前回この小説をお読みになっていただいた読者のみなさま、ありがとうございます。
初めての方も楽しんでいただけたでしょうか? 至らぬところもございましたでしょうが、お楽しみいただけたのでしたら幸いでございます。
さて、前回いきなり謝罪させていただき変な形で始まったこの小説ですが、今回の本文でもそういった類いのものがございますことをここに申し上げます。
前回私はカナエがアリアにキンジとは双子の兄弟だと説明したところで終えてしまいましたが、実は原作にはあの後がございます。
が、私はその続きを本文には掲載しておりませんので、この前書きを通して解説(ざっくりとですが)させていただくことをお許しください。
あの後。
本来ならキンジがベルトを受け取る→理子が「恋愛中なんだよー!」なんて言ってキンジとアリアを茶化す→アリア怒って教室にて発泡→「風穴開けるわよ!」誕生。
と、またお見苦しいですが、どうぞ。
俺には兄弟がいる。双子の弟であるキンジと、二つ歳の離れた兄さん。…………いや、違うな。兄さんはもういないんだった。
去年のことだ。何年かに一度という寒波に襲われた日本の十二月に、神奈川の浦賀沖で海難事故が起きた。日本船籍の、たしか『アンベリール号』という豪華客船が沈没するという事故だ。
幸運なことにも、乗客乗員ともに大したケガもなく死傷者もいなかった。
たった、一人を除いては。
その事故で武偵だった兄さん──遠山金一は死んだ。すべての乗客乗員を避難させることに必死で、自分は逃げ遅れたのだそうだ。
俺たちにとって……特に兄さんを心から尊敬しているキンジにとって、その事実は耐え難いものだった。小さな時からキンジは、何でもかんでも兄さんの真似ばかりしていた。兄さんが難しそうな本を読んでいると、同じように難しそうな本を読んでみたり。兄さんが逆上がりができるのを知ると、同じようにできるまで練習したり。キンジが武偵を目指すようになったのも、兄さんが武偵になるということを知ってからだ。
キンジにとって兄さんは、ただの兄さんじゃなかった。
強い憧れ。そのものだった。
その憧れを失った時から──キンジは変わってしまった。
・・・・・
・・・
・
本日も晴天なり。
理想の学園生活あるあるには必ずといっていいほど入っているのが、屋上で飯を食べる。今まさに俺はカツサンドを、キンジは今朝の白雪弁当から適当にタッパーに詰め込んだものを屋上(のさらに上にある貯水タンクの陰)で食べていた。
うん、いいね。やっぱり春が四季の中で一番いい季節だ。夏みたいに太陽を親の仇のように憎んだり、冬のように雲に覆われ仕事をサボる太陽に「働けくそニート!」なんて思わなくても適当に温度調節してくれるところがさ。極端な話、暑いか寒いかで言われたら暑い方が好きだ。俺を含め男子のほとんどは、自然と透視能力(合法的な透けブラ視聴権)を得られるからね。理子のは……お恥ずかしい話ですがまだ見ていません。去年はいくらかチャンスはあったんですけどね、やっぱり好きな人とそうでない人では、なんというか扱いが違うものにどうしてもなってしまうのですよ。
いつか堂々と、正式な舞台で見れるといいな。
「……なら俺は冬だな」
「お、キンジは冬派か。たしかに冬にもいろいろと特典があるぞ。例えばそう、冬はセーターを着た女子が──」
「いやそういう意味で言ってないから」
冷たくあしらわれてしまった。ぐすん、お兄ちゃん悲しい。
「それはそうとキンジよぉ。今朝から白雪とハッスルすんのはお兄ちゃん的にはいいんだけど、さすがに二股は──」
「いや、だから……今朝俺が遅れたのはさっき話しただろ」
「嘘つくならもうちょいマシな嘘つきやがれ。何がチャリ漕いでたらチャリジャックに遭って、空から落ちてきた女の子に助けてもらっただ」
カツサンドとセットで買ったお茶を飲み干して俺は言った。
