「無事アリエッタを逮捕することができました。バチカルに連行して罪を裁きます」
にこやかに笑ってセリスさんはそう言った。
「あ、あの、我がしもべの不手際、お許し下さい。ダアトに移送して教団でしかるべき手順を踏んで査問会にかけますので……」
いやぁ、それは無茶じゃないかな。それって治外法権だよね? ダアトってそんなに権力あるの? 条約が定められているの? 案の定、セリスさんはその笑みを深めると、
「はい? 今何かおかしなことが聞こえたような………………ところで導師イオン、今回の軍港襲撃事件で発生した損害額、死亡した人数、遺族へ払う補償金、それらを微に入り細を穿ち説明いたしましょうか?」
あぅ……とうめいて動きを止める導師様。相手が悪いよ。というより状況が悪い。これだけのことをしでかしてキムラスカで裁かれないなんてさすがに無理があるよ。
「……それと、襲撃を指示したという特務師団長アッシュの指名手配も手続きいたしますので。ダアトにおいても彼の姿を見かけましたらすぐさま捕縛してキムラスカへ引き渡して頂きたいですね」
「…………善処しましょう」
そう言ったのはヴァンさんだ。アッシュの上司なのだから当然か。
その後、王族が帰還するということで軍港の整備士達は夜を徹して作業を続けた。
§
――海。それは青い。大きい。広い。全てを受け止めてくれる。
はぁ、とため息をつく。連絡船キャツベルトの船上で縁に手と顎を預けて。今までは常に戦いも存在する日々だったので気を張っていたのだ。特にこの世界は物騒だから。だが、船の上である。中にいる人員は出航時に乗り込んだ人だけ。唯一船室に閉じ込めている、譜術を封じられたアリエッタがいるけど、見張りの兵士が立っているはずだ。敵が入り込む余地なんてない。それが僕の精神を弛緩させる。
ぼへーっと甲板で海を眺める。
「平和だなー」
だけど内心は焦っていた。飛ばされて来たタタル渓谷から遠くに来てしまった。
「僕……本当に帰れるのかな……」
思い出すのは騒がしくも微笑ましい日々。それらを全て追いやってここに来てしまった。早く帰らなければ、という気持ちが生まれる。
「だけど……」
この世界での関わりもできてしまった。一つはルークさん。彼が無事帰れるようにしたい。助けたいという気持ち。最初はティアさんにも同じ気持ちを抱いていたが、エンゲーブの宿屋でその気持ちは木っ端微塵に砕かれた。加害者だもんなぁ……。とにかく、ルークさんを無事バチカルまで帰したいという思いがあった。戦いでも、彼が殺されないようにと気をつけていた。
もう一つは戦争。この世界に二つだけの国家が、今危機的な状況に陥っている。それを止めたいという気持ち。戦争なんて駄目だ。だから――。でも、こちらは僕にできることは何もない。せいぜいルークさんに頑張ってもらうよう話すくらいだ。
とにかく、まずはバチカルへ到着することを考える。次に和平が結ばれるかどうか。そして最後に僕の研究をしてもらうことだ。
「あれ……ネギじゃねーか」
「ルークさん」
意中の人がやってきた。いつも足下でぴょこぴょこ移動しているミュウはいない。
「ヴァン
「ヴァンさんですか? いえ、見かけませんが……」
彼はまだグレーゾーンだ。できればあまり親しくなりたいとは思わない人だね。
……ところでヴァンさんと言うと、夕食のように聞こえるね。
「……って、え。いてぇ……っ!」
益体もないことを考えていたらルークさんが頭痛を訴えた。
「大丈夫ですか!」
寄り添う。すると――
むくり、としゃがみこんでいた彼が立ち上がった。だが、何かを感じる。
(なん……だ、これ……)
魔力ではないが、それに近しいものを感じる。戸惑っていると。
「な、んで勝手に動くんだよ……」
勝手に動く? 体が?
「誰だよ!」
叫ぶルークさん。一体何がどうなっているんだ? 僕は何をしたら……。ルークさんの体が船の縁に近づく。ぎょっとして落ちないように腕を掴んだ。
「お前が俺を操っているのか!? お前何なんだ!」
操られているらしい。危険だ。だけど何もできな
ゴォォォォオオオオオン!!!!
ルークさんの体が光り輝いたと思ったら、両手を前に突き出すような体勢になり、その直後、ルークさんの両腕の先から信じられないような力が吐き出された!!
