どれほど旅を続けただろうか。
距離にするとかなりのものになるだろうが、測量の機械もないのではっきりとは分からない。
今の俺は人間の姿で見晴らしの良い場所に座って眼下に広がる鬱蒼とした森を眺めていた。
「どこまで行っても森ばっかだな...」
終わることのない森の迷宮にほとほと嫌気が差していた。
このまま終わらない旅を続けなければいけないのかーそんな先のない不安が押し寄せる。
それを深呼吸をすることで追い払う。
「くよくよしてても仕方ない。前に進むしかないな」
俺は人間の姿からオオカミの姿へと戻り、また森の迷宮へと歩みを進める。まだ見ぬゴールを目指して。
またそれから俺は数多の昼と夜を過ごす。
そうして旅を続けていたある日。森の中の様子がおかしいことに気が付く。
見た様子は今まで通ってきた森と何も変わらない。だが、どこかおかしい。
「動物たちの声が聞こえないな...」
無音と言って良いほどの静けさである。
生命で溢れているはずの森がここまで静かなのはかなり異常である。
何が起こっても良いように身を低くし、妖力で五感の感覚を最大限引き上げる。
すると風に混じって何やら声のようなものが聞こえてきた。動物の声とは違って...
「...これは!?人間の声か!?」
俺はこの長い旅が終わりを迎えるという嬉しさから、声のする方へと全力で向かう。
足取りはとても軽く、見る見るうちに森を走り抜ける。
森の少し開けたところに複数の男たちが集まっていた。
その中央に手を縄で縛られた10代後半から20代前半であろう女が立っていた。鮮やかな濃い緑色の髪を持っており、周囲を囲む男たちとは違い、異彩を放っていた。
「ちゃんと逃げないように縛ったか?」
「おう、ばっちりだ」
何やら男たちはその女を岩へと念入りに縛り付けていた。
女は一切言葉を発せず、ただ為すがままであった。
「なぁ、こんな別嬪は勿体無いぜ。最後に楽しもうぜ」
「馬鹿野郎!もし、そんなことやって"呪い"がうつちまったらどうすんだ?お前もこうなるんだぞ!」
下卑た笑みを浮かべた男が女に手を出そうとしたが、それを別の男が止める。
茂みで隠れていた俺は詳しい詳細は分からないが、とにかく状況的には色々と面倒臭い感じであることは分かった。
男たちは女を置いて何かに警戒をしながら、立ち去った。
男たちが立ち去った後、俺はどうすべきか思案していた。
事情も分からず助けるべきか、そうすべきでないか...。
「...そこにいるのは誰?」
透き通るような美しい声であった。
俺は茂みに身を隠しているので見えるはずがないのだが、その女はしっかりとこちらを向いていた。
俺は隠れてても無駄だと悟り、茂みから出て姿を見せる。勿論人間に化けた姿で。
そして辺りを警戒をしながら、女へと近づく。
「...よく分かったな」
「...ええ。貴方、その力を隠そうとしないんだもの。すぐに分かるわ」
「...力?」
「そう。でも、私のとは似て非なるもの。...貴方、人間ではないでしょ?」
「ーーー!?」
俺は自分自身の正体が完璧には見破られてはないものの、人間ではないことがバレてしまい、かなり焦る。
女はその言葉尻や内容からするに一切からかって言っているような感じではない。
「どうやら隠してもしょうがないようだな。それで何故人間でないって分かるんだ?」
「それは____」
女が答えようとしたとき、大きな振動が身体を揺さぶる。
地震とはまた違う、巨大な何かが地面に落ちたような類のものだ。
その震源はすぐ真後ろであった。
「その化け物___妖怪と同じ力を感じたわ」
俺の目の前には巨大な百足がいた。
全長は20メートルは超えており、全高も3メートル以上はあるであろう。
数多ある黄色に鈍く光る脚を忙しなく動かし、大きく開いた口からは涎のような液体を垂らしていた。
垂れた液体は地面に落ちると嫌な音を立てていた。
「成る程ね。これはまた気味の悪い妖怪だな。それで何でお前は縛られてるんだ?」
「そんなこと喋る必要はないでしょ。貴方は関係ないのだから」
「確かにそれもそうだな。じゃあ...」
俺は女に近づくと身体を縛っている縄を妖力で焼き切る。
女は急に束縛を解かれたことでよろめいて地面に倒れそうだったのを腕を掴んで安定させる。
女は急なことで驚きを隠せないでいる。
「あ、貴方は何をしているの!?」
「これで関係者だな。んで事情を聞きたいところだが、どうやら同業者を怒らせちまったようだな」
警戒をしてか終始状況を見ていた巨大な百足が脚と口を忙しなく動かして怒りを露わにしているように見える。
どうやら女の束縛を解いたのがご立腹だったらしい。
