彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話   作:やがみ0821

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捏造あり。


我は世界の破壊者なり

 

 

「んで、あんたどうすんの?」

 

 死体等から装備品を剥ぎ取り、溜め込んでいた財貨の回収が一通り終わったところで、クレマンティーヌは素朴な疑問をブレインに投げかけた。

 当のブレインは数秒の間を置いて、ちらりとメリエルへと視線を送った。

 その視線を受け、メリエルは口を開く。

 

「まあ、そうねぇ……ペット枠はクレマンティーヌがいるし……門番枠でいいなら」

「何だそりゃ?」

「何かしら理由をつけて手元に置いておかないと、他のシモベ達にさくっと殺されちゃうわよ?」

 

 ブレインはメリエルの言葉に何となくだが予想がついた。

 

「そんなにヤバイのか?」

 

 ブレインの問いにクレマンティーヌは頷きながら、告げる。

 

「私が敬語になって冷や汗たらたらになるくらいにはヤバイわねー」

 

 ブレインは思わず天を仰いだ。

 弟子入りとかそういうことを彼は考えていた。

 だが、どうにもそういう次元の話ではなく、純粋に命の危険と戦わねばならないらしい。

 

「例えば、どんなのがいるんだ?」

「そうねぇ……」

 

 クレマンティーヌは白い指を唇にあてて、考えこむ。

 色々とインパクトの強い連中がナザリックには多すぎて、何を例にあげようか悩む。

 

 やがて、クレマンティーヌはポンと手を叩いた。

 そして、嗜虐的な笑みを浮かべながら、告げる。

 

「デスナイトっているじゃない?」

「ああ、伝説のアンデッドとかいうアレだな」

「アレよりもヤバイのが廊下を普通にうろちょろしているって言えば、どんくらいかわかるかなー?」

 

 ブレインは理解した。

 ああ、ヤバさの次元が違う、と。

 

「というか、ブレインはあれじゃないの、一箇所にとどまっているよりも、武者修行の旅とかに出てる方がいいんじゃない?」

 

 メリエルの言葉にブレインも確かに、と頷く。

 俺より強いヤツを探しに行く、の方が彼には合っている。

 

「とりあえず、あんたさー、ガゼフ・ストロノーフと戦って腕でも磨いたら? 私は別に、修行とか弟子入りとかで、メリエル様の傍にいるわけじゃないし」

「じゃあ何で一緒に?」

 

 クレマンティーヌはメリエルに艶やかな笑みを向けながら、告げる。

 

「告白されちゃってね」

 

 ブレインはその言葉をゆっくりと脳に浸透させ――

 

「はぁ!?」

 

 クレマンティーヌを見、ついでメリエルを見た。

 

「女同士だろ?」

「あ、私、両性具有なので」

 

 メリエルが手を上げてそう告げれば、ブレインは天を仰ぐ。

 

「……俺、ガゼフんとこに転がり込むわ。ちょっと常識が耐えられそうにない」

 

 ブレインの出した結論は自らの精神を守るために仕方のないものだった。

 色々と複雑な感情のある宿敵であったが、そんなことよりも目の前の化け物への対処が大事だ。

 

「告白は告白だけど、まあ、私が一方的に容姿と性格気に入ったから、傍にいろって命令したんだけどね」

 

 いやそれでも色々アレだろ、とブレインはメリエルの言葉にツッコミを入れたかったが、ぐっと堪えた。

 常識の次元が違う存在なのだ、と自らに言い聞かせて。

 そして、それを受け入れてしまっているクレマンティーヌもメリエルと同じ側の人間なのだ、と。

 

「あー、でも、ブレインと、そのガゼフって簡単に死んじゃうとつまらないわね」

 

 メリエルはそう言うや否や、インベントリに手を突っ込んで、アイテムを取り出した。

 見た目はただの指輪だ。

 

「コレ、死んだと同時に発動する蘇生魔法込めてあるから、常に装備しておいて」

 

 さらっとお伽話に出てきそうなアイテムを出してくるメリエルにブレインは努めて冷静を保って受け取り、指にはめた。

 おそらくはガゼフの分であろう指輪も彼は受け取る。

 

 クレマンティーヌも受け取って、指にはめる。

 

「あのさー、メリエル様ー?」

「何?」

「コレ、普通に伝説とかに出てきそうなモンだからね? いろんなところから狙われるような物だからね?」

 

