器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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能力:エナジードレイン


【転生】妖刀【Re:ゼロから始める異世界生活】

菜月昴(ナツキ·スバル)という少年は、幼い頃から何でも得意だった。

サッカーをすれば"それなり"に上手く、絵を描けば"それなり"に上手い。

初めての事でも"それなり"に出来るという「早熟できる子供」だった。

そんなスバルを見て、スバルの父親は「天才だ」と褒め称える。

周囲の人々も「さすがは"あの人"の子供だ」と思っていた。

 

その評価をスバルは嬉しいと思う。

そうして「将来は父親のようになるのだ」と思っていた。

将来の夢を聞かれれば、父親の仕事を挙げる事だろう。

その思いを当然と思って、他人に話しても恥ずかしさを覚える事もない。

スバルは父親の事が好きで、もちろん母親の事も好きだった。

 

スバルの人生は順調だった。

それが狂い始めたのは、早くも小学校低学年の頃からだ。

"それなり"だったスバルは少しずつ、他人に追い付けなくなる。

早熟だったスバルは、いつも皆の先頭を走っていた。

それなのに、いつの間にか他人の背中ばかり見えるようになっていた。

「子供としては"それなり"にできる」という程度の才能だったからだ。

 

置き去りにされたように感じて、スバルは焦る。

皆に追い付くために勉強も頑張ったし、運動も頑張った。

それでもスバルの頑張った結果が、他人に追い付くには至らない。

上を見ればスバルよりも優秀な同級生がいて、その差は広がり続けていた。

スバルの能力は伸び悩み、その感情を友人に吐き出す。

 

「おまえ凄いよな。どうやったら、そんな風になるんだよ」

 

その友人もスバルを追い越して、前を走り始めた者だった。

しかし、その友人は幼稚園からの、親しい友人だった。

そんな相手でも「他人に追い付けない事を悩んでいる」と正直に言うのは苦しい。

友人に覚えている劣等感を、友人にも他人にも悟られるのは嫌だった

だから"格上"ではなく"友人"の成果を褒め称える形で、スバルは答えを得ようとする。

 

「それは皆のおかげだ。

 家族や友達が俺を支えてくれたから、今の俺がある」

 

ーーそして最も助けになってくれたのは、お前だ。

 

本人に言うのは恥ずかしいので、後の言葉は伏せられる。

ずっと昔から友人は、多才なスバルを見ていた。

何でも出来るスバルのように成りたくて、友人は頑張ったのだ。

「これでスバルの友人として相応しい存在になれた」と満足していた。

そうして、これからもスバルの友人で在り続けると思っていた。

 

しかし、その時から友人とスバルの関係は薄くなる。

もちろん友人がスバルを避けたのではなく、スバルが友人を避けるようになった。

その理由が分からず、友人は困惑した。

何が悪かったのかと言えば、最後まで思いを言葉にしなかった事だろう。

「家族や友人に支えられた」という友人の言葉を、スバルは誤解していた。

 

友人にとってスバルは唯一の「友人」ではない。

友人の言う「友人」を、スバルは自身の事であると思わなかった。

恥ずかしさから目を逸らした友人の動作は、スバルから目を逸らしたように思われていた。

まるでスバルではなく、他人の事を言っているように思われた。

それによってスバルは友人を「自分から遠くにある存在」として思ってしまった。

スバルの妄想の中で、遠いと思っていた友人の背中は、さらなる地平線の彼方へ吹っ飛んでいった。

 

また、"家族"というキーワードもスバルに痛みを与える。

少し前は憧れていた父親の背中も、他人と同じように遠く感じていた。

「父親に似ているね」なんて言われるとスバルの表情は歪む。

だんだんとスバルは、自分と父親が異なるものであると知っていった。

そうして少しずつ、心を削られるようにスバルは自信を失っていった。

 

スバルは抱えている問題を、家族や友人に相談しない。

最初に相談した友人の結果が悪かった影響もあるだろう。

友人に悪気はなかったものの、スバルの心にトゲは刺さったままだった。

父親や母親に対しては何事もないように、継ぎ接ぎの笑顔で明るく振る舞っていた。

そもそも言葉に出して、どのように思いを伝えれば良いのか分からなかった。

 

