彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「本当に大丈夫かな」
モモンガこと、モモンはそう呟いた。
彼の脳裏にあるのはメリエルの言葉だ。
大物の前に、小遣い稼ぎが必要よね――
アレはいったい何を意味しているのだろうか。
もしかして、ユグドラシル時代よろしく、モンスターハントか、あるいは野盗なり何なりを討伐するのだろうか。
そう彼女が呟くように言ったのは、エ・ランテルへ向けて出発する直前のこと。
しかも、メリエル達はわざわざ夜にエ・ランテルから王都へ馬車で移動するという。
「……ナーべ、メリエルさんの言っていた言葉の意味、何か知っているか?」
「小遣い稼ぎ、ですか?」
ナーべことナーベラルの言葉にモモンガは肯定する。
「畏れながらモモン……さん。私には言葉通りにしか受け取れません」
モモン様、と言いそうになるのを訂正するナーベラルにモモンガは苦笑する。
まだまだ慣れないよな――
彼はそう思いながら、言葉通り、という単語を頭に反芻させる。
「……そういえば、野盗が出るとかいう話を組合の中で言っていたな」
何でも幾つかのパーティで今夜討伐するとか何とか。
モモンガはつい先程、冒険者としての登録を済ませたばかりなので、討伐に参加することは当然できない。
もしかしたら、その野盗の連中――死を撒く剣団とかいう――の情報をクレマンティーヌ経由で仕入れて、王都へ向かうついでに殲滅するのかもしれない。
ありえそうな話であった。
とはいえ、モモンガからすれば野盗の集団を一つ潰したところで、何かしら影響が出るとは到底思えない。
もしも何か、イレギュラーな事態となったならば話は別だが、さすがにそんなことはないだろう。
「ナーべ、とりあえず無難に依頼をこなしていこう。まずはおつかいからだ」
「何故、至高の御方である貴方様がおつかいなど……」
「ナーべ……こういう簡単なことをこなし、信頼を深めていくのが大事なのだぞ」
モモンガは内心ワクワクドキドキしていた。
ユグドラシルをプレイし始めた時の、あの興奮にそれは似ていた。
未知の世界、未知の冒険――
これほどに心躍らせるものはまずないだろう。
「さぁ、行こう。未知の世界へ」
モモンガは弾んだ声でそう告げた。
フルプレートアーマーを着こみ、グレートソード2本を背中に背負った状態で。
おつかいというよりは強盗の方がしっくりくるんじゃないかしらね――
メリエルがその姿を見たら、そうコメントするに違いない格好だった。
メリエルは馬車に揺られていた。
そして、暇であった。
傍にはソリュシャンが同席しているが、彼女との会話をこれまで何度か試みていたが、主従関係というのはこういうときに中々に厄介なもので、ソリュシャンは敬意に溢れたものであったが、メリエルが思うところの、面白い会話はできなかった。
むしろ、ソリュシャンに御者をやらせ、クレマンティーヌを同席させた方がよかったかもしれない、とメリエルは思う。
何だかんだでクレマンティーヌはラフな口調だ。
ラフ過ぎて、ソリュシャンが殺しにかかりそうなくらいに。
クレマンティーヌ本人としては敬語のつもりなんだろうが、どうにも小馬鹿にしているというか、こちらを煽っているような猫撫声になっている。
勿論、モモンガと一緒に事情を聞いた、あのときはさすがに彼女も命の危険を感じたのか、その口調は必死であり、丁寧なものであったのだが。
喉元過ぎればなんとやらで、口調も戻っている。
ともあれ、メリエル個人としてはそこらはどうでも良かった。
クレマンティーヌ相手なら、あんまり威厳とかそういうものは気にしなくて良いし、何より彼女の反応が一々面白い。
「やっぱりフライで行った方が良かったか……でもそれだと、小遣い稼ぎができないし」
死を撒く剣団とかいう、連中がいる、とクレマンティーヌが思い出してくれたおかげで、小遣いにはちょうど良い、と馬車での移動と相成ったのだが、中々敵は出てきてくれない。
襲撃しやすいよう、夜まで待ってから移動しているというのに。
ちなみに、クレマンティーヌがその剣団を知っていたのは、単純に王国で2番目に強いという、ブレイン・アングラウスとかいうのが、そこに所属している為とのことだ。
「メリエル様」
唐突に、ソリュシャンが口を開いた。
「鼠が掛かりました」
気の利いたこと言えるじゃないの、とメリエルはにっこりと笑みを浮かべる。
そして、そのときだ。
「あー、メリエル様ー? 予想通りに、食いつきましたよー」
