彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
メリエル達は王都にある宿屋に戻っていた。
ガガーラン達の体調を考慮したい、というラキュースの申し出によるものだ。
蘇生は無事成功し、またメリエルがこっそりとかつて、漆黒聖典の蘇生時に使ったものと同様の、ペナルティを無くすアイテムを使った為にレベルダウンなどは起きていない。
とはいえ、蘇生した3人は疲労を感じるということで、一行はメリエルの転移魔法で王都にまで一瞬で戻ったのだ。
クレマンティーヌとレイナースは王都に戻った段階でメリエルが拠点へと帰らせた。
ラキュースとイビルアイはメリエルに聞きたいことが山程あった。
その為にガガーラン達をそれぞれの自室のベッドに寝かせ、ラキュースの部屋でメリエルによる説明会が開かれることになったのだが、メリエルは事前にデミウルゴスとの協議でどこまで話すかは決めてある。
互いに対面する形でソファに座って、ラキュースが切り出した。
「それで、メリエル様」
「気軽に呼び捨てで構わないわよ」
ラキュースの神妙な表情と口調にメリエルはそう告げる。
いいのかしら、とラキュースはイビルアイに視線を送るが、イビルアイは軽く頷く。
イビルアイからすれば本人が良いなら、構わないだろうという考えだ。
「えっと、それじゃ、メリエル。あなたはイビルアイの言っていたように、神代の……六大神とかと同じ存在なの?」
「合っているけど違うわ」
メリエルは微笑みながら、そう答えた。
ラキュースとイビルアイは互いに顔を見合わせる。
どうやら分からないらしい、とメリエルはくすくすと笑う。
「それはどういうことだ?」
「簡単よ、イビルアイ。私は六大神みたいに、弱くないってことよ」
2人は絶句した。
嘘だろう、と思いたかったが、先程のヤルダバオトとの戦いがそれを明確に物語っている。
六大神というのがどれほど強かったかは2人は分からない為、メリエルの言葉が本当かどうかは分からないが、それでもそれだけの大口を叩くだけの実力はあると判断はできる。
しかし、メリエルはここで更に一つ、手札を切る。
「そうね、私が全力で戦闘を行う為にやらねばならない、手順があるのだけど……いわゆる、イビルアイなら呪文を唱える、ラキュースなら鞘から剣を引き抜くっていうのと変わらないような、手順なんだけど」
妙に長い前置きだ。
わざわざそこまで言うならば、何かしらとんでもないものがあるだろうと、ラキュースもイビルアイも想像がついた。
「それを見せてくれるの?」
「ええ、そうよ。もっとも、タダで見せるっていうのはちょっとイヤだわ。だから対価を要求したい」
「対価と言われても……メリエルが欲しいようなものなんて、持ってないわよ?」
ラキュースの言葉は当然のことだった。
あれだけの力があるならば、大抵のことは何でもできるに違いないという考えが彼女の根底にある。
「ああ、モノはいらないわ。ただイビルアイってあからさまに偽名よね? 本当の正体を教えて欲しいわ」
ラキュースはちらり、とイビルアイへと視線を送る。
彼女に関しては非常にデリケートな問題だ。
リーダーとはいえど、ラキュースはイビルアイの意志を尊重するつもりだ。
イビルアイが拒否したならば、それでメリエルのいう事前の手順とやらを見ることができなくても、構わなかった。
ただ、ラキュースの思いに反して、イビルアイは両手で自らの仮面をゆっくりと外した。
露わになる顔に、メリエルはまじまじと見つめる。
「……その、あまりジロジロ見ないで欲しいのだが」
さすがにこうも真正面から見られた経験はイビルアイにはない。
「赤い瞳にちょろっと見える牙……吸血鬼?」
「そうだ」
「いいの?」
肯定するイビルアイに思わず、ラキュースは問いかけた。
