器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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→高町なのはの影

 結果から先に言うと、「高町なのは」は死んだ。

 自身の影に殺されたのではなく、父親に止めを刺された。

 最後まで彼女は家族と擦れ違い、最後まで絶望して逝った。

 誤解しないで欲しいのだけれど、そうなるように僕が仕組んだ訳じゃない。

 僕は「高町なのはの影」を引っ張り出したに過ぎなかった。

 

 そう言ってしまえば、それだけの話だ。

 だが、重要なのは過程であって、結果ではない。

 「高町なのは」は何んな思いで、何を成したのか。

 その軌跡を始めから辿ってみようと思う。

 始めの始めから、原作が始まるよりも前の話からだ。

 

 まずは「高町なのは」の家族関係から把握しよう。

 「高町なのは」は父や母と血が繋がっている。

 しかし、兄は母の子ではなく、姉は父の子でも母の子でもない。

 兄は無愛想ではあるものの嫌われておらず、姉にも嫌われていない。

 大きな歳の差のある家族との関係は良好だった。

 

 そんな高町家に事件が起こる。

 命に関わるほどの大怪我を負って、父が入院した。

 間の悪い事に母は、新しい店を開いたばかりだった。

 姉は忙しい母を手伝い、兄も忙しそうに何処かへ出かける。

 そういう訳で幼い「高町なのは」は、母の親戚に面倒を見られる事になった。

 

 突然の環境の変化に、「高町なのは」は混乱する。

 保育園から帰る際、迎えに来るのが母親ではなくなった。

 「高町なのは」の食事を作るのが、母親ではなくなった。

 母親の代わりに現れたのは、母の親戚の「おばあちゃん」だった。

 いつも母親の居た位置に、見知らぬ誰かが割り込んだ。

 

 喉に小骨が刺さったような違和感を「高町なのは」は覚える。

 「高町なのは」の日常に異物が紛れ込んでいた。

 とは言っても、それは些細な物だ。

 父の怪我や、店が忙しい事を説明され、「高町なのは」は納得している。

 自分に謝る母に対して「高町なのは」は、「仕方ないよ」と思って母を許した。

 

 しかし、そんな「高町なのは」にも一つの不満がある。

 「高町なのは」も家族の役に立ちたかった。

 まるで役立たずのように、母の親戚に面倒を見られたくはなかった。

 その思いを伝えてみたものの母は、「高町なのは」の協力を断った。

 まだ幼い「高町なのは」の面倒を店で見る余裕が、母には無かったからだ。

 

 それを「高町なのは」は、「自分が役立たずだから」と思い込む。

 「高町なのは」の勘違いに、不幸な事に母は気付かなかった。

 それから「高町なのは」は身を小さくして、嵐が過ぎるのを待つ。

 家族の迷惑にならないように、不満を抑え込む事にした。

 それが家族の役に立ちたいと願う「高町なのは」の精一杯の努力だった。

 

 やがて父は回復し、無事に退院する。

 店の忙しさも落ち着いて、いつもの生活が戻って来た。

 高町家を騒がせていた嵐は過ぎ去った。

 しかし、「高町なのは」は元に戻らなかった。

 「高町なのは」は「役立たず」なのだから、身を小さくして居なければならなかった。

 

 

 小学校に入学した「高町なのは」は、2人の友人と出会う。

 その関係は金色のクラスメイトが、紫色のクラスメイトを虐めた事から始まった。

 金色のクラスメイトが、紫色のクラスメイトからリボンを奪ったのだ。

 「返して」と言う紫色のクラスメイトに対して、金色のクラスメイトは高笑う。

 自分の物を奪われるという経験に、紫色のクラスメイトは泣き出しそうだった。

 

 そんな様を見ていた「高町なのは」は怒りを覚える。

 自分勝手な金色のクラスメイトに怒りを覚えた。

 そんな「自分勝手なこと」を「してはいけない」。 

 自分が我慢しているのに、金色のクラスメイトは我慢していなかった。

 それが「高町なのは」は許せない。許せないから立ち上がった。

 

