彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「教科書に載せたいくらいに見事な手腕ですね」
ラナーは皮肉などなく、素直に称賛した。
「あら、ありがとう。というか、もう知っているのね」
「レエブン侯が色々と教えてくれまして……発狂してましたよ、彼」
「それはご愁傷様。頭が回ると気苦労も多くて大変ね」
けらけらと笑うメリエルとそんな彼女に微笑むラナー。
主に性癖の面で意気投合した2人は定期的にお茶会を深夜に開いていた。
今回はエルフの国を落としてから初めてのお茶会だ。
「次は聖王国を?」
「そうよ。なんか聖王って女って聞いたので」
「あそこには姉妹の戦士と神官もいますよ。聖王国では最強の使い手らしいです」
「なにそれすごい、ペットにする」
欲望一直線なメリエルにラナーはくすくすと笑う。
「見目麗しい乙女の戦士達を侍らせて、何をするつもりですか?」
「宝石っていうのはね、身につける予定がなくても傍に置いて愛でたいものよ」
「良いこと言ってる気がしますけど、浮気する人の迷言ですね」
ラナーはそう言いつつも、メリエルの狙いには気がついている。
元漆黒聖典のクレマンティーヌ、元帝国の四騎士のレイナース、そこに蒼の薔薇のラキュースや聖王国の姉妹などが加わる。
それぞれの実力は勿論、その経歴や出自はあちこちに影響を与えることができるものだ。
メリエルが直接動かずとも、彼女らを動かせば大抵のことは万事うまく進むだろう。
「まあ、それはいいとして、クライムのことなんだけど」
「私のクライムがどうかしましたか?」
問いかけにメリエルはラナーの瞳を真っ直ぐに見つめて、怪しく笑う。
「彼との夜の生活、きっとあなたは満足できないわ」
「む、それは聞き捨てなりませんね」
「実際に見たことも話をしたこともないけど、きっと彼って童貞でしょ?」
「当然です。クライムが私以外の女に操を捧げるなんてありえませんから」
ニヤニヤとメリエルはイヤラシイ笑みへとその笑みが変化する。
「生真面目で、女遊びなんてしたことないでしょうね。雰囲気作りは……まあ、ラナーがうまくやると思うけど、実際にヤるとなるとねぇ」
「童貞が下手かどうかなんて、やってみないとわかんないです!」
ラナーは断固として抗議したが、彼女の明晰な頭脳は不安な結論を叩き出している。
最初は下手でも仕方がない、と。
「それに私が躾ければいいんです!」
「……いや、ラナーもヤッたことないから、無理じゃない? わりと真面目な話、自慰と違って性行為って慣れていないと気持ちいいどころか、結構しんどいわよ?」
ラナーはそこでメリエルが本当に自分を気遣ってくれているということに気がついた。
「クライムは兵士だっていうから、体力があるから大丈夫だろうけど、ラナーって運動とかしたことがないくらいにお姫様でしょう?」
「むむむ……」
ラナーは反論できない。
「まあ、何事も経験だから、とりあえずやってみなさいよ。たぶんだけど、ラナーが気持ち良くなる前に終わっちゃうから。満足できなかったら、私のとこに来なさい」
「あ、私を狙ってますね?」
「心はクライムで良いけど、とりあえず体は差し出せ」
「駄目です……と言いたいところですが、クライムの前でメリエル様に抱かれるというのも、それはそれで彼がどんな反応をするか、そそるものがありますね……でもきっと、私とメリエル様に興奮しちゃうクライム……ふふ、可愛い」
「寝取りや寝取られもいけるクチ?」
「物語でアレコレと……あれは中々良いものですね。なるほど、そういうプレイもアリですね」
「クライムは私とあなたが仲良しっていうこと、知らないものね。何よりあなた、クライムの子を産もうなんて気はないでしょう?」
メリエルの問いにラナーは怪しく微笑む。
「ええ、私が愛するのはクライムだけですもの。たとえ彼の子だとしても、邪魔ですし。分かりました。そういうプレイの一つとして考えておきます」
