器物転生ときどき憑依【チラシの裏】   作:器物転生

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【あらすじ】
槍殻都市グレンダンは壊滅し、
リーリンは行方不明になり、
レイフォンは旅に出ました。




 槍殻都市グレンダンは汚染獣と戦う都市だ。通常の移動都市と違って汚染獣へ向かって突き進むため、戦い慣れた強い武芸者が育つ。その武芸者の中でも特に優れた者に授与される物が天剣であり、天剣授受者とは武芸者の頂点に位置する存在だ。その天剣授受者が一人残らず、一匹の汚染獣に敗北したという話を聞いた者は、皆等しく耳を疑った。

 天剣が負けただけではなく、生活できないほど都市機能も低下した。汚染物質から都市を守るエアフィルターが壊れ、汚染物質で生態系が全滅し、食料の生産設備も壊れ、地上の住宅は跡形も無くなり、建築しようと思っても資材が全くない。この状態で汚染獣へ向かって突撃すれば、都市は滅びてしまう。しかし、さすがに移動都市に宿る都市精霊も不味いと思ったらしく、汚染獣の少ない地域へ避難した。

 そんな状態にグレンダンを追い込んだ汚染獣は、いかなる者か。シェルターへ避難する前に、その姿を見た者が生き残っていた。「全身を白い甲殻で覆い、大きな剣を持った、子供のように小さな汚染獣だった」と其の者は話す。そうして、グレンダンを壊滅させた汚染獣の情報は他の移動都市に伝わり、白い人型は警戒されるようになった。やがて白い人型はベヒモトと仇名を付けられ、グレンダンを壊滅させた最強の汚染獣として知られるようになる。

 

 グレンダンから旅立って8年後、ツェルニという学園都市にレイフォンはいた。その姿は8年前と変わらず、8歳相当の身長だ。妾を抜いた影響か、偽リーリンに寄生された影響か、どちらが原因か分からず困ったものだ。武芸の同級生よりも頭2つ分ほど小さいので、レイフォンは子供扱いされている。

 小さいまま16歳になったレイフォンは、学園都市の武芸科に通っていた。武芸を嫌って一般教養科を受験したり、入学式で喧嘩から生徒を助け、その女生徒と仲良くなるという事は無かった。武芸科の受験者は剄という特殊な力を持つ武芸者に限られ、錬金鋼を使って戦闘訓練を行う、肉体的にハードな学科だ。武芸科の他にも学科はあり、都市の食料を生産する養殖科や、武芸者の武器となる錬金鋼などの不思議物質を開発する錬金科もある。

 しかし、レイフォンは武芸科を選んだ。それはレイフォンの人並み外れた力を見せれば、授業料免除などの奨学制度を受ける事ができると考えたからだ・・・まあ、そもそもレイフォンの学力で、他の学科に合格するのは無理だった。今まで勉強しようとレイフォンが思わなかった訳ではないのだが・・・。

 グレンダンが壊滅した後、電子精霊に都市を追い出される事が何度かあった。特に電子精霊が生まれるという仙鶯都市シュナイバルは電子精霊だらけだ。都市に入った瞬間に発見され、電子精霊を引き連れた天剣並みの武芸者に追い出されてしまった。応戦しても良かったのだが、また敵が勝手に自滅して、都市を崩壊させる恐れがある。

 そのせいでレイフォンは荒野を歩き、自力で移動都市を見つける事になった。なので今まで警戒し、教育機関に通うなどの目立つ行動は取らなかったのだ。電子精霊に見つからなければ大丈夫だと結論を出したのは、ツェルニの前に居た都市で行った実験の成果だった。

 

 さて、面接の話だ。レイフォンの力を見せると言っても、偽リーリンの提供する鎧で完全武装すれば、ベヒモトと叫ばれて都市を追い出されてしまう。仮面部分だけを引き出しても、あの凶悪な造形は誤解を招くに違いない。そこで私の出番だ。奨学金の申請者に対して行われた面接の際、宙空から妾の半身を引き出し、レイフォンは持参した老生体の甲殻を切断した。空に存在した月を分断したように、妾の刃は斬ろうと思えば何でも斬れるのだ。

 フハハハハ、寄生虫とは違うのだよ! と思っていたらレイフォンは、面接官に怒られていた。どうやら汚染獣の一部は人体に有害で、都市に持ち込んでは成らない物だったらしい。多少の汚染物質ならば、レイフォンの肉体に問題は出ないので、すっかり忘れていた。面接官を口を押さえ、接触しないように火鋏で摘み、汚染された甲殻を袋の中に入れる。そこまでしなくても良いと思うのだが・・・都市に住む人々にとって、汚染物質は大変な物らしい。