キンジが言うには、俺が出てからは朝の時間を有意義に過ごしていたのだが、どこかでその予定が狂ったらしくバスに乗り遅れたそうだ。キンジは仕方なくチャリで登校をしていたのだが、そこで奴に悲劇が起きた。
後ろから何か、自分に迫ってくるような音が聞こえたそうだ。機械的な音の正体はイスラエルのIWI社製の短機関銃、通称UZIを搭載したセグウェイ。しかも、そのセグウェイはキンジをさらに奈落へと近づけた。
『ゲンソクスルト・バクハツシ・ヤガリマス』
片言の日本語で喋る外国人よりも奇妙な機械の音声で、セグウェイはキンジに指示をした。爆発というこの状況ではとても妙な単語に、違和感と同時に嫌な予感を覚えたキンジはサドルへと手を伸ばすと、案の定サドルには小型の
限界だ、そうキンジが諦めかけた瞬間に彼女、神埼・H・アリアが空から落ちて(パラグライダーに乗って)きたそうだ。変則的なビル風の吹く中、神埼はパラグライダーを巧みに操りながら二丁のガバメントでセグウェイを撃破すると、今度は小柄で華奢な身体を使ってキンジを抱き込んで助けたそうだ。
当然のことだが、命令に反した行動をとったことによりチャリは爆発。爆風によってキンジと神埼は武偵高第二グラウンドに、およそニキロメートルほど離れた地点から吹き飛ばされたらしい。
そしてそのあとなんだが、これがどうにもおかしな展開でな。吹き飛ばされた場所は体育倉庫のしかも跳び箱の中。そこで密着するような形でキンジと神崎は無事生き延びたらしい。
これで終わりかと思ったら大間違いだ、まだある。その後同じタイプのセグウェイが四、五台来て、体育倉庫ごと襲撃されたらしい。
うん、小説やラノベあたりなら「何この斬新な設定、空から落ちてくる女の子なんてシ○タ以来じゃない? そんでもってこの後の無理やり体育倉庫に持ってっちゃうなんてどんなインスピレーションしてるの? 惚れるぜ」なんて編集者からのお墨付きが得られるだろうが、現実はそんなに甘くはないんだよどアホ。高校生になったら自動で彼女できると(好きな人はできました)思ってる思春期男子みたいに、現実なめてっと痛い目見んぞコラ。
しかもよ──
「それが原因でなったってのか? ヒステリアモードに」
訊くと。キンジは恥ずかしそうに、はっきりと頷いた。
ヒステリアモード。正式には『
キンジはいうことを聞かない煮豆と格闘しながら、
「しょうがないだろ……そ、それに……状況が状況で仕方なかったんだ」
「体育倉庫で目覚めると目の前にはおっぱいがありました。偶然にも密着スペースの跳び箱の中です。そんな僕をまた狙いに来たUZIに対抗する女の子のどさくさに紛れてまたおっぱいが目の前に現れました。そして僕は
「やめろ! そんな某闇の種族みたいに言うんじゃあない!」
「まったく、ロリコンも大概にしてくださいよ先輩」
「ロリコンじゃありません、フェミニストです……って誰が武○先輩だ」
「すばらしいノリツッコミだな、さすが我が弟なだけはある。もし俺が武偵になれなかったら、一緒に芸人でも目指すか」
冗談を言うと、キンジはようやく掴みとった煮豆を口に運びながら「やめてくれよ」と返した。
「芸人も武偵も、そんな特別な生き方なんてしたくない。俺はただ…………普通に暮らしたいだけだ」
空はたしかに晴れている。雲ひとつのない、青一色の晴天だ。なのにキンジの顔だけに、暗い陰りは現れた。
「……キンジ」
そう続けようとしたところで、屋上のドアが開く音が聞こえた。
貯水タンクの陰から出てきて下を覗いてみると、手にコンビニ袋や花柄の風呂敷を持った同じクラスの女子三人組、浅野と井坂と浦戸だ。俺たちと同じように屋上で飯を食べるようだ。
「いい天気だねえ」と浅野は言いながら進んでいき、井坂と浦戸も「そうだね」なんて言いながら一緒についていくと、ドアから十歩くらい歩いたところで三人は座り飯を食べ始めた。