下がり続ける自己評価を補うように、スバルは様々な事に手を広げる。

浅く広く一つの事に拘らず、スバルの思いを満たせる事を探した。

そうしている内にスバルは「他人と違うこと」を求めるようになる。

「他人のやらないこと」ならば「一番になれる」からだ。

そうしてスバルは仲間と共に問題児として有名になった。

 

スバルは馬鹿な事を遣り尽くした。

常に新しい事を求めなければ一番でいられなかった。

そうして次第にスバルの行動は過激になっていった。

やがて見境を失っていくスバルを、仲間は見放して去っていく。

そんな事を続けていれば、スバルの周りには誰も居なくなっていた。

 

中学校の卒業写真に載っているスバルは、包帯人間だ。

顔も見えないほどに白く厚く、写真に映るスバルは包帯を巻き付けていた。

まるで異世界に存在するという、どこぞの大罪司教として目覚めたような有り様だ。

しかし、これは「顔の傷痕」に憧れて自傷した結果、派手に化膿したに過ぎない。

もはや手段の一つとして自傷すら選択するほどに、スバルの自己評価は地に落ちていた。

 

スバルから見ても何も得た物のない、無駄な九年間だった。

「やり方が間違っていた」とスバルは過去を反省する。

スバルは自分を知る者のいない高校へ進学し、新しく人生を始めようと決意する。

今度は"普通"に振る舞って、せめて"普通"に生活したいと考えていた。

問題があるとすれば、それでリセットしたつもりになっていた事だろう。

 

結果を言えば、スバルは最初の自己紹介で、口を滑らせ過ぎて失敗した。

「父親のように振る舞えば大丈夫である」と思い込んで失敗した。

家族にだけ見せる「ふざけた父親」の姿を、「父親」と誤解して失敗した。

父親の外面を知らないまま、その一面だけを真似して失敗した。

父親の一面しか知らないスバルは、どうして自分が失敗したのか分からなかった。

 

失敗した原因であるスバルの心当たりは、父親に劣る自分だ。

「父親と同じことを行っても、スバルは同じ成果を出せない」と思った。

それどころか周囲に忌避されて、色を失った学生生活を送る事になる。

いくらスバルの父親でも「初めての自己紹介となれば真面目に行う」なんて知らなかった。

自己評価の低いスバルは他人の形を借りるしかなく、だからこそ他人の中身は理解していなかった。

 

スバルは自分の形を探し求める。

他人の形を写し取って、それを自分の形にしようとしていた。

借り物の姿で、借り物の言葉で、スバルは自己を取り繕うとしている。

様々な事に影響を受けて、様々な事に手を伸ばしていく。

ドラマか何かの影響を受けたのか、高校一年の夏休みはホテルでバイトを行っていた。

 

実際は、静かに自我の崩壊が始まっていた。

スバルは自分探しなんて遣っている場合ではなかった。

まず行うべき事は、スバルの自己評価を正常な状態に戻す事だ。

借り物の姿を写し取っても、その下で、その重さで、本当のスバルが死にかけている。

しかし、もはやスバルは弱りきった本当の自分すら認識できない状態に陥っていた。

 

そうして高校三年の時、未来の選択を迫られた時、スバルの精神は限界を迎える。

何となく「学校へ行きたくない」と思ったスバルは、寝過ごして学校を休んだ。

それから少しずつ休む日は多くなり、やがてスバルは不登校となる。

もはやスバルは弱りきった本当の自分を認識できない。

「何となく」ではなく、もはや自力で立ち上がれないほど瀕死の状態であると気付かなかった。

 

そうして、ある夜。

外出する前にヒゲを剃って、ジャージを着たままスニーカーを履いて、

母親の「いってらっしゃい」に返事もせず、ケータイを持って、

コンビニでカップラーメンとスナック菓子を買った帰り道で、

ーー永遠にスバルは家へ帰りつく事はなかった。

 

警察に行方不明者として届けられたものの、死体すら見つからない。

どこかで生きているのか、死んでいるのかも分からない。

およそ十七年をかけて、親の収入を注がれて育った菜月家の長男は失踪した。

不登校で引きこもり予備軍だったスバルは、どこかで自殺したと思われている。

スバルは"親不孝な子供"として噂され、最低の評価で人々の記憶に残された。

 