 老生体の甲殻は没収され、続いて剣についても注意された。都市内で武器を持ち歩いては成らないからだ。しかし、妾はレイフォンの一部だ。手放す事など出来ない、むしろ手放す事など許さない。そこで妾という長剣は、レイフォンの肉体と一体化していると説明した。ついでに、その影響で成長が止まっていると、レイフォンは説明する・・・嘘だけど。

 そこで偽リーリンが横から口を出した。『剣のおかげで膨大な剄を手に入れたって事にしない?』と言い出したのだ。まあ、問題ないだろうと思って妾も賛成し、その通りにレイフォンは説明した。すると、面接官は少し納得したようだ。おかしな事だ。なぜ剣を持っている事が、膨大な剄を持っている事に繋がるのか。

『グレンダンの崩壊で天剣が流出したでしょ?』

 偽リーリンは言う。グレンダンで格別の力を持つ者に与えられていた天剣、それがグレンダン崩壊の際に他の都市へ流出した。死んだ天剣授受者の死体を漁ったのか、落ちていた錬金鋼を拾ったら運良く天剣だったのか。それは兎も角、天剣を持つと巨大な力を手に入れる事ができるという噂が流れた。おそらく噂は、天剣の値段を吊り上げるための企てだろう。理由は兎も角、そんな噂が流れている。なので、不思議な剣と同化したレイフォンが膨大な力を手に入れた事に、面接官は少しだけ納得したのだ。

『それだけじゃないわよ。キーワードは8年前、グレンダン出身の難民』

 つまり、妾をグレンダンで手に入れたと面接官に思わせたのだ。妾の切断力を考えれば、天剣のようなグレンダンの秘宝という可能性も捨て切れない。しかし、それではグレンダンの関係者に問い合わせが行かないかと妾は心配した・・・しかし本物だった場合、ツェルニにある秘宝をグレンダンに回収されると考えるのだ。それは都市とって、大きな損失となる恐れがある。あいかわらず偽リーリンは、無駄に頭が回るようだ。

 後日、奨学金のランクはAとされた。ランクAと言えば授業料の免除だ。保護者のいないレイフォンにとって有り難い結果だろう。これならばアルバイトを探す必要はあるが、機関掃除のバイトをする必要はない。機関部は時給が高いものの、都市精霊が遊びに来ることがあるので、レイフォンにとって危険な場所なのだ。

 とは言っても、学園都市ツェルニと同じ学園都市マイアスでは都市精霊が鳥型で、都市に生息する鳥の中に混じっていた。そのせいで気付かず、レイフォンは発見されている。そんな事がツェルニで起これば、また追い出される。なので、学園都市に宿る都市精霊の姿を、誰かに聞く必要があるだろう。

 

 武芸科の中でも優秀な者は、小隊に属する。移動都市が汚染獣に襲われた際、小隊に属する者は戦闘に参加する。武芸者としての力が大きいレイフォンは第十七小隊に所属し、小隊同士の序列を決める対抗試合で張り切った。観客に見られながら戦うのは初めてだったので興奮し、冷静さを失った。グレンダンでは妾が武器を破壊したため剣を捨て、武芸者同士の試合に出る事もなかったからのぅ。

 その結果、敵陣に力任せで突撃し、対戦相手の小隊員と標的の旗を薙ぎ倒し、味方の隊員を置き去りにして勝利する。試合開始から5秒で終わった悲劇だ。何が起きたのか理解できた者はいないだろう。レイフォンの武器が妾でなければ、対戦相手は挽き肉になっていた。

 しかし、それではダメだったらしい。「連携が出来なければ実戦で役に立たない!」と怒られ、突出を禁じられる。なるほど。これまで一人で戦ってきたレイフォンだが、これからは仲間と一緒なのだ。一人で汚染獣を退治すれば、恨みや妬みの対象となってしまうだろう。同じ事を賞金の出るグレンダンでやれば、昔のように背後から斬られても不思議ではない。なので次は力を抑え、接待モードでプレイする事になった。

 

 しかし次の試合が行われる前に、汚染獣の襲撃を受ける。武芸科の小隊員は出撃前に集められ、武芸科の代表である武芸長の演説を聞いた。それによると驚いたことに、この都市は10年以上も汚染獣と戦闘した経験がないらしい。それほど長い間、よく逃げ回れたものだ。そういう訳で、一年生だけではなく五年生や六年生も初陣となる。そして、この学園都市ツェルニの主戦力は学生だ。

