ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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四十二話 おろかな人間

 宇佐美は、吹く風に当たられながら、ボーッと空を仰いでいた。

 まさかあの子があそこにいるなんて考えてもなかった。だってそんなのあり得ないだろう。あり得ない確率のはずだろう。でも事実、あの子はあそこにいる。

 最悪だ。どうして自分に関わった者たちは不幸になっていくのだ。SATだってそうだ。いや、そんな少人数ではない。俺がウルトラマンとなってから怪獣の出現頻度は誰がどう見ても増えていると確信できるほど増えた。

 俺がウルトラマンとなったことは間違いだったのだろうか。おとなしくしていれば、死んでしまった誰かは今も生きていたのだろうか。

 だが、宇佐美の脳裏には幾度となく見てきた光景が浮かんだ。性的な暴行をされた子どもたちだ。力のない子どもたちはされるがままに犯された。そこには何もない。人の暖かさも何もない。あるのは人のクソみたいな欲望のみ。あんなことは人間のやることではない。嫌がる子どもたちを無理やり……自分が発見した時、まだされている途中だった子どもがいた。放心状態になって、それでも目からは涙が出ていた。最初はきっと泣いて、嫌がったのだ。一度しかない人生を壊されないように。自分を守るために抵抗したのだ。でも、それでも奴らは嫌がる子達にやりやがった。終わった後の子どもがいた。手足は理科の授業で解剖したカエルのように痙攣していた。心が痛んだんだ。とてつもなく。そいつらを殺してやりたいと思った。憎しみがわいてきた。でも、警察には何もできなかった。係長レベルならどうにかできるかもしれないが、自分はしたっぱ。何もできなかった。人間とはなんなのかがわからなくなった。人間とは普通にできてしまうのか? あんなクソ以下の野郎がやることを、人間ができることなのか?

 何もできない警察はなんのために存在している。何もしない自分を含めた大人たちはなぜ助けなかった。

 結局、誰かが何かやるまで何を思っても何もしない。それが人間だ。

 そのせいで世界はこうなってきた。表向きには平和な世界を装い、裏は闇だらけだ。みなが知らんぷりしていたからこうなっていたのだ。真に信じるものを裏切り、ウルトラマンを殺したあの日から人間は既に道を間違えていた。それなのに自分たちは正しいと言っていて、それでいろいろこじれてしまったせいでクソ野郎だらけになった。

 警察官になって、殺人事件の犯人を見かけて逮捕した時、話を聞いてあげたことがあった。殺した理由だ。その犯人は中学生で殺した相手は同級生だった。理由は弱みを握られていろいろさせられたから。という理由だった。それを聞いた時、自分は犯人を憎めなくなってしまった。事件発生当時は新聞を見てそれを知り、怒った。怒りが心の底から犯人を憎んだ。でも、逮捕して泣きながら理由を話されると、犯人を憎めなくなってしまった。いくら人を殺したからといってなぜ非難されなくてはならないのかと考えてしまったこともあった。犯人には犯人の理由があるではないか、と。でも、それは違うのだ。自分たち警察官は犯人を憎まなければダメだ。なんという理由があろうと自分たちが対峙しているのは犯罪者なのだ。自分たちが悪を憎み、犯人を憎まなければ、誰も犯罪者たちを憎むことはない。

 やっぱり、これで良かったのかもしれない。……いや、良かったという表現方法は間違っている。この選択のほうがマシだったのだ。この最悪な世界で誰もが誰も助かることなんてできない。少なからず死ぬ。まだ信じられない自分がいる。全員救えるのではと考える自分がいる。でも、それはきっと違うのだろう。わかっていても、まだ俺はわかっていない。

 俺はやる。ウルトラマンとして戦う。

――だが、その前に。

 宇佐美はそう考えてビルの屋上にある、下に降りるための階段を大急ぎで駆け降りていった。

 

 タイラントの腹の中。電車内は混乱していた。

 中間辺りの車両で移動していた楓は揉みくちゃされていた。周囲からおされて体が潰れそうなほど苦しい。息ができないほどおされている。もがいてそこから出ようとするが、無駄な抵抗。水攻めされているような気分だ。

 ワーワーギャーギャー。耳をかんざくような悲鳴が至るところから聞こえる。

 その時、誰かが前から強い力で楓を押し出した。現在車両は一号車で救助中で、後ろの車両にいくほど大きく下方向に傾いている。そんな状況でおされた力はなかなか消えない。どんどん後ろに流されていく。楓を止めようとする者はいない。むしろ、チャンスだとばかりにどんどん人が楓を後ろへ行くように力を加える。

 そしてとうとう人混みから追い出された楓はそのままバランスを崩してゴロゴロと車両を転がる。その号車の椅子や、車両の繋ぎ目付近の壁に強く体をうつが、それでもまだ転がっていく。誰も助けない。気づいた人もいるのだろうが、助けない。それが人間の本性だ。

 至るところをうたれる。人々の声がどんどん遠くに行っていく。転がるのを止めたくて地面に手を伸ばして摩擦力で止めようとしたが、その伸ばした手をどこかに強くうち、意識がとんでしまいそうなくらい強い、じーんという痛みがした。脛もどこかにうって、これもすごく痛い。そしてようやく止まったのは13号車。つまり一番後ろ。背中を強くうち、立ちあがれる状態ではなかった。体は傷だらけ。どこで切ったのかわからないが、ところどころ服が破れて、そこから血が出ている。血が出ていない部分も打撲ですごく痛い。

 このままだと思うと涙が込み上げてくる。手を使って立ち上がろうとするけれど、うまく力が入らず、そのまま顎を床に叩きつけてしまった。こんなところまで誰も助けにきてくれない。自分はここで死んじゃうんだ。そう思うと怖くて、自然と涙が出てきてしまう。怖い。死ぬのが怖い。生け贄になった時はどうとも思わなかったのに、今は死ぬのが怖い。これも全部あの人のせいだ。優しくしてくれたから、生きるのに希望をもてた。

 視界が急にぼやけてきた。五感が機能しなくなっていくのがぼんやりとわかった。楓の瞼は力を失い、少しずつ閉じていく。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。また、感想お待ちしています。
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