正義というものは、決して一つではない。むしろ、人の数だけ正義はある。
中には人を殺すことが正義だと思うやつだっている。無垢な子供をテロの材料に使ってでも己の宗教を守ることが正義だというやつもいる。戦争こそが正義だというやつもいる。戦争をせずに相手の言いなりになることが正義だというやつもいる。
だから人は戦い続ける。自分の正義を護るために、正義を破壊する者を破滅させるために、誰もが戦い続ける。我々人間……いや、生物すべては生まれたその日その瞬間から、どうしようもなく野蛮な戦士なのだ。
人間は野蛮ではないと言う奴がいるが、それは違う。我々は乱暴なのだ。自らの正義を護るためにはなんでもするほど、我々は野蛮なのだ。人を殺してやりたい。誰だって思うことだ。死にたい。誰だった思うことだ。ただ、我々はそれをおさえているだけなのだ。考えてみよう。人を殺したいと思うことは身勝手で野蛮ではないのか? 自らの命を捨てることは身勝手で野蛮なことではないのか?
我々は皆、生まれながらにして戦士だ。一生我々は戦い続けなければならないのだ。
我々は、しょせん自分の正義にしか生きられないのだ。本当の意味で誰かを殺せないのだ。そして、死ねないのだ。
だから誰かと衝突する。殺し合う。殺してやりたいと心の底から逃げる。死にたくないはずなのに死にたいと願う。殺してやりたいのに殺せないと思う。そしてそれに、我々は従ってしまうのだ。
――だから、我々は戦うのだ。我々の正義を潰そうとする連中を、殺すのだ。
「
みょうこうのCICにその声が響いた。
「SM-3発射始めっ!!」
「コメンスファイアッ! ッ
そう言った直後、イージス艦、みょうこうそしてあたごの前部と後部のVLSが解放され、何発ものSM-3が白い煙りを放出させながら目標に向かって飛翔を開始する。
「インターセプトまで30秒」
艦内が水を打ったかのように静まり返る。30秒後起こる結果によって、おのずと我々の運命は見えてくるのだ。緊張するなというのは無理な話だろう。
みょうこうとあたごからSM-3が発射された直後、護衛艦からSM-2が発射されていた。
そのミサイルの大群とでも言うべきものは、海の上を軽々と飛行し、雲の上にいるあのお方たち航空機を追尾する。
そして無数のミサイルが、彼らを襲った。
護衛艦内では、ディスプレイからその反応が消えたことを信じられない者が多かっただろう。なぜなら彼らにとってあのお方たちとは自分たちより技術の差が圧倒的に上の戦っても勝てない存在だと思っていたからだ。だから、最初にミサイルが当たった航空機が、何の回避行動すらとらずに撃墜できたと知ったときは、何かの偽造か何かだと疑った。
そしてそれからは、まるでその時初めてミサイルが自分たちを襲ってきていて、避けなければ死ぬと理解したようなあのお方たちの航空機は、一気に上昇したり、あるいは海面すれすれを飛行したりを始めた。
しかしそれは無駄なことだった。彼らをがっちりと追尾するSM-2は彼らを逃がさなかった。
海上はたちまち爆発だらけの空間となり、気がついた時にはあのお方たちは航空機の約半数を失っていたのだ。
そしてみょうこうとあたごから発射された大量のSM-3はそこまで命中率はよくなかったものの、約半分は当たった。
イージス艦みょうこう。
SM-3あまり命中率が高くないのも無理はない。。そもそも自衛隊ではこんな超高高度からの航空機による波状攻撃など想定して訓練していない。それも未知の相手との戦闘など、想定できるはずがない。こうなればもう一発うん十億円のSM-3の出番はない。後はSM-2の仕事だ。
「SM-2発射よぉーい!」
「SM-2発射よぉーいよしッ!!」
「発射よぉーい! ッ
我々自衛官は、人間なのだ。そして人間である限り、人間は生きることを諦められない。どうしても最後には生きたいと願う。
例えそれが先制攻撃に繋がるとしても、人間を殺すとしても、我々は生きたいのだ。だから戦争はなくならず、殺人もなくならないのだ。
長きに渡り、この日本という国は殺すを悪としてきた。たとえそれが凶悪な殺人犯だとしても、我々は犯人を殺した警察官を殺人犯と見る。国民はそれを善とするのだ。そして逆に殺されなかった殺人犯の遺族は社会的に抹殺される。しかしそれに関してはまったく悪とされない。つまりなにが言いたいのかというと、我々は無責任なのだ。責任世代? どこがだ。正確には責任を強制的に背負わされる世代だろう? 責任を背負わなくてもいいと言われたら大半がほっぽりだす。
自衛隊反対? 戦争法? ならば有事にこの国を守るのは一体誰だ? まさか警察や海保なんて言うんじゃないだろうな? あんなのミサイルでパーンだ。なら自衛隊しかいないだろう? だがまさかお前らはいつも自衛隊反対とか言ってたくせに有事になりゃすぐ自衛隊賛成というのか? まさか守ってもらえると? まあ現実問題では守ってくれるだろう。しかしそれで恥ずかしくないのか? いつまでも叶うわけのない平和を掲げて、子どもたちにもそれを押し付けるのことを、恥ずかしいと思わないのか? 平和なんてものが実現可能なら、とっくの昔に地球はパラダイスだ。戦争の抑止力というものは防御だけでは成り立たないのだ。お前やってもいいよ。でもやられたらお前殺すからな。これでやっと成り立つものなのだ。
「艦長、武器システムを全自動モードに切り替えることを具申します」
しかし、抑止力もなく、もはや全力を出しても勝てるか勝てないかわからない未知の相手には、もはやそれを使うしかなかった。
主席幕僚……昔でいう参謀の声がCICに響いた気がした。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。