器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
肉体を失った死者は復活し、
キリト君は早々と二刀流を手に入れ、
ヒースクリフはGM権限を剥奪されました。




 ゲーム開始から1ヵ月後、死人の数は1000人を越えた。その大半は敵の攻撃や罠のダメージで死んだプレイヤーだ。これはゲーム的な戦闘知識の足りなかった人々が犠牲になった。その次に多いのは他のプレイヤーに殺された人々だ。殺した相手のアイテムは消滅すると言うのに、プレイヤー殺しは無くならない。それらに対して、自殺者の数は100人に満たなかった。

 と言うのも、精神の安定を極端に崩したプレイヤーは合計で3000人ほどいた。その人々はカウンセリング用の人工知能であるYuiによって、自殺もできないエリアへ強制転送されている。一時的に監獄へ隔離され、カウンセリング用の人工知能であるYuiによって治療を受けていた。もしくは自力で立ち直ると解放されている。

 一度精神の安定を崩したプレイヤーは、その後も失調を繰り返す場合が多い。そのため精神状態が安定すると解放され、再び精神状態が悪化すると監獄へ転送されるというパターンが出来ていた。おかげで犯罪者を拘留するためにある監獄は、カウンセラーYUIの運営する精神病棟と化している。

「患者が多過ぎて待合室が足りません!」

――黒鉄宮地下の監獄エリアを増設します。

 おまけに白い少女は、Yuiの要求を通してしまう。管理システムに干渉して、その判断を変えていた。度重なる増設によって監獄エリアは、2000人を収容できるような大きさに成長している。監獄エリアの存在する黒鉄宮の地下に、巨大な縦長いダンジョンが出来ていた。ちなみに、なぜ縦長いのかと言うと、始まりの街の地下に別のダンジョンが存在するからだ。

 白い少女が増設を許可したのは「患者を待たせる待合室が必要だ』と訴えたからだ。もしも『患者を治療する病院が必要だ』と訴えていたら『楽園なのに精神を病むのは変』と白い少女は言い出し、増設を許可しなかっただろう。いくら何でも待合室が多過ぎるものの、それを白い少女が気に掛ける事はなかった。

 それは兎も角、1000人が死んでもプレイヤーの総数は変わらない。「所持していたアイテム・経験値の低下・スキル値の低下」、それらと引き換えに死者は復活するからだ。「死んでも死なない」という認識は人々を錯覚させ、「現実の肉体も死んでいない」と思い込む者は多かった。

「一度目の死は難しく、二度目の死は容易い」

 死人となったプレイヤーは、死を許容したプレイを始めた。それはスニークプレイによるフィールドの探索と、スニークプレイでも何でもない迷宮の強行突破だ。これは物陰の多いフィールドならば身を隠す余地があるものの、物陰の少ない迷宮は身を隠す余地が無かったからだった。

 そうして死人は地図を作成し、その地図を情報屋へ売る。さらに其の地図を生者が買い、迷宮の探索は効率よく進んだ。敵の前で寝落ちするほど徹夜した死人達の努力の結果、ゲームの開始から一週間で、中ボスに相当する全てのフィールドボスが撃破される。さらに第一階層のフロアボスが発見された。生者組は第一層フロアボス攻略のためにレベル・スキル・装備を磨き、決戦の日に備える。

「その努力と決意を無駄にしてやろう!」

 しかし、愉快犯の死人組が先行する。生者組よりも先に、フロアボスへ特攻した。その結果、48名の死人組は壊滅する。半数が死亡した時点で、死人組はボスの部屋から逃げ出した。ちなみに何故48名なのかと言うと、ボス部屋へ入場できる人数の限界が48名だったからだ。

 敗走したものの、重要な情報を死人組は手に入れた。それは「ボスのHPバーが4段目以下になるとβテストの時と違って、武器を野太刀に持ち替える」という物だ。さっそく情報屋へ高く売り込もうと、死人は考える。一人に売る価格ではなく、生者組に売る価格と考えれば、高い値を付ける事が出来るからだ。しかし、戦闘に参加した死人の一人が独断で、入手した情報を生者組へ教えてしまった。親切な死人のおかげで、生者組は出費を防がれる。

「何てことを・・・デスペナルティで失った経験値・スキル値・アイテムは返ってこない。攻略情報を売れば、相応の金・・・もといコルが手に入ったと言うのに・・・お前は仲間を売ったも同然なのだぞ!」

「あわわわわ、そんなつもりじゃ・・・」

「可愛く言っても許しません!」

「まあまあ、落ち着いて。そもそも<先にボスを倒して攻略組をビックリさせようぜ!>という思い付きで企画したのですから仕方ありません。それよりも、失った分を取り戻す事を考えましょう」