「……ここで食ってて正解だったな」
浅野たちにバレないように、陰にいるキンジに囁く。キンジは頭を抱えながら「まったくだ」と、自分の女運のなさに嘆いていた。
そんな奴がいるとは微塵も思わない浅野たちは会話をし始める。もちろん、そんな会話を盗み聞きしている奴がいることも。
「ねえねえ、さっきの周知メールあったじゃん。あの、二年生が自転車爆破されたってやつ。あれってキンジのことじゃない?」
コンビニのおにぎりを口に運んだ浅野が言うと、井坂と浦戸もそう言えばというふうにして言い出した。
「それ思った。キンジ始業式出てなかったもんね」
「うっわ、自転車に続いてアリアとか。キンジ今日マジでかわいそうじゃん。てか知ってる? アリアのやつ、キンジのこと探しまわってるんだって」
カフェオレを飲んで浦戸は言った。
浦戸の言葉に、俺は思い当たる節がある。ヒステリアモードの
しかもだ。発動中は女性に自分を魅力的に見せるためにキザな言動をとったりする。最近はやりの壁ドンから顎クイに、プラス少女漫画でよく見るセリフを吐くんだ。ヒステリアモードを知らない奴からすれば「え、何この子? イタタタタタタッおかーさーん! 人包めるくらいの絆創膏持ってきてー!」なんて思わず言ってしまうほどのキザ野郎になってしまう。
恐らく、というかほぼ間違いなく神埼はそのことでキンジを探っているのだろう。根拠としては、今俺の隣でこの世の終わりみたいな顔をしているキンジを挙げよう。
井坂は箸でタコの形をした赤ウィンナーをつまみながら、
「あっ、知ってる知ってる。てかあたしもアリアに訊かれたー。キンジってどんな武偵なのとか、実績とか。昔は
「うわっ、ガチでラブなんだ。でもキンジかわいそうじゃない? アリアってヨーロッパ育ちかなんか知らないけど、空気読めてないしさ。今朝のも何あれ? 理子ちゃんにちょーっとからかわれただけでさ、教室で発泡とかありえないでしょ。しかもなに、風穴開けるわよだってぇ!」
「でもさ、男子の間では人気あるんだって。三学期に転校して来てすぐにファンクラブができたって言うし、写真部が盗撮した体操着姿なんか高値で取引されてるらしいよ」
「あ、それ知ってる。この間男子が盛り上がってた。あんな幼児体型のどこがいいんだか」
「てかさ、あの子友だちいないよねえ? しょっちゅう休んでるし、お弁当も教室の隅で食べてたよ。しかも一人で!」
「マジ!? うっは、気持ちわる」
ケタケタケタケタ。顔にひびが入った人形にとても似合う笑い声で、三人は笑顔に顔を歪ませる。
女子特有の陰湿な定例会議だ。いや、陰口をいうあたりは俺たち男子も一緒か。どっちにしても気持ちのいいものではない。
「あーあ、胸糞わる」
仰向けになって俺は言った。
陰口を言う奴ってのは大抵、自分が相手より優れていることを証明したい奴だ。それは相手より劣っているということを認めるのが怖くて、自分を守る自己防衛本能がはたらいているからとも言える。自分たちとは育ちも扱いも違う神埼に、浅野たちは嫉妬しているのだろう。もしくは同属嫌悪というやつで、神埼が自分たちの嫌な一面を持っているから否定したいのか。
どっちにしてもだ。人ってのは自分たちとは違って優秀な奴や、
「……大変そうだな、あいつ」
反転した地球に住むキンジがぽつりと言った。
「そう思うなら、声でもかけてみればいいだろ?」
「無理だ。俺はもう、厄介事はたくさんなんだよ」
タッパーを閉じながらキンジは言った。
「俺は武偵をやめるんだ。危険と隣り合わせなだけの生活から、平凡で特別なことなんて何もない生活で──俺生きるんだ」
深く深く。二度と笑顔が浮かび上がらないと思うほど沈んだ表情で、キンジは言った。
キンジと双子だから、一緒に住んでいるからわかる。こいつがどんなふうに変わってしまったのか。変化は何もいい方向にというだけではない。悪い方向になってしまうこともあるんだ。