 ここが家の中ではなく、学校であった事も関係しているだろう。

 ここに家族は居らず、その分だけ「高町なのは」の制御は緩んでいた。

 家族の前でないから、我慢する必要が低かった。

 だから少しだけ、「高町なのは」が押さえ付けていた物が零れ出す。

 その少しだけで、「高町なのは」の理性を吹き飛ばすには十分な量だった。

 

 金色のクラスメイトの顔を、「高町なのは」は叩く。

 それも「してはいけない」ことだった。

 どんな理由があっても、他人に暴力を振るって良いはずがない。

 しかし、「高町なのは」は自身の行為を正当化した。

 悪い事をしているクラスメイトを止めるために「した」のだから、良い事なのだ。

 

 その「高町なのは」の思いは、現実の物となった。

 自分が悪いと理解した金色のクラスメイトは、紫色のクラスメイトに謝る。

 暴力を振るったにも関わらず、「高町なのは」の行為は感謝された。

 この事から「高町なのは」は覚える。

 すなわち「正しい事をするためならば我慢する必要はない」と自身に言い訳した。

 

 

 小学3年生になった「高町なのは」は、家族と食卓に着く。

 「高町なのは」は大きな身振りを交えて、家族に話しかけていた。

 それは「高町なのは」なりの、家族に対するアピールだ。

 とは言っても、「高町なのは」の意図した行為ではないのだろう。

 自覚のないまま無意識に行う、ささやかな無意識の発露だった。 

 

 高町家の家族の仲はいい。

 父と母はラブラブで、師弟関係である兄と姉も仲が良かった。

 だからと言って「高町なのは」が仲間外れになっている訳ではない。

 年齢の離れている「高町なのは」には、家族と共有できる話題が少なかった。

 それには「高町なのは」の運動能力が低い事も一因となっているだろう。

 

 武道の師弟関係である兄と姉に、「高町なのは」は劣等感を覚えていた。

 優秀な兄や姉と比べる度に、「自分が役立たずだから」という思いを強くしていた。

 だから「高町なのは」は、兄と姉の会話に割り込もうとしなかった。

 兄と姉は運動の苦手な「高町なのは」に心を配り、その話題を振らなかった。

 互いに遠慮していた。ただ、それだけの話だ。

 

 

 「高町なのは」はバスに乗って登校する。

 そこで2人のクラスメイトと合流した。

 あの金色と紫色のクラスメイトだ。

 2人は共に、お金持ちの家の子で優等生だった。

 そんなクラスメイトと「高町なのは」は友人になっている。

 

 「高町なのは」は気分が良かった。

 優秀な2人と一緒にいると気分が良かった。

 家族に劣っているという劣等感が、その瞬間は癒される。

 こんなに凄い人達と友達になっている事実に「高町なのは」は優越感を覚えていた。

 もちろん2人と友達で居られるのは、そんな理由だけでは無いのだけれど。

 

 「高町なのは」は欠点だらけという訳ではない。

 理数系の成績は友人を上回っていた。

 しかし、それを「高町なのは」は自覚できない。

 友人に「成績が良い」と言われても、納得できなかった。

 なぜならば「高町なのは」は「役立たず」なはずなのだから。

 

 

 昼休みに「高町なのは」は友人と話し合う。

 将来の夢について、3人で話し合っていた。

 しかし、「高町なのは」の夢は定まらない。

 母の店を手伝うという選択肢しか思い浮かばなかった。

 それくらいの事しか出来ないと「高町なのは」は思っていた。

 

 「高町なのは」には自信がなかった。

 何かを出来る自分が、想像できなかった。

 何も出来ない自分しか、想像できなかった。

 長く続いた自己否定は、「高町なのは」の現在を否定する。

 思い込みから始まった自己否定は、「高町なのは」の未来を否定していた。

 

 

