巣穴を旅立ってから1年が経過した。
道中狩りなどをしながら、自分の直感だけで人間の住む場所を探しつつ、放浪を続けている。
とある山に差し掛かった時であった。今まで嗅いだことのないニオイが俺の鼻腔を擽る。
(ん?今まで嗅いだことのない動物のニオイだな...)
数多の山を駆けずり回ってきた俺はあらかたの動物のニオイは判別できるよになっていたのだが、今までの記憶にないニオイであった。
ニオイの方向を探るとどうやら山の麓からのようだ。
(これはもしかすると当たりか?)
俺は極力気配を消しながら、山の麓に向けて颯爽と降りていく。
鬱蒼と繁っていた木々が減り視界が開けてくると、山の麓の小さく開けた場所に数十軒の木で作られた小屋が点在しているのが見えてきた。おそらく人間の住む村であろう。
俺は村全体が見渡せる場所を選び、そこに陣取って村の様子を観察する。
夕闇が迫る中で人々が忙しなく動いているのが見える。おそらく夕飯の支度でもしているのだろう。小屋から漏れる灯りに照らし出された人間の顔形からするにアジア系である。使っている言語については、風に混じって時折聞こえて来たがそれなりに離れているため分からなかった。
(規模はそれほど大きくはないな。だが初の人間だし、ちょっと様子を観察するか)
そんなことを思いながら俺は立ち上がり、自分の寝床を探すためにまた深い森へと分け入った。
明くる日、昼間人間たちがどのようなことをしているのかを観察するためにまた村全体が見渡せる場所に陣取った。
勿論アルビノであるため直射日光の当たらない場所である。
(男たちは力の山に入って狩猟や採集、女たちは村の中で農作物の管理や家畜の飼育か)
きちんと役割分担をして各々の仕事を遂行しており、なかなか感心できる。
また村全体が一つの大きな家族といったような感じでお互いに助け合って生活を営んでいた。
それから飽きもせず、毎日時間をずらしながら村の観察を続けた。ただし決して近付かず遠くから見る形で。
そんな日々がおよそ半年続いたある日のこと。いつものように村全体を見渡せる場所に陣取って村を観察していたところ、ふと俺は今まで感じたことのない違和感が襲われる。
(...視線?誰か俺を見ているのか?)
俺は辺りを見回して警戒する。そして数分後その視線の主を発見する。
村の丁度中央に位置する他と比べると立派な造りの小屋の前で一人の白銀の髪の女がこちらを見ていた。
村からそれなりに離れており、人間の視力で持っては見えるような場所ではないがその女は的確にこちらを見ているようだった。
(念のため気配を消して観察していたつもりだったんだがな...)
そんなことを思いつつ、俺はその視線に応えるようにその女を見続けた。
数分後、女が小屋から出てきた男に声を掛けられたことでその視線の交錯は終わりを迎える。
どうやらこちらに気付いていながらも、他の人間に言うという感じではなかった。
その後もその女との視線の交錯は幾度とあったが、それ以上は特に何もなくまた時が過ぎていく。
村を発見してから一年が過ぎたある日のこと。俺はいつも通りの場所で村を見ていた。特に何もなく、ボーッと眺めて終わるだろうと俺は思っていた。
後ろから声を掛けられるその時までは。
「こんにちは。今日も人間観察してるのね」
「!?」
俺はボーッと眺めてたとはいえ、誰かに背後を取られるほど、気を抜いていたつもりはない。
振り向くとそこにはあの白銀の髪の女が立っていた。
遠目からも美人だろうとは思っていたが、近くでこうして見ると確かに顔立ちは端正に整っており、かなりの美人だ。
しかも、言葉は日本語のようだ。
「ふふ、びっくりしたかしら?」
「...ああ、まさかここまで来るとは思ってなかったな」
「あら?貴方喋れるのね?」
「しまった...」
不覚にも背後を取られたあげく、オオカミの姿なのに人の言葉を話せることをしられてしまうとは...
自分自身の愚かさを恨みながら、身構えて警戒する。
この女は何をしにここに来たのだろうか。場合によっては...