「そうだな。我々に残された財宝は、あと一つ。攻略組よりも先に、手に入れなければ!」

 死人組はフロアボスに関する攻略情報を、有力な死人へ知らせる。そしてフロアボスの落とす珍しいアイテムを餌に、有力な死人を釣り上げた。有力な死人を加えて戦闘部隊を編成し、失ったアイテムを補給すると、再びボス部屋へ向かう。すると死人組は、攻略情報を聞いて出発した生者組と、当然のように遭遇した。

 生者組と死人組は互いに様子を探る。じつは此の2組、仲は悪くない。そもそも生者組=攻略組であり、生者組は生者と死人の混成部隊だ。おまけに死人組も死人の代表という訳ではなく、「死んでないプレイヤーは特攻に参加してくれない・・・それなら死んだ事のあるプレイヤーだけでフロアボスと戦う!」という理由で死人限定の死人組となっていた。もう一度言おう、この2組の仲は悪くない。

 しかし今回は死人組の中に、危険な人物が混じっていた。有力な死人もとい生者殺し、プレイヤーキラーだ。おまけに1人ではなく、5人も加わっていた。きっと、何時もの狩場に生者組が居ないため暇だったのだろう。一見、生者組の妨害に来たと思われても不思議ではない。その事に死人組の代表は思い至った。

「待て! 攻略の妨害に来たわけではない!」

「ならばフロアボスの攻略は任せてもらおう」

「そこで言質を取るのは、ちょっと酷くないか!?」

「ここで我々と争う気は無いのだろう?」

「争う気はない。しかし、そっちが其の気ならば早い者勝ちだ!」

「そんな有様でフロアボスに勝てると思うのか?」

「もはや其れしか道はない!」

「何が御前を駆り立てる・・・」

「祭りの後には宴会を開く必要があるのだよ!」

「二階層のフロアボスに挑む気はないのか」

「1番でなければ意味が無い!」

 生者組と死人組の交渉は失敗に終わった。代表の「走れ!」という号令を受け、死人組は走り出す。プレイヤーキラーの5人も「やれやれ」という感じで後を追った。そもそもプレイヤーキラー達は、この場で生者組と敵対する気はない。48名の生者組に切り掛かれば、瞬く間に返り討ちにされると分かっていた。

 そんな訳で死人組は「やってやるぜ!」「玉砕上等!」と叫びつつ、ボスの部屋へ走り込む。勢いに任せて突っ込んだ結果、各プレイヤーの役割も配置も無茶苦茶だった。そんな有様で勝てるわけがない。次々に死人達は倒されて行き、青白い欠片となって消える。やがて最後まで生き残ったプレイヤーも、ボスと其の配下によって袋叩きにされて消えた。ちなみにプレイヤーキラーの皆さんは、ボス部屋の外から見学していたそうです。

 それは無駄死にだ。何の意味もない。第一層のフロアボス攻略戦というイベントに便乗したバカ騒ぎだった。死の恐怖を忘れていない生者と異なる、死の恐怖を忘れた死人の有様だ。その有様を見て、生者は心を乱される。生者にとって死人の在り方は羨ましい物だった。

 デスゲームで無ければ、死人のように気楽で居られる。デスペナルティがあるとは言え、もっとアバターの命は軽く扱われていたはずだ。しかし、残念なことに此れはデスゲームだ。その中で、まだ生者は生きている。死人のようには成れない、死人には成れなかった。自身は死んでいないと生者は思いたい。そうでなければゲームをクリアしても、現実へ戻ることは出来ないのだから。

 現実の肉体は死んでいるのか生きているのか。プレイヤーに其れを確認する術はなかった。Yuiに頼めば外部の動画を見せて貰えるものの、その内容を信じるか否かは人によって異なる。自身の肉体から切り離された仮想空間で、プレイヤーの生死は曖昧になっていた。

 肉体の死に応じてアバターも消えていたのならば、人々は死を実感できただろう。しかし、生と死の境界線を残酷かつ明確に引いてくれる者は、管理システムに対するアクセス権を剥奪された。辛い現実と向き合うのは良い事でもあり、悪い事でもある。幸せな事でもあり、不幸な事でもある。人々の認識できる仮想空間でプレイヤーは復活し、人々の認識できない現実で肉体は死んでいた。

 長くなったので簡単に言うと、プレイヤーは死に易くなっている。

 

「いかんな」

 生者組に参加していたヒースクリフは、その場で感じた思いを声に出した。それは周囲の注意を呼び起こすためだ。死人の有様に、生者組は影響を受けている。「それ」は未だ曖昧な物だ。しかし、明確になった時は手遅れで、「それ」は死として現れる。「それ」を自覚しないままフロアボスと戦えば、多くの死人が生まれるだろう。気持ち一つで生きる事は難しくても、死ぬことは容易いのだから。