「えっ、それって不味いんじゃ・・・武芸科の卒業生は何所に行ったんだろう」

『卒業生は他の都市へ行ったのではないか? だから上級生が下級生を指導する体制なのだろう』

「ええっ、そうなの!? どうしよう、さっさと片付けた方がいいんじゃ・・・」

『貴方一人で倒しては意味がない、と言われたばかりでしょう? ここで貴方が汚染獣を一人で全滅させれば、この都市は貴方に依存するの。それで貴方が居なくなった後、誰が汚染獣と戦うのかしら? それでは都市が滅んでしまうわ』

『それでも遣りたいと思うのならば妾を使うといい。妾は、我が主の望みを叶えよう』

「うん・・・じゃあ、危なくなったら頼むよ」

『だったら、その事を誰かに伝えておいた方が良いんじゃない? 武芸長とか小隊長とか』

「あ、そうだね。じゃあ、隊長に伝えておくよ」

 都市の滅亡に偽リーリンが気を配るなど珍しい。きっと善意ではなく、裏があるに違いない。今思えば面接の際に偽リーリンが進言した「レイフォンの力の元は妾である」という嘘も、何か問題が起こった時、妾に責任を被せるための備えだったのではないか。実際は力の元となっているのは妾ではなく・・・今さらだが、妾では無いよな? いや、無限の出力なんて妾は知らぬぞ。

 レイフォンが小隊長と話す。すると、「一人で突出するなと言っただろう」と怒られた。時機が来たら、指示するという事か。会話が噛み合っていないような気がしたものの、伝えた事に違いはない。例え小隊長が口を利けない状態になっても、低身長で目立つレイフォンが叱られる様を見ていた他の隊員や、情報収集のために端子を飛ばしている念威操者が証言してくれるだろう。

 

 さて、やはりダメだった。戦線の一部が崩れ、都市に汚染獣の侵入を許している。このまま戦闘が続けば各小隊は孤立し、汚染獣に囲まれるだろう。そう思っていると念威操者によって、戦線後退の指示が各小隊に伝達された。小隊の数が減り過ぎて、現在の戦線を維持できなくなったのだ。

 レイフォンは人の居ない方向に向かって斬撃を飛ばしている。それで削れる汚染獣は前方の限られた範囲だけだ。妾の刃ならば人体を透過して、汚染獣のみを斬る事もできる。しかし戦闘が始まった時に、それを遣ったら怒られてしまった。例え人体を透過しても、斬られた方は驚いて戦闘に支障が出るらしい。妾としては早く、斬られ慣れて欲しいものだ。

「隊長! もっと広範囲を斬らせてください! このままでは他の小隊が持ちません!」

「仕方ない、本部に問い合わせる! 許可が下りたら各小隊に伝達して、それから撃つんだ!」

「そんな事してたら、都市が汚染獣に飲み込まれますよ!」

「分かっている! だが、独断で動くな!」

 焦れったい。妾の出番は未だか。チマチマと汚染獣を斬っているので減った気がしない。頭の固い小隊長だ。コレが死ねば緊急回避的措置として、レイフォンも全力を出せる。しかし、小隊長の戦闘をレイフォンがサポートしているのだ。万が一にも小隊長が死ぬ事はないだろう。

 やはり、学内対抗試合の小隊戦でハッスルしたのは不味かった。あの事件を小隊長は気にして、必要以上に警戒しているのだ。レイフォン単独による一方的な試合の後、他の小隊長に嫌味を言われたのかも知れない。いいや、小隊長は人の話を聞かない所があるから違うな。他人の目を気にしているのではなく、自戒しているのだろう。縛られるのが好きなタイプに違いない。

「レイフォン! 周囲の小隊に通知したそうだ、やれ!」

 キラキラと光る念威操者の端子に話しかけていた隊長が、レイフォンに許可を下す。「了解!」と言ったレイフォンは、武芸者としての力を妾に込めた。武芸者の使う錬金鋼であれば、耐え切れずに壊れるほどの力だ。過去に一度実験した結果、レイフォンの力を受け止めきれず、錬金鋼は熱で溶解した。それほどの力を込められても、長剣である妾の半身にダメージはない。当然の事だろう。レイフォンの全力に耐えることが出来る武器は、妾に限られるのだ。

 

「行きます!」

 レイフォンが片足を前に出し、妾を持った片腕を振る。膨大な力が妾の刃から、飛ぶ斬撃となって放たれた。その勢いのままレイフォンは一回転し、円状の斬撃を放つ。上から見ると、渦巻状の光が周囲に広がって行く様が分かるだろう。とは言っても一瞬のことだ。それを斬撃と認識できる者はおらず、ただ光を発したように見える。