「安心して。別に取って食べるつもりはないわよ。いつもそこにいるからちょっと気になって来てみたのよ」
「そうか。まぁ、察しのとおり人間観察だな」
「なんでまた?」
「ちょっと人間には所縁があるからな。興味があっただけだ」
「そう。あ、そういえば自己紹介をしていなかったわね。私の名前は八意永琳よ。永琳と呼んでくれて構わないわ。あなたは?」
「俺は...。俺の名前は...」
永琳に問われて、俺は答えようとするがなんて答えて良いかわからなかった。
以前人間であったときの名前を言おうとしたが、完全に忘れてしまっていたのだ。
「俺の名前は...まだない」
「あら?そうなの?じゃあ、私が付けてあげるわ」
「え?いや別にd」
「そうね〜、真っ白だから"白"かしら?うーん、物足りないわね」
「いや、だからですね。別にd」
「そうね、"白"は"白"でも磨かれたように輝く"白"だから、"磨白"がいいわね」
もうどうやら俺の名前は決定事項らしい。
無駄な抵抗だと思い、俺は素直に受け入れることにした。
しかも、永琳は特に何か裏があるというわけではなく、本当に興味本位のだけのようだ。
俺は警戒しているのも馬鹿馬鹿しくなり、緊張を解く。
永琳はそれに感づいたのか、俺の近くまで来ると腰を下ろした。
「磨白はどこからきたの?」
「そうだな、かなり遠いところかな」
「へぇ〜、そうなの。じゃあ...」
その後も色々と永琳に質問攻めにあう。もちろん、こちらからも色々と情報を聞き出すために質問を投げかける。
どれくらいの時間が経ったであろうか、日もだいぶ落ち始めてきた。
「そろそろ帰るとするわね」
「そうか」
「また来てもいいかしら?」
「...好きにしろ。俺はここで人間観察しているだけだからな」
「そう。またね、磨白」
そう言って村へと永琳は帰っていった。
俺もいつも定位置を離れ、森へと消える。
それから永琳は週に1、2回のペースで俺のところへと来た。
来て話すことは他愛もない日常の話。永琳は村での出来事、俺は森での出来事を話した。
また永琳のことについても色々と聞いた。どうやら村で薬師をしており、様々な研究をしているとのこと。
時々永琳に帰り間際に薬草を取ってきて欲しいと言われ、見本など見せられた。
もちろん見本を見たからと言って、どこからどう見ても普通の雑草にしか見えないが、"直感"が何故か異様に冴えていて、持ってくるものはだいたい合っていた。ときたま間違うことがあったが、違う種類の薬草であったことが多かった。
もちろん、永琳は報酬を用意していた。
「はい、これ。この前の御礼ね。熟成させた干し肉よ」
「おう、なかなかいい香りだ」
「それは良かったわ」
俺は決して餌付けされているわけではない。そこは間違えてもらっては困る。
そのような日常が繰り返され、およそ50年以上の月日が流れていた。
50年以上という月日が流れているにも関わらず、永琳は大人びてさらに美しくはなったものの老いている様子はない。何らかの秘訣があるようだが、特に関心はなかったので聞いてはいない。
「磨白は今年でいくつになるの?」
「さあな。とりあえず100年近くは生きている気がするが」
「もうそんなに生きているのね。身体とかも衰えている様子はないわね」
「ああ、至って体調は良好だ」
「さすが妖怪だわ。でも貴方みたいな人間臭い妖怪はなかなかいないわね」
「ん?ちょっと待ってくれ、永琳。俺は妖怪なのか?」
「...え?」
永琳はこの毛玉は何を言っているのだろうかという驚愕の顔で俺のことを見てくる。
「いや、だから俺って妖怪なの?」
「ふふふ」
「...何が可笑しいんだよ」
「いやね、本当に変わった妖怪だなって。笑ってしまってごめんない。そうね、貴方は一般的には妖怪よ。それだけ長く生きてるんだし勘付かない?」
「薄々気づいてはいたが、第三者に言われないと確信が持てないだろ?」
「ふふ、本当に人間臭い」
「...うっさい」
俺自身が妖怪であることを知ってからまた四季が幾つか巡った。