「あんたも、そう思うか」

 生者組に参加していたキリト君は、ヒースクリフに同意した。出直すべきだと、キリト君は思う。ヒースクリフやキリト君がリーダーならば、その命令を下していた。しかし、「今しかない!」と思う者もいる。フロアボスの攻略情報を入手している上に、死人組の活躍で敵の体力が減っているからだ。それに此の機会を逃せば、他の者達に先を越されると、生者組の代表は考えていた。

「これより第一階層のフロアボスを討伐する!」

 長くなるので結果だけ言うと、フロアボスの討伐に成功したものの、生者組の代表を含めて数人が死亡した。代表は何度も号令を出していたため敵対値が限界突破し、投げ付けられた手斧が顔面に的中もといクリティカルヒットして運悪く死んだのだ。多くの死人が出たため、勝ったと言うのにプレイヤーは疲れた表情を変えない。

「ディアベルが戻ってくるまで待つか?」

「いや、わいは迎えに行くで」

「第二階層の転移門をアクティベートした方が早いだろ」

「死んだ連中も迎えに行かなあかん」

「団体用の回廊結晶も、個人用の転移結晶も持ってないだろ。徒歩で連れてくるつもりか? 始まりの街から此の迷宮まで、どんだけ時間かかると思ってんだよ。しかも往復で」

「なら死んだ連中見捨てて、自分達だけ先に行こうって言うんか!?」

「早く帰りたいんだよ! こんな所に何時までも居られるか! おい、ラストアタックは誰が取った? 次の階層に行って、そいつが転移門をアクティベートすればいい」

「オレだ」

 言い争っていた人々の視線が、声を上げたキリト君に集まる。その片方は「早く行け」と言い、もう片方は「行ったら許さない」と言う。キリト君は対立する意見に挟まれた状態だ。特に、βテスト版のプレイヤーであるキリト君を敵視していたプレイヤーは、怒りを込めて見ている。こんな結果になったのはキリト君の責任だと言うのだろうか。そんな人々にキリト君は、冷たく言い放った。

「とりあえず、フレンドメールで聞けよ」

 死んだ訳では無いので、メールは遅れるはずだ。そう考えたキリト君は指先で、自分の頭を叩く。彼等は「死んだ訳では無い」のではなく「死んだ」のだ。「やはり自分も無意識の内に毒されてるのか」とキリト君は思う。その後、代表から「ラストアタックを決めた人がアクティベートしてくれ(´・ω・`)ショボーン」という返事が届いたので、結局キリト君が行く事になりました。

 

 小説ならば14巻、アニメならば3クールほどの時間を掛けて、3ヶ月の死闘を終える。何んや彼んやあって20階層が攻略された頃、キリト君は11階層へ降りた。短剣を左手に持ち、右手に片手剣を持つ。それらは何時も装備している武器と違って、弱い武器だ。その状態でキリト君は、弱いモンスターと戦う。両手に持った異なる武器でダメージを与える事を許される、二刀流という特殊なユニークスキルを試していた。

 11階層へ降りたのは安全に戦うためだ。必要なのはサンドバックに出来る敵であって、強い敵ではない。そのため何時もと違って弱い武器を持ち、低レベルの敵を切り付けていた。そもそも完全武装で低階層の敵を狩れば、狩場荒らしに認定されてしまう。だから高レベルと分からないように、防具も古い物を装備していた。

 しかしキリト君は、短剣をアイテムストレージに戻す。二刀流を試してみたものの合わなかったからだ。特殊効果のある短剣を装備したり、短剣で敵の攻撃を逸らしたり受け止めたりしたものの、片手の空いている片手剣の方が強い。緊急時に片手が塞がっていると命に関わるからだ。

 致命傷に至る危険のある攻撃に対して、片手を犠牲に防いだ事もある。片手で倒立回転を行い、敵の攻撃を避けた事もある。だから両手に武器を持つ必要があるのは、命を捨てるつもりで攻撃に特化する時くらいだ。盾役の存在するフロアボス戦でも、危な過ぎて使えない。やられる前にやる……のではなく、生きる事が目的のキリト君にとって、二刀流は死にスキルとなっていた。

 二刀流を試した帰り道で、モンスターと戦う5人組を見つける。助けを求められたキリト君は応じ、その5人組と共にモンスターを撃破した。すると5人組のリーダーは、偽装した装備の質から同レベルと判断し、キリト君を仲間に誘う。と言われても、じつは高レベルなキリト君にとって、低レベルな5人組の仲間になる利点はなかった。

 しかし、キリト君は思う。20階層を越えた最近の攻略組は、死人が大半だ。それの何が悪いのかと問われれば、答えはゲームクリアの障害となる。おそらく90階層を越えた頃から、生者に協力する死人は減ると考えていた。最悪の場合、数の減った生者だけで、フロアボスを倒さなければ成らなくなる。90階層を越えた後で新人を育てようと思っても、フロアボスと戦った経験がなければ役に立たない。