 人よりも大きな芋虫っぽい汚染獣の胴体を、光の刃は分断した。汚染獣で一番弱い幼生体だ。しかし、その甲殻は硬く、ただ斬っただけでは貫けない。武芸者としての力を十分に込めなければ甲殻を貫けない。その甲殻をレイフォンの放った斬撃は、一瞬の抵抗もなく切り裂いた。それでも他の小隊員を傷付ける事なく、斬撃は人体を擦り抜ける。レイフォンの刃は汚染獣のみを切り裂いて行く。

 斬撃が通り過ぎた後、地上の汚染獣は一掃されていた。とは言っても第十七小隊の周辺だけだ。遠く離れた外縁部では、まだ武芸者と汚染獣の戦いは続いている。それに移動都市の脚部を這い上がる汚染獣や、地下から未だ出て来ていない汚染獣も残っている。しかし、全体の2割以上に当たる汚染獣を戦闘不能にできたはずだ。

「なんだ、今のは!? なぜ、もっと早く使わなかった!?」

「許可が下りなかったので、勝手に使うわけには・・・」

「そういう問題ではない! なぜ、汚染獣を一掃できる事を教えなかった!?」

「ええっ? 縦に飛ぶ斬撃は小隊の訓練で見せたでしょう? アレを横に飛ばしただけです」

「お前という奴は・・・! どうして其れを言わなかった・・・!」

「いやいや先輩、見れば分かるでしょう!?」

「分かるか!」

 レイフォンの小さな頭を両手で押さえ、小隊長は文句を言う。第十七小隊に所属した際、飛ぶ斬撃は固有技として紹介した。隊員の使える技を把握して置かなければ、小隊長も作戦を立案できないからだ。しかし飛ぶ斬撃を、さきほどのように使えると思い付かなかったらしい。

 ちょっと其れは、頭が固すぎるのではないか。小隊長の発想が貧困だったのだ。少なくともレイフォンの責任ではない。飛ぶ斬撃で此の様なら、偽リーリンの万能光線を見せたら何と言うのだろう。まあ、アレは仮面を付ける必要があるので、人前で使うことは無いと思うけど。

「シャーニッド先輩! 助けてください!」

「オレも擁護できないな。レイフォン君は色々と説明不足なんだよ」

 やれやれ、と別の隊員が溜息を吐く。これは解せぬ。一から十まで説明しなけば、応用技を思い付けないのか・・・いいや、意外に気付けない物なのかも知れない。レイフォンは他人の技を見るだけで盗み、再現して使い、さらに思い付きで応用技を作り出すのだ。基本的にオリジナルの劣化品になるとは言っても、技を習得するために必要な反復練習を省略できる。そんなレイフォンと凡人を比べるという行為が、そもそも間違っているのだ。さすが我が主、凡人とは違うのだよ。

 

 あの後、レイフォンの斬撃は解禁された。そして数時間も戦闘を続けた結果、地上に出ていた汚染獣は殲滅される。そこで移動都市に選択肢が生まれた。地下に潜む汚染獣を倒すか、地下の汚染獣を放置して去るか。その結果、地下の汚染獣を放置する事を選択し、都市は移動を始めた。現存する都市の戦力で攻略は不可能と判断したのだろう。しかし・・・、

『仲間を呼ばれたわ』

 偽リーリンがレイフォンに告げる。同族なので、汚染獣の声を聞き取ったようだ。おそらく地下にいる雌性体が、幼生体を殲滅された事に気付き、付近の汚染獣に助けを求めたのだろう。分かりやすく言うと、子供を殺された事に気付き、母親が助けを求め、父親や祖父が来るかも知れない。父親は雄性体であり、祖父は汚染獣の完全体に当たる老生体だ。

「えーと、気付いてるよね? だから急いで、ここから離れようとしてるんだよね?」

『当然、知っているだろう。汚染獣に関する知識を纏めた書物が無いとは思えない』

「だよね・・・でも、さっきの事もあるし、一応聞いてみようか」

『後で文句を言われるのは面倒だ。その方が良いだろう』

 そう思ったレイフォンが報告した結果、小隊長に驚かれた。どうやら、仲間を呼ばれるという事は知らなかったらしい。国家と国家の関係といえる移動都市同士の交流は少ないので、汚染獣に関する共有情報は少ないようだ。それに雌性体が仲間を呼ぶ事実を知る前に、増援の汚染獣に滅ぼされる都市は多いのだろう。

 その情報は念威操者によって伝達され、終わったと安心していた各小隊は再び召集された。なので、その士気は高くない。こんな状態で雄性体や老生体と戦うのは無理だろう。しかし、この状態ならば力を制限される事なく、最初から斬撃を打っ放す許可が下りるかもしれない。

 