クレマンティーヌは何ともやる気のない声で、御者台からそう馬車の中へ声を掛けてきた。
彼女にはアサシン系の気配察知スキル等はなかった筈だが、熟練の戦士の勘とかそういうものかもしれない。
メリエルも魔法なりスキルなりで探知すれば良いのだが、端的に面倒くさかったという理由だ。
メリエルは小窓からカーテンをめくって、ちらりと外を覗いてみる。
見事にみすぼらしい格好の、いかにもな連中がこちらへと迫っている。
おそらくは進路も塞いでいるのだろう。
ヒューマンリサーチをメリエルは使い、目視できる相手のレベルを見てみるが、一桁しかいなかった。
「やっちゃえ、クレマンティーヌ」
「……つまんね」
クレマンティーヌは倒れ伏した連中を見下しながら、呟いた。
メリエルの攻撃開始に等しい言葉が出てから、時間は5分も経っていない。
もっとも、殺すのは事前にメリエルから厳禁と言われていた。
連中の拠点の在り処を吐かせる必要があるからだ。
その為、クレマンティーヌは野盗共に傷を負わせてはいるが、致命傷ではない、ほどほどに動けない程度のものだった。
「おつかれさん」
そう言って、馬車から降りてきたメリエルにクレマンティーヌは頬を思いっきり膨らませ、不満をアピールする。
そんな彼女に対して、可愛いという単純な感想を抱きながら、メリエルは問う。
「何か、不満そうね?」
「つまんなーい。2、3人でいいから、楽しませてよー」
そう言いながら、血に塗れたスティレットを赤い舌で舐めてみせる。
「まあまあ、ちょっと待ちなさいよ。ソリュシャン、用意できたかしら?」
メリエルが問うとソリュシャンが桶を持って馬車の中から現れた。
桶には水がいっぱいに入っている。
クレマンティーヌは何をするのだろうか、と不思議に思ったが、すぐにあることに思い至った。
何とも残酷なことをするじゃないの――
にんまりと三日月のように口を吊り上げ、クレマンティーヌは告げる。
「メリエル様、その役目、私にやらせてくれませんかー? そういうこと、やったことないのでー」
「いいわよ」
メリエルもまた、あっさりと許可を出す。
クレマンティーヌはウキウキ気分で、ソリュシャンから桶を受け取り、適当なところに置く。
そして、手近な野盗の髪を引っ張り、桶の前まで引きずった。
「最初に聞くけど、どこにアジトがあるか、話す気はあるぅ?」
「……知らねぇな」
そう答えた瞬間にクレマンティーヌは花の咲くような笑顔になる。
「そうなのぉ! 知らないのねぇ! じゃあ、ゴーモンしちゃうから!」
アハハハ、と笑いながら、クレマンティーヌは野盗の顔を水の入った桶に突っ込んだ。
暴れる野盗が逃げられないよう、彼女は後頭部をしっかりと押さえこむ。
「陸にいながら、溺死って面白いわぁ……ぞくぞくしちゃう」
恍惚な表情でクレマンティーヌは野盗の髪を掴んで頭を桶から上げる。
荒い息をする野盗に彼女は優しく問いかける。
「ねぇ……まだ、知らないわよねぇ? もっと、苦しみたいのよねぇ? アジトの場所を思い出したりしないわよねぇ?」
再度、クレマンティーヌは野盗の顔を桶に突っ込む。
暴れ狂う野盗だが、彼女はまったく手こずることなく、その体を押さえこむ。
アハハハ、と笑いながら、クレマンティーヌは他の野盗達に目を向ける。
倒れたままであった筈が、いつのまにやらロープで縛られ、地面に座らされていた。
彼らは一様に、恐怖に怯えているのが見える。
クレマンティーヌは楽しみながらも、その思考は極めて冷静だった。
故に、彼女は思う。
メリエルのが私よりも、よっぽどにおっかないのに。
私であることを感謝してほしいわ。
クレマンティーヌの視界には見慣れない鉄製の少女像のようなものや、牛を象った鉄製のナニカを用意しているメリエルが映っていた。
クレマンティーヌの勘が告げている。
アレらはきっとろくでもないものだ、と。
「って、あら?」
そんなことを考えていたら、抵抗がいつの間にか無くなっていることに彼女は気がついた。
野盗の顔を上げてみれば、既に事切れていた。
やり過ぎてしまったらしい。
「あっちゃー、死んじゃったぁ。ま、いいや。おもちゃはまだ残ってるし」
そう言って、クレマンティーヌは死体を適当に放り捨てる。
「次は誰にしようかしら?」
とりあえず、手近なヤツを、とクレマンティーヌが野盗達に近づこうとした瞬間、恐怖が限界に達したのか、野盗の1人が叫んだ。
「洞窟だ! この近くにある洞窟にアジトがある!」
だから、助けてくれ、と――
クレマンティーヌは拍子抜けしてしまった。
まさか、こんなにも簡単に教えてくれるとは思ってもみなかったのだ。