 さて、下校中に「高町なのは」はフェレットを拾う。

 そいつを拾って、動物病院へ送り届けた。

 その夜、「高町なのは」は助けを求める声を聞く。

 今朝から不思議な夢を見ていた「高町なのは」は気になった。

 もしかすると誰かが、自分に助けを求めていると思ったからだ。

 

 他の人に、この声は聞こえない。

 声が求めているのは優秀な友人2人でも、尊敬する家族でもない。

 「高町なのは」にだけSOSを送り続けていた。

 「高町なのは」だけを必要としていた。

 「高町なのは」を求められて、「高町なのは」は嬉しかった。

 

 しかし、今は夜だ。

 こんな時間に出かけるのは「悪い事」だった。

 こんな時間に外出したいと言えば、家族に面倒をかけてしまう。

 もしも勝手に外出した事が露見すれば、家族に心配をかけてしまう。

 家族に心配をかける恐れと、会いに行きたいという欲求の狭間で、心は揺れ動いた。

 

 「高町なのは」にとっては、人生を左右するほどの選択肢だった。

 親を裏切ることは、「高町なのは」にとって重罪だ。

 それでも「高町なのは」は、身を隠して外出する。

 誰かを助けるのは正しい事だと、自分に言い聞かせた。

 誰かを見捨てるのは間違っている事だと、自分に言い訳した。

 

 そして「高町なのは」は魔法と出会う。

 機械仕掛けの魔法の杖を掲げ、モンスターを封印した。

 魔法を用いなければ倒せない、強大かつ凶悪なモンスターだ。

 しかし、「高町なのは」は見事にモンスターを封印した。

 そうして「役立たず」だった「高町なのは」は魔法という力を手に入れた。

 

 「高町なのは」にとっては、最高の夜だった。

 魔法を使えるようになった事を、「高町なのは」は家族に自慢したかった。

 もはや「高町なのは」は役立たずではない。

 他の人には使えない魔法を、「高町なのは」だけが使える。

 魔法を使える事を自慢して、褒めて欲しかった。

 

 ところが、パートナーであるフェレットは警告する。

 魔法の存在は秘匿しなければならない。家族にも告げてはならない。

 せっかく特別になれたのに、それを「高町なのは」は隠さなければならなかった。

 しかし、よく考えてみると、テレビやマンガに登場する魔法少女の定番だ。

 「それなら仕方ない」と思った「高町なのは」は、フェレットを連れて帰る事にした。

 

 「高町なのは」は、それでも良かった。

 本当の力を隠すという設定に心を揺さぶられた。

 魔法を自慢できないのは残念だけれど、魔法少女なのだから仕方ない。

 魔法は特別な物なのだから、秘匿する必要があるのは仕方のない話だった。

 私は特別なのだと、その事実だけでも「高町なのは」は満足していた。

 

 

 夜の町に霧が出る。

 霧は深さを増し、視界を塞いで行く。

 霧は全てを覆い隠し、人を迷わせる。

 見知った道も、知らない道になってしまう。

 それは「高町なのは」も違いはなく、帰宅は遅れる事になった。

 

 

 「高町なのは」は家族に黙って、家を抜け出した。

 その家の前では兄が、夜に外出した妹を待ち構えていた。

 そこへ「高町なのは」は帰宅する。

 当然、「高町なのは」は兄に詰め寄られた。

 しかし、背の高い兄に怯える事なく、「高町なのは」は睨み返す。

 

「こんな真夜中に家を抜け出して、どこに行ってたんだ。心配したんだぞ!」

「お兄ちゃんには関係ないでしょ! 私が何処に行こうと、私の勝手なの!」

 

 兄にとっては予想外の言葉だった。

 「高町なのは」が、そんな事を言うとは思わなかった。

 外出した事を悪怯れず、自分の勝手だと「高町なのは」は言う。

 思わずカッとなった兄は、手を上げる。

 その手を振り下ろして、幼い「高町なのは」の頬を打った。

 

「関係ない訳ないだろ! 家族に黙って家を抜け出せば、心配するに決まってる!」

「はぁ? 家族? 誰が家族だって言うの? 今さら家族面しないでよ! 私の気持ちなんて何も分かってないくせに!」

 