「ええ、よろしく。それで、話は変わるんだけど、竜王って知ってる? ちょっと面倒くさい障害になるかもしれないんだけど」
「竜王……ですか? おそらくですけど、メリエル様が警戒するようなものではないと思いますが」
強い竜王達はほとんど滅んでいますし、とラナーは告げる。
「問題は八欲王との戦いに参加しなかった竜王達よ。最悪、この世界そのものを吹っ飛ばせるくらいの力が乱舞することになる」
「うわぁ……」
ラナーは演技などではなく、本気で嫌そうな顔で両手で口元を押さえた。
「それは大いにマズイですね。私とクライムの生活の為に」
「いやまあ、手は色々と考えてはいるけど、なるべくなら平和的に、穏便に……相互確証破壊と認識させればいいと思うけど、竜王の思考はよく分かんない」
「相互確証破壊……ですか?」
聞き慣れない単語にラナーは首を傾げる。
「簡単に言えば、あっちが先制攻撃してきても、こっちが生き残った戦力で報復攻撃、その結果として世界が滅亡するっていう意味よ。竜王達が先制攻撃してきても、私とか生き残るから、そうなったら、私は全力で報復攻撃、どっちも攻撃の威力は世界が吹っ飛ぶくらいだから、世界滅亡」
「確かに竜王達がどんな考えであったとしても、世界が根こそぎ消し飛んだら生きていけませんから、有効だとは思います」
「問題はそれを認識させることなのよね……アーグランドにいる竜王が強いらしいけど、どんなものなのかしら?」
「さすがに私も実際、どの程度の力であるかどうかは……ただ、伝え聞く話によるとアーグランドの竜王達は比較的温厚であるらしいので、おそらくは戦争にはならないかと」
「考えても分かんないか」
メリエルの言葉にラナーは胸を張って告げる。
「基本的に私はクライムとの生活に命を捧げていますから、それ以外のことはあまり分からないです」
「ラナーとデミウルゴスの分かりません、できませんは信用していないわ」
「私などよりもデミウルゴス様は凄いですよ?」
「そのデミウルゴスはこの前、あなたのことを自分と比肩するかもって言ってた」
「まあ、それはどういう意味でしょうか? こんなにも可憐な姫が悪魔に等しいと?」
大げさにそう言ってみせるラナー。
そんな彼女にメリエルは問いかける。
「悪魔になったラナーを見て、クライムがどういう反応をするか?」
「何ですかそれ、見てみたいです」
「容姿を変えるアイテムあるけど、欲しい? 何なら性別転換薬とかあるから、クライムを女の子にできたり、ラナーを男の子にできたり……」
「ください」
ラナーは一も二もなくそう答えた。
こんな感じで、妙なところで波長が合ってしまった2人のお茶会はいつもと同じように、明け方まで続くのだった。
「無理だ」
ジルクニフは執務室にて、そう宣言した。
集まった補佐官や各部門のトップ達は誰も異を唱えない。
事実上の降伏宣言だ。
利用する、利用されるという範疇を超えた、想像の埒外に相手はいた。
法国にメリエルとアインズが訪れたことは程なくして帝国にも伝わっていた。
そして、そこで何が起こったかも。
「番外席次、そんなものを法国は隠し持っていたが、メリエルには勝てなかった。そして、エルフの国だ。じい、1000年でも2000年でも好きなだけ時間があったとして、月や太陽を落とせる領域に至れるか? 世界のあちこちに散らばっているエルフの奴隷を、全員強制的に転移させることができるか?」
「不可能だ」
フールーダは即答した。
「だろうな。じいの言ったことは正しかった。あんなことができるなら、気分一つで帝国そのものをこの世から消し飛ばせる」
泥水を啜ってでも帝国を生き残らせる、とかつてジルクニフは決意していた。
だが、それでもなお、今回のことはあまりにも衝撃的過ぎた。
「ジル、幸いにも我々に友好的だ。だからこそ、我々もそうあるべきだろうし、そうするしか生き残る道はない。我々は口とペンでささやかな抵抗……抵抗にもならないが、それをできる余地があることを幸運に思ったほうがいいだろう」
優しく、フールーダは諭すように告げた。
その言葉は事実であった。
