――思い出したか。
聞き覚えがあった、と、今なら自覚を持てる男声が尋ねてくる。
「ええ、思い出した――それで?」
不機嫌な訳ではない。
これが今の彼女――小夜の標準である。
「それで、とはどういう意味だ?」
「言葉のまま。どうして私がこんな場所で拘束されているのか……その理由が分からない」
「思い出したんじゃないのか?」
「思い出せた範囲だけで言うなら、こうなった理由の検討が着かない。私はあなたに借りがある――分かったのはそれだけ」
告げると、返って来るのは盛大な溜め息。
「肝心な部分、ぜんぜん思い出せていないじゃないか」
「この借りは重要ではない、と?」
「そうさ。僕が君を助けるのは当然のこと――ギブアンドテイクなんだよ」
「悪いけど、話が見えて来ない」
「なら、もう少しだけ思い出してごらん。自分が何者なのか。何故、僕が君を助けるのが当然のことなのか。その答えを君は、既に知っているはずだよ」
先まで暗闇に苛まれ続けていた彼女の目だが、打って変わり、今はその鮮明さを取り戻した。
太さが異常な鉄格子。その隙間からこちらを見下してくる疲弊し切った虚ろな目。
これまで会話を繰り広げていた相手の姿は実に、その優男風の口調とは見合わない風体を成していた。
「何故――どうしてあなたはそこまで、私に自力で思い出させたい?」
「思い出とはつまり、経験、体験なんだよ。経験も体験も伴わない記憶には実感が付与されることはない。実感が持てない記憶を君は――信じられるかい?」
「私が信じるかどうかに重要性はあるの?」
「これから先、僕は君に信頼される必要があるんだ」
男の顔にやつれた笑みが浮かぶ。
「小夜、僕に力を貸して欲しいんだよ」
「協力――それがあなたの企みか」
「企みじゃない。望みだよ」
「言い方なんてどうだっていい。大切なのはその内容、違う?」
「そんなに急いでは駄目だ。君は先ず、自分自身のことを知って欲しい。それからでないと、次には進めない」
まどろっこしい。小夜は思わずか、舌打ちを一つする。
嫌に響く、と首を回してみて気付く。格子内は広く、自分の手足を繋ぐ鎖の他には何もないことに。これではまるで、動物の檻も同然。
「協力を仰ぎわりには随分な扱いじゃない?」
「仕方が無いことさ――これは僕の意向ではないんだ」
「なら、誰のだって言うの?」
「政府。日本国政府の意向だよ」
小夜に驚きはなかった。
決して合点がいくこともないが、それでも胸を支えさせる異物感は伴わない。
それはきっと、政府、という単語を耳にした際に喚起して来た追想の続きが由縁だろう。