 第十七小隊も戦闘待機だ。都市の外縁部から退いて待機する。前の戦闘で疲れ果てたため、都市外装備を脱いで小隊員は休んでいた。しかし十七小隊はレイフォンの無双状態だったため、それほど疲れていない。なのでレイフォンは妾を納め、狙撃主の隊員とカードゲームを行っていた。その横で小隊長は目を閉じ、座ったまま集中している。もとい気を張り詰めている。まるで新兵のような有様だ。と思ったものの小隊同士の試合は兎も角、汚染獣に対する実戦は初めてに違いない。

「レイフォン・アルセイフ、生徒会長が御呼びだ。オレの後を付いて来い」

 武芸長に呼ばれて、レイフォンは移動都市の上部へ移動する。案内されたのは生徒会室だ。各所から受ける報告や各所へ送る指令で忙しいらしく、固定電話を手に持って喋っていた。念威操者を使わないのは色々と理由があるのだろう。都市の全域をカバーできる念威操者が居ないとか・・・いいや、それは居るか。レイフォンと同じ第十七小隊に、やる気は無いけど天才な念威操者が所属している。まあ、その念威操者は参戦しないと言っていたけれど。

「よく来てくれた。私が生徒会長のカリアン・ロスだ」

「私は第十七小隊所属のレイフォン・アルセイフです」

「そう堅くならなくてもいい。これからの戦闘に差し支えが無いよう、ゆっくりしたまえ」

「はい、ありがとうございます」

「汚染獣の増援が来ると、君のおかげで分かったと聞いている。都市を護る者として感謝しているよ。さきほど、こちらに向かって飛行する巨大な影を、優秀な念威操者が捉えた。おそらく汚染獣だろう。時間が無いので、先に本題から話す。空飛ぶ汚染獣を君は倒せるか?」

「はい、問題ありません」

「君の実力は周知の物なので、私も信頼している。その力を借りたい。君の全力で汚染獣を仕留めて欲しい。必要な物があれば用意しよう」

「分かりました。今の所、必要な物はありません。ボクの剣だけで十分です」

「そうか。では、第十七小隊から特別攻撃小隊へ、君を一時的に移す。これより君に優秀な念威操者を付けよう。君と同じ第十七小隊に所属するフェリ・ロスだ」

「え? フェリ先輩は戦闘に参加しないと聞いていますが・・・」

「覚悟が決まったようだ。これも君のおかげかな。分からない事があれば彼女に聞いてくれ。この都市の行く末は君に掛かっている。頼んだよ」

「了解しました。では、都市の外縁部で迎え撃ちます」

 念威操者と合流したレイフォンは、都市の外縁部へ向かう。都市の壁を登って侵入した汚染獣を迎え撃つための場所、それが外縁部だ。そこには汚染獣の死体が数百体も残っている。汚染獣の死体は汚染物質を含むため、都市の外へ落とす必要がある。しかし、小隊員の休息を優先するため放置されていた。

『あの生徒会長、チグハグね。汚染獣の位は知らない癖に、強さの分からない汚染獣とレイフォンが戦えると確信している。ちょっと怪しいんじゃない?』

『組織の末端まで情報が行き渡って無かったのではないか。汚染獣の位を知っていたものの言わなかった可能性もある。最弱の幼生体で、あの様だ。そんな事を知れば士気は下がるだろう。我が主の強さは言うまでも無い』

『まあ、いいんだけどね。先に手を出してくれた方が遣りやすいし・・・』

 

 空飛ぶ汚染獣もとい巨大な老生体は、レイフォンの一撃でサクッと胴体を分断され、汚染物質塗れの荒野へ落ちた。剣を振るだけの簡単な御仕事だ。しかし、老生体と違って飛べない雄性体は遅れて来る恐れがあるので、レイフォンは外縁部に座って待機する。その背後では、死んだ幼生体の片付けが行われていた。小隊員は現在、半数は戦闘待機で、残りの半数は戦後処理を行っている。

 汚染物質から都市を守るエアフィルター、それは空気の膜だ。暇だったレイフォンは、其の外に頭を出した。深く息を吸って、汚染物質を肺に入れる。レイフォンによると肺が熱くなり、さらに吸うと体が熱くなるらしい。ポカポカと温まるそうだ。しかし、体に良い訳がない。熱くなるのは細胞が焼けているからだ。

 それでも定期的に汚染物質を体内に入れなければ、レイフォンは脱力感を覚えてしまう。レイフォンにとって汚染物質は毒だが、都市の清浄過ぎる空気も毒なのだ。分かりやすく言うと、汚染物質は二酸化炭素で、都市の空気は酸素だ。二酸化炭素が多過ぎれば苦しくなり、酸素が多過ぎても苦しくなる。