 クレマンティーヌが普段の舐め腐った態度を放り出し、わりと真面目にメリエルに告げる。

 しかし、メリエルの反応はただ首を傾げるだけだ。

 

 あ、これヤバい、とクレマンティーヌは直感する。

 

「これくらいなら別にいいんじゃないの? そんなの端金で買えるし、私も作れるし」

 

 いやいやいやいや、とクレマンティーヌとブレインは口に出しながら、否定の意を込めて手を横に振る。

 

「なんつーかさ、超がつく大金持ちに、1枚の金貨の価値を教えてるみたいだわ」

「お前も苦労してんだな……」

 

 クレマンティーヌに思わず同情してしまうブレイン。

 常識が通じない相手というのは厄介なものだった。

 そんな2人を見ながら、メリエルはますます首を傾げる。

 

 彼女からすれば蘇生魔法をはじめとした、諸々の魔法が込められたアイテム関連はユグドラシルではありふれたものだった。

 

『メリエル様』

 

 唐突にメリエルの脳内にソリュシャンの声が響く。

 彼女には周辺警戒を任せていた筈だ、とメリエルは思いながらも、問いかける。

 

『どうかしたの?』

『武装集団が付近の森に潜伏しております。手前で気づかれました』

 

 ほう、とメリエルは驚き混じりの声をもらす。

 ソリュシャンを探知できる程に実力者という、何とも得難い存在だ。

 

『この失態は命を以て償いを……』

『失態どころか大手柄だわ。ようやく念願の戦闘ができる。ありがとう、ソリュシャン』

 

 メリエルの言葉に数秒の間の後、ソリュシャンからは『も、もったいなきお言葉です』と返ってきた。

 驚きをはじめとした色々な感情が混じっていることがよく分かる反応だ。

 

「どうかしたのー?」

 

 クレマンティーヌの問いかけに、メリエルはにんまりと笑みを浮かべながら告げる。

 

「ソリュシャンを探知できる程の武装集団が現れたわ」

「……は?」

 

 クレマンティーヌは唖然とし、ついで意味を理解、そして、ある仮説を立てる。

 

 そんなことができる輩は王国にはまずいない。蒼の薔薇でも不可能だろう。

 帝国でも聞いたことがない。

 唯一、あり得るとするならばそれは――

 

「隊長来てんの? うっそー」

「隊長? 隊長っていうと、まさか漆黒聖典?」

 

 ブレインが反応し、クレマンティーヌは頷いて肯定する。

 

「あー、どうしよ」

 

 クレマンティーヌはちょっと真面目に困惑する。

 

 確かに彼女はスレイン法国史上最大の裏切りを働いた。

 とはいえ、それは彼女の極々個人的な理由――端的に言えば、強さに対するコンプレックス――であり、兄や両親を除けば憎んだり何だりというものはない。

 かといって、何かしらの執着があるかとすれば別にあるわけでもない。

 かつての同僚が虫けらのように殺されるのを見ても、ただ笑える光景だ。

 

 今、彼女が困っているのは彼女の飼い主が全ての原因だ。

 

「戦争だ、これでまた戦争ができる」

 

 これ以上ないほどに機嫌良く、そんなことをメリエルは宣った。

 クレマンティーヌは確信する。

 絶対に、メリエルが満足するような戦闘ができないことを。

 

 とはいえ、クレマンティーヌにはウキウキ気分のメリエルに水を差すなんて恐ろしいことはできない。

 

 精々が、憂さ晴らしでスレイン法国がこの世から消えなければいいなーと心の中で祈る程度だ。

 彼女が困っているのは、満足できないメリエルの矛先が自分に向くことだった。

 

「漆黒聖典の隊長ってまずいんじゃないか?」

 

 唯一、常識的な反応を示すブレインにクレマンティーヌは深く、深く溜息を吐く。

 

「あんたね、ウチの飼い主様が、たかが隊長ごときにやられるわけないじゃないの」

「……いや、そうなのか?」

「そーよー、んで、メリエル様? やるの?」

 

 クレマンティーヌの問いにメリエルは何度も頷く。

 

「ソリュシャンから座標もらったから、行きましょう」

 

 メリエルはゲートを開き、弾んだ足取りでそこへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされた森の中にメリエル一行は出た。

