ウルトラマンが、降ってきた   作:凱旋門

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四十三話

 宇佐美はただそこに立ち尽くしていた。最初はいろいろ尋ねてきた神原も、今では静かにしている。救助が始まってから、もう何時間も過ぎていた。

 一人、また一人救助されてはその顔を見て落ち込む。あの子はまだ救助されない。タイラントがいつ起きるのか誰にもわからない。一応、応急措置として先ほどから睡眠ガスを吸わせ続けているらしいが、それに効果があるのかは不明だ。

 宇佐美は最悪の事態を考える。

 もしも救助が終わる前にタイラントが起きてしまった場合だ。その場合、もう救助を続けることはできないから、その時は誰が腹の中に残っていたとしても、宇佐美はタイラントごとその人たちを殺さなければならない義務がある。宇佐美は警察官ではあったが、今までに人を殺した経験はない。

 俺にできるのか?

 そんな疑問を自分にぶつけるが、答えは返ってきてはくれない。しかし、わかってる。多分、自分に人を殺すなんてことはできない。どんなクズであろうと、自分の命に明確な危機が迫ったその時まで殺すことはできない。どんな理由があっても、そんな度胸はない。ましてや、知り合いの……しかも自分が一度命を捨ててまで助けた子どもを今度は自分の手で殺すなんてできるはずがない。

 でも、殺らなければもっとたくさんの人が死ぬ。そんな状況……どちらかを捨てるなんて俺にはできない。確かにあの子とはそれほど仲が良いわけでもないし、話す機会もあまりなかった。でも、俺は知っている。あの子が優しいということ。弱い自分を必死に強く見せようとして、どんどん心をぼろぼろにしていること。可愛い顔して、実はしっかりしていること。でも料理は作れなくてお汁粉なんておばあちゃんみたいなものが作れるということ。知ってしまったのだ。そんなにもたくさんのことを。そんなことを知ることがなければ、俺は容赦なく中に残された人ごとタイラント殺すだろう。でも、知ってしまったからにはできない。

 守るべきものができると人は弱くなるとは、まさしくこのことだ。今まではずっと一人だから大丈夫だった。しかし今は違う。守るべきものができてしまった。それも密接に関わっている子どもが。こういう気持ちなのか。誰かを守りたいっていう気持ちは。こんなにも苦しいのか。

 宇佐美はこっそりと自分の左腕にメビウスブレスを具現化させる。淡いオレンジ色の炎は、今にも雨が降ってきそうな暗い地上をほんのりと照らしてくれた。

 その時、神原がこっちに向かって走ってきた。宇佐美は慌ててメビウスブレスを消した。

「どうやら電車の中の要救助者は全員救助したらしい。後は――」

「お、おいちょっと待て!」

 自分の血の気がさーっと引いていくのがわかった。宇佐美は神原の話を遮った。

「要救助者がもういない? それは本当か?」

「? ああ。一号車に群がってる奴はもう全員救助したと聞いたが」

 宇佐美は神原が話終わる前にスマホを取りだし、楓に電話をかけた。

 しかし、出ない。コール音がずっと鳴っているだけで、誰もでない。そして留守番電話にかかってしまった。宇佐美は一度電話をきり、再び電話をかける。

「どうかしたのか?」

「まだ救助されてない子どもがいるんだ!」

 電話を耳に当てたまま宇佐美は神原に怒鳴った。

「う、嘘だろ!? もう後は宇宙船だけで……今はそっちの救助をしているぞ!」

「それは今やめられないのかッ!!」

「一応報告する!」

 それはつまり、無理だということを指していた。

 電話には、誰もでなかった。

 

 暗い電車内で、一つの機械からまばゆいばかりの真っ白い光と、耳障りな音が放出された。

「ん……んん……」

 眠っていた少女の瞼。そして指がかすかに動く。

 全身が強く痛んだ。体を動かそうとするとはしる激痛に耐えながら、少女がスマホをなんとか掴んだところで、白い光と音は消えて、電車内は再び闇に包まれる(楓は知らないが、この時、既に宇佐美は十回ほど電話をかけている)。

 耳に届くのはぬちょりぬちょりとした音。気持ち悪い。

 ここから逃げなくてはならないとわかっていても、体はまったく言うことを聞かない。今感じているのが死の恐怖というものなのだろうか。想像していたものよりもずっとリアルだ。怖くて怖くてたまらないのに、何もできない。

