宇佐美は一人、都内のコインランドリーの中で新聞から顔をあげて服が洗われていく光景をじっと眺めていた。新聞の中身はどこかの在日米軍基地に新しくA-10が配備されたことを批判する内容のものだ。
ぐるぐると回る洗濯物を見ながら、宇佐美は思う。
家には、もう長いこと帰っていない。あそこは自衛隊やら公安やらよく知らないが監視されているから嫌だ。それに、あの場所には楓との思い出――というほどでもないが、それがつまっていて、帰るとおそらく自分は辛くなる。
あの子が好きだったのかどうか。それはわからない。ただ、大切だった。
娘という感じでもなく、恋人、でもない。近いとすれば兄弟だ。でも、それも違う。自分とあの子はそんな風じゃなかった。何も……何もわからぬままあの子は死んでしまった。
あの日以来、自分の胸にはぽっかりと穴があいてしまった。そしてその穴は磯崎の死をうけて、余計ひろがってしまった。
コインランドリーというのは不思議なもので、洗濯物が回るのをぐるぐると眺めていると、いろいろと考えられる。例えば、自分は後何日こうしてコインランドリーを使うことができるだろうか、とか。後何日飯を食えるだろうか、とか。金があるといっても限りがあるし、大半は家に置いてきたままだ。むしろ今まで金が尽きなかったことの方が不思議なのだ。
もう、無理かもしれない。
一人きりでは、もう無理だ。誰の協力もなければ、戦う戦わない以前に俺は死ぬ。
最初こそは漫画喫茶に泊まっていたが、最近は公園で野宿だ。安心して眠れるはずもなく、最近は自分が果たして本当に起きているのかどうかすらわからなくなってきている。
哀れだと、バカだと、笑えばいい。それを否定することはできないのだから。最初から政府や自衛隊と協力する必要があったのだ。なんとか説得する……無理だとは思うが、そうする必要があった。
笑っていい。笑ってくれていい。
だから、もう一人にしないでくれ。温かいご飯が食べたい。温かい布団の中で眠りたい。
そして、あの子の存在を感じていたい。あの子とは確かにたくさんの言葉をかわしたとか、そういうのではない。でも……でも自分は、もう少しだけあの子と一緒にいたいのだ。死んだなら、そう教えて欲しい。死んでいるなら、それでいい。そうしたら、墓参りに行って、花を手向けるだけだから……いや、違う。自分でもわからない。あの子が死んでいたらどうするのかなど、わかるわけもない。あの子は、いつの間にか大切な人になっていた。思い出しただけで胸が締め付けられるくらい、仕草や表情を思い出しただけで死んでしまいそうなくらい、大切になっていた。
おかしいんだと、自分でもわかっている。そんな想いを寄せるのは勝手なことなんだと。でも自分は、気持ち悪いくらいあの子のことが……、
しかしそこから先の想いはでてこなかった。脳がそれを言うのを拒絶しているのだ。
想いたい。あの子が――なんだと。あの子のことを世界中の誰よりも――しているのだと。
あと少しだけでいい。もう少しだけでいい。あの子の傍にいたい。
気がつくと、泣いていた。
他の客はスマホや音楽プレーヤーに気を取られていてまったく気づいていないのがなによりも幸運なことだった。
止めようと思っても、止められない。壊れたように涙だけが流れた。
バカだと、自分でもわかるさ。コインランドリーで泣きじゃくるなど、子どもでもしないみっともないざまだと。
もう自分のやりたいことはわかっている。やらなければならないことも、わかっている。
――待っていやがれ日本政府。
※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。