 メリエルは空気を胸一杯に吸い込み、夜の森の、ひんやりとした空気に蕩けた表情になる。

 こういうことができるのが最高の贅沢よね、と心の中で思いながら。

 

 一拍遅れて、転移門から出てきたクレマンティーヌとブレインを確認しつつ、気配を感じる方へと視線を向ける。

 木々の隙間から、メリエルの瞳は正確に武装集団の位置を捉えていた。

 向こうもこちらを捉えているのだろう。

 武装集団の面々はメリエルらのいる方を向き、油断なく得物を構えている。

 

 ソリュシャンには不測の事態に備えて待機を命じ、メリエルはゆっくりと歩き出した。

 クレマンティーヌもまたメリエルに従い、ブレインはおっかなびっくりにそろそろとクレマンティーヌの後に従う。

 

 

 木々はすぐに開けた。

 歩いて5分もかからなかった。

 

 メリエルはすぐさまスキル:ビューイングを発動し、そして、口角を吊り上げた。

 30レベルから40レベルの間に交じって、唯一、80レベル代後半の男がいたからだ。

 またビューイングにおいてはその装備も80レベル台の男は神器級アイテムで固めていることが分かる。

 

 そして、メリエルは僅かに目を見開いた。

 チャイナドレスを着込んでいる老婆というヴィジュアル的な意味で、ヤバイ輩がいる。

 その輩は武装集団の面々に囲まれるよう、中心にいる。

 

 老婆が纏っているアイテム、それは――

 

 

 ワールドアイテム

 

 

 メリエルは口には出さず、心の中で留めた。

 下手に情報を与えるのは拙い。

 ビューイングではアイテムの等級は分かるが、付与された性能・効果まで分かるわけではない。

 

 この世界特有の、ユグドラシルにはない武技やアイテム等を考慮すればレベル差など簡単にひっくり返る可能性がある。

 故、メリエルは決して油断しない。

 

 彼女の心境は今まさに、ユグドラシル時代のあの時のようなのだ。

 たった1人で1500人の侵攻を退けた時のように。

 たった1人でワールドチャンピオン達と引き分けた時のように。

 

 彼女は無論、興奮はしている。だが、思考はこれ以上ないくらいにクリアだ。

 

 メリエルは体内に収納していた黒い翼を展開した。

 こちらが異形であることを理解してもらう為だ。

 

 武装集団――漆黒聖典の面々が息を呑んだのが聞こえる。

 彼らにはクレマンティーヌも見えている筈なのだが、それよりもメリエルの方に集中するのはある意味で道理だろう。

 

 彼らはおそらく本能的に感じ取っているのだろう。

 彼らはこの世界における最高クラスの戦士や魔法詠唱者だ。

 決して油断はしていない。

 

 そう、裏切り者など瑣末に過ぎぬ程に、メリエルが極めて強大であることを感じ取っているのだ。

 メリエルはモモンガがしているように、自らの実力の探知を妨害するようなマジックアイテムを身に着けていない。

 強者に出会うために、と持ってはいるが、今、身に着けていないのだ。

 

 

 

「良い夜ね、人間共。ああ、失礼。1人、違ったわね」

 

 メリエルは微笑みながら、そう声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレは何だ?

 

 漆黒聖典の隊長となれば番外席次を除き、漆黒聖典の中で最強の存在だ。

 そして、それは近隣諸国においても最強の存在であるということと同義。

 しかし、今、隊長たる彼は恐れていた。

 

 唐突に現れた――おそらくは高位の転移魔法により――謎の存在に対して。

 

 土の神殿の爆発、また陽光聖典より最高位の天使と接触した、との報告。

 これらに対して、破滅の竜王の復活が近づき、その阻止の為に天使が降臨した、と上層部は結論づけた。

 クレマンティーヌの捜索の為、風花聖典が使えないが、敵は待ってはくれない。

 故に、漆黒聖典が傾城傾国を扱えるカイレとともに出て来たのだが――

 

 目の前の存在は破滅の竜王には到底見えない。

 だが、彼の本能はこれまでにない程に警鐘を鳴らしている。

 

 

「良い夜ね、人間共。ああ、失礼。1人、違ったわね」

 

 綺麗な声色だった。

 ともすれば聞き入ってしまいそうな。だが、言っている内容は物騒だ。

 正確に目の前の存在は見抜いている。

 

 

「……貴女様は破滅の竜王ではありませんね」

 

 断定であった。

 言葉に対し、目の前の存在は小首を傾げる。

 

「破滅の竜王? ちょっと知らないわね」

「我々はスレイン法国の漆黒聖典という者です。破滅の竜王を倒す為にやって参りました」

 

 そう言ったとき、彼はクレマンティーヌが目の前のアレの背中越しに手を振っているのが見えた。

 

 何でクレマンティーヌがアレと一緒にいるんだ、どうしてそうなったんだ?

