菜月・昴は友人もなく、孤独な学校生活を送っていた。
しかし、高校2年の夏休みが始まる前に告白を受ける。
それは菜月・昴と同じくらい、変わった性格の女子生徒だった。
強引に【彼女】となった【怪物】を菜月・昴は恐れる。
ーーこうして【彼氏】と【彼女】の一夏は始まった。
「スバルくん!_海へ行きましょう!_僕の水着姿を見せてあげますよ!」
「海って遠いだろ、どうやって行くつもりだよ」
「もちろん僕のスクーターです!_2人乗りで!」
「違反するき満々かよ!?_警察に捕まる未来が透けて見える!」
「嫌なんですか?_僕の体に後ろから掴まって楽しめますよ?」
「それで事故ったら笑えないな。海じゃなくて地獄に行くつもりはねーよ」
「やだなー。恋人なら、そのくらい普通ですよ」
「俺を変態みたいに言うなよ!?_そんな事しないって!」
結局、スクーターではなく交通機関を利用した。
海まで移動する時間の長さにスバルは疲れを覚える。
それでも【彼女】の水着姿にスバルは価値を感じた。
【彼女】と海で遊んだ記憶は、強く心に刻まれる。
スバルの色を失った世界に、海の青色が戻った。
「スバルくん!_膝枕をしてあげましょう!」
「止めてください。死んでしまいます」
「恥ずかしく思う必要はないよ!_僕は【彼女】だからね。膝くらい貸してあげるさ!」
「いや、別に眠くないから!_俺は専用の枕じゃないと眠れないから!」
「だっだら今日から僕が、スバルくん専用の枕になってあげるよ!」
意識を取り戻すと、スバルは膝枕の上にあった。
不自然に記憶は失われているけれど、【彼女】に意識を飛ばされた事は明らかだ。
いったい如何やって意識を飛ばしたのか聞くのは恐ろしい。
しかし、木々に囲まれたベンチの上で初めて体験した膝枕を、スバルは心地よく感じた。
スバルの色を失った世界に、森の緑色が戻った。
「スバルくん!_デートをしましょう!」
「海へ行ったり、森へ行ったりしたのはデートじゃなかったのか?」
「分かっていませんね!_山や川じゃできない事を、町中でやるんです!」
「あー、はいはい。どうせ断っても、強引に連れて行かれる流れだろ」
「スバルくんは僕と……デート、したくないんですか?」
「ぐぅ……嫌じゃないけどよ。いや、だってデートは金かかるだろ」
「そんな自然体で格好悪いスバルくんも大好きです!」
【彼女】に手を引かれて、スバルは町中を歩く。
一緒にアイスクリームを食べて、一緒に映画を見た。
無難な映画を選んだスバルに、【彼女】はアニメが相応しいと言って駄目出す。
最後は夕日の見える公園で、スバルと【彼女】は唇を交わした。
スバルの色を失った世界に、夕日の赤色が戻った。
【彼女】と付き合う事で、スバルの世界は色を取り戻す。
そんな少しの間にスバルから見える世界は、鮮やかに色付いた。
【彼女】と過ごした一夏は、スバルの人生で最も輝いた時間となる。
初めは連れ回されていたスバルも、自分の意思で【彼女】と歩み始める。
そうして菜月・昴は、【彼女】に恋をした。
「スーバールーくん。今日はスバルくんの部屋に行っても良いかな?」
「俺の部屋なんて何もないぞ。それよりも天気が良いんだがら外で遊ぼうぜ!」
「うん、答えは聞いてないから。じゃあ、行きましょうねー」
「いやだー。突撃訪問とか、やーめーろーよぅ」
幸いな事に、スバルの両親は不在だった。
【彼女】はスバルの部屋に押し入ると、ベッドの下を覗き始める。
しかし、見られると不味い物は運び出してあった。
事前に片付けていたため、部屋は散らかっていない。
【彼女】と付き合い始めてから、スバルは何度も掃除を行っていた。
「ふーん。口では嫌々言いつつ、僕が来ることを期待していたんだね」
「いつも、こんな感じだし。別に期待なんてしてねーし!」