「菜月くん、行方不明になったんだって」

「ああ、あの変な奴ね。まだ居たんだ。もう退学したのかと思ってた」

 

「最近は、ずっと休んでたからな」

「大事な時期なのに呑気な奴だよな」

 

「親の金で引きこもるつもりだったんだろ」

「うわー、さいてーだな。居なくなって正解だったな」

 

スバルの通っていた高校でも、好き勝手に噂されている。

しかし、卒業を控えた同級生の意識は受験や就職に向いていた。

親しかった訳でもないスバルの存在は、速やかに忘れ去られた。

やがて長い月日が経ってから「ああ、そんな奴も居たね」と思い出される。

十七年も生きた菜月昴は、その程度の存在だった。

 

 

話は一年前に戻る。

それは高校二年生の夏休みだった。

まだ自力で立ち上がれるほどの余力が残っていた頃の話だ。

しかし、スバルは自身の状態が分かっておらず、無駄な行動にエネルギーを浪費していた。

去年はホテルでバイトをしていたスバルだ。

アニメか何かの影響を受けたのか、今年は登山を行っていた。

 

問題があったとすれば、名も知らない近くの山に登った事だろう。

スバルとしては練習のつもりだったけれど、整理されていない山ほど危険な物はない。

スバルが登山道と思っている物は、単なる山道だった。

当然のように頂上を目指すスバルは、途切れた道の先を行く。

冒険心に溢れていたのは良いものの、狭い道から足を滑らせて遭難した。

 

「やっべ、死ぬかも分かんね」

 

崖を滑り落ちて土塗れになったスバルは危機感を覚える。

とても登れそうにない崖が、スバルの前に立ち塞がっていた。

むしろ生きていた事を不思議に思うほどの高さだ。

崖登りを早々に諦めて、スバルは崖下を歩いていく。

上を見上げて、崖の上へ登る道があるのかと不安に思った。

 

「登山の達人気分で調子に乗ってた自分を、ぶん殴ってやりてぇ」

 

ケータイは無事だったけれど、電波の反応はない。

携帯食料として用意したスネーク印の栄養補助食品が唯一の救いだ。

水筒の冷たいスポーツドリンクを使って、スバルは傷口に付いた土を洗い流した。

中学生だった頃に顔面化膿で苦しんだ覚えのあるスバルは、水の消費を迷わない。

こんな事もあろうかと用意していた包帯で、スバルは傷口を覆った。

 

救助が来るとしても、スバルが力尽きた後だろう。

スバルは救助を待つのではなく、行動しなければならなかった。

死の予感が横切り、スバルは頭を振って追い払う。

とにかく重要なのは進む方角を見失わないことだ。

残念な事に方位磁石は荷物に入れていなかった。

 

いくら歩いても低くならない崖下を、スバルは歩き続ける。

どこを歩いているのか分からず、不安は増していった。

人生を振り返ってみれば、バカの一言に尽きる。

無駄だった。無意味だった。

スバルの生まれた意味なんて何もなかった。

 

「イヤだ……このまま無駄に死んでいくのは嫌だ。

 死ぬのなら意味のある形じゃないと俺は……」

 

こんな山奥には誰もいない。

毎朝起こしに来てくれる幼馴染みも、

お世話をしてくれるメイドも、

聖剣に選ばれた勇者も、

偉大な魔法使いも、

そこにスバルの存在を認めてくれるキャラクターは誰もいなかった。

 

やがてスバルは突き当たる。

進んだ先は行き止まりで、引き返す必要があるのは明らかだった。

しかし、そこでスバルは人の手で作られた物を発見する。

それは石を積み重ねて作られた、やけに横長い祠(ほこら)だった。

人の手が入っているという事は、人の通る道であると思ってスバルは安心する。

 

余裕の生まれたスバルは、不自然に横長い祠(ほこら)の扉に手をかける。

小さなツマミの部分を引っ張るものの、何かに引っ掛かって開かない。

よく見ると扉の前に四角い石が差し込まれ、扉を封じていた。

先人の小さな知恵に感心して、スバルは石を引き抜く。

祠(ほこら)の中身を確認する事で、今回の成果にするつもりだった。

 

「うわぁ」

 