 

 疑問が頭を支配するが、今は目の前の化け物から逃れるのが先だ。

 

 スレイン法国史上、最悪の裏切りをやってくれたクレマンティーヌだが、あんな化け物と一緒にいるとは迂闊に手を出せない。生きて帰ったら、手を引くことを進言しよう。

 

 彼はそう強く思いながら、化け物の言葉を待ち――やがて化け物が口を開く。

 

「破滅の竜王っていうのは強いの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『何でか知らないけど、隊長固まっちゃった。教えてクレマンティーヌ』

『いや、そりゃー、そんなこと聞くなんて、メリエル様くらいでしょうからね』

『そうなの? あ、クレマンティーヌ。思いっきり舐め腐った態度でいいわよ? 色々彼らにも鬱憤溜まってるんじゃない?』

 

 そう言われたクレマンティーヌは『特に溜まってないんだけどなー』と返しながら、いつもの笑みを浮かべて、口を開く。

 

「やっほー皆、お久しぶりー! クレマンティーヌ様でーす!」

 

 元気ー? と問いかけてみるも、誰も口を開かない。

 

「お前、空気読めよ……」

 

 ブレインが小声でツッコミを入れるが、クレマンティーヌは即座に裏拳を叩き込んで黙らせる。

 

「クレマンティーヌはこの方のところに永久就職したんでー、変な連中送り込むとー……」

 

 言葉を切り、嘲笑を浮かべる。

 

「ぶっ殺しちゃうからさー、よろしくね?」

「クレマンティーヌ、お前は自分がどんな存在に従っているのか、理解しているのか?」

 

 隊長は努めて冷静に問いかけた。

 対するクレマンティーヌはにこにこと笑顔。

 

「当然じゃない。この方は至高の存在。私ら人間風情が1000年経っても追いつけない、存在からして次元が違う方よ。あんたや番外席次だって虫けらみたいに殺されるのがオチよ」

「……人類に対して何もしないならば、我々は決して敵対しない」

 

 隊長は絞りだすような声でそう告げた。

 それは彼の職務等から導き出した、最大限の言葉だった。

 彼個人としては地の果てまで逃げ出したい。

 だが、その身に秘めた力がそれを許さない。

 

「わっかんないヤツねー、あんたらに選択権はないのよ? 殺すと思ったら殺されるし、生かすと思ったら生かされる。そういう問題なの」

「クレマンティーヌ、お前も私達と同じ立場だろう。お前だって、殺されるし、生かされる。そうだろう? お前の性格からして、それは許容できない筈だろう?」

 

 隊長の言葉にクレマンティーヌは唐突に狂ったように声を上げて笑い出した。

 

「あはっ、もうー、隊長! 笑わせないでよー」

 

 笑いを止め、クレマンティーヌはまっすぐに隊長を見つめる。

 

「この御方は私を決して侮らなかった。単なる遊びだとしても、全力を出してくれた。クソ兄と比較しなかった」

 

 メリエルはクレマンティーヌの言葉を聞きながら、彼女はいったいどんな境遇だったのだろう、と素直に疑問に思う。

 この世界基準で見れば彼女は最強クラスであるし、容姿も良い。

 何をやっても成功することが確約されたようなものだ。

 そんな彼女がここまでねじ曲がるとはよっぽどであったのだろう、と。

 

「……クレマンティーヌ、あなた、いったいどんな人生送ってきたのよ?」

「あれ? 言ってませんでしたっけー? 私、クソ両親の愛情が優秀なクソお兄様に注がれ続けて、クソお兄様と比較され続けて、どんなに頑張っても、クソお兄様の方が優秀って言われてきたんですよー」

 

 メリエルは納得した。

 そりゃねじ曲がるわな、と。

 

「まあ、家庭の事情だから私からは何も言えないけど……」

 