「…………」
俺はキンジに近づくと、無言で頭に手を置いた。心配性な俺は昔から、不安そうなキンジを見るとこうして手を頭に添えていた。俺もいる、ということを暗示させるために。
「よしキンジ、今日帰ったら一緒にマ○カーでもしようぜ」
俺の言葉にキンジは少し間を開けたが、はっきりと言った。
「……野球の方がいい」
▽
「いや強すぎねえ?」
画面に映るスコアボードに表示された点差(五十ニ対四)に愕然として、俺は言った。
すいません僕の勘違いですかね、ゲームが野球からバスケに変わっている気がするんですが。え、気のせいじゃない? そんなことがあってたまるか。
「これで俺の四勝だな」
フフン、と鼻を鳴らし、得意げな顔でキンジは言った。
「何お前、チートでも使ってんの? なんだよお前のチーム打率四割って、ドーピングしてんだろ絶対。もしくはお前がしてるか」
「単に腕の違いだ」
キンジは言うと、コントローラを床(フロリーング式)に置いて立ち上がった。
「トイレ行ってくる」
「うーす」
そろそろ切り上げようと思っていたところだ。キンジのトイレを皮切りにして、俺はゲーム機の電源を落とした。
壁にかけているシンプルな時計に目をやると、午後六時を回っていた。もう飯の時間か。
キンジが置いたコントローラを一緒に、ゲーム機の隣に置いているコントローラ収納箱に入れて立ち上がる。オレンジ色の日差しを薄い緑のカーテンで遮ると、俺はリビングから出て行った。
「キンジー、下のコンビニで飯買ってくるけどお前何が食いたい?」
言うと、扉の向こう側からキンジは興味なさそうに返した「何でもいい」
「りょーかい」
その言葉を受け取ると、俺はニヤリと笑った。
バカめキンジ、それはお前の死を意味するのだ。
メラメラと小さな恨みの炎を燃やしながらスニーカーを履くと、ドアを押した。
「チャイムを鳴らした覚えはないんだけど、あたしの存在に気づいたのかしら? だとしたらあんた優秀よ」
キンキンのアニメ声が聞こえた。加えて、カメリアの瞳と、淡いピンクのツインテールも確認できた。ふむ、どうやら神埼がうちの部屋に訪問しているようだ。…………はい?
「え、ちょっ、神埼なにして──」
「アリアでいいわよ、あたしもカナエって呼ぶから」
カラカラカラ。持ってきた薄い赤のトランケースを引きながら、神埼……アリアは玄関へと侵入すると「ねえキンジは?」なんて言いながらさらに奥へと侵入する。
「お、おおおおいっ!?」
その後を俺は慌てて追いかける。アリアによる侵攻はリビングにまで及んでおり、すでに二個あるソファのうち一つ(ダブルソファ)がアリアに占拠されていた。
「ねえねえ、キンジってばいつ帰ってくんの?」
ソファに寝そべった状態でアリアは言った。
「いや、キンジはいま──」
「な、神埼……!? なんでここに」
トイレから帰ってきたようだ。俺とまったく同じ反応をして、顔を驚きの色に変えるキンジ。
「ふふっ、やっぱりあんたたち兄弟ね。反応がおんなじよ」
本命が現れたからだろう。少しだが声色を変えたアリアは、ソファから起きるとベランダの方へと歩いて行き、閉じていたカーテンをわざわざ開いた。出口を見つけた日差しはアリアで満足せず、その先の床も照らし出す。
何をするつもりだ?
キンジや俺なら背中で足りるが、こればかりはどうしようもないことに頭まで浴びたアリアは、こちらを振り向いた。
ビシッ、と擬音が付きそうなほど勢い良く突き出したのは、今朝と同じ人差し指。その先は、今度こそキンジを指していた。
そしてアリアは、俺の弟に高らかに宣言する。
「キンジッ!! あんた──あたしのドレイになりなさい!」
率直に、素直な感想を述べるとだな。
「そういう店じゃないから」
ウォール・トオヤマ陥落です!
次回もよろしくです。