『何をしているんですか』

 レイフォンの耳に、聞き覚えのある声が聞こえる。生徒会長に行動を共にするよう言い渡された、レイフォンと同じ特別攻撃小隊に属する念威操者だ。フィルターの中に頭を戻して周囲を見回すと、レイフォンの視界にキラキラと光る端子が映った。背後を見ると、不機嫌そうな表情の念威操者がレイフォンを見ている。その念威操者とレイフォンの距離は遠い。

『エアフィルターの外に首を出すなんて、死にたいんですか?』

「いいえ、慣れれば気持ちいいですよ。もっとも、普通の人は慣れる前に死ぬと思いますけど。ボクは色々と特別ですから」

『そうですか。それは良かったですね。それで、そんな特別な人になれた気分は如何ですか?』

 端子から聞こえる声は、何か怒っているような気がする。反応したのは特別という単語か。そう言えば、この念威操者は天才だったな。念威操者の力を使うと、髪の毛が発光するほどの力を秘めている。しかし、自身の力を嫌っていた。だから力を受け入れているレイフォンに嫌悪を感じているのか。

「悪くはありませんよ。背が伸びない事も、都市を追い出される事も、故郷を失った事もありますけど、この力が無ければボクは殺されていた。戦うための力だからこそ、例え世界を敵に回しても生きて行ける」

『そうですか。それは悲しい話ですね』

「悲しい? それは如何でしょう。ボクは、この力さえあれば生きて行ける」

『寂しい話です。貴方の世界には誰もいません』

 偽リーリンと同じタイプか・・・言葉が曖昧で、今一つ話が読めない。レイフォンが世界を拒絶している訳ではない。汚染獣に寄生されているという理由で、世界がレイフォンを拒絶しているのだ。そうして襲い掛かってきた連中に反撃すると、それを理由にレイフォンを悪だと決め付ける。先に手を切ったのはレイフォンではない。

「ところでフェリ先輩、何か御用ですか?」

『兄の犠牲者が出ないよう、忠告をしてあげようと思っていました。でも、その必要は在りませんね。貴方は力を誇示するのが大好きなようですから』

 そう言うと、端子はレイフォンから離れる。レイフォンの後ろに念威操者の本体は居るものの、端子が離れたので話は終わりという事か。そのままキラキラと光る端子は、なかなかの速度で都市から離れて行った。もしも端子に高い強度があれば、弾丸として使えるほどの速さだ。おそらく汚染獣の姿を探しに行ったのだろう。もしかすると、兄である生徒会長に頼まれて、汚染獣の捜索に行ったのかも知れない。だから、あんなに機嫌が悪かったのか。

 

 フェリという念威操者は、桁外れなほど多い念威を持つ。念威は生まれ持った才能に依存し、鍛えても多くは増えない。レイフォンと似たような物だ。フェリが念威操者として生きよう思えば、生活に苦しむことなく生きることが出来るだろう。しかし、フェリという念威操者は、才能を理由に念威操者としての人生を強制されたくはなかった。だから、念威操者ではない自分を見つけるために、フェリは学園都市へ留学した。

 そう思っていたにも関わらず、武芸科や第十七小隊に属しているのは、フェリの兄である生徒会長の企てだ。汚染獣などの危険から都市を守るために、念威操者であるフェリの力は保険として必要だった。そんな兄に対してフェリはストライキを起こし、小隊同士の対校試合で手を抜いた。

 自分は何者でありたいのか。何者であればいいのか。少なくとも念威操者で在りたくはない。もっと自分に出来る事があると、彼女は思っていた。もっともっと空高く、その身は自由に飛べるはずなのだ。しかし、大切に扱われている鳥カゴから飛び立つ勇気はない。彼女に見えているのは自分を捕らえる檻だけで、その先には何もなかった。きっと強引に檻の外へ出れば、彼女は飛ぶことも出来ず、地に落ちて死ぬだろう。

 そんなモヤモヤとした思いを抱えたまま2年生に進級すると、フェリの属する小隊に1年生が入隊した。フェリと同じくらい低い身長なのに凄腕の武芸者だ。入隊試験を行った隊長は、レイフォンの身長に油断して迎え撃った結果、認識できないほどの速さで背後に回り込まれ、脚を払われて無様に転んだ。

 まずフェリは、自分と同じくらいの身長という特徴に共感する。他の人と違って見上げる必要がないので、眼や首に優しい。その次はレイフォンの強さに共感する。フェリのように桁外れの才能を秘めているのだ。最後は其の在り方に嫌悪する。自身の力を嫌いでは無いものの念威操者で在りたくないフェリと違い、レイフォンは武芸者として在ることを受け入れていた。