「さて穏便に済みそうにないから、お前はそこの岩の後ろにでも隠れておけ」
「な、何言ってるの?貴方はあいつと同じなのになんで?」
「とりあえずその話は後でしてやる。今は俺に従え」
「わ、分かったわ...」
女は納得いかないという顔だったが、俺の指示に従い先程縛られていた岩の後ろに隠れる。
それを確認すると俺は百足に向き直る。百足は怒り心頭で今にも襲い掛かってきそうであった。
「さて、俺はお前と同じで非常に怒っている。何故か分かるか?」
百足は俺の問い掛けに反応する気配はなく、怒りで頭を振り回している。
百足の唾液が俺のところまで飛んできたが、即座に展開した障壁で防ぐ。
「ずっと俺は人間を探していた___」
「そして漸く見つけた。ちょっと面倒くさい状況だがな___」
「だがその人間に対して明らかにお前は危害を加えようとしていた___」
俺が一つ一つの言葉を紡いでいく。
遂に巨大な百足は抑えきれなくなったのか、俺に目掛けて巨大な口を開けて突進してきた。
どうやら俺を食い殺すつもりらしい。
「つまりお前は俺の目的を阻害しようとしたわけだ___」
「よって、お前を処分する。燃え尽きろ」
俺が言葉を言い終わると同時に巨大な百足の身体全体が燃え上がる。
俺は妖力を使い、百足の周囲に高周波の電磁波を発生させて百足の身体を発火させた。所謂電子レンジの発火現象を真似たのである。
百足はその身を高温の炎に焼かれながらも、徐々に近づいてきている。
百足とあってなかなか生命力は高い。
「じゃあ、これはどうだ?」
俺は自分の所持品から手のひらより一回り小さい鈍い光沢を放つ石を取り出す。
これは鉄成分の多く含有された石であり、電気を通しやすいものだ。
俺は妖力でその石を浮かし、それに妖力で生成した電気を流していく。
空中に浮いた石は帯電しながら、少しずつ回転を始めて瞬く間に高速で回転するようになる。
百足は炎にその身を焼かれながらも、あと一歩という近さまで進んできていた。
「惜しかったな。...弾け飛べ!!」
石を繋ぎ止めていた妖力を切った瞬間、石は空気を引き裂く甲高い音を立てて百足の身体へと向かって飛翔し、頭のすぐ下を貫通した。
鈍い破裂音と共に百足の身体が爆発四散し、肉片などが飛び散った。
頭部は爆発せず、俺の前へと転がり落ちてきた。身体が吹き飛んで無くなってしまったというのにまだ口を動かしていた。
俺は百足の頭部へと近付き、妖力で生成した高電圧の電気をそれへと流す。
百足の頭部は幾度か痙攣を繰り返した後、完全に動きが止まった。
どうやら生命活動を停止したようだ。
「ふぅ、燃やせば簡単だと思ったんだが、以外にしぶとかったな」
俺は念のために周囲を警戒しながら、岩の後ろで隠れている女のところへと向かう。
色々と面倒そうであるが、久しぶりに人間に会うので積極的に関与していこうと俺は決意していた。
女は目を瞑って小さくなっていた。
微かではあるが身体は小刻みに震えている。
先程まで気丈に振る舞っていたが、やはり年相応の女らしくどうやら怖かったようだ。
俺はその女に近付き、軽く頭を撫でる。
突然のことに身体を大きく跳ねあがらせて、その後ゆっくりとこちらへと顔を上げる。
「もう終わったぞ。大丈夫か?」
「...ええ」
女は岩から顔を出して、先程の戦闘の後を確認する。
百足の肉片などが辺りに散乱しており、凄惨な状況が広がっていた。
勿論、年若い女にとっては耐え難い光景であり口元を押さえていた。
「...気が利かなくてすまんかった」
「...大丈夫よ」
「少し待ってろ」
俺は妖力で電磁波を生成し、周囲に飛び散った百足の肉片を焼き尽くす。
頭部も上顎を剥ぎ取った以外は同様に灰になるまで焼き尽くす。
「さて、一段落付いたな」
「...」
「そういえばお互い自己紹介してなかったな。俺の名前は...磨白だ。お前は?」
「...さつきよ」
「"さつき"か。いい名前だな」
「ありがとう。...それで、これからどうするつもりなの?」
「どうするとは?」
「さっきの化け物と同じように、私を食べるの?」
「あいにく俺には食人の趣味はないんでね、遠慮しとくよ」
「...変わった妖怪ね」
「そらどうも」
「...ふふっ」
先程まで緊張と警戒で顔を強張らせていたが、それも少しずつ溶けてきたように思えた。
女の笑顔は年相応に可愛らしく、俺は積極的に関与して良かったと改めて思った。
皆様の貴重なお時間を頂きありがとうございます。
いつも通りの不安定さに定評のある文章を読んでいただき、たいへん恐縮です。
今後ともどうぞよろしくお願いします。