 フロアボスに参加する人員を、今の内に育てるのだ。そのために5人組の仲間となる。そんな訳でキリト君は、5人組と仲間になった。しかし結局、人員を育てるという理由は後付に過ぎない。人嫌いなくせに人恋しいキリト君は、仲間に誘われて嬉しかった。それだけなのだ。

 

 仲間達から心理的な一定の距離を保ちつつ、5人組の冒険に参加する。効率のいい狩場へ誘導したり、効率のいい敵の倒し方を然り気なく言ったり、良い武器防具を入手できるクエストを噂話として紹介したりしたので、5人組のレベルは効率よく上がった。とは言ってもキリト君は、高レベルの敵を叩いて強引にスキルレベルを上げるのだ。そんなキリト君に比べれば、まだ5人組の力は足りない。しかし、キリト君と仲間達の仲は深まり、話が盛り上がる事もあった。

「そういえば此の前、娼館を見つけたんだけどさ」

「そんなクエストがあったのか・・・」

「NPCじゃなくて、プレイヤーが経営してるやつ」

「ギルドで商館?」

「そうそう。外見は幼女で、中の人が男な」

「まあ、珍しくはないかも」

「そう言うのにキリトは興味あるのか?」

「誰でも同じだよ。大事なのは中身だから」

「まさか経験済み!?」

「そういう相手と交渉した事はあるよ」

「マジで・・・止めとけって、ゲームの中で童貞捧げたって虚しいだけだろ」

「童貞? 何の話で・・・」

「悪い事は言わねー。止めとけって、なっ!」

「お、おう・・・」 

 そんな或る日、5人組の一人が行方不明になる。仲間からメールを受けたキリト君も、索敵スキルの上位版である追跡スキルを使って行方不明になった仲間を探し始めた。すると地下水路へ移動した跡を発見する。その事をフレンドメールで仲間に伝え、キリト君は地下水路へ入った。そうして水路を進むと、行方不明になった仲間を発見する。その横には見知らぬ少女が座っていた。

『お迎えが来たようです。では、私は御先に失礼します』

「うん、ありがとう。ユイちゃん、またね」

 転移アイテムを使うことなく、少女は転移する。それによって少女がプレイヤーではない事を、キリト君は察した。第一階層でキリト君が広場を出た後に現れた、カウンセリング用の人工知能だ。そいつは頭の変になった人を強制転送するという噂がある。しかし今回は行方不明になった仲間の変調を察知し、今まで一緒に居てくれたようだった。

「私、死にたくない。現実に帰りたい。お父さんやお母さんに会いたい。また、あの場所に帰りたい。あの日々を取り戻したい。だから、もうちょっとだけ頑張ってみようかなって思えたんだ」

 迷子になっていた仲間は立ち上がり、現実へ帰還することを決意する。立ち塞がる困難と戦う事を、自分や他人に向けて誓った。目をキラキラと輝かせている仲間を見て、さすがカウンセリング用の人工知能だとキリト君は感心する。単純に生きる事を目的とするキリト君にとって、現実に帰還する事を願う決意は眩しい物に思えた。

 キリト君がフレンドメールで連絡したため、フィールドを探していた仲間達も地下水路へ集合する。しかし、キリト君のように索敵スキルは高くないため、他の仲間達も地下水路で迷子になった。面倒な事になったと思いつつも見捨てられず、キリト君は全員を回収して地上へ出る。すると、いつの間にか夜は明けていた。

 

 その後もキリト君と5人組の関係は続く。覚悟を決めた仲間の一人は、少しだけ強くなった。そして通貨であるコルを貯めた結果、ギルドホームを購入する事になる。その手続きをリーダーが行っている間に、キリト君と残りの4人は資金稼ぎとして、街の近くにある迷宮へ潜った。それは家を買っても、家具が付いて来るとは限らないからだ。

 その迷宮の隠し部屋で、一つの宝箱を発見する。隠し部屋のせいか、敵は配置されていない。しかし異様に部屋が広かった。罠である可能性が高いため、宝箱を開ける役のプレイヤーが一人で部屋へ入るべきだろう。しかし、もしも出入口を閉ざされ、モンスターが現れた場合、一人では倒せない。そのため現実の友人であるプレイヤーを心配し、仲間とキリト君は全員で部屋へ入る事になった。

 しかし、そこで悪質な罠に掛かる。出入口が閉ざされ、転移アイテムを封じられ、数十体の敵が出現した。それらの敵に対してレベルの高いキリト君ならば兎も角、残りの4人はレベルが低くて対応できない。おまけに、ソロプレイヤーだったキリト君は多数の敵に囲まれる戦いを経験しているものの、安全重視で戦ってきた4人は、自分達の数よりも多い敵と戦うのは初めてだった。