 初めての対校試合で、レイフォンは興奮していた。まるで子供だ、まさに子供だ。汚染獣の甲殻から錬鉄されたという噂のある、体内に格納していた特殊な簾金鋼をレイフォンは引き出す。すると、その勢いのまま事前の作戦を無視して敵陣に突っ込み、5秒で敵の小隊員と標的のフラッグを破壊した。協調性の欠片もない。そのため勝ったものの小隊長に叱られ、大勢の人に見られながら戦うのは初めてだったとレイフォンは言い訳する。それに対してフェリは「十七小隊は貴方一人で良いんじゃないんですか?」と刺々しく言った。

 その後、ツェルニは汚染獣の襲撃を受ける。汚染獣の巣を移動都市が踏み抜いたからだ。無数の汚染獣に圧され、小隊の多くは戦うというよりも逃げ回っていた。シェルターに入っていなかったフェリは、その様を端子で覗き見る。汚染獣に体を食い千切られて、後方へ運ばれる武芸者を見た。戦闘の経緯は都市の壊滅を予感させ、フェリの気持ちを迷わせる。前線の戦闘を支援するべきではないのかと、フェリに思わせた。

 そこへ閃光が走る。見覚えのある、レイフォンの斬撃だ。それが広範囲に放たれ、汚染獣を一掃する。その様を見て、フェリは呆れた。戦闘が始まって数時間が経ち、前線は崩壊寸前だ。その状態になるまでレイフォンは手を抜いていた。死者が出ているにも関わらず、レイフォンは全力を出さなかった。

 その様を見て安心する。自分より非道な人が居ると知って、フェリは安心した。けれども親近感は覚えない。自分勝手な理由で人の死を見逃すような人を、同類と思いたくなかった。だからフェリは悩んだ末、兄である生徒会長に参戦の決意を言い渡す。そうして彼女は戦列に加わった。

 戦闘は数時間続いて、やっと終わった。と思ったら、増援の可能性が浮上する。その可能性を指摘したのは、またレイフォンだ。「そう言う事は早く言え!」と誰もが思い、同じ事をフェリも思った。長距離マラソンを走り終わったと思ったら、再スタートを言い渡されたようなものだ。戦い疲れた武芸者達の受ける衝撃は計り知れない。

 さらにレイフォンは増援の可能性がある事を、人前で何気なく言っていた。そのため、その衝撃的な情報は、瞬く間に他の小隊へ広がる。おかげで各小隊の士気は、立ち直れないほど一気に下がった。そんな様では汚染獣と戦えない。わざと遣っている可能性を疑いたくなる。

 その状況を覆したのもレイフォンだった。生徒会長より特別攻撃任務もとい特攻任務を一任されたレイフォンは、空飛ぶ巨大な汚染獣を一撃で仕留めたのだ。その光景を見た人々は様々な感情を抱く。桁外れな力を持つレイフォンに対する恐れや、最初から本気を出せば簡単に汚染獣を倒せたのではないかという怒りだ。

 その中間にフェリはいた。外縁部に立つレイフォンと、都市の内側に立つ人々の間に、フェリは立っていた。レイフォンの背中をフェリは見ていた。その後姿は少しも揺るがない。圧倒的な力を備えたレイフォンは、他人に左右されない。いつでも自分の意思を押し通せるのだ。

 嫌悪を感じると同時に嫉妬する。あのように成りたいと思うと同時に、あのように成りたくないとフェリは思う。その有様はフェリの映し鏡だ。もしも念威操者として生きるのならば、あんな様になってしまうのだろうとフェリは思う。それは嫌だった。あんな人でなしには成りたくなかった。

 

「何をしているんですか」

 素肌のままエアフィルターの外に顔を出す、という自殺行為をレイフォンは始める。それに対して思わず、フェリは口を出した。あんな事をしていれば表皮は炎症を起こし、呼吸をすれば肺は腐る。眼を汚染物質に晒せば、失明しても不思議ではない。しかしレイフォンは、何でもない様子でフェリに答えた。

『いいえ、慣れれば気持ちいいですよ。もっとも、普通の人は慣れる前に死ぬと思いますけど。ボクは色々と特別ですから』

 当たり前のようにレイフォンは言う。実際、誰が見てもレイフォンは特別だ。普通の人は百体近い汚染獣を纏めて倒したり、巨大な空飛ぶ汚染獣を一振りで倒したり出来ない。レイフォンは武芸者の中の武芸者だ。しかし、その力も行き過ぎれば化物と変わらない。人に理解できない化け物だ。

『悪くはありませんよ。背が伸びない事も、都市を追い出される事も、故郷を失った事もありますけど、この力が無ければボクは殺されていた。戦うための力だからこそ、例え世界を敵に回しても生きて行ける』