 そこで言葉を切り、メリエルはクレマンティーヌの頬に手を当て、顔を自分の方へと向けさせる。

 その紅い瞳をまっすぐに見据えながら、メリエルは告げる。

 

「あなたより優秀な輩は掃いて捨てる程にいる。けれど、私の猟犬になれる輩はあなたしかいないから」

 

 クレマンティーヌは一瞬、きょとんとしたが、すぐににへら、と顔を崩す。

 

「また告白されちゃったー!」

 

 メリエルはその反応に満足し、置いてけぼりとなっている漆黒聖典の連中へ視線を向ける。

 

「さて、あなた方はどうにかして戦闘を回避しようとしているけど、それは残念な話よ」

 

 その言葉に、漆黒聖典の面々は一斉に身構え、また、老婆が精神を集中させている。

 メリエルは即座に自らの持つ最高の装備を身に纏う。

 纏った装備にはブリージンガメンとファウンダーも含まれている。

 

 そして、動いた。

 老婆のチャイナドレスから龍が飛び出し、一直線にメリエル目掛けて飛んできた。

 かかったな、とメリエルはほくそ笑む。

 

 対する漆黒聖典の心はただ一つ。

 

 これで終わってくれ――

 

 

 メリエルの目前に龍が迫り、そして――消失した。

 

「……嘘、でしょ?」

 

 誰よりもまず早くに口を開いたのは意外にもクレマンティーヌだった。

 彼女の言葉はこの場にいるメリエルを除いた全ての者の心を代弁していた。

 

「そちらの切り札は私には通用しなかったみたいね。効果は何かしら? 通用しないんだから、教えてくれない?」

 

 そこで言葉を切り、漆黒聖典の面々を舐め回すように視線を動かす。

 一通りに見た後にメリエルはカマを掛ける。

 

「おそらくは精神操作系の攻撃であったと思うのだけど」

 

 その言葉に老婆が悔しげに顔を歪めるのが見えた。

 

 ビンゴ、と心の中で呟き、何としても回収するとメリエルは決意する。

 ここでそうせねば、後々に問題となることは間違いない。

 

「さて、一つ諸君らに教えてあげましょう。私のように、色々と規格外になってくると、諸君らの想像の外にあるような特殊能力を幾つか兼ね備えている」

 

 優しく、子供に語りかけるようにメリエルは告げた。

 

「光栄に思うがいい。これを見た者は世界広しといえど、ほんの一握りしかいない。だが、私は全力を出そう」

 

 メリエルはゆっくりと手を天へと突き上げる。

 

 

「Supreme theater《至高なる戦域》」

 

 

 瞬間、世界が変わった――

 

 

 夜の森は消え失せ、辺り一面は草原が広がる。

 空は不気味な程に碧く、碧く染まっている。

 雲は一つもなく、風すらもない。

 

 音は全くせず、梟などの鳥の声はおろか、虫の音すら聞こえない。

 唯一聞こえる音は各々の呼吸音だとか衣類が擦れる音だとかそういったものだった。

 

「……何、だと?」

 

 隊長の呟きが大きく聞こえた。

 メリエルは歌うように告げる。

 

「ここなら誰にも邪魔されない。誰も逃さない。逃げ場のない結界世界」

 

 隊長は瞬時に理解し、そして絶望した。

 彼は唾を飲み込み、問いかける。

 

「世界を、創造したというのか……? 私達をお前が創造した世界に取り込んだというのか!」

「理解が早くて助かるわ。ここなら私は全力を出せる。なぜかって、誰にも迷惑を掛けないから」

 

 メリエルはゆっくりと片手を上げる。

 

「さて、そちらは総数12人。全力を出すと言った以上、私の全力でもってお相手しよう」

 

 そう前置きし、クレマンティーヌへと視線を向ける。

 

「クレマンティーヌ、見せてあげるわ。私の全力をね」

 

 急にそう声を掛けられても、クレマンティーヌはまったくに反応できなかった。

 同じくブレインも惚けた顔で、辺りを見ているだけだ。

 彼らは世界を作り出す、とかそういうのは全くの想像の外にあり、理解が追いつかなかったのだ。

 ちなみに、彼女ら以外に、ソリュシャンも取り込まれてはいるのだが、メリエルからの待機命令の変更がない以上、メリエルの射線に入らぬよう、安全圏に移動し、事態の推移を見守るだけだ。

