Special Investigation Team 通称、SITの隊員たちはいつでも動けるように準備をしながら、とあるアパートの二階の一室のドア。あるいは犯人が逃亡する可能性がある窓の周辺で待機していた。
そのアパートはかなり古く、築20年は建っている建物で、辺りはごく普通の住宅地になっている。しかし、それが今や周囲は完全に封鎖されていて、アパートの周りには機動隊や今回、共同出動したSATの隊員など警察関係者の人たち、そして封鎖されている外では報道関係者たちしかいない。SITの力をもってすれば築20年のアパートのドアを破壊しての強行突入など実に楽なものであったが、今回はそういうわけにもいかなかった。
「犯人との交渉はどうだ?」
そんなピリピリした雰囲気の中、SIT隊長、菊地栄助が交渉の補佐をしている若手SIT隊員に尋ねた。しかし、SIT隊員は黙って首を横に振った。
「ダメです。犯人グループは完全に興奮しています。情報によるとMP5系のサブマシンガンを所持しているらしいですし、このままでは誘拐された女の子が危険です」
若手SIT隊員はこの夏という季節特有のじめじめとした空気と、容赦なく降り注ぐ太陽の影響で汗だくになっていて、菊地に現状の説明をし終わると同時に、額に流れる汗をぬぐった。
若手SIT隊員が言ったその言葉は菊地に突入命令を求めるものであったが、もしも突入して、興奮した犯人たちが誘拐された女の子を射殺してしまえば警察はまたマスコミに叩かれてしまう。そして自分はこれから先『被害者殺し』の異名が着くことになるのだ。
菊地は悩むような顔をして目を閉じた。この事件の元は、とある一家……いや、一家と言わず少女の親族すべてが殺害されたことから始まった。
少女の親族たちはその日の夜、一年に一度行われる親族会議なるもので少女の家に集まっていたという。しかし、そこに銃を持った男二人が強盗目的で侵入。親族16人を容赦なく射殺。少女一人だけが殺されずに誘拐されたとのことだ。
近隣住民より激しい銃声がするとの通報を受けて現場に急行した警察官により事件は発覚、警視庁は即座に特別捜査本部を現場近くの所轄署に設置、すべての警察署の管轄区域において行う緊急配備、全体配備が行われた。
結果、巡回中のPCが黒いセダンに職務質問をかけると、その車の後部座席に手足と口をガムテープで拘束されている少女を発見。しかしそれに気づかれたことを知った車の運転手は急発進し、車を追跡するパトカーを振り切ってその場から逃走した。しかし、その場にいた警察官が車のナンバーを覚えており、すぐにNシステムにて車を発見。警視庁航空隊が追跡を始めた。またこの際犯人を刺激する恐れがあるため、地上からの追跡は行われなかった。そして見つけられたのがこの場所である。
「隊長、突入しましょう」
若手隊員は必死になって頼んできている。頭部の防具のせいでその表情は太陽の光が反射しているせいもあり、少し見にくいがおそらく本当に必死そうな顔をしているのだろう。
「ダメだ。本部からの命令を待て」
「ですがこのままだと!」
「突入しても人質が死んでしまう可能性がある。今とにかく待て」
食って掛かる若手隊員にそう言う菊地も、どこか少し悔しそうな顔をしていた。
しかしその瞬間だった。アパートの中からサブマシンガンを撃った時と同じ音がした。何発撃たれたのかなどを数える余裕がなかったが、これにより現場は突入することへと皆の意識が変わる。しかし、突然起きたことに隊員たちは何をしていいのかわからず、指揮官の命令を待っている。
「銃声! 全班突入!! 細心の注意をはらって犯人を確保!! やむを得ない場合は射殺せよ!!」
菊地は無線機に向かってほぼ叫ぶような形で命令した。そして、命令された隊員たちはすぐさまドアを開けて中に突入する。突入命令が出るまではおどおどしていたが、突入したその姿は完璧である。
そして、突入してからは銃声も特になく、犯人を確保したのだと菊地など、外にいる警官たち、そして報道関係者たちは思っていた。しかし、菊地の無線機に奇妙な言葉が入ってきた。
『隊長……異常事態発生です。すぐに来てください……』
その隊員の声はまるで亡霊でも見たのかと思うほど落ち込んでいる。
菊地はその言葉を聞き、アパートの鉄の階段を急ぎ足でかつかつと上がってから念のため自身が持つ自動拳銃の安全装置を外して部屋の中に入った。
部屋の中はもともと汚かったらしく、足元が小難しそうな分厚い本が散らかっており、更に長い間換気をしていなかったのか、部屋の中が臭かった。しかし、それだけならまだしも良い方だったのだ。
そして、隊員がなぜ落ち込んでいたのか、その意味がわかった。部屋の奥から隊員が一人出てきて菊地の耳元で声を潜ませるように、何かを言って部屋から出ていった。その隊員はこう言ったのだ。
「もう一人は奥の部屋で同じように……
菊地は思わず構えていた拳銃を下ろした。そして目の前の状況が理解できずに声が出なかった。菊地の目の前にあったのは厚さ10cmほどの氷に包まれて凍っている40代ほどの男。その目は見開かれており、相当の恐怖があったのだと教えさせてくる。体が凍っているわけだから当然生きているはずないだろう。
その光景を見続けて、何秒、あるいは何分間か経ったころ、もう一人の男がいるという部屋の奥の方から少女の泣き声がしていることに気がついた。
菊地はその声に導かれるように部屋の奥へと足を進めた。そこは三畳ほどの狭い和室で、南向きの窓から落ちる陽光を浴び続けたのだろう畳は、すっかり色を無くしていた。そしてその部屋の真ん中にもう一人の男が凍っていた。入り口近くで凍っていた男と大きく違う点はその手にサブマシンガンが握られているところだ。しかし、そのマシンガンも周囲を厚さ10cmほどの氷で覆われている。その銃口の先に問題の少女はいた。
率直に言えば、白。白い髪をしている。ロングヘアだ。年齢は小学2年生と聞いていたが、見方によっては小学1年生にも見えてしまう。服装は相当乱暴をされたのか、乱れている。
菊地は無線を取り、
「人質の保護に成功。しかし犯人は死んでいます」
その報告が終わった後も少女は隊員たちに囲まれる中で大声で泣いている。ただその泣き方が奇妙なのだ。
顔を朱に染めて大口を開けノドから声を絞り出す。ときには手足さえ振り回す。小学二年生ならそんな泣き方をするものではないだろうか。
しかしこの少女は違う。柔らかそうな頬にはわずかな紅潮が浮かぶだけ。桜色の唇は嗚咽にあえいでなお艶めきを失っていない。耳に届くのは透き通るような嗚咽。ただただ百合のように立ちすくみ――そのつぶらな瞳から流れ出す涙は、暑さではなくほとんど冷たい清流を思わせた。
ほとんど聖性すら感じさせるそんな光景が、薄汚れた部屋の凍り付いた死体という異常性と同居している事実に、菊地はただ立ち尽くすしかなかった。
どうでしたか? リアリティー的には完璧なリアルにはしない方向でいくつもりです。
今度の更新がいつになるのかはまだ未定ですが、その時はまた読んでいただけると嬉しいです。