そんな彼女にイビルアイは告げる。
「おそらくだが、メリエルがその気になれば私の正体など瞬きするよりも速く分かるだろう。だが、そうはしなかったから、その誠意に応えたい」
イビルアイは真摯な表情でそうメリエルに告げた。
実は事前に知ってました、なんて口が裂けても言えないわね――
メリエルはそんなことを思いつつ、話を進める。
「ただの吸血鬼には思えないわ。何年くらい存在しているの?」
「正確には私自身も分からないが、吸血鬼としては250年以上、確実に存在している」
「あなたの身の上話、話せる部分だけで構わないから、教えて頂いても良いかしら?」
メリエルの問いにイビルアイは構わない、と頷いて、ゆっくりと口を開いた。
12歳の頃までは人間で、タレントでこうなってしまったことから始まり、蒼の薔薇に加入するまでをかいつまんで、イビルアイはメリエルに話した。
時間にして2時間程度だっただろうが、メリエルからすればあっという間に感じた。
それほどまでに彼女は真剣に聞き入っていた。
話し終えて、イビルアイはメリエルの反応を待つ。
それは単純な興味もあった。
六大神のような、超越者からはどのような感想を持たれるのだろうか、と。
イビルアイの正体を知った時、忌避する、激怒するなどネガティブな反応には慣れている。
十三英雄と巷で言われる連中はあっけらかんとしたもので、イビルアイの予想を良い意味で裏切ってくれた。
そんなのは関係ない、とばかりに普通に受け入れてくれたのだ。
「ねぇ、イビルアイ」
そらきた、とイビルアイは身構える。
どんな言葉が出てくるか、興味と恐怖が半分ずつ。
「吸血鬼、辞める?」
まったく予想外の、それこそドアを開けたらドラゴンが突っ込んできたかのような言葉だった。
イビルアイもラキュースもメリエルの言葉が理解できなかった。
「ま、待ってくれ。どういう意味だ?」
「だから、そのままの意味よ。吸血鬼ではなく、人間にならないかってこと」
言葉の意味は理解できるが、理解できない。
ラキュースもイビルアイも混乱した。
「メリエル、ごめん。私達にも理解できるように、説明して欲しいわ」
ラキュースは懇願した。
そのお願いにメリエルは説明に入る。
「私は何でも願いを叶える魔法があってね。それを使って、イビルアイっていう存在を書き換えることができるんじゃないかと。つまり、イビルアイは生まれからして何のタレントも持っていない普通の少女で、そのまま老いて人間として死ぬっていう人生を送ったっていう風にすればいい」
ラキュースもイビルアイも絶句した。
それこそまさに神の所業ではないか、と。
「イビルアイの視点に立つと、吸血鬼として存在していた部分の記憶がまるっきり消えるって感じね。12歳のときに記憶も思考も全部巻き戻って、そこから普通に人間として死ぬまで過ごすって感じになる筈」
それは、とラキュースは言いかけて、イビルアイへと視線を送る。
イビルアイにとって、楽しいことよりも辛かったことの方が多い記憶が消えることになる。
そして、彼女は250年以上前の人間として生涯を終えた、という形になる。
意図せず吸血鬼となってしまったイビルアイからすれば幸せなのかもしれないが、ラキュースとしてはイビルアイがいなくなってしまうことの方に悲しみを覚えてしまう。
しかし、それは身勝手な思いだ、とラキュースは胸にしまい込み、表には一切出さずに告げる。
「良いこと……なのかどうか判断はつかないけど、イビルアイ。私はどんな答えをあなたが出しても、尊重するわ」
ラキュースの言葉にイビルアイはゆっくりと深呼吸をする。
その仕草は人間そのものであり、ラキュースは無論、他の仲間達もイビルアイが吸血鬼であることをよく忘れてしまう。
深呼吸をした後、イビルアイはようやく落ち着きを取り戻せた。