メリエルなりアインズなりがその気になれば数秒で帝国は無条件降伏に追い込まれる。
そうなれば、自ら従属の道を選ぶよりも、もっと酷い立場に置かれることになるのは間違いない。
それに頷き、ジルクニフは口を開く。
「メリエルの言っていた、帝国の存続と繁栄は嘘ではないと思う。貿易上のことで揉め事があったとしても、それはしっかりと対話での解決を模索してくれるだろう……だが、我々に取るべき道は一つしかない」
ジルクニフは集った面々を見回し、ゆっくりと告げる。
「基本的に、帝国の方針としては彼らに従属する」
断腸の思いであったが、そうしなければならないなら、その決断をするというのは並の者ではできないことだ。
フールーダは断言する。
歴代の皇帝の中でもっとも重い決断をジルクニフが下したことを。
そして、それを決断できる彼をフールーダは誇らしく思いつつも、それ以上の歓喜があった。
これで、大手を振って、ゴウン様やメリエル様に弟子入りできる、と。
「じい。率直に言う。弟子入りは構わんが、帝国にも力を貸してくれ」
「……お二方のご意思次第といったところですかな。まあ、我々などいようがいまいが、どちらでもお二方にとっては変わりはありますまい。あの方々は……私の予想では六大神や八欲王すらも……」
「フールーダ、その先は言うな。色々と問題がある」
ジルクニフはあえて名前を呼ぶことで、フールーダの発言を止めた。
そのときだった。
「中々、面白いことになっているじゃないの」
弾かれたように全員がその声の方へと顔を向けた。
執務室の出入り口である扉。
そこにメリエルが立っていた。
いったい、どうやって、という疑問は意味をなさない。
メリエルやアインズならば、この程度、どうってことはないだろう、と。
ジルクニフはどこまで聞いたのか、と問いかけそうになるが、深呼吸を一つして、微笑みかける。
「一応、ここは皇帝の執務室なんだ。ノックの一つはしてくれてもいいんじゃないか?」
「あら失礼したわ。ついうっかり……それで、面白そうな話をしていたわね」
メリエルはそう言いながら、どこからともなく椅子を取り出して座った。
「ああ、そうさ。さすがに太陽やら月やらを落とされては敵わないからね。そちらに従属させてもらう。だが、精一杯のささやかな抵抗は許して欲しい」
「無論よ。私が来たのはこの間の件で、どのくらい衝撃を与えたか王都からの帰り道、ついでに確認しにきたの。あと色々と伝達事項」
「少なくとも、月と太陽が空から降ってきた程度の衝撃を受けたよ」
「それは大変だったわね」
けらけら笑うメリエルにジルクニフは引きつった笑みを浮かべるしかない。
とはいえ、相手は人間を圧倒的に超越した、神話に出てくるような存在。
神話に出てくる連中は大抵、ろくでもない性格をしているのだ。
そう考えれば、面白がるのも当然だろう、とジルクニフは自分に言い聞かせる。
「それで伝達事項とは?」
「簡単よ。帝国の存続と繁栄は嘘じゃないわ。あなた達にはこれから先、ずっと繁栄してもらう」
「……利益を吸い上げるつもりか?」
ジルクニフの問いかけにメリエルは首を傾げる。
「いや、ちょっと待って。お互いに認識のズレがあるわ。ウチとしては帝国は正直、これまで通りで構わないわ。上納金とかそういうのはいらないから、その分、恐慌対策の予算にでも充てなさいよ」
「……どうやら確かに認識にズレがあるらしい。詳しく話して欲しい」
「要約すると、帝国はこのまま、統治機構もこのまま、軍もこのまま。そっちの要望があれば宗主国として経済的な支援など、諸々の支援をする。貿易なども以前に話した通り、実務者協議などを経た上で諸々決定する。一方的に不利な条約は押し付けないわ」
破格の待遇だ。
ジルクニフはにわかには信じられなかった。
彼が周囲に視線を見回してみれば、他の面々も信じられないといった顔が表に出ている。
従属というよりは同盟というのが正しいのではないか、と。
「そちらに利がないように思えるのだが……」