「なのは!」

 

 家族を疎かにした「高町なのは」を、兄が叱る。

 しかし、「高町なのは」は引かなかった。

 自分より背の高い兄に、真正面から立ち向かっていた。

 頬を打たれても怯むことはなく、泣くこともない。

 自分は間違っていないと、「高町なのは」は確信していた。

 

「暴力で従わせようとしたって無駄なんだから! 私は死んでも、絶対に屈しないの!」

 

 いつもの「高町なのは」ではなかった。

 こんな事を「高町なのは」は言わない。

 家族を疎かにする事を、「高町なのは」は言わなかった。

 家族を疎かにする行為を、「高町なのは」は行わなかった。

 「いったい妹に何があったのか」と兄は思う。

 

「ねえ、恭ちゃん。外で立ち話するのも何だから、家に入ろうよ。外で騒いでたら、御近所さんに迷惑だし……」

「む、そうだな。なのは、話は中で聞く」 

 

 姉が助け舟を出す。

 それに乗ったのは「高町なのは」ではなく、兄だった。

 いつもと様子の違う「高町なのは」に、兄は困惑していた。

 なにか大変な事が「高町なのは」の身に起こったのではないかと心配する。

 父や母も交えて、家族みんなで話し合うべきだと思った。

 

 しかし、「高町なのは」は動かない。

 姉が差し伸ばした手を、「高町なのは」は振り払った。

 自分の手を振り払われた姉は、ショックを受ける。

 「高町なのは」は汚い物を見るような目で、姉を見ていた。

 これまで見た事のない嫌悪感を、姉に対して剥き出しにしていた。

 

「やだ」

 

 今の「高町なのは」は、まるで子供のようだ。

 そんな「高町なのは」を兄や姉は見た事がない。

 「高町なのは」は、こんな事をする子ではなかった。

 こんな風に、我がままを言う子ではなかった。

 さらに「高町なのは」は、姉へ止めを刺す。

 

「触らないで、汚い」

「なのは! なんて事を言うんだ!」

 

 大ダメージを受けた姉は呆然としている。

 そんな姉の代わりに怒ったのは、兄だった。

 それでも「高町なのは」は揺らがない。

 兄の言葉は何一つ、「高町なのは」の心に届いていなかった。

 思わず兄は再び、手を上げそうになってしまう。

 

「どうしたんだ、恭也」

 

 兄の怒鳴り声を聞いて、父と母も家から出てきた。

 父と母、兄と姉、そして「高町なのは」だ。

 高町家の家族全員が玄関前に並んだ。

 しかし「高町なのは」は家族と向き合っている。

 目に見えない大きな溝が、「高町なのは」と家族の間にあった。

 

「父さん、なのはの様子がおかしいんだ」

「どうしたんだ、なのは? なにか嫌な事でもあったのか?」

 

「近寄らないで、臭いの。前から思ってたんだけど、お父さんって臭い」

 

 大ダメージを受けた父は、呆然としている。

 誰が見ても父が、一言でノックアウトされたのは明らかだった。

 兄も姉も父も拒絶された今、最後の希望は母に掛かっている。

 家族を睨んでいる「高町なのは」と背を合わせるように、母は屈んだ。

 そして威圧感を与えないように、目線を合わせて話しかける。

 

「ねえ、なのは。どうして怒っているのか、お母さんに聞かせてくれない?」

「あんたなんかには、絶対に教えてあげないの」

 

「そこを何とか、ね?」

「やだ」

 

「おいしいもの食べさせてあげるから」

「猫なで声で気持ち悪い。しつこいの、ババア」

 

 異常だった。この「高町なのは」を異常と、家族は感じた。

 ちょっと見ない間に、性格が一変している。

 医者に診せるべきかと思った。

 超常現象に詳しい友人に、相談するべきかと思った。

 これが「高町なのは」なのだと、家族は認めたくなかった。

 

 