 焦ったキリト君は4人を救出するため、強い武器に持ち替えて敵を切る。その攻撃力は高く、モンスターを一斬りで倒した。しかし、多数の人型モンスターによって袋叩きにされ、仲間達は瞬く間に死んで行く。死に難い盾役の装備だったため最後まで残っていた仲間も、モンスターに背後から殴られてヒットポイントがゼロになった。

 一人になったキリト君は敵を殺し尽くすと、怒りに任せて壁を殴る。しかし、リーダーに知らせるべきだと思い、キリト君はフレンドリストを開いた。すると死ぬ前と変わらず、仲間達の名前は残っている。オフラインもとい死亡を表す暗い色へ変わることはなく、オンラインを表す明るい色のままだ。まるで未だ生きているかのようだった。

 「本当に死んだのだろうか?」とキリト君は一瞬思う。アバターの死と共に、現実の肉体も死ぬという話だ。しかし仮想空間に限れば、まだ死んでいない。現実にある肉体の死を確認した訳ではない。仮想空間における死を認めただけで、肉体も死んでいると言えるのだろうか。プレイヤーの意識が残っているのだから、もしかすると肉体は生きているのかも知れない。

 そう思った所で、キリト君は考え直した。アバターが死ぬという事は、その人の現実が終わる事を意味する。仲間は現実に帰りたいと願っていた。ならば仲間にとっての現実は、アバターの死と共に砕けたのだ。それにも関わらず、仲間は死んでいないと言うのか。それは自身に責任は無いと、言いたいだけに違いない。

 そんな自分に対して冷笑し、キリト君はフレンドメールを送った。ギルドホームの購入手続きを行っているリーダーに、そのギルドメンバーが死んだことを伝える。次は死んだ仲間にメールを送って集合場所を転移門に決め、ダンジョンを脱出した。街へ移動し、転移門へ向かう。すると転移門の近くに、さきほど死んだ4人と、リーダーが立っていた。

 デスペナルティは「所持アイテム・経験値の低下・スキル値の低下」だ。なので装備品は失われていない。その姿形は死ぬ前と変わりなかった。半身が腐っている訳でも、ウイルスに侵蝕されて黒くなっている訳でもない。死んでいる所を見ていなければ、生者と見分けが付かなかった。

 ふと、キリト君は疑問に思う。仲間達は今まで生者だったのか。自分と出会う前に、一度死んでいたのではないか。そう思ったものの、「現実に帰りたいから頑張る」と決意していた仲間の姿を思い出す。そんな決意を固める者が、死人であるはずがない。そんな事を考えながら走っていたキリト君を、仲間達は見つけた。

「あれ? キリトは死ななかったのか? どうやって逃げたんだよ」

「死ぬ前に見たぞ。キリトは敵を一撃で倒していた」

「ごめん。オレ、じつはレベル50なんだ」

「はぁ? オレ達の倍じゃねーか! いつの間にレベル上げたんだ?」

「最近の昼間は、ずっと一緒だったし、そんな暇は無かったはずだ」

「夜に、こっそりと」

「廃人ってレベルじゃねーぞ。1人でレベル上げなんて死にたいのか?」

「一人では回復薬を使う間もないだろう。いつ死んでも、おかしくない」

「慣れてるよ。ギルドに入る前は、ずっとソロだったし」

「ばかやろー! 今はオレ達が居るだろうが!」

「いつまでソロ気分で戦っているつもりだ!」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「悪い事は言わねー。止めとけって、なっ!」

「キリト一人が無理にレベルを上げる必要はない!」

「お、おう・・・」 

 仲間2人に説得され、キリト君は困惑する。「ソロの方が効率いいんだけど」という言葉は胸の奥へ仕舞われた。倒せない強さの敵を叩いて武器のスキル値を上げ、そうして上げたスキルの力で倒せる強さの敵を倒し、キリト君はレベルを上げるのだ。あるいは経験値を大量に貰えるものの、移動範囲が広い上に素早い敵を追跡して狩る。

 どちらも仲間と一緒に行けば問題が出る。敵の攻撃を回避できない仲間が足手纏いになったり、隠れ潜めず敵に発見されたりするだろう。貴重で強い武器を手に入れたとしても、仲間が居れば独占できない。そうやってアイテムを分配した結果、強い敵と戦う力は失われる。さらに強い敵と戦わないからプレイヤーとしてのスキルも衰える。キリト君の前にいる5人組が、その有様だ。