永琳の暮らしていた村はもはやその面影を残すことなく、大きく発展していた。その発展ぶりは以前俺が人間であった頃の技術水準ははるかに超えており、それは俺にとって新鮮で楽しかった。
ある日、いつものように永琳がやってきた。だが何か様子がおかしい。いつもの穏やかな笑顔ではなく、真剣な面持ちだ。
永琳は俺の横にしずかに座った。俺は自らは話しかけずに永琳が口を開くのを待った。
「磨白、話があるの」
「ついに結婚相手が見つかったのか?」
「違うわ。そもそも結婚は今のところ考えてないわ。...これはかなり重要なことよ」
「...何だ?」
「およそ5年後にこの地上に生けとし生ける全てが死滅する事態が引き起こる可能性があるのよ」
「...原因は?」
「巨大な隕石の落下よ」
「大気圏で燃え尽きないくらい大きいのか?」
「ええ。かなり大きいわ」
「衝突確率は?」
「80パーセント以上よ」
おそらく永琳が言っていることは本当だろう。しかも、それもかなり高い確率で起こりうるだろう。このまま行けば地球上の生き物は死に絶えてしまうだろう。
「そこで私たちはこれから4年掛けて、月に移住することが決定したの。先遣隊は今度の冬に出発することになってるの」
「ふむ、月に移住とはなかなかスケールが大きいのう」
前世では外国のある国が月に行って、サンプルを持ち帰ってきたことしかないのでいかに高度な技術水準にあるかを実感した。
ふと永琳が真剣な眼差しでこちらを見ているのに俺は気付く。
「ねぇ、磨白。私たちと来ない?いや、来て。貴方を死なせるのは惜しいわ。良ければ今からでも街に行きましょう。みんなに紹介するわ」
「気持ちはありがたいが、俺は行かない」
「どうして?ここにいても死んでしまうだけよ?」
「そうだな...。答えは単純だよ」
「俺は妖怪。基本的には人間とは掛け離れた存在だ。そんな存在を人々は受け入れるだろうか?」
「大丈夫よ。私が説得するわ」
「そうだな、この街の重要人物である永琳が説得すればみんな納得するかもしれない」
「じゃあ...」
「でも俺は行かない」
「...何故?」
「うーむ、これを言うのは気が引けるが...」
「はっきりと言ってもらわないと分からないわ」
俺は姿勢を正して、永琳と向き合う。
そして真剣な眼差しで永琳を見つめて一つ一つ言葉を紡ぐ。
「確かにさっきも言った通り、永琳が説得すればみんなは納得するかもしれない。だけど、人間は一人一人違って様々な考えがある。その場では納得しても後々になって様々な不満などが生まれるかもしれない。そうすると、俺はまだしも永琳までが不満の対象となりかねないんだよ」
「私は全然構わないわ。そういうのは承知の上ですもの」
「永琳自身が良くても、俺が耐えられない。俺にとって永琳は大切な存在だから、永琳が苦しむ姿は見たくない。永琳にはいつも笑顔でいてもらいたい。だから俺は行かない」
若干自分自身でも言っていて歯が浮きそうになるような言葉ではあったが、自身の想いの丈をぶつける。
永琳はポカーンとしていたが、すぐさまクスクスと笑い始めた。俺は精一杯カッコつけて言ったつもりだが、どこかバツが悪い。
「オオカミさん、とてもかっこいいわよ。惚れてしまいそうだったわよ」
「うっせ、からかうのはやめろい」
「ふふふ。磨白の考えはわかったわ。私もこれ以上強制はしない。でも一つだけお願いがあるの」
「なんだ?」
「...またいつかこんな風に磨白と話したいわ」
「ああ、そうだな。またいつかな。約束するよ」
「ありがとう。じゃあ、私はこれから街に戻るわ。準備することが多いからなかなか来れないと思うわ。磨白、もし気が変わったらいつでも私のところを訪ねてね」
「...ああ、そうするよ。身体には気を付けろよ」
「そっちこそね。じゃあね」
「おう」
永琳は小さく手を振ると、街へと帰っていった。
永琳が帰った後、俺は迫り来る絶望的事象に備えるため、住処へと帰り作戦を練り始めた。
書き溜めしていたので連続投稿。
お見苦しい文章ですが、お付き合いいただきありがとうございます。
ご感想や文章表現についてのアドバイス等もお待ちしてますので、お手数ですがよろしくお願いします。