 霧の向こうから「高町なのは」が帰ってくる。

 「高町なのは」の下へ、「高町なのは」がやってきた。

 おかしな言い方だけれど、仕方ない。

 実際に、その場に「高町なのは」は2人いた。

 同じ服を着て、同じ髪型をして、同じ顔をしていた。

 

 霧の向こうからやってきた「高町なのは」は驚いた。

 家族と一緒に、自分が居たからだ。

 鏡のように左右反対ではない、ありのままの自分がいた。

 しかし、それを「高町なのは」は否定する。

 「高町なのは」は「高町なのは」なのだから、あれは「高町なのは」ではない。

 

「ねえ、その子、だれ?」

 

 「高町なのは」は家族に問う。

 

「私は高町なのはだよ?」

 

 答えたのは「高町なのは」だった。

 

「違うよ。なのはは私なの」

 

 「高町なのは」は笑う。

 

「私が「高町なのは」。家族の大っ嫌いな「高町なのは」」

 

 その言葉を聞いて「高町なのは」は驚いた。

 

「そんなの、私じゃない」

 

 「高町なのは」は笑う。

 

「ウソばっかり。家族が嫌いなんでしょ?

 お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、みんな嫌いだった」

 

 大きな身振りを交えて「高町なのは」は言う。 

 それは「高町なのは」なりのアピールだった。

 まるで舞台を演じるように、「高町なのは」は大きく両腕を掲げる。

 そんな「高町なのは」を見て、「高町なのは」は嫌悪感を覚えていた。

 自分に酔っている「高町なのは」の姿は、見るに耐えなかった。

 

「ずっと我慢していたの。我慢して、家族ごっこをしていたの。

 でも、本当は嫌だった。こんな息苦しい家、早く出て行きたかった」

「私は、そんなこと思ってない!」

 

 「高町なのは」は勝手なことを言う。

 「高町なのは」は、そんな事を思ってはいなかった。

 「高町なのは」は、ウソは言っていない。

 しかし「高町なのは」はウソを言っていると思った。

 自分の事なのに、「高町なのは」は分かっていなかった。

 

「もう家族に縛られるのは嫌なの!

 私は自由になりたい!

 家族なんて捨てて自由になりたい!

 私の好き勝手にやりたいの!」

 

 ソレは「高町なのは」の姿で言う。

 服も声も髪型も、何もかも同じソレは、「高町なのは」のように喚き散らす。

 ソレを「高町なのは」だけが見ているのならば、まだ良かった。

 しかし、この場には家族がいる。

 「高町なのは」の暴言を家族に聞かれる事は、「高町なのは」にとって堪え難かった。

 

「私みたいな格好で、勝手な事を言わないで!」

 

 「高町なのは」は悲鳴を上げる。

 すると「高町なのは」は掲げていた両腕を下ろした。

 そして、「高町なのは」は「高町なのは」を見据える。

 これまでも激しい口調は止めて、哀れむような目を向けた。

 態度の急変した「高町なのは」に怯え、「高町なのは」は後退る。

 

「もう良い子の振りなんて止めようよ。私は貴方だから、貴方の事は全部分かるの。

 家族なんて捨てて、私と一緒に行こう?

 私は貴方で、貴方は私。2人で一つ。

 私と貴方が一つになれば、どこまでも飛んで行けるよ」

 

 そう言って「高町なのは」は手を差し出す。

 それが正しい選択だと、「高町なのは」に示した。

 しかし、「高町なのは」は応じない。

 「高町なのは」にとって、「高町なのは」の言う事は気持ち悪かった。

 その手を取るのは、汚物を手に取るのと同じ事だった。

 

 

「違う」

 

「違う違う違う!」

 

「――貴方なんて、私じゃない!」

 

 

 そうして「高町なのは」の差し出した手は、「高町なのは」に振り払われる。

 

 

「にゃはは」

 

「そっか、そうだよね」

 

「――私は貴方なんかじゃない」

 

 