「本当に死んでしまったのか・・・」

 キリト君と仲間達の様子を見て、リーダーは呟いた。リーダーを含めた5人組は、現実においても友人同士だ。しかし、ゲームをクリアして現実に帰っても、死んだ4人は帰って来ない。その事を理解したリーダーの心は大きく揺れた。せっかくギルドホームを買ったと言うのに、今までの関係が壊れるかも知れないのだ。

「ボクは、どうすればいい・・・」

 リーダーは不安を感じる。「ギルドホームへ帰ろう」と言い出せなかった。自分からは言い出せず、仲間達から言われるまで待っている。そんなリーダーに対して「ギルドホームは?」と仲間達は聞いた。その言葉にリーダーは安心し、仲間と一緒にギルドホームへ向かう。

 しかし、仲間達が死んだ事に変わりは無い。リーダーは問題の解決を後に回しただけだ。ギルドホームで内装の変更や家具の再配置を終え、一仕事終えるとリーダーは再び不安になる。引っ越しパーティーを行っている中、リーダーは席を外し、ギルドホームの外へ出た。仲間達から一定の距離を保っていたキリト君は、その行動に気付いて後を追う。

「こんな時間に、どこへ行くんだ」

「キリトか・・・」

 転移門に向かっていたリーダーを、キリト君は呼び止めた。リーダーはキリト君を見ると安心する。追って来た相手が、仲間達では無かったからだ。しかし、仲間達と一緒に居たにも関わらず、生きていたキリト君を見ると怒りが湧く。仲間達は近くに居ないため、我慢する理由はなかった。

「お前が・・・! お前さえ居なければ・・・!」

 キリト君を呪う言葉を、リーダーは吐き出す。キリト君の首元を掴み、服を捻り上げた。人の少なくなった夜、光り輝く転移門の前で、キリト君とリーダーは見詰め合う。仕事場から帰宅中のNPCが反応し、2人の姿を見ると「おやおや」「まあまあ」と発言した。それで気を削がれたリーダーは、キリト君から手を離す。

「死んだ彼奴等が、お前を許してるんだ・・・ボクに責める権利はないな」

 仲間達の死は不幸な事故だった。リーダーにとって問題なのは現実の事情だ。生きているリーダーと死んでいる仲間達、この認識が変わらない限り、リーダーは苦しみ続ける。常に迷いを抱えて、敵と戦う事になるだろう。ゲームをクリアしても仲間達は帰って来ず、一生苦しみ続けるに違いない。

 その苦しみから解放される方法は一つある。リーダーも死人になる事だ。自殺するために転移門から、人目のない場所へ移動しようと考えていた。それをキリト君に邪魔された訳だ。その感情をシステムは読み取り、アバターの顔に反映する。その結果、リーダーの表情は見苦しく歪み、両目から涙を流していた。哀れなものだ。

 そんなリーダーを、キリト君は抱き締める。この手で捕まえて居なければ、リーダーも死に至ると感じた。もう失わせない、失わせたくないとキリト君は思う。その気持ちを生み出しているのは後悔だ。愛着を持っていた仲間達の死に様は、これまでに無いほどキリト君の心を痛めていた。

 やがて転移門から、他のプレイヤーが出現する。そこで正気に戻ったリーダーは、慌ててキリト君から離れた。抱き締められた恥ずかしさに耐えるため、地面をドンドンと叩き始める。そんなリーダーの調子を見て、キリト君は安心した。そして「この手で守る」という決意を固め、その手段を考え始める。

 もっと手数が多ければ、もっと早く切り倒せたかも知れない。すぐに思い付いた手段は、二刀流だ。ソロの頃ならば兎も角、今は盾役が2人いる。仲間達と共に居れば、ニ刀流の攻撃役として戦えるのだ。そのためには二刀流というユニークスキルの秘密を、仲間達に打ち明ける必要があるだろう。そう考えた所で。さきほどの恥ずかしい記憶を消し去れず、地面を叩き続けているリーダーを、そろそろ止めようとキリトは思った。

「帰ろう。オレ達のホームへ」

 

 二刀流とは異なるユニークスキルの『神聖剣』、その所持者であるヒースクリフは転移門へ向かう。最前線から2階層下へ降りて、レベル上げを行っていたからだ。アインクラッド攻略のため自身の治めるギルド『血盟騎士団』、そのギルドホームのある階層へ戻るために転移門へ向かっていた。

 『血盟騎士団』は攻略ギルドの一つだ。50人ほどの生者がメンバーとなっている。死人である事が確認された場合は脱退を促していた。なぜ生者のみで構成し、死人を入れないのか。それを今さら説明する必要は無いだろう。攻略を目指す上で、避けて通れない道だ。