 その時、フェリは悟る。レイフォンにとって、全ての者は仮想敵なのだ。そして自分の力だけを信じている。積極的に他人を排除しようと思わないものの、敵と思えば迷いなく斬るに違いない。けして他人に心を許さず、全ての者に平等だ。男も女も大人も子供も、汚染獣や其れ以外の者も、仮想敵として全て等しい。自分勝手で最低最悪な、悪平等の概念だ。

 フェリは自身の行動を思い返す。自分にも其のような所はあったと思う。隊長であるニーナに言われなければ小隊の訓練に参加せず、兄に対する反抗として対校試合では手を抜き、密かに都市外へ端子を飛ばして楽しむ趣味がある。レイフォンの不快な有様に、そんな自分の姿を垣間見た。

「寂しい話です。貴方の世界には誰もいません」

 私の世界には誰が居るのだろうと、フェリは思う。レイフォンと同じ有様になれば、周りに誰も居なくなるだろう。いいや、見えなくなるのだ。身の周りに他人が居ても気付けなくなる。自分を心配してくれる人が居ても信じられなくなる。他人が救いの手を差し伸べても、それに答えられなくなる。そんな有様は嫌だと、フェリは思った。

『ところでフェリ先輩、何か御用ですか?』

「兄の犠牲者が出ないよう、忠告をしてあげようと思っていました。でも、その必要は在りませんね。貴方は力を誇示するのが大好きなようですから」

 兄は嫌いだ。武芸も嫌いだ。だから他の事を頑張ろうと、フェリは思う。自分に向いていないと思って諦めていたアルバイトに、再挑戦したいという気持ちになれた。鳥カゴの中から出るのは恐ろしいけれど、そのまま心を閉ざせば世界に他人が存在しなくなる。そんな有様になるのは何よりも嫌だった。孤独を恐ろしいと感じる事ができる間に自分の世界を広げなければ、レイフォンと同じように手遅れになるだろう。そうなれば何も感じなくなる。人と人の間に生きる、人間ではなくなる。

 

 汚染獣との戦いが終わった後、ゴルネオという武芸者は怒りを覚えていた。辺り一面に広がった閃光が、その目に焼き付いている。あんな物が使えるのならば、なぜ最初から使わなかったのか。まるで他の武芸者の努力を無駄と嘲笑うように、閃光は見渡す限りの汚染獣を切り裂いた。

「くそっ!」

 アレを使ったレイフォンという武芸者は、安易に使えなかった理由があるのだろう。重大な理由があるから使えなかったのだ。あの小さな体に負担が掛かるのかも知れない。武芸者としての力を大量に消費するため、回数制限があるのかも知れない。そう思ってゴルネオは自身を落ち着かせる。とは言っても、そんな訳は無い。不幸な擦れ違いで許可が下りなかったから撃たなかったという、それだけの理由だ。

「逆に言えば幸運だった。アレが居なければ、ツェルニはグレンダンの二の舞だっただろう」

 そう言ったのはゴルネオの兄弟子であるガハルドだ。8年前にグレンダンから脱出したガハルドは、弟弟子のゴルネオを頼ってツェルニを訪れ、そのまま住み着いた。グレンダン出身のガハルドは、ツェルニで有名な武芸者だ。しかし今回の件で、良い意味でも悪い意味でも有名になったレイフォンには及ばない。

「アレは文字通り桁が違う。単独で都市を落とせるような奴だ。グレンダンで言えば天剣授受者に相当する。わざわざ幼生体を倒すために力を使ってくれた分だけ、マシだと思った方がいい」

 そう言ったガハルドは8年前の光景を思い出す。白い化物と戦っていたのは、ガハルドの兄弟子である天剣授受者のサヴァリス・ルッケンスだ。その光景を思い出すだけでも、身の冷える恐怖を感じる。サヴァリスと白い化物の発する膨大な剄に威圧され、ガハルドは其の場に近付く事すらできなかった。

 その時、天剣授受者が如何なる者か、ガハルドは悟った。磨き上げた技なんて物は飾りに過ぎないのだ。本当に必要なのは人並み外れた量の剄であり、それが無ければ同じ舞台に立つ事すら許されない。そこで天剣授受者を目指していたガハルドは挫折し、そしてグレンダンは壊滅した。

 レイフォンが月を斬った時、ガハルドはシェルターに避難していた。それは幸いな事だ。おかげでガハルドは、月を斬った物の正体を知らない。もしも月を斬った斬撃を見ていたら、レイフォンの放った斬撃に恐怖を感じていただろう。それを知ってしまえば、夜も眠れず怯えるに違いない。グレンダンを壊滅させた諸悪の根源が同じ都市に居ると、ガハルドは知らずに済んだのだ。


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