 否定された「高町なのは」は形相を変える。

 その顔は醜く歪み、「高町なのは」を睨みつけた。

 その足下から影が伸びる。

 周囲の霧を巻き上げ、ゴウゴウと風を鳴らして影が立ち昇った。

 さらに何処からか影が伸びて、影に飲まれた「高町なのは」を中心に寄り集う。

 

 それと同時に、「高町なのは」から力が抜ける。

 全身から力が抜けて、立って居られなくなった。

 まるで「生きる活力」を奪われたかのようだ。

 倒れかける「高町なのは」の体を、兄が受け止める。

 そして、立ち昇る影から距離を取った。

 

( なのは! 大丈夫!? )

 

 フェレットの声が聞こえる。

 実際にフェレットが喋ったのではなく、魔力を用いた念話だった。

 しかし、「高町なのは」に答える気力は残っていない。

 自分の体が他人の体のように重くなり、「高町なのは」の言う事を聞かなかった。

 自分の体なのに「お前は高町なのはではない」と否定されていた。

 

「お父さん、恭ちゃん!」

 

 家の中に戻っていた姉が、荷物を投げ渡す。

 その中に入っていた小太刀を、父と兄は手に取った。

 荷物の中には小太刀以外にも、特殊な道具が入っているようだ。

 母は「高町なのは」を連れて、家の中へ避難する。

 戦闘準備を整えた一家は、天に向かって立ち昇る影に向き直った。

 

 まもなく、影が内側から弾け飛ぶ。

 そこに「高町なのは」の姿はなかった。

 その代わりに、「小さな天使の羽を生やした赤ん坊」がいる。

 その無力な赤ん坊は、母に似た黒い騎士に抱かれていた。

 その赤ん坊を守るように、父と兄と姉に似た黒い騎士が立っている。

 

 赤ん坊は無力の象徴だ。

 「高町なのは」の感じていた劣等感だった。

 羽は小さく、自分の力で飛び立つ事ができない。

 「高町なのは」には自信がなかった。

 「親に庇護される対象で居たかった」という思いも含まれているだろう。

 

 4体の黒い騎士に意思は感じ取れない。

 あの黒い騎士は、本体である赤ん坊の操り人形だ。

 「家族を思い通りに動かしたい」という願望の現れなのか?

 いいや、それは少し違うようだ。

 「自分の思い通りに動く家族が欲しい」という願望の現れだった。

 

 赤ん坊の背中から生えた羽は、小さくて愛らしい。

 その首から下も丸く、愛らしいと思わせるような造形だった。

 だが、首から上は醜悪だ。

 「潰れた顔面」としか言えないほど、醜いものだった。

 その顔を見る者すべてが、嫌悪感を覚えるに違いない。

 

 その愛らしい姿で、他人の庇護を求める。

 自分の外見を餌に、他人を思い通りに動かそうと思っていた。

 しかし、その内面は醜く歪んでいる。

 歪んだ顔の代わりに、愛らしい身振りで他人の興味を引いていた。

 それは、とても純真な子供のものとは言えない有様だ。 

 

『オギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 みにくい赤ん坊が泣き叫ぶ。

 その泣き声も堪え難いものだった。

 魔の力を秘めた声は、高町一家の身を震わせる。

 さらに、周囲にある家々の窓ガラスを打ち割った。

 空間を震わせた声は建物を震わせ、壁にヒビを入れる。

 

 それは生まれ落ちた事を喜んでいた。

 悲しいから泣いているのではなく、歓喜の声だ。

 この世界に生まれた事を喜んでいた。

 あれは「高町なのは」の孕んだ「高町なのは」だ。

 同一だったソレは今や、「高町なのは」とは異なる物として産声を上げる。

 

 これが「高町なのはの影」だ。

 「高町なのは」が今まで抑圧してきたものだった。

 しかし、それも「高町なのは」に違いはない。

 本体から拒絶された「高町なのは」は暴走状態に陥っている。

 自己を否定した結果、引き起こされるのは、自我の崩壊だった。

 

 

 

『――我は影、真なる我。

 思い通りにならない家族なんて、いらないの。

 だから、みーんな殺して、人形にしてあげる!』


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