 

 とはいえ、メリエルの力を僅かなりとも知っているソリュシャンにとって、まさかメリエルが世界の創造までできるとは全くの想像の外にあり、彼女は許されるならば今すぐにメリエルの足元に跪きたい衝動に駆られたが、極めて大きな忍耐力を発揮することで耐えていた。

 しかし、ソリュシャンは後で姉妹達に見せる為、スクロールで映像としての録画を始めていた。

 

 

「総員、出し惜しみはするな!」

 

 隊長が怒鳴りつけるように叫んだ。

 瞬間、硬直していた漆黒聖典の面々は弾かれたように動く。

 補助魔法や自己強化系武技やメリエル目掛けて攻撃魔法を唱える。

 

 隊長は直感したのだ。

 この化け物に力を出させてはならない、出させれば恐ろしいことになる、と。

 

 しかし、現実は無慈悲であった。

 攻撃魔法が幾つもメリエルに直撃する。

 炎に雷撃、氷に風とその属性は多種多様であり、全てが第三位階から第五位階という人類最高峰のもの。

 まず、通常であれば耐えられる存在はいない。

 

 煙が晴れ、彼らは目を疑った。

 

 全くの無傷。

 かすり傷どころか、纏う衣類に焦げ跡一つついていない。

 

 それも当然だ。

 上位物理無効化Ⅴと上位魔法無効化Ⅴ――

 それらのパッシブスキルにより、おおよそレベル80までの物理攻撃や魔法攻撃をメリエルは完全に無効化する。

 

 メリエルは不敵に笑い、おもむろに唱え始める。

 自らを強化する補助魔法やスキルの数々を。

 

 それはクレマンティーヌと戦うときに唱えたものよりも多く、40を数えた。

 

 そして、彼女は全てを唱えた後、更に自らの保有する特殊スキルを使用する。

 《至高なる戦域》もそうであったが、彼女は修めている種族・職業上、幾つかの特殊スキルを備えている。

 無論、《至高なる戦域》の効果はただフィールドを書き換えるというだけではなく、メリエル自身の全能力を強化する効果もある。

 だが、その強化上昇率はこれから使うものと比べれば微々たるものだ。

 

「The glory of victory in my hand《勝利の栄光を我が手に》」

 

 まさに天にも昇る心地とはこのことだろう、とメリエルは確信する。

 力が無限に出てくるのではないか、という万能感。

 このスキルにより、メリエルの全能力が更に大幅に引き上げられる。

 しかし、しかしだ。

 彼女はその万能感を受け止めながらも、決して油断しない。

 全力で戦う、と宣言した以上、油断することはその言葉に反する。

 

 今の彼女はステータス的には下手なワールドエネミーをも上回る。

 

「全力を出すのは久しぶりね」

 

 メリエルは獰猛な笑みを浮かべながら、そう告げた。

 隊長らは恐怖からか、それとも様子見からか、全く動けない。

 だが、彼らに恐怖に怯える者はいない。

 スキル:闘争の記憶により、クレマンティーヌが悶絶していたのと比べると、なるほど彼女よりも強いらしい。

 

「さて、ここで一つ、面白い話をしましょう。私の剣の話よ」

 

 メリエルは鞘からレーヴァテインを引き抜いて彼らに見えるよう、掲げる。

 

「これは原初の炎を剣の形に留めたもので、これに斬れないものはあんまりない。そこらの剣や盾なら、刀身ごと、盾ごと切り裂いてしまう。さらに、これの凄いところは全ての属性に対応していて、炎だけでなく氷などを纏わせると、ダメージが更に倍加したりする」

 

 唐突に始まった愛剣自慢に一同、呆気に取られる。

 しかし、メリエルはそんなことは気にせず、言葉を続ける。

 

「で、私が一番気に入っているのはこれの頑強性で、私の最大の一撃を放っても壊れないところ」

 

 下手な武器だと撃った瞬間に崩壊しちゃうのよ、とメリエルは告げる。

 瞬間、漆黒聖典の面々が弾かれたように動いた。

 再度、攻撃魔法がメリエル目掛けて飛び、隊長らを始めとした面々が突撃を敢行する。

 

 それは決死ではなく、必死の突撃だ。

 進むも引くも死ぬしかない、ならば那由多の彼方であっても、勝利を掴もう――

 