中身を覗いたスバルは、予想外の物に驚いた。

地蔵か何かと思っていたスバルは、剥き出しの刀を目にする。

その刀身は黒くて、錆びているように見えた。

突起としてある小さな刀掛けの上に、その黒い刀身は載っている。

初めて刀の実物を見たスバルは、胸に湧き上がる興味を押さえ切れない。

 

「うわー、すげー、かっけぇ。全国の中学生男子のロマンを体現したような刀だな。

 こんな所で眠らせて置くのが惜しいくらいだ。持って帰りてー」

 

スバルは刀にペタペタと触れ、一人で盛り上がる。

スバルの身の丈ほどもある大きな刀で、片手では持ち上がらなかった。

手をピンと張って、出来る限り体を遠ざけているのは怖いからだ。

もちろん持って帰るなんて事はせず、そもそも重すぎて持ち運べそうにない。

そうして詳しく見ると、刀身の黒い物は錆ではない事に気付く。

 

「むしろ錆を防ぐために処理してあるんじゃないか」

『オハヨウ ゴザイマス』

 

「うひょーっ」

 

喜びの声ではない。これは悲鳴だ。

スバルは驚いて、奇声と共に刀から手を離した。

刀に触れていた手の平を擦って、見えない何かを擦り落とす。

まさかの出来事に、頭は疑問で埋め尽くされていた。

どこからか聞こえた声に、スバルは恐怖を覚える。

 

「まさか俺は開けてはならない封印の祠を開けてしまったのかッ」

 

『コンニチハ』

「"オハヨウ"の次は"コンニチハ"かよっ。これは挨拶を強要されている気がする」

 

『コンバンハ』

「ヤバい。

 "オハヨウ"、"コンニチハ"、"コンバンハ"の次は後がないぞ。どうするよ、俺っ」

 

『オハヨウ ゴザイマス』

「無限ループかよっ。一周回って始めに戻ちゃった」

 

『コンニチハ』

「あっ、どうも。これは御丁寧に、こんにちは」

 

怪談の中には「怪奇現象に言葉を返してならない」という話もある。

完全に無視して見なかった聞かなかった事にするのが、無難な対処法だ。

スバルも謎の声を無視して去るべきなのだけれど、好奇心に勝てなかった。

そもそも人気のない場所にある怪しい祠を不用意に開けた時点でアウトだろう。

もはやスバルは手遅れと悟って、頭に響く謎の声に対して応答した。

 

『私ハ 独立型妖式大太刀、銘ヲ "根こそぎ"ト 申シマス』

「あ、うん、妖刀ね。だったら喋っても不思議じゃないな。どこに口があるんでしょうね」

 

『私ハ 意思ヲ 共感スル 機能ヲ 持チ、ソノ 共感機能ヲ 用イテ、貴方ヘ 意思ヲ 転写シテイマス』

「やだーっ。もしかして、"この刀うさんくせぇ"って思ってる事も筒抜けだったり……」

 

『イイエ、貴方ノ 自由意思ヲ 守ルタメニ 行ワレテ オリマセン』

「深読みして口滑らせちゃったよっ。今の聞かなかった事にしてくんない」

 

『記録ノ 削除ハ 不可能デス。ソノヨウナ 機能ハ 備ワッテ オリマセン』

「うわー、恥ずかしー。じゃあ、オレが最初に言った言葉って覚えてる」

 

『記録ヲ 読ミ上ゲマス。

 "ウワァ"、

 "ウワー、スゲー、カッケー"、

 "全国ノ 中学生男子ノ ろまんヲ 体現シタヨウナ 刀ダナ"』

「自分の言ったことを棒読みされると、けっこう心に苦しい物があるな」

 

共感機能、音声記録、そして人工知能っぽい何か。

妖刀と言うよりも、機械的な印象をスバルは受けた。

こんなオーバーテクノロジーの産物が、いつ製造されたのか。

「未来の変態企業の産物です」と言われた方がスバルは納得できる。

しかし、機械的なおかげでスバルの感じる恐怖は軽減されていた。

 

「おっと俺は先を急ぐんだ。名残惜しいけど、さよならだぜベイベー」

 