 その時、ガタンと電車が揺れた。

楓の体は一瞬宙に浮き、その後また硬い床に体を叩きつけられる。痛い。

 何かが起こり始めているのは楓にもわかった。しかし、逃げようにも逃げられない。手足をもがれた蟻の気分だ。

 スマホを握る手にも力が入らなくなってきてる。本当にここで死んでしまうのかもしれない。

 しかし恐怖はもうこない。自分の心は、もう麻痺してしまったらしかった。ただ、悔しいな。なぜだかわからないけれど、そう思った。もう、死んでもいいかもしれない。

 だいいち、自分は本来、生け贄だった。そこに運良くウルトラマンが現れて、その結果生け贄を差し出すどころではなくなっただけの話だ。本当は、もう死んでいたんだ。

 再び電話がかかってきた。

 楓は残った力を振り絞るようにして通話ボタンを押し、スピーカーをONにした(これを使うと本体を耳に当てなくても聞こえるようになる)。

「もし……――」

『もしもし! おい楓、今どこにいる!!』

 言い終わらせないと言うかのように、宇佐美の声が楓の声を遮った。スピーカーにしているので、大きな声だ。

「まだ……電車の中、です」

 振り絞るようにして出た自分の声は、おそろしく小さな声だった。スピーカーになっているが、声が小さすぎて聞き取れなかったらしく、宇佐美はしばらく黙った。

『なんでまだ電車の中にいるんだ!! 消防隊員がそっちに行ってただろ!!』

 数秒してからようやく理解したらしい。宇佐美は怒鳴った。

(ころ)んじゃって……(ころ)がっちゃって……、寝ちゃってました」

 無理をしたような「あはは……」というかわいた笑い声が、自分の口から出ていた。

『今すぐには無理だが、後……おい神原、何時間だ?』

 遠くの方で、聞いたことのある声が『5時間です』と言ったのが聞こえた。

『後5時間辛抱しろ! そしたら絶対に助かるから』

「……いいですよ。助けなくても……」

 自分でも、なんでそう言ったのかわからなかった。でも、気がつけばいつの間にか口から出ていた。

 電話の向こうで息をのむ声が聞こえた。そんな悲しいっていうようなことしないでよ。

『お、お前なに言っているんだ!』

「もう、死んじゃっても……いいかなって」

『し、死んじゃってもって……お前!』

 私の感情が、静かに爆発した音が聞こえた。

「だって……私、生きてても、もうどうしていいのかわかんないですよ。家にも戻れませんし……生け贄だからそのうち捕まっちゃいますし……もう、生きてても仕方ないじゃないですか。私、本当は宇佐美さんに会ったあの日、死ぬつもりだったんですよ。私の初めてを見ず知らずの男の人にあげちゃって……何もかも全部忘れちゃうくらいの気持ちいいってこと知ってから……死ぬつもりだったんです。……それなのに、道を聞いた一人のお巡りさんに……邪魔されちゃったんですよ。私はどうせ死にたいんです。もう全部……忘れたいんです。嫌なことも、何もかも」

 一気に言ったから、とても疲れた。

『…………』

 あの人は黙っていた。

 電話を切ろうとした、その時。

『……それで、いいのか?』

 その言葉は、あの人の初めて言う、本気の言葉のように聞こえた。

『全部忘れるってことは、幸せなことも忘れちまうんだぞ。……それでもいいのか?』

「宇佐美さんには……わかりませんよ。人間には、限界があるんです。いくら幸せな時間があっても、嫌なことが多すぎると、それは上書きされちゃうんです」

 

 タイラントの近く。

『宇佐美さんには……わかりませんよ。人間には、限界があるんです。いくら幸せな時間があっても、嫌なことが多すぎると、それは上書きされちゃうんです』

 上書き……か。

 か細い声の中で、そのことが印象に残った。

「お前がしたかったことは、死ぬってことなのか? 違うんじゃないのか? いくら死にたくても、本当は、普通に恋をして、普通に生きて、幸せな結婚をして、幸せに過ごす。そういうことをしたいんじゃないのか?」

 

 電車内。

 何を言っているのかわからない。でも、確かにそうだよ。だけど、それを私にはできないんだ。だから死にたいんです。

『確かに……お前の言う通り、幸せは嫌なことで上書きされるかもしれない。それに、お前の気持ちもわからなくない。でも――なら――今度は幸せで、嫌なことを上書きすればいいじゃないか』

「そんなに、簡単に言わないでくださいよ。……幸せは消えても、嫌なことは消えませんよ」

 

 タイラントの近く。

「なら、嫌なことを忘れちまうぐらいの幸せをもらえ。お前の近くには……甘えても気にしないやつがいるだろ?」

『そんな人、いません。だから誰もやってくれませんよ。……誰も私なんかを助けてくれません。だから死ぬんです』

 誰も……? 俺はお前を前に助けた。それを忘れたのか? それとも……、

 

 電車内。

「もうわかってください。私は死にたいんです」

『俺はお前を死なせたくない』

 宇佐美は即答した。

「……なんでですか?」

『俺は……俺はな、守りたいんだよ。お前を』

「でも、それは私が人間だからですよね。……宇佐美さんは優しすぎます。私なんかにもこんなに優しくしてくれて、本当に嬉しかったんです」

 

 タイラントの近く。

「嬉しいんだろ? ならこれからももっと、こう……」

 頼む。これ以上を言わせるな。宇佐美は願う。これ以上言わされては、こっちが駄目だ。この鈍感娘。さっさと気づけ。

『私は死にます。もういいんです』

 

 電車内

 楓は、宇佐美にはもう何も言わせないように、通話を終了した。

 このまま死を受け入れよう。そう思った。

 楓は、スマホのメモ機能を使って、宇佐美に伝えられなかったことをすべて、書く。

 書き終えたら、楓は大きく息を吐き、スマホの電源をきる。

――あ~あ、最後くらい甘えたかったな。

 そう思いながら、彼女の最後の意識は、すべてを飲み込む広大な闇に消えていった。




 …………。

 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。
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