ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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三十話 迷い/vacillate

 宇佐美は、東京の町をたった一人、とぼとぼと歩いていた。

 顔にはまだ傷を隠すためのガーゼなどが残っており、周りから見えることはないが、身体中が包帯で巻かれている。

 普通なら絶対安静で、病院から出ることも許されなかった彼がなぜここにいるのか。病院から脱走したのだ。

 宇佐美は立ち止まって町行く人たちの顔を見る。

 若いカップル。女子高生の集団。柄の悪そうなあんちゃん。老人夫婦。外人。親子。仕事終わりのサラリーマン。そして表情は、怒っていたり、笑っていたり、泣いていたり、悲しんでいたり。いろいろな感情がここに集結している。

 こうして人の顔をしっかり、ちゃんと見たのはいつぶりだっただろうか。少なくともウルトラマンが降ってきたときのスクランブル交差点以来、まともに見ていないと思う。

 ここにいる、その大半の人たちがウルトラマンを快く思っていない。

 宇佐美は思う。

 命をはって戦っていても、どんなに死ぬ気でやっていても、誰にも誉められることはない。誰にも認められることはない……。なんだか、悲しい話だ。

 人は、後の時代にその行為が英雄的だのなんだの言うのだろうが、果たしてその言葉だけで片付けてつまっていいのだろうか。英雄的な行為がどんなに悲しくて、むなしくて。それを教えなくていいのだろうか。

 遥か昔、ウルトラマンは地球に侵略したらしい。それが事実かどうか。俺にはわからない。知るすべがない。多分嘘なんだろうが、確たる証拠はない。

「そういえばまたウルトラなんとかが出たらしいな。横浜に」

「ああ、自衛隊の戦闘機を落としたんだろ? パイロットは全員生きてたらしいけど。怖いよなぁ」

「というか――」

 宇佐美の横を若いサラリーマンたちが歩きながらそう言った。

 宇佐美は、拳をギュッと握りしめた。

 結局、あの場あの時の一部の人は変えられても、多くの人が変わらない限り世の中は変わらない……か。

 自分は一体なんのために戦っているのだろう。ふと、そんな疑問が脳裏に浮上した。

 人間の自分が今までの日常を捨てて、この戦いに一歩踏み出した理由は一体なんだったのだろう。みんなに非難されることが目的ではない。それなのに今の自分はなんで非難されているんだろう。

 自分は……。

 言葉が出てこない。今の気持ちをなんと言えばいいのかわからない。今までにないどす黒い感情。とても、とても汚い汚れた感情。わからない。この感情がなんなのか。頭がこの感情を理解していない。

 非難され、殺されかけ、罵倒された。その先にある感情が出てこない。理解できない。頭が教えてくれない。教えろと命令しても教えてくれない。頭が危険だと知らせるだけだ。

「…………」

 と、立ち止まって人々を見ていると、涙目になって辺りをキョロキョロしている少女がいた。

 迷子だろうか。近くに親らしい人はいない。

「そこの君」

 宇佐美はどうしようか少し悩んだ後、声をかけることにした。その時、なぜか心がチクッとした。なぜだろう。なぜなのだろう。こんなことは一度もなかった。まるで頭がやめろと命令してくるようだ。

 少女は後ろから話かけられたからだろう。肩をビクッと震わせて、こっちを怯えるように目で見た。

 こんな世界だ。野蛮な男共と勘違いされたのだろう。しかし、なぜだか自分はそう思ったときにどす黒い感情が喉まで込み上げてくる。なんだこの感情は。

「迷子かい? お父さんとお母さんは?」

 宇佐美は少女の反応を無視してそう言った。こういう場合何か言ったほうが怪しまれるだろう。と判断したからだ。そのくせなんかおかしい。その言葉には裏がありそうだ。自分の言葉の裏に何かある。おかしい話だがそう感じる。

 少女は涙目のまま首を横に振った。

「じゃあ、お父さんかお母さんのケータイの電話番号はわかる?」

 これにも少女は首を横に振った。

 わからない。何かを殴りたくなるこの感情がわからない。

「じゃあ、一緒に探そうか」

 警察はあてにならないし、こうなればもう、親を探す他ない。

 宇佐美はめんどくさいことになったなぁ。と思いつつも、少女に手を伸ばす。すると少女はほっとした表情を一瞬させて、二人一緒になって親を探し始めた。

 違う。この気持ちはめんどくさいという生優しいものではない。何かをぶち壊したくなるこの感情はそんなものとは違う。人間を見る度に貯まっていって、いつか爆発しそうな気持ちは一体なんなんだ。

 

 