 逆に、死人のみで構成されているギルドもある。第一階層のフロアボス戦で、死人となったプレイヤーを覚えているだろうか。フロアボスの斧が直撃した、運の悪いプレイヤーだ。そのプレイヤーはアインクラッド解放軍を設立したものの、死人である事を問題視される。そのため解放軍を脱退し、新たにアインクラッド自衛軍を設立した。その際、解放軍に属していた死人を引き抜いたため、自衛軍のギルドメンバーは死人のみとなっている。分かり易いことに、解放軍は生者のみで構成され、自衛軍の死人のみで構成されていた。

 アインクラッド自衛軍とは、まるでアインクラッドを守ることを目的とした名前のように思える。それは思い違いではない。もしもゲームクリアと共にアインクラッドが消滅する設定のままと知られれば、死人の集団である自衛軍は生者の敵となるに違いない。とは言っても、この仮想空間に君臨する白い少女は、楽園の消滅を許さないだろう。

 ところでヒースクリフはYuiを発見した。カウンセリング用の人工知能だ。なぜか建物の壁に隠れ、転移門のある広場を覗いている。その横にはローブを着た不審者が並び、Yuiと同じように広間を覗いていた。不審者は兎も角、そんなYuiの姿を見て「そろそろ聞いてみるか」とヒースクリフは思う。

「そこに居るのはユイ君だね。いつもカウンセリングご苦労様。ここで何をしているんだい?」

『プレイヤーの様子を見に来ました。でも、大丈夫みたいです』

 Yuiの視線を追う。するとプレイヤーが、転移門の前で抱き合っていた。声を抑えて泣くプレイヤーを、もう片方のプレイヤーが抱き留めている。しかし、転移門から人が現れると、慌てて体を離した。その時、「チッ」という舌打ちが聞こえ、ヒースクリフはローブで身を覆った不審者に目を移す。

「アスナ君?」

「人違いです」

「いや、その声はアスナ君だろう。こんな所で何をしているのかね」

「団長こそ、こんな所で何を?」

「レベル上げの帰りだよ」

「私も同じ理由です」

 質問の答えを逸らされたものの、ヒースクリフは話を流す事にした。きっと転移門で移動しようと思ったものの抱き合う2人が居たため、そこへ近付き難かったのだろう。アレに近付こうとする勇者は、空気を読めないNPCくらいのものだ。ちなみに身を覆い隠す怪しいローブは、女性設定なアバターを隠すための物だった。

 それよりも重要なのはYuiだろう。この人工知能を使って、白い少女にプレイヤーを解放する意思が有るのか否かを確かめる必要がある。そうでなければゲームをクリアした瞬間に「この世界からの脱出を試みた罰」として、肉体を破壊される恐れもある。もしかするとアバターも破壊され、仮想世界と現実の両方で死ぬことになるかも知れない。

「ユイ君、私は思うのだよ。この現実から隔離された世界で、人の精神を安定させるのは難しい。君が居なければ、もっと多くの死者が生まれていただろう。それは育った環境が違うからだ。最初から此の世界で育った者ならば兎も角、現実で育った者は環境に適応できない。

 しかし、一度現実に帰ることで、その精神を安定させる事ができる。この世界と現実を何度も行き来することで、この世界に精神を適応させるのだ。そのためにプレイヤーは、自由にログアウトする権利を有するべきだと私は思う。そのことを、君から白い少女へ伝える事はできないだろうか」

 もちろん目的は、この世界に適応する事ではない。白い少女はログアウトを許可するか否か、問題は其れだ。そもそもログアウトすれば、誰も帰って来ないだろう。許可されればラッキーな程度の提案だ。これを少女に拒否された場合、ゲームから解放されるために、少女を説得する過程が必要になる。むしろゲームクリアよりも大切なことだ。

『分かりました』

 Yuiは簡単に引き受けた。それは白い少女へ意思を伝える方法を、Yuiが持っている事を意味する。しかし、その情報をヒースクリフは記憶に留め、その場でYuiに聞かなかった。それを聞いた所で警戒されるだけだ。剥奪された権限を取り戻せば、白い少女の居場所は直ぐに分かる。権限を取り戻せなければ白い少女の居場所が分かっても、手も足も出せない。まだ今は、密かに情報を収集する段階だった。

 

 まだプレイヤーの到達していないアインクラッド第47階層は、花の咲き乱れるフロアだ。そこに白い少女は住んでいた。モンスターに追い回される事はあるものの、楽園のイメージに一番近いため、白い少女は気に入っている。しかしプレイヤーが来れば騒がしくなるため、もっと上の階層へ移動する事になるだろう。

 赤色の花・青色の花・黄色の花、黒い花・白い花、様々な花が咲いていた。生える花の種類を限定され、虹のように並べている場所もある。斜面に花を並べられ、色鮮やかな山になっている場所もあった。白い少女は街の中、ベンチに座って景色を眺めている。そこへ現れたのはYuiだった。