「期待してくれても良いんだよ?_だって今日は恋人らしい事を、やりに来たんだから」
スバルは腕を取られて、ベッドに引き倒される。
不意に起こされた衝撃は大きくて、スバルの息は詰まった。
電灯の明かりを背負った【彼女】は、スバルの上に覆い被さっている。
「布団を洗濯して置いて良かった」とスバルは余計なことを考えた
布団が洗濯機に入らず、風呂場で足踏みした事を思い返す。
「なに、これ。彼女が積極的すぎて怖い」
「スバルくんが悪いんだよ?_僕を部屋に入れるから」
「おまえが無理に押し入った覚えがあるのは、俺の記憶違いですかね!?」
「緊張しているのかい?_大丈夫、優しくしてあげるよ」
「その前に、電気消してくんない?」
「ダーメ。スバルくんの絶頂するマヌケな顔が見えないでしょ?」
スバルの心に張られていた壁が、【彼女】に突き破られる。
そうしてスバルと【彼女】は合わさり、一つになった。
彼女と出会ってから短い間に、スバルは一生分の経験を受けたと思う。
スバルの世界の中心は両親から、【彼女】へ移り替わっていた。
一生分の愛を込めるつもりで、スバルは【彼女】を愛す。
【彼女】もスバルと目を合わせて、愛の言葉をささやいた。
『ーー愛してる』
菜月・昴は心から、【彼女】を愛していた。
だから、どうして【あんな事】になったのか分からない。
【彼女】と共に作り上げた色鮮やかな景色は、一瞬で黒く塗り潰された。
後に残ったのは目玉を抉り取られた【彼女】の死体と、
その両手を血で染めたスバルだけ。
「はっ……?」
綺麗に洗濯されたベッドは、血に染まっている。
いつの間にかスバルと【彼女】の立場は逆転していた。
もはや動かない【彼女】の上に、裸の男が乗っている。
男は呆けた表情で、【彼女】の無惨な亡骸を見下ろしている。
その男と言うのは、菜月・昴の事だった。
どうして、こうなったのか。
その答えをスバルは明確に覚えている。
一言で言えば、スバルが【彼女】を殺した。
それはスバルも認識している不動の事実だ。
しかし【どうして、そんな事をしたのか分からない】。
まず、スバルは【彼女】の片目を抉り取った。
次に自身の目玉を抉り取り、そこに【彼女】の目玉を埋め込む。
さらに【彼女】の首を締めて、【彼女】を殺した。
目玉を抉った感触も、首を絞めた感触も、その手に覚えている。
でも【どうして、そんな事をしたのか分からない】。
「ぎぃぃぃぃ!!」
ドンドンと壁に頭を、床に手を打ち付けた。
【彼女】を殺してしまった苦しみに、スバルは呻く。
片目を奪われた【彼女】の亡骸は、なにも答えてくれない。
点けたままだった電灯の明かりは、容赦なくスバルに現実を突き付ける。
【なんで、こんな事になったのか分からない】。
「落ち着け、落ち着けよ、ナツキ・スバル……まだ【彼女】は生きてるかも知れない」
その【彼女】から目を逸らし、スバルは妄想に頼る。
素人であるスバルから見ても、【彼女】は死んでいるように見える。
しかし、病院へ運べば【彼女】は生きているかも知れない。
スバルは部屋から出ると固定電話を手に取り、119番へかける。
一方の携帯電話は脱ぎ散らされた服の中にあった。
やがて訪れたのは救急車ではなく、パトカーだった。
服を着ることも忘れて待っていたスバルは、不審に思われる。
スバルの案内で殺害現場を確認した警官は、スバルを拘束する。
そのまま警官に問われるまま、素直に事実を答えた。
【彼女】をスバルが殺したことは間違いのない事だった。
「でも、とうしてそんな事をしたのか分からないんです。俺は彼女の事が好きだったのに……」
それがナツキ・スバルだったのかも知れない。
【彼女】が示したように、菜月・昴は【怪物】だった。
それがナツキ・スバルの愛だったのかも知れない。
