「生け贄は見つかったか?」
「いいえ。まだ捜索中です」
夜の東京。その市街地にて陸上自衛隊員と思われる男たちがそんな会話をしているのを、少女……榊原楓は橋と地面のわずかな隙間に隠れながら聞いていた。
聞こえてくるのは男たちの足音、声。それからすぐそこを流れる川の水が流れる音。
楓は自分の息切れした声を出さないようにしながら肩を上下させている。
楓が自衛隊に追いかけられているのは、彼女が生け贄となるこそを拒否して、逃げたからだ。数日前までは自分が生け贄となることになんの抵抗もなく、逆に早く死んでしまいたいと思っていたが、あの宇佐美とかいう警察官に命懸けで助けられて死ぬのはまだもったいない。彼女はそう思ったのだ。
しかし、そんな彼女を“はい、そうですか”と逃がしてくれるほど国は優しくなかった。国はたった一人の少女に対して陸上自衛隊を治安維持出動ということで出動させた。すべての道路では警察が検問をしており、鉄道も鉄道警察隊、水上は水上警察と海上保安庁が目を光らせている。そんな状況で彼女が逃げられる可能性が少しでもあるか? 答えはNOだ。そんなことができてしまうことなどあり得ない。自衛隊まで出動させたなら政府も腹をくくったはずだ。なんとしても彼女を逃がさないだろう。
「おいお前、橋の下ちゃんと捜したか?」
「あ、忘れてました。今確認します」
楓はその言葉を聞いて口から心臓が飛び出しそうになる。一瞬にして背筋は凍ったような冷気が感じられ、無意識に体が震え始める。
見つかったら殺されちゃう。
頭がそのことでいっぱいになり他のことは一切何も考えられなくなる。
助けて。死にたくない。
「あのっ、道を教えてもらいたいんですけどっ!」
ふと、そんな声が聞こえた。間元気で活発で少し抜けてる好青年の声のような印象を受けた。
「誰だお前?」
「僕はヒビノ……じゃなかった。宇佐美翔夢と言います」
宇佐美翔夢。好青年はそう言った。しかし同時に『僕』とも言った。あのお巡りさんの性格で僕などという一人称を使うとは到底考えられないと思い、楓はただの名前がたまたま同じなんだと思い、少しがっかりした。どこかで期待していたのだ。あのお巡りさんがまた助けに来てくれるのではないかと。
「いや別に名前は聞いてないんだけど……ま、いいや。どこに行きたいの?」
「榊原楓ちゃんのいるところ……じゃない。ちょっと交番まで案内してくれない?」
途中から声の雰囲気が変わった気がした。まるであのお巡りさんになったようだ。
「なんかお前怪しいな。おい、連行しろ」
男がもう一人の男にそう言ったらしかった。
しかしそのすぐ後、
「――なっ!?」
その声の後に誰かが誰かを殴ったような音がした。そして怒声と急ぎ足で近づく足音。
「おいっ、逃げるぞ!」
そう言って橋と地面のわずかな隙間に手を伸ばしてきたのはサングラスをかけた男だったが、楓にはその男が誰なのか一目でわかった。宇佐美だ。自分の一度助けてくれたあのお巡りさんがまた助けに来てくれた。
宇佐美は楓の手を掴んで走り出す。
「止まれぇッ!! 止まらなければ撃つぞッ!!」
騒ぎを聞きつけて来たらしい一人の自衛隊員が宇佐美たちの前方に立ち、そう言ってサブマシンガンを構える。しかし宇佐美がスピードを緩める気配はない。
直後、ババババッ、とサブマシンガンの銃口が火をを吹いた音がする。
楓は、もう終わりだ。と思って目を瞑った。
しかし、いつまで経ってもそれが当たることはない。
「――ッ!?」
楓は目を開けて絶句した。
宇佐美が右手を前につき出していて、そこには優しい橙色のシールドのような物が展開されていたのだ。
銃弾はそこに包まれるようにして空中静止している。
「な、なんだお前はぁ!!」
そう言ってもう一度サブマシンガンが火を吹く。
しかし、それに意味はない。銃弾はシールドに包み込まれて空中に静止している。
それから何がどうなったのか楓の記憶にはない。しかし、一つだけはっきりと言えるのは、宇佐美が誰一人として自衛隊員を殺さなかったということだ。例え銃口を向けられても相手を殺さないその姿は少しかっこよく見えた。
終わった。俺の人生終了。グッバイ俺の平和で平穏だった人生。
遂にやっちまった。
宇佐美は追ってくる自衛隊から逃げて、都内にある夜の公園のベンチに楓と二人で肩を上下させながら腰かけていた。
いや、マジでどうしよう。サングラスで顔隠したぐらいじゃすぐバレるよね?
でも仕方ないじゃん。マスク着けてたらただの不審者だし、
「というかもともとお前のせいだぞヒビノ! 何自分の名前とかその他もろもろ正直に言おうとしてるんだよ!! お前の声に合わせて口パクパクさせてる俺の気分も考えろ!!」
宇佐美は左腕に着いているメビウスブレスに話しかける。
「すみませんでした」
ヒビノは本当にすまなさそうに謝ってくる。それを聞いてると本人には悪気はなかったということが伝わってくる。
「な……なんなんですか……それ」
楓が肩を上下させながら尋ねてくる。
「超小型通信機」
宇佐美は適当にそう言ったが、直後になって後悔する。さすがにこの見た目で通信機はないな、と思ったのだ。しかし、楓はそれで納得したのか、それ以上は何も聞いてこなかった。もしかして結構バカ? と思ったのは宇佐美だけの秘密だ。
これから先、自分の人生はどうなるのかわからない。ただ一つ言えることは、もう当たり前だった日常など存在しないということだ。
う~ん、なんかこれじゃない感が……
ですが、次もどうかお願いします。
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