「つまんねーから、死ねよ」
少しの苛立ちと共に、クレマンティーヌは即座に叫んだ野盗の額にスティレットを突き刺した。
頭蓋骨というのは硬いものであるが、そこらの鎧であっても穴を開けることができる彼女からすれば大した問題ではない。
「んで、メリエル様? 残りはどうします?」
「逃がしていいわよ」
まさかの言葉に野盗達は一斉にメリエルを見た。
にっこりと彼女は笑う。
しかし、クレマンティーヌは言外に込められた意味を正確に理解していた。
そして、同時に強く思ったのだ。
ああ、最高の飼い主だ――
クレマンティーヌは笑みを深める。
そして、連中のロープを1人1人、切ってやる。
残ったのは13人。
楽しい楽しい狩りの始まりだ。
野盗達は一斉に逃げ出した。
方向はバラバラで、数人で逃げる者達もいれば、1人で逃げる者もいる。
だが、そうでなくては面白くないのだ。
「ねぇ、メリエル様。ペットはいいんだけど、せめて猟犬にしてくれないかしらね」
クレマンティーヌの言葉に、メリエルは驚いたように目を見開くが、すぐに面白そうに笑った。
「そうねぇ……猟犬として、優秀なことを示せたらいいわよ」
クレマンティーヌは返事に獰猛な笑みを浮かべながら、まるで豹のように片手を地面につき、片足を後ろへ、下げることで腰を上へと突き出す。
地面についている片手にも、もう一方の手にもスティレットが握られている。
「能力向上、能力超向上、疾風走破」
ほう、とメリエルは初めて見るクレマンティーヌのスキル――武技に感心する。
なんだかんだで、彼女はクレマンティーヌの武技を見る機会がなく、また名前からして、自己強化系のものがあるとは思わなかったのだ。
そして、メリエルは限界まで引き絞った弓のようなイメージをクレマンティーヌに抱いた。
「速度による一撃必殺特化、なるほど。対生物なら強いスタイルだわ」
「お褒めに与り光栄ですわ、ご主人様」
演技めいた口調でクレマンティーヌはそう返し、疾風の如く跳ぶ。
獲物の逃げる速度は遅い。
それこそハエが止まるくらいに。
クレマンティーヌの視界にはみるみるうちに、獲物の1人の背中が迫る。
「はい、残念」
クレマンティーヌは獲物の後頭部をスティレットで突き刺す。
絶叫が響き渡る。
何事かと振り返った、獲物達。
愚かな連中だ、とクレマンティーヌは哀れに思う。
そんなことをせずに、一歩でも逃げればいいのに。
「な、何で……?」
獲物の1人がそんなことを言ってきた。
「メリエル様はさぁ……お前らに逃げていいとは言ったけど、殺さないとは言ってないのよねぇ!」
「あーあー、はっちゃけちゃってまぁ」
メリエルは狂ったように笑いながら殺しまくるクレマンティーヌに呑気な感想を抱く。
「……メリエル様、よろしいのですか? あのような下等生物に、猟犬などという栄誉を約束されて」
表情には出していないものの、不満そうなソリュシャン。
「ああいうタイプ、ウチにはいない。いないからこそ、欲しい。私のペットとして」
とはいえ、とメリエルは続ける。
「ソリュシャンみたいな、忠義に厚い子も勿論良い。でも、あなたにはメイドとしての役目がある。その役目を奪うことはできない」
そう言いながら、メリエルはソリュシャンの耳元へと顔を近づけ、囁く。
お前はメイドとして最高の仕事をすれば良いのだ――
ソリュシャンは思わずへたり込みそうになった。
至高の御方であるメリエルにそのように言われて、そうならないシモベはいない。
故に、彼女はへたり込まなかったことを賞賛されるべきだろう。
「も、勿体なきお言葉です」
かろうじて、そのように返事ができたソリュシャンは自らを褒めたくなった。
このままメリエル様に全てを委ねて――
そんな思考がソリュシャンの脳裏を支配していく。
「いいところだけど、終わったみたいね」
メリエルの言葉にソリュシャンはハッとし、周囲の気配を窺ってみれば逃げた野盗は全滅していた。
クレマンティーヌがこちらへ戻ってくる気配もまた感じたソリュシャンはいつか殺す、と心の中で思う。
至高の御方との一時を邪魔したのはそれほどまでに重い。
知らぬところで殺意を抱かれている当の本人は満足顔で2人の前に姿をみせた。
「満足だわー……で、どう?」
クレマンティーヌの問いにメリエルは鷹揚に頷く。
「良い仕事ね、クレマンティーヌ。猟犬と呼んであげるわ」
メリエルはそう言いながらも思ったのだ。
よくよく考えれば、スキルなり魔法なりで野盗のアジトも探知できたんじゃないか、と。
まあ、過ぎ去ったことはしょうがないわねー、と彼女はそう思うことにした。