが立っていたという残留物、もしくは痕跡が窺い知れることである。だが、小夜はそのどれも示すことはできない。
よって。不本意に打ちひしがられる結果となろうとも、ここでの小夜は泣き寝入りする以外に選択肢はない。
「もういいよ」
「あ、ちょ――小夜?」
故に彼女がとった、ヘソを曲げる、という行いは不正だった。不正を働いた者が受けるのは決まって罰。その度合いに見合った処罰である。
そうとなれば小夜の不正はちっぽけなものだった、と仮定される。が、このすぐ後に待ち受ける彼女への処罰は相応なものだったのか。
今となって振り返れば恐らく――それは見合った罰ではなかったのかもしれない。
次回以降はやや長めの文章になる予定です。
ここまでが実質的なプロローグだと思って頂ければ良いですかね(おい)。