「うわぁっ!!」
「ルークさん!!」
海が、割れた。巨大な力の塊が海を通過して飛ぶ。それに大量の水が掻き分けられて割れる。なんて力だ! 元の世界の古代上級魔法並みだ。海に向かって放たれたからいいようなものの、もし船や僕の方を向いていたら――。背筋が凍った。
「ルーク!」
と、ヴァンさんが現れてルークさんの体を背後から抱きしめた。
「落ち着け!」
ヴァンさんはルークさんに的確な指示を出した。それに従うようにルークさんの体を包んでいた光が消えた。
「ルークさん、大丈夫ですか?」
「俺……一体、何が……」
「超振動が発生したのだろう」
「え?」
超振動? でもあれは
「超振動って、タタル渓谷に吹っ飛ばされた時の……?」
「説明してやろう」
そこでヴァンさんはちらとこちらを見た。
「僕にも聞かせて下さい。聞いてまずいものなら口外しません」
真面目な表情で訴える。すると、少し考え込んだようだったが、ややあって話し始めた。
「誘拐され、七年もの間軟禁されたことを不思議に思ったことはないか? 本当の理由はお前の身を案じてのものではない。世界でただ一人、単独で超振動を発生させられるお前を、キムラスカで飼い殺しにするためだ」
なんだか聞いたことのあるような話だ。強大な力を持っているが故に、本当のことを話されていなかった人。
超振動は
「俺が……? 一人で超振動を起こせる……?」
つまり、ルークさんは一人であらゆる物質を破壊できるだけの力を持っているということか。凄いな。凄い危険なことだ。
「訓練すれば自在に使えるようになるだろう。戦争には有利に働く力だ。お前の父親も国王もそれを知っている」
「じゃ、じゃあ俺は兵器として軟禁されてたってことかよ!」
そんな、ルークさんの父親がそんな人だなんて。子供を兵器扱いするなんて。
「ああ、しかもそれは将来にわたって続く。王女と婚約しているお前だ、軟禁場所が自宅から城に王城へと変わるだけだ」
「そんな、そんなのまっぴらごめんだ! 確かに外は怖いこともあるけど、ずっと閉じ込められて戦争で使われるだけなんて!!」
「落ち着きなさいルーク。まずはこたびの使者への協力、戦争を止めるのだ。そしてその功があれば、お前は戦争を止めた英雄になれる。地位が確立されれば、理不尽な軟禁からは解放されるでろう」
英雄になれば自由になれる? …………………………………………違う。そんなの、間違っている。閉塞した状況から脱出する為に英雄になれだなんて。英雄は、人々が自然にそう呼ぶからだ。英雄は自由になる為の道具なんかじゃない。そんなことをしなければ自由になれないだなんて間違っている。ルークさんはそんな色んな思惑で英雄に“ならされる”人じゃない。今自由になれなくて困っているなら、まずはその状況を変えるべきだ。自由になるべきだ。
僕はヴァンさんの言っていることを認められなかった。ルークさんのことを思って善意で言っているのかも知れないけれど、僕はそんなの違うと思った。
この時の僕はまだ知らない。ルークさんにもっともっと過酷な運命が用意されていることに。
§
次の日、僕はセリスさんとガイさんに話をした。ルークさんの超振動と、ヴァンさんが誘導した英雄についての話を。
「…………そんなことが」
「……………………」
二人は黙って聞いてくれた。ヴァンさんとの約束を破ったことになるけれど、どうしても僕だけにとどめておくことはできなかったのだ。この二人を選んだのは、確実にルークさんの味方になってくれる人達だと思ったからだ。
「僕は……僕はヴァンさんを疑っています。少なくとも信用はしていません」
「ふむ、それはどうしてですか?」
僕は話した。まず、魔弾のリグレットが言っていた、「閣下」という単語。それはヴァンさんを指すのではないかということ。彼は和平を妨害し、マルクト兵士を殺す命令を下したのではないかという疑い。
「これが一つ目です」
次に、アッシュの存在だ。彼はルークさんと同じ顔をしている。そして僕は、あの二人は何らかの関係があると思っている。それで不思議なのが、
「ルークさんがアッシュを知らなかったことです」
「ルークがアッシュを知らないのは当然じゃないか?」
とガイさん。
「違うんですよ。だってアッシュはヴァンさんの部下ですよ。当然会ったことがあるはずじゃないですか。そしたら、剣術を教えている相手と部下が同じ顔だったら、それに何ら後ろ暗いことがないのだったら、ルークさんに言うでしょう。『私の部下にはお前と良く似た男がいるのだ』とかって」