 そのような壮絶な気概に満ちたものであったが、得てして圧倒的、もしくは絶対の強者にとって、そのような突撃とは抵抗する蟻を面白半分に踏み潰すに等しい。

 

「征くぞ、レーヴァテイン。久方ぶりに、世界を灼き尽くすぞ」

 

 瞬間、メリエルを中心に焔が迸る。

 焔は彼女を中心に、六芒星を大地に描く。

 そして、彼女はレーヴァテインを両手で握り、天高く振り上げる。

 

 隊長らは彼らの得物の射程にまだ入らない。

 飛び来る魔法はメリエルの動作を妨害することもできず、ただ消失する。

 

 膨大な魔力が刀身へと急激に集まっていく。

 それはまさに世界を崩壊させる一撃。

 本来なら、それは元々、ワールドチャンピオンの保有する次元断切《ワールドブレイク》の下位互換たるスキルだった。

 魔法職にある現断《リアリティスラッシュ》の戦士版と言って良いもの。

 しかし、メリエルは自らのスペックを極限にまで強化することで、それに匹敵する一撃を作り上げた。

 現断《リアリティスラッシュ》の乱射でも良いが、それでは迫力に欠けるし、防御・回避不能とは言い難い。

 メリエルが求めたのは真の意味での必殺技。

 防御不能、回避不能の究極の一。

 

 ならば創りだそう、それができるのがユグドラシルの魅力であった。

 そして、彼女はこれを創りあげたとき、運営から命名権をもらった。

 とはいえ、命名権自体は珍しいものではなく、課金アイテムの命名チケットを使うことで魔法やスキルの名前を命名・変更することができる。

 

 彼女は久方ぶりに放つ、このスキルに万感の意を込めて、力を解放する。

 

「世界灼き尽くす崩壊の一撃《ワールドコラプス》」

 

 

 

 瞬間、世界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、予想通りね」

 

 メリエルの言葉にクレマンティーヌはハッと我に返った。

 彼女の視界に入ったのはあの草原ではなく、夜の森。

 おそらくは当初、漆黒聖典と遭遇した場所なのだろう。

 

「悪い夢でも見ていたみたいだ」

 

 横から聞こえたブレインの声にクレマンティーヌは無意識的に頷いていた。

 おそらくは、非常に信じたくないことであったのだが、クレマンティーヌは戦士としての勘から容易に想像がついてしまう。

 メリエルは世界を斬ったのだ、と。

 

 自分で世界を作っておいて、その世界は自分が全力を出す為で、その全力の一撃は世界を崩壊させる程の威力。

 

「質の悪い冗談でしょ……」

 

 もし、通常空間で放たれていたなら、文字通りに世界が滅びかねない。

 あんなもの、あんな力、個人が扱って良い代物ではないのだ。

 クレマンティーヌは快楽殺人者であり、性格破綻者ではあったが、さすがにコレは笑えない話だった。

 同時にイヤでも気付かされる。

 本当に、自分達はメリエルにとって蟻のようなものである、と。

 

「世界の可能性はそんなに小さくないわ」

 

 メリエルの声にクレマンティーヌは思わずブレインと顔を見合わせた。

 2人がメリエルを見ると、彼女はにこりと微笑んだ。

 

「世界っていうのは意外とうまくできているものよ。その一つが、私の性格。私が破滅主義者であるならば、通常空間でも今の一撃を撃っちゃうだろうけど、あいにくと私はそうではない。せっかくの広い世界、楽しむ為にも壊すのはもったいない。故に、私は世界を壊す者を壊すでしょうね」

 

 あっれー、とクレマンティーヌは心の中にある疑問が湧き上がる。

 もしかして、メリエル様って実はマジで人類の守護者とかそういう系統だったり?