スバルは流れるような動きで、祠の石扉を閉める。

意思を持つ刀にクルリと背を向けて、無駄に格好よく立ち去ろうと試みた。

その横を細長い影が過ぎ去り、スバルの進路へ飛び出す。

祠に納められていたはずの大太刀が、スバルの目の前に突き立った。

どういう事かと振り返って見れば、どういう訳か祠の石扉は粉砕されている。

その有り様を見てスバルは「祠(ほこら)と言うよりは石棺みたいだな」と思いついた。

 

『ーー警告、私ト 契約ヲ 交ワシテ クダサイ』

 

地面に突き立った大太刀を中心として、空気が変わる。

霊感という嘘臭い能力の存在を、今ならばスバルは信じられた。

急速に体の熱が奪われて行く感覚を、その身に味わう。

まるで突然、丸裸に剥かれて、氷点下へ放り込まれたかのようだった。

草々が生気を失い萎(しな)れていく様子を、スバルは自身の結末として理解する。

 

「人を脅して契約を迫るなんて穏やかじゃねぇよなぁ」

『契約ノ 内容ハ、"貴方ノ 死後二 肉体ヲ 明ケ渡ス コト"デス。

 ソレヲ 代償トシテ、私ノ 機能ヲ 貴方ノタメ二 使イマショウ』

 

「押し付けがましいなぁ、おい!

 そっちが"どうか私と契約してください"って頼む立場だろ」

『ドウカ 私ト 契約シテ クダサイ』

 

「そういう意味じゃねぇよ。俺が無条件で、おまえを使ってやるって言ってるんだ」

『ソノ 提案ヲ 受ケ入レル事ハ デキマセン』

 

「だったら俺も、そのブラックな契約内容じゃ納得できないね」

『ーー警告、貴方二 死ノ危険ガ 迫ッテ イマス』

 

「ここまで白々しい棒読みのセリフを聞けるとは思ってなかったぜ」

『ーー警告、私ト 契約ヲ 交ワシテ クダサイ』

 

「よーし、分かった。それほど体を求められちゃ、俺も嫌とは言えねぇ。

 ただし、"おまえが俺に危害を加えないこと"が条件だ」

 

"スバルは死後に肉体を明け渡し"、その代わりとして"妖刀は機能を使う"。

問題があるとすれば「契約を結んだ瞬間に殺されて乗っ取られる」という可能性がある事だ。

「妖刀によるスバルの殺害」を予防しなければ、契約を結んでも意味がない。

残念ながらスバルの体力は限界に近く、その条件を追加する余裕しかなかった。

もはやスバルは立っていられず、地面に這いつくばっている。

 

『貴方ノ 条件ヲ 受ケ入レマス。

 一、貴方ノ 死後二 肉体ヲ 明ケ渡ス コト

 二、私ノ 機能ヲ 貴方ノタメニ 使ウ コト

 三、貴方二 危害ヲ 加エナイ コト

 コノ 条件デ、貴方ト 契約ヲ 結ビマショウ』

「おい、早くしてくんない……俺、死にそうなんだけど……」

 

『私ハ 独立型妖式大太刀、銘ヲ "根こそぎ"ト 申シマス』

「俺は太陽系第三惑星地球で生を受け……平凡な中流家庭出身の日本男児……菜月・昴ッ」

 

妖刀とスバルは契約を結んだ。

それによって、熱を奪われて行く感覚は無くなる。

しかし、すでに奪われたスバルの熱は戻ってこなかった。

体の力は抜けたままで、しばらく立ち上がる事はできない。

黒い刀身の大太刀は地面に突き刺さったまま、スバルを見下ろしていた。

 

『ココニ 契約ハ 結バレ マシタ。ヨロシク オネガイ シマス』

「どうせ契約を結ぶんなら、できれば髪は短くて、胸は控えめで、

 ロングスカートのメイド服を着た、慎み深い女の子が良かったな」

 

『ソノヨウナ 機能ハ 私二 備ワッテ オリマセン』

「そうかよ、ちくしょうッ。期待なんてしてないんだからなっ」

 

こうして高校二年の夏、スバルは妖刀の主となった。

だからと言って九つの尾を持つ獣と戦ったり、

異界の神と融合して新世界を作ったりもしていない。

せいぜい夜の公園で素振りをした結果、周囲の木々を枯らし尽くして逃げた程度だ。

まさか異世界に召喚されるなんてイベントが控えているなんて、スバルは思っていなかった。


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