 総理官邸地下、危機管理センター内。

「それで、タイラントの動きは?」

 アメリカから火星付近にてタイラントを発見したとの連絡を受けた日本政府危機管理センターは既に動いていた。

 なぜなら、タイラントが地球に接近。更に、この日本へと衝突する可能性が極めて高いとの計算が来たからだ。

「変わりなし。後30分で東京のどこかに衝突します」

「総理、自衛隊は?」

「先ほど決定したように、全部隊に防衛出動待機命令。それから――公安委員長、そちらも頼む」

「わかりました。国土交通省、消防庁と連携して避難活動にあたらせます」

「では、海上保安庁は――」

「海上からの避難を行います」

「それでは――」

「総理ッ!」

 総理がいいかけたその時、若い男が話を割って入ってきた。

「君、今は――」

 そんな総理に男は近づき、耳打ちをした。

 その後、総理は下を向いて黙ってしまう。そして言う。

「……防衛出動待機命令を取り消し。避難活動も行わないことになった」

 突然言われたことに対して部屋の中は騒然となる。みんなが総理に向かって説明を求める。

「あのお方たちからの命令だ。背いたら日本が滅びる」

 総理はため息まじりにやれやれとそう言った。

「し、しかしそれでは――ッ!」

 国土交通大臣が総理に噛みつく(物理的な意味ではない)。

「なら避難活動をしてみろ。日本国民全員殺したいんならな……。少数を救ってその後に少数を含む全員を殺されたらもとも子もないだろう」

 その言葉に誰も反論できない。

「君たちの気持ちはわかっているつもりだ。しかし我々が救うべきなのは一億二千万すべての人間ではなく……その大半なのだ」

 まるでそれは独り言の言い訳のようにも聞こえた。事実、総理にもそういう言い訳をすることで自分の行為が決して悪いことではないと信じたかったのだろう。

 奴らが地球を支配してからはずっとこうだ。民間人は知らないが、政府にはほとんどの決定権がない。何のために政府があるのか、これではまったくわからない。

「すでに自衛隊が勝手にウルトラマンを援護したことで日本政府はかなり非難され、国際的に孤立しようとしている。今ここあのお方たちの命令を無視すれば宣戦布告される恐れもある……いや、最悪の場合宣戦布告なしで核の先制攻撃を受ける可能性も大いにある。これ以上この国を孤立させるわけにはいかないのだ。今回のことも我々は隠蔽しなければならない。国民を守るために」

 25年前、人類は知った。自分たちには到底敵わない敵がいることを。その力は強大で、絶対に勝てないということを。しかし、人間の感情は諦めようとしない。25年前もそうだった。人類が降伏するとき、各地でデモが起こった。地下シェルターは荒れに荒れた。そのデモにイラついてあのお方たちはデモを起こした人間を化け物へと変え、警察と衝突させた。それはまるで人類に対しての忠告。我々に従わない者は誰であっても殺すということを意味していた。だから各国政府は情報の隠蔽をせざるをえなくなった。人類は完璧に追い込まれている。隠蔽はそれから少しでも長い間逃げるために必要なのだ。

 危機管理センター内を嫌な雰囲気が包み込む。政府はあまりにも無力であった。

 

 

「…………」

 モロボシダンは空を見上げていた。

 そこには金色をした文字が書いてある――ウルトラサインだ。

 タイラント。それしか書かれていない。おそらくそれだけ送るのが精一杯だったのだろう。

 果たしてあの青年はこれに気がついているのだろうか? モロボシはそう思った。

 これを見たところで自分に行動することはできない。自分はただの傍観者。メビウスを見届け、たまに助けることくらいしかできない。変身して戦うなどもってのほかだ。例えその結果メビウスが死んだとしても。

 ウルトラマンが悪のこの世界で、人間がウルトラマンとして戦うのは相当辛いだろう。しかし、それは彼自らが望んだ結果だ。世界を変えたいと思った結果だ。少し絶望したくらいでそれを諦めるのなら……死んでしまうのなら所詮その程度だということだ。

 そう心の中で呟くダンの表情は、いま思っていることとは真逆で、辛そうに見える。

 メビウスは絶対にタイラントに勝てない。ウルトラマンの力とは、すなわちそのウルトラマンとの相性だ。最初にウルトラマンと合体したハヤタをAとするのなら彼はD。相性は鍛えて良くなるものではない。越えられない壁がそこにある。だから彼は歴代のウルトラマンの中で最も貧弱だ。

 それでも彼を選んだ理由とはなんなのだメビウス。今、お前の存在は確認できない。聞きたくても聞けないが、これはあまりにも残酷ではないのか? それとも彼には何か潜在的な能力でもあるのか? ぼくにはわからない。

 そう。僕には何もわからない。地球人を守るべきなのか敵対するべきなのかすら。何年間考えても答えが出ない。それなのにお前はなぜ人間を助けられる。迷いはないのか? 仮にもお前の兄弟を殺した人間を助けることに違和感はないのか? なぜお前は行動できたんだ。

 考えても答えは出てこなかった。

 モロボシダンは、自分が何をすべきなのか、まだ、わからなかった。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。
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