愛する人を、愛しているから、だから殺す。
それがナツキ・スバルという【怪物】の愛だった。
殺人事件だ。
スバルは容疑者となった。
裁判で罪を認めたスバルは、死刑を免れる。
それでも長い時間、スバルは刑に服する事となった。
裁判の終わった後、面会した両親から【彼女】の事が伝えられる。
まず【彼女】の身元は不明のままだった。
スバルと同じ高校の制服を着ていたけれど、その生徒ではない。
【彼女】は偽りの制服を着て、スバルの前へ現れた。
どういう訳かスバルは【彼女】の名前も思い出せない。
おそらく事件で受けた衝撃が大きかったからだろう。
そしてスバルに埋め込まれた彼女の目玉は、正常だった。
医者によれば奇跡を通り越して【ありえない結果】だ。
無機物ではないのだから、埋め込んだ程度で神経や血管に繋がる訳がない。
医者は取り除く事を薦めたけれど、スバルは残す事を選んだ。
【彼女】の目に殺されるのならば、それも良いと受け入れた。
もう一つ、不思議な事がある。
スバルの受け入れた【彼女】の目玉に、不思議な模様が入っていた。
少なくとも生前の【彼女】の目に、そんな模様はなかった事を覚えている。
仄かに赤い瞳(ひとみ)の中に、手裏剣の模様が浮かび上がっていた。
鏡の代わりとなる物に映して見れば、右目と左目は異なる物と明確に分かる。
菜月・昴は恋を終えて、人生を終える。
燃え尽きたスバルは、もはや枯れ木のようだった。
【彼女】と過ごした一夏を思って、【彼女】を殺した瞬間に苦しむ。
そのままスバルの人生は終わって行くように思えた。
しかし、それさら一年後、刑に服していたスバルは姿を消す。
その後、スバルの姿を見たものは誰もいなかった。
ーー『Re:ゼロから始める異世界生活』
僕の中でスバルくんは動く。
中に出されるまま、それを僕は受け入れた。
もしかすると僕は、妊娠するかも知れない。
1年後は母親になっているかも知れない。
でも、そこにスバルくんの姿はないだろう。
これから1年後、スバルくんは異世界へ呼ばれる。
そして異世界から二度と、こちらへ戻ってこない。
僕が子供を育てている間に、あちらで銀髪のハーフエルフに熱を上げる事だろう。
それを僕は許せない。
許せなくて、スバルくんの子供を殺してしまうかも知れない。
でも、そんな事をしてもスバルくんは、僕の下へ帰ってこない。
スバルくんを監禁して、24時間監視して、一緒に異世界へ渡りたい。
でも、その瞬間を見逃せば、スバルくんと永遠に別れる事になる。
そんな見逃す恐れのある方法よりも、僕は確実な方法を選びたい。
だからと言って、スバルくんを殺して止めるなんて論外だ。
要するに、僕がスバルくんの一部になれば、自動的に巻き込まれる。
僕はスバルくんと目を合わせる。
三つ巴の浮かぶ【写輪眼】を開眼した。
スバルくんを催眠状態に陥らせ、取るべき行動を植え付ける。
この選択に後悔はないと思う。
何よりも、愛する人の一部になる事に誘惑された。
『ーー愛してる』
スバルくんは僕の片目を抉り取る。
次にスバルくん自身の片目を抉り取った。
そうして僕の目玉は、スバルくんの眼として収まる。
残念だけれど僕は、片方しか【開眼】していない。
そうしてスバルくんの片目は、僕の物となった。
その手で僕を殺してもらう。
スバルくんの手で首を絞められる。
その光景を最後まで見ることは出来なかった。
でも、スバルくんが僕を愛していると、僕は信じてる。
スバルくんは僕を殺した事で、特別な物となった。
ーーバカで
ーーマヌケで
ーーかわいらしい
僕のスバルくん
だからーー、
『誰にも、誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にも誰にもーー渡さない』