 

 しかし、その疑問はすぐにメリエル自身によって氷解することになる。

 

「まあ、だからといって私は人類の守護者とかそういうわけでもないけれど。要は私やモモンガに敵対するかしないか、利益か不利益か、そんだけの話よ」

 

 それで、とメリエルはクレマンティーヌへと歩み寄り、その頬へ手を伸ばす。

 白い頬を撫でながら、彼女はクレマンティーヌの耳元で囁く。

 

「でも、あなたは私の猟犬、そうでしょ?」

 

 背筋がぞくりとした。

 それは恐怖でも嫌悪でもない。

 快楽に近いものだ。

 

 クレマンティーヌは理解した。

 ナザリックの連中が、メリエルやモモンガを崇拝する理由が。

 笑えない程に強い癖に、こんなことを言ってくるのだ。

 もっと傲慢であっても何も問題ないのに。

 

「私はメリエル様の猟犬だから、あなたに尻尾を振ることしかできないわ」

 

 メリエルはその言葉に妖艶な笑みを浮かべた直後――

 

『あんた何やってんのおおおお!』

 

 脳内にモモンガの絶叫が響き渡った。

 目を白黒させながら、メリエルはちょっと待って、とクレマンティーヌへ告げ、モモンガに問う。

 

『メッセージで叫ぶの、良くない!』

『空へ伸びる白い光がエ・ランテルからでも見えたんですよ! あれ、絶対、アレを使ったでしょう!?』

『ちゃんと結界展開して使ったから、被害は出てないわよ』

『目立つ行動は控えろっつってんだろ脳筋馬鹿!』

『ああん? たまにはぶっ放したくなるのよ!』

『あなたのアレはぶっ放したら迷惑なんですから、自重してください』

 

 おそらくは精神が強制的に安定化させられたのだろう、モモンガは平静さを取り戻した声でそう言ってきた。

 

『久方ぶりに強いのを見つけたのよ。漆黒聖典で、クレマンティーヌの元同僚』

『え?』

『30~40レベルに交じって、一人、80レベル後半がいてね』

『は?』

『んで、1人、精神操作系のワールドアイテム装備してたから、全力出した』

『……マジですか?』

『マジよ。目撃者もソリュシャンがいる。最初の一報はソリュシャンを探知する武装集団ってところからなんだけど、詳しくは彼女から聞いて頂戴。あ、敵は蘇生した後で装備品、強奪しておくから。こっちの強さが分かれば、スレイン法国も簡単にはちょっかい掛けないだろうから、生かして返すわ』

『分かりました。今回はまあ、しょうがないですけど、次はありませんからね? 気軽にぶっ放すとかそういうの無しにしてくださいよ?』

『心配しなくても1日に1発しか撃てないから』

『はいはい分かりました』

 

 やり取りを終え、メリエルはクレマンティーヌとブレインに告げる。

 

「漆黒聖典は蘇らせるから。装備品、剥ぎとってね。ソリュシャン、あなたも出てきて手伝って頂戴」

 

 言葉に、ソリュシャンがすぐさま姿を現す。

 

 死体の一部が残っていれば下位の蘇生魔法でも良いが、今回のような場合は上位の蘇生魔法でないと蘇らない。

 

「……デスペナになると、私が楽しめなくなる可能性があるわね」

 

 メリエルはアスクレピオスの杖を取り出して使用する。

 この杖の効果は回復・蘇生魔法の強化。

 回復魔法の強化は回復量の増加、蘇生魔法の強化とはすなわち、デスペナルティを回避することができるようになる。

 

 彼女の体を緑の光が包み込む。

 地味に聖遺物級の消費アイテムだったりするが、ユグドラシル時代は入手手段が豊富であり、在庫は腐るほどにあった。

 

「メリエル様、相手が拒否し、蘇らない可能性があるのではありませんか?」

 

 ソリュシャンの遠慮がちな問いに、メリエルはそういやそうだった、ともう一つ、アイテムを使用する。

 たった一つの用途に特化したものであるが、その用途はこういうときの為にあるもの。

 

 メリエルは悪魔を象った小さな像を取り出し、使用する。

 これはアスクレピオスの杖と同等の聖遺物級アイテムであったが、入手手段は少ない。

 そのために在庫は程々にしかない。

 この悪魔の無慈悲な呼び声は相手の意志等に関わらず、強制的に蘇生させる、そんな嫌なアイテムだった。

 

「マス・ターゲティング《集団標的》、スター・オブ・ライフ《命の星》」

 

 第10位階魔法に属する蘇生魔法を発動する。

 すると次々と淡い光と共に消し飛んだ漆黒聖典の面々が地に倒れ伏した状態で現れる。

 外傷等も一切なく、ただ気絶しているだけのように見えた。

 

 

「この後は予定通りに王都で情報収集するわ」

 

 メリエルはそう宣言したのだった。

 

 


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