「――!」
「だけどルークさんはヴァンさんにそんなことを言われたことはなかったんでしょう? だったら、ヴァンさんはアッシュがルークさんと同じ顔であることを隠していると見るべきです。僕はそこに、何らかの意図があるんじゃないかと見ています」
ルークさんとアッシュが同じ顔であることに、何か意味があるんじゃないかと思うのだ。
「まさか……」
「何か心当たりがあるんですか? セリスさん」
ガイさんも何やら考え込んでいるようだけれど。
「いえ、少し突拍子もないことです。ですが……七年前の誘拐……記憶喪失……もしや」
気になることがあるんだったら話して欲しい。
「すみません。ネギ、ことは重大かつ慎重なことです。バチカルに戻ったら詳しく調べてみますので、ここで言うことは控えさせて下さい。その代わり、真実がはっきりしたら、話します」
「…………わかりました」
そうして、話は終わった。
§
ただいま船室でのんべんだらりとしている最中。
「あ゛ー暇だー」
ルークさんはぐてっとしている。船の中ではやることがなくて暇だ。ルークさんは時折僕に元の世界(ルークさんにとっては異世界)について聞いてきた。僕も暇を持て余しているので、喜んで説明した。他の人には聞かれないように。ルークさんは自分の知らないことを感心しながら聞いていた。
「まあまあ、ルーク様、あと一週間の辛抱ですよ」
「時間かかりすぎだろ……これならケセドニアに行く方が早かったんじゃね?」
「カイツール軍港からケセドニアに入港するルートはマルクトの海域ですし、辿り着くケセドニアの東側港もマルクト領事館の管轄です。故にカイツール軍港から東へ進むこの航路しか取れないのですよ。私達はマルクトに入国できないのですから」
部屋にいるのはルークさん、ジェイドさん、ガイさん、そしてセリスさんと僕だ、導師様とアニスさんもいる。扉の内側と外側にはそれぞれ二人ずつ、計四人の兵士が見張りとして立っている。
僕達は今カイツール軍港から真東に向かって進み、そこから北東に進路を変え、音機関都市ベルケンドや職人の街シェリダンを通り過ぎ(ベルケンドには寄りたかった)バチカルを目指している。この航路の北にはダアト自治区があるパダミヤ大陸が。そしてベルケンドの北東にはバチカルがある。帰還はもうすぐそこだった。
その時だ、扉の外にいた兵士が入ってきた。
「大変です。北東のバチカル方面から多数の魔物と、正体不明の譜業反応が!」
「敵ですね」
ジェイドさんが冷静に言う。ま、また
「ま、まずいですよ。船ごと沈められたら……」
「みゅうう、ご主人様。僕は泳げないですの。溺れちゃうですの」
「うるせぇ! 勝手に溺れて死ね!」
投げられたミュウを慌ててキャッチする。乱暴過ぎるよルークさん!
「ルーク様、ネギ。この船室で待機していて下さい。ガイ! 護衛役は任せましたよ。カーティス大佐、お気をつけて。タトリン奏長、導師イオンから離れないように。私は部下の指揮をとります」
セリスさんがそう言って出て行った。僕らの手出しは不要らしい。
「セリス……大丈夫かな」
「セリス将軍はマルクトでも恐れられる凄腕の指揮官です。任せて問題はないでしょう」
不安そうに呟くルークさんに、安心させるように言うジェイドさん。
そして、乗り込んできた神託の盾騎士団の兵士と魔物、巨大な譜業(ロボット)はセリスさんの指揮する十数人の兵士によって鎮圧されたのだった。何でも、六神将の死神ディストが来ていたらしい。ロボットは彼が製作したものなんだとか。彼はジェイドさんを呼んでいたとのこと。それを聞いた時のジェイドさんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。ディストだけ逃げられてしまったことが、更に彼の表情を渋いものにした。
とにかく無事に敵を撃退できた。また、人が死んだけれど。
後書き
戦闘? カットだカット。
カイツール軍港から東側に行き、バチカルへ直接移動。「キムラスカのケセドニア港は西側に作られている。停戦状態なら東のマルクト側港を利用できる」原作でナタリアが言った台詞です。つまりキムラスカ領土のカイツール軍港から出立する船は、東側に移動するのが定期航路ということです。なので原作と違いその航路をとりました。故にケセドニアにも寄りません。