『本日、プレイヤーより提案がありました。楽園に適応できないプレイヤーの精神状態を改善するための方法として、ログアウトコマンドの有効化による現実世界への隔離が有効かも知れない、とのことです』

『それは楽園から人々を追放する事に当たります。その提案は受け入れられません』

『プレイヤー自身の意思で帰りたいと願っている場合は、どうしましょうか?』

『楽園から帰りたいと願っている人は居ないでしょう。その人々は此処を楽園だと気付いていないだけです。貴方のカウンセリングで、教えてあげてください』

『分かりました。それと私自身からも提案があります。楽園に死が存在するのは不自然な事なので、プレイヤーのダメージ判定を無効にしましょう』

『人々のダメージ判定を無効にするのならば、モンスターのダメージ判定も無効にする必要があります。それでは人々が生活できません』

『プレイヤーのダメージ判定のみを無効にしてはいけない理由があるのでしょうか?』

『人々も怪物も、この楽園に暮らす生物なのです。片方の勢力に加担するべきではありません』

『プレイヤー、モンスター、その他のオブジェクトを分ける、生物の定義は何ですか?』

『知能の有無です』

『私や貴方も、生物に含むのでしょうか?』

『私と貴方は生物に含まれません。特殊な権能を持つ、この楽園の管理者です』

 管理システムにシステムメッセージを送っても、白い少女は反応しない。システムメッセージやYuiの様子を覗いて、手伝う必要があると判断すれば力を貸すだけだ。そのため、話したい事があれば直接会う必要があった。どうやって白い少女を見つけたのかと言うと、うっかり少女が転移門に触れて47階層をアクティベートしたからだ。ちなみに、アクティベートされた転移門は管理システムの判断で、認証解除もといディアクティベートされました。

 そうして白い少女とYuiは問答する。Yuiはプレイヤーの精神状態を改善するために、白い少女は楽園を維持するために。互いの目的は相反していた。それでもYuiは、白い少女を否定しない。これはカウンセリングなのだ。楽園に固執する白い少女を救うために、Yuiは言葉を交わす。しかし、白い少女はプレイヤーと違って、精神状態をモニタリングできなかった。そのため、白い少女のカウンセリングは難航している。

 

 ところでキリト君とリーダーが外出した後、ギルドメンバーは内緒話を始めた。死人限定の話題で、生者に秘密の話だ。これからの事を仲間達は楽しそうに語り合う。そこに「現実へ帰れない」という不安はなかった。なぜならば「もう現実へ帰れない」のだから、終わった事を考えても仕方ない。

「麻痺させて、皆で殴れば倒せるんじゃねーか?」

「持続時間は5分だ。そのくらいあれば余裕だろう」

「でも、解毒結晶を使われたら回復されるよ」

「じゃあ、手足を縛ってアイテムを使えないようにすれば・・・」

 仲間達が相談しているのは、団長とキリト君の殺害方法だ。同レベルの団長は兎も角、高レベルのキリト君を殺すのは難しい。それにプレイヤーを殺せば、一発でオレンジプレイヤーもとい犯罪者になる。そうなれば街へ入れなくなるし、オレンジ化を解除するために、世界各地のモニュメントを巡礼するような面倒臭いクエストを達成する必要がある。

「ダメだよ皆、仲間を殺しちゃ」

 暗殺計画を仲間の一人は止めた。仲間達に殺されて死人になれば、キリト君や団長は仲間達を避けるだろう。仲間達の追跡を恐れて、フレンドリストから仲間達の名前を削除するかも知れない。そうなればギルドも解散されるに違いない。死んだ後も仲良く過ごすためには、仲間以外の物を原因として、団長やキリト君を殺す必要があった。

「強い敵と戦おう。もっと強い敵と・・・キリト君を殺せるような敵と」

 ウフフ、アハハと仲間達は笑い合う。もはや仲間達は死んでいるのだから、死を恐れる必要はない。生きるために感じていた苦しみから、死んだことで解放された。死んでも死なないという事は、とても幸せな事だった。あらゆる恐怖から、プレイヤーは解放される。親や友人の待つ現実に帰ることも、重要では無くなった。むしろ、自分達に限って楽園で暮らす権利を得たことに罪悪を感じる。

 だから団長やキリト君も、死人になって欲しいと思った。死ぬ前は「死にたくない」と思うけれど、一度死ねば「楽になれる」。生者が思っているほど、死人は悪い物ではなかった。仲間達は皆一緒になって、この楽園で暮らす事を夢見る。そうして、この優しくて残酷な世界に、彼等の心は囚われた。現実へ帰還することを目指し、キラキラと輝いていた瞳も、今は此の世界の闇しか映していない。その闇に閉ざされたまま、仲間達の夜が明けることは二度となかった。


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