「大いにあるわよ。まず帝国が裏からちょっかいかけるのが無くなる。まあ、やる気力もないでしょうけど」
ジルクニフは苦笑せざるを得ない。
「あと、帝国は発展性があるわ。ジルクニフ、あなたは誇っていいわ。優秀よ。私ってば優秀な輩を見つけると、つい支援したくなっちゃうのよ。だから、帝国はどんどん発展していって、国力を蓄えて欲しい」
「ありがとう。それで、国力を蓄えて、その後はどうするんだい?」
「近い将来、ビーストマンやトロールの国を潰すから、その後の統治をウチの人員と協力してやってほしいのよ」
「……うん?」
聞き捨てならない単語があった。
ジルクニフは聞き間違いか、とフールーダや他の面々に視線を向けるが、同じような視線を返されてしまった。
「ウチの国……アインズ・ウール・ゴウン魔導国っていうんだけど、どうにも新興国の悲しいところで、そういった占領地の統治や開発に関するノウハウが無くてね。帝国には魔導国の後方支援国家となってほしい。無論、カネは出すから」
「……もしかして世界征服とかを考えていたりするのか?」
「まあ、そうね。穏やかな世界征服っていうか……どうかしら?」
どうかしら、と言われても正直困るのがジルクニフ。
確かに世界征服というのは魅力がある話ではある。
うまくおこぼれを頂戴して、帝国の領土を広げることも可能だろうし、必要な支援をしてくれるというならやらない手はない。
リスクは大きいが、後方支援国家と言ってきたからには、矢面に立つのは魔導国側だろう、と想像がつく。
おまけに法国を取り込んでいることからも、他の王国や聖王国といった人間国家も取り込むことは想像に難くない。
そこからちょっかいをかけられることはないと考えて良いだろう。
唯一問題としてはエルフを取り込んだことから、考えられる可能性として魔導国は人間も亜人も等しく共存する国家方針であることだ。
その点に関して帝国の国民からの反発が問題である程度――
そう思考しつつ、メリエルをぶつけておけばビーストマンもトロールも消し飛ぶんじゃないかな、とジルクニフは思った。
情報によれば確かにビーストマンもトロールも一部の人間以外は敵わないだろうが、ビーストマンとトロールの比較対象をメリエルにしてみたら、どう考えてもメリエルのほうが圧倒的だ。
少なくとも、ビーストマンもトロールも月や太陽を落としてくるとは聞いていない。
「分かった。もとより、帝国に選択肢はない。魔導国に従うさ。あとで書面で渡して欲しい」
「ええ、分かったわ。ああそれと、始末に困るような輩がいたら、私にくれないかしら? 知ってると思うけど、私は女の子が好きでね」
「帝国の皇帝に堂々と人身売買の要求をする輩は初めてだぞ……」
ジルクニフは呆れつつも、内心では喝采を叫んだ。
鮮血帝と称される程に貴族の粛清を行ってきたが、それでもまだ反乱分子はそれなりにいる。
リスト化して渡せば、メリエルがうまく始末してくれるだろう。
「あら、ちゃんと許可を求めるだけ、ありがたいと思って欲しいわ。そちらの内情に関しては全部お見通しと思ってくれて構わないから」
ジルクニフは両手を挙げて降参のポーズを取った。
どんな方法で、など問う気にもならない。
こちらにはそれを防ぐだけの術は一切ない。
というよりか、下手をしたらこちらの思考がまるっきり読まれているかもしれない――
ジルクニフはそこまで考えて、戦慄した。
そういう魔法があるとは聞いたことなどないが、目の前の存在なら何をやっても不思議ではない。
「あとでリストにして渡そう。それで、メリエル。どこまで、君やゴウン殿はできるんだ?」
メリエル様と呼んだ方が良かったかな、とジルクニフは思いつつ、彼は問いかけた。
「わかりやすい例を挙げるなら、不老不死の薬とか若返り薬とかを自分達で量産できるってことかしらね」
「君やゴウン殿以外なら、嘘だと分かるが、嘘ではないんだな」
「嘘ではないわ。事実、私のところにきたレイナースにも飲ませているから」
ジルクニフは笑いがこみ上げてきた。
