ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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三十六話 生きろ/despair

 数分前、航空自衛隊、小松基地。

 そこにいる者の顔は、どれも不安に満ち溢れている表情だった。

 無理もない。今からこの第6航空団第306飛行隊は今まで攻撃していた他の隊と交代して怪獣の監視をしに向かうのだから。当然、死ぬ危険性が高い。そう考えれば、こうなるのが普通だろう。

 考えてみてほしい。あなたは一人の自衛官。F-15Jを操縦する一人の人間だ。

 今から行くところには、他国の戦闘機がうじゃうじゃいると考えられる。

 あなたが守ろうとしているその国には、憲法によって交戦権がない。つまり相手がたとえ攻撃してきても、極論を言えばこちらは攻撃することができない。

 そこに今からあなたは行かなくてはならない。何としても。例え子どもがいようと、余命宣告されてしまった大切な人がいようとも。

 交戦権がなくとも行けということは、つまり死にに行けということ。

 怖いだろう? 戦後から今まで人権に関する憲法が最悪になった以外にはろくに憲法の整備をしなかった国の末路だ。憲法を変えるなんてことはもう一つの敗戦国はしょっちゅうやっているのに。この国は憲法を変えることに関してのアレルギーが強すぎる。

 それが彼らの思いだ。不満だ。不安だ。みんな自衛官という肩書きがあっても、一人一人の人間なのだ。どこも特別ではない。お化け屋敷に入って怖いと思う人もいるし、子犬を見て微笑む人もいるし、お前らは人殺しの集団だと言われて苦しむ人だって当然いる。それを苦にして――更にいろいろな事情があって自ら死を選ぶ人もいる。だから、そういうときは誰かが励まさなくてはならない。それが多分……自分の役目だ。

 彼は手をパンパンと叩いてみんなの注目を集めさせた。

「みんな、よく聞いてくれ」

 パイロットたちの視線が一気に集まり、少し緊張する。

「現場には米軍が必ずくる。だからみんな怖いと思う。だが、俺たちはなんだ? 俺たちの仕事は……? 俺たちは航空自衛隊の自衛官だ。俺たちの仕事は国防だ。俺たちの仕事は国民の安全を守ることだ。……そして俺たちの目指す国防は罪なき人々を守ることだ。こんな世界でもな、まだ子どもたちは純粋だ。そして、純粋な子どもたちだけが未来の希望だ。そんな未来の希望を守るために俺たちは出動するんだ。だが、お前らにも嫁さんやガキがいるんだ。この世界が平和になったとしても、お前らが帰ってこなきゃ誰かが絶対に悲しむ。だから、絶対に生きて帰ってこい」

 そう言った後、小さな声で以上。と言った。

 励ますつもりだったのに、こういうときに限って言葉が出てこなかった。でも、別にいい。一番伝えられたいことは伝えられた。

 

 いつからだっただろうか。

 自分は、人の命の重みを忘れてしまっていた。

 つい最近の――バードンの時に死んだ人も、その前のメビウスが降ってきた日に死んだ人の数も、見たはずの死んだ人の死に顔だって、俺はもう忘れてしまった。忘れてはいけないはずのものを、俺はすっかり忘れてしまっている。頭のどこにもその断片はない。完全な、忘却の海へと俺の記憶は消えてしまっていた。

 俺が無力だっただけに死んでしまった多くの命。俺だけは絶対に忘れてはいけないのに。彼らには何も非はなかったのに、俺が無力だったせいで、死なせてしまった。彼らは死ぬ時に死を実感できたか? 走馬灯なんてものがうかんだか? 答えは違う。死ぬ実感がないまま、生きたいという願いすら叶わぬまま、彼らは死んでいった。

――おいバカ起きろッ!

 どこからか自分を罵倒してくる声が聞こえる。

――聞いてるのか、起きろ!

 誰だろう。どこかで聞いたことはあるようだけれど、どこで聞いたのかは思い出せない。

 目をうっすらと開ける。すると、目の前に広がったのは鉄の帽子を被った一人の自衛隊員の姿。どこかで見たことある顔つきだ。

 ああそうだ。いつか俺の家に楓を探しにきたバカか仕事熱心か、どちらかの陸自隊員だ。我ながらよく覚えているものだ。と少し自分に感心しつつ、なぜこんなことになっているんだ? とも思った。

「こちら神原、ターゲットの回収に成功。意識あり、意識あり。また、外傷は特になし」

 彼はそう言う。その表情はとても凛々しい。いや、凛々しすぎるといってもいい。なんというか、仕事熱心過ぎて上からの命令は絶対に守るというやつだ。それも生半可なものではなく――死ねと言われたら死ぬような――そんな感じがした。

「……了解」

 そう言うと神原はこちらに向き直した。

「……なんで俺を助けたんだ」

 かすれた声が喉から絞り出された。

 神原は答える。

「こんなとこで死ぬんじゃないぞウルトラマン。お前にはまだまだ仕事が山のように残っているんだ。お前さっきから寝言でぐちぐちうるさかったけどな、お前は生きろ。お前は俺たちみたいな凡人から見れば眩しすぎる。俺たちにできるのは所詮、上の命令に従って、それが違法でもなんでもやることだけだ。でも、お前は違う。お前は自分が正しいと思ったことだけをやればいい。もしもそれがわからなくなりゃ、誰かに聞け。誰でもいい。そこら辺にいる子どもでも、お前が信頼できる人に相談しろ。いいか? お前がただの警察官なら自殺しようがなんだろうが文句は言わないがな、お前は今ウルトラマンだ。お前の命はもうお前だけのものじゃなくて、俺たち現場の人間の希望になりつつあるんだ。だから死ぬなアホ」

 普段なら何も感じないはずの言葉が、ひどく新鮮なように聞こえた。だが、同時に怒りも沸いてくる。なぜだかはわからない。しかし、それはあまりにも身勝手……じゃないのだろうか。そんなことを自分に言われても困る。自分は世界を変えたいから――当初はその目的でメビウスと利害一致したからそうなってしまっただけであって、こいつが言うような希望になったつもりはない。

 しかし、考えて宇佐美は馬鹿馬鹿しく思った。人間が身勝手なのは昔からだ。今さらそれをどうこうと考えたところで何も変わりやしない。そう。この世界の人間に何を期待したって無駄なのだ。

 そうだ。俺がこの前から気になっていた、この怒りともなんとも違う感情は、人間に対する失望じゃないか。




 自衛官だって一人の人間。何かを言うときはそれをしっかりと考えて言わなければならない。それを考えないで言うのは少しどうかと思う。

 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。また、感想お待ちしています。
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