まさに、何でもありの存在だ。
「畏れ多くも、至高にして偉大なる御方にお願い申し上げます」
機会を窺っていただろうフールーダが、遂に口を開いた。
きたな、とジルクニフは思いつつも、止めはしない。
フールーダはメリエルの前に跪いて、頭を深く下げた。
「このフールーダ・パラダインを、どうか弟子に……その深淵なる知識の一端を、どうか……」
懇願する彼にメリエルはあからさまに嫌そうな顔をした。
ジルクニフはそんな彼女の反応が面白く思えてきた。
感覚が麻痺してきているな、と彼は理解しつつも、傍観者として徹することにする。
これから先、メリエルとアインズの気分次第で帝国の運命が決まるという状況だ。
そんな輩が嫌そうな顔をする状況、滅多に見られるものではない。
「まず性別からやり直せ、と言いたいところだけど……うーん、どうしよ?」
「いやこちらに聞かれても……皇帝としてフールーダ・パラダインの能力や向上心は保証できると宣言するくらいだ」
「とりあえずそうね、フールーダ。これ飲んで」
メリエルがどこからともなく取り出してきた小瓶。
それをフールーダは恭しく受け取り、蓋を開けた。
「それで、自分のなりたい年齢を思い浮かべながら、飲んで」
メリエルに言われるがまま、フールーダは両目を閉じて、思い浮かべつつ、その小瓶に入った液体を飲み干した。
すると眩い光が彼を包み込むも、それは一瞬にして消えた。
後に残ったのは青年だった。
白髪や髭などはなく、変わりに黄金のような金色の髪は短く揃えられている。
「嘘だろう……」
ジルクニフは思わず声を上げた。
その声が聞こえたのか、フールーダは両目を開け、自分の両手を確認し、ゆっくりと立ち上がった。
彼の体には活力が漲り、まさしく若かりし頃の自分そのものであると容易に感じ取ることができた。
メリエルが手鏡で彼の顔を映して、彼に見せたとき――
フールーダは感動のあまり、涙が溢れ出てきた。
しかし、メリエルはそれだけでは終わらない。
今度は別の小瓶を渡して、それを飲むように指示。
フールーダは疑うこともなく、それを飲み干した。
それを見て、メリエルは告げる。
「おめでとう。これであなたは不老不死となったわ。ただし、あくまで寿命が無くなっただけで、首を落とされたりとかしたら普通に死ぬから、そこんとこよろしくね」
メリエル様と叫び、フールーダは床に頭をこすり付けた。
見事な土下座にさしものメリエルも少し後ずさった。
ジルクニフを含め、他の面々は呆然としていた。
あっさりと人類が求めて止まないものを放り投げてきたメリエルに。
そして、ジルクニフはあることに思い至る。
人材すら、引き抜き放題だ――
魔法で洗脳という手段もメリエル達にはあるだろうが、若返り薬やら不老不死の薬を差し出されば、ほいほい永遠の忠誠を誓いたくなるだろう。
永遠の命と永遠の若さ、これに抗える人間というのは多くはなく、また権力や実力がある者ほど、喉から手が出るほどに欲しがるものだ。
「でも困ったわね。フールーダの弟子入り、別にしてもいいんだけど、私とかアインズにとって魔法って、いわゆる人間で例えると原理は知らないけど、呼吸ができるとかそういうものだからね」
さらりととんでもない爆弾を炸裂させてきた。
フールーダは勢いよく顔を上げ、メリエルをまじまじと見ている。
ジルクニフも魔法については教養の一つとして、最低限の知識くらいはあるので、それがどれだけおかしなことか理解できた。
通常、魔法という類は師匠に教えてもらって、長い時間を掛けて修行しなければ使えないものなのだ。
「もっと言っちゃうと、私達にとって魔法っていうのは、魔力のコントロールとか発生する過程とかそういうのは一切省略された、結果のみが顕現する力なのよ」
「まさに! まさに! それこそが私が求める究極であり、深淵であります!」
フールーダは目を輝かせながら、そう叫んだ。
メリエルは自分がミスを犯してしまったか、と困っていた。
この世界の魔法というのは大抵は師匠に教えてもらいながら、長い時間を掛けて習得する、というものらしい。
ユグドラシルにはさすがにそこまで非効率的なシステムは存在しない。
そうであるが為に、魔法についての理論やら何やらをメリエルやモモンガは聞かれても分からないのである。
無論、メリエルもモモンガも好奇心から、この世界の魔法の理論とやらの書かれた書籍に手を出しているものの、なんだかよく分からないというのが現状だ。
その為に理論的なことを聞かれるのを避ける為に、昔に読んだ漫画やら小説やらにあった適当な理屈を並べ立てて、理論を知らなくても仕方ないんだよ、とアピールしたのだが、どうにも別方向へ話が進んでしまった。
とはいえ、まだ何とかなるとメリエルは信じている。
「魔法を理論立ててやったりしているのが一般的なようだけど、私達にとってはなんか唱えた、なんか出たっていう感じで、理論とか分かんないから。弟子入りされても教えられないのよ」
「構いません! お傍で、魔法をお見せいただければ!」
ずいっと迫るフールーダ。
若返ったこともあり、生気に満ちていて、迫力は半端ではない。
とはいえ、メリエルとしてはもっと自分は強くなれるのか、という興味はあるし、モモンガとてそれは同じことだろうと彼女は考える。
おそらく、この世界でユグドラシルの魔法や設定が通じているのは八欲王か六大神か、それ以前にこの世界にやってきたユグドラシルプレイヤーが超位魔法なりワールドアイテムなりで、願った結果ではないか、とメリエルは予想している。
お願いするタイプのものを使えば、ユグドラシルの制限を外すことは可能ではないだろうか、と薄々メリエルは思いつつある。
そうすればモモンガがただ肉を焼いたりするなどの料理をしても失敗はしないのではないか。
レベルキャップを外して、際限のない成長を達成できるのではないか、と。
「……そうね、自分の使う魔法が体系化されるというのは面白い。見るだけなら許すわ。ただし、フールーダ。帝国にしっかりと仕えなさい。これまで通りか、それ以上に尽くしなさい。それが私の魔法の見物料よ」
「このフールーダ・パラダイン。粉骨砕身をもって、帝国にも、お仕えさせていただきます」
話が一段落したところを見て、メリエルはジルクニフへと視線を戻す。
「それとジルクニフ。帝国の周辺環境について、詳しい地勢や状況などが知りたいわ。私が知っているのはエルフやダークエルフ、王国、法国、少しだけ聖王国。他に何か、ないかしら?」
問いかけにジルクニフはそこまで知っているなら、ほとんど知らないことは無いんじゃないか、と思いつつ、記憶の片隅に引っかかるものがあった。
「アゼルリシア山脈のあたりに、ドワーフの国があった筈だ」
「フールーダ、補足説明はあるかしら?」
「ドワーフ達はルーンという独自の魔法体系があると聞いたことがあります」
メリエルは内心、喝采を叫んだ。
それはユグドラシルには無いものだ。
すなわち、現地の独自の魔法体系。
「よし、分かった。ドワーフ達とちょっと外交交渉をしてくる。うまくすれば帝国も一枚噛ませてあげるから」
「それは有り難いね。頼むよ」
メリエルは転移門《ゲート》を開いた。
フールーダは目を剥いた。
「これ、転移魔法をもっと便利にしたやつで、距離は無限で、失敗率もゼロなの」
フールーダは感極まりながらも、メリエルが作り出した半球体の闇の扉を凝視している。
少しでもヒントを得ようと必死だった。
「それじゃ、また何かあったら来るから」
メリエルはそんな言葉を残して、消え去った。
「……疲れたな」
メリエルが消え去ったところを見つめながら、ジルクニフは一言、そう呟いた。
フールーダ以外の面々がその言葉に同意しつつ、安堵していた。
とりあえず帝国は存続と繁栄を許されたのだから。
「転移門《ゲート》と仰られていた。ジル、私に用があればいつでも来て欲しい」
そう言うや否や、フールーダは駆け足で部屋から出ていった。
自身の研究室に籠もるだろうことは容易に想像がついた。
「何とかなった、と思いたい」
ジルクニフは溜息を吐くしかなかった。