六大神みたいに弱くはない、ああ、それは確かにそうだ――
落ち着いたことで、冷静に判断がついた。
何でも願いを叶える魔法、それこそ神の行う奇跡そのものだ。
しかし、本当に予想の斜め上に裏切ってくる、とイビルアイは思う。
これまで色んな言葉をぶつけられたが、ここまでトンデモナイのは初めてだった。
改めて、イビルアイはメリエルを観察する。
美しい、という言葉すら陳腐に思えてしまう。
しかし、その眼差しは今、イビルアイにのみ向けられている。
それは真剣そのもので、本気であることが容易に分かる。
そこで、イビルアイにはある疑問が湧いてくる。
「なぜ、会って間もない私にそこまで肩入れをしてくれるんだ?」
「そんなの簡単よ。あなたが可愛いから」
イビルアイとラキュースは耳を疑った。
何を言っているんだコイツ、と。
しかし、メリエルは本気のようで、イビルアイの良いと思う点をつらつらと流れるように述べていく。
聞いている方が逆に恥ずかしくなってくるような文言の数々にイビルアイは勿論、無関係のラキュースも顔が熱くなってくるのを感じてしまう。
「その、なんだ、つまり、あの、私に一目惚れ?」
「みたいなものかしらね」
「わ、私はその、嬉しいけど、同性はちょっと……」
「私、両性具有だから大丈夫」
さらりととんでもない事実をブチ込んできたメリエルにイビルアイは顔を俯かせ、逆にラキュースはまじまじとメリエルの顔を見る。
「えっと、メリエル。両性具有ってつまり、女でもあって、男でもあるってこと?」
「そうよ。だから何も問題ないわね」
「いや、確かに問題はないけど……え、ホント?」
「ホント。何なら見る? ここで裸になってもいいけど」
「待って、それは待って。色々とぶっ壊れるから」
ラキュースはコメカミを押さえた。
色々と台無しだった。
イビルアイは赤い顔をしたまま、俯いてブツブツと何事かを言っている。
「私ってば気に入った子がいると、すぐ肩入れしたくなっちゃうから。実はラキュースにも肩入れしたいって思っていたり」
「わ、私も?」
そう言われたラキュースは先程のメリエルの両性具有発言と相乗効果を発揮し、アブナイ妄想が迸る。
妄想することに関してはラキュースは常日頃、仲間達に聞かれるのを多少覚悟した上で、鍛えているので熟練だ。
ああ、いけないわ、メリエル――
でも、私達をヤルダバオトから守ってくれたときは、すごくかっこよくて――
いい感じに妄想が盛り上がったところで、メリエルの声が聞こえた。
「で、どうする? イビルアイ」
その言葉はイビルアイとラキュースを現実に引き戻すことに成功した。
イビルアイはメリエルをまっすぐに見つめ、告げる。
「メリエル、あなたの好意はすごく有り難い……なりたての頃なら、私はきっとそうして欲しかった」
イビルアイの言葉に、メリエルは察して軽く頷く。
「良い仲間に巡り会えたのね?」
確信を持ってのメリエルの問いに、イビルアイは小さく頷く。
少し気恥ずかしいところもあるのだろう、視線は横へと逸らされている。
ラキュースとしてはイビルアイにそう言ってもらえて、嬉しい気持ちでいっぱいだ。
「それと、メリエル。私の本名はキーノ・ファスリス・インベルン。その、いきなりお付き合いとかは……無理だけど、まずはお友達として……」
「キーノね。良い名前だわ」
そう笑顔で言われたイビルアイは今度は完全にそっぽを向いてしまう。
恥ずかしがっているのが丸わかりだ。
「それで、メリエル。すっかり話が飛んでしまったけど、対価を支払ったから、あなたのいう手順を見せて欲しいのだけど……?」
「そうね。ならばお見せするわ」
メリエルはそう言って、ソファから立ち上がる。
「
唱えた瞬間、世界が変わる。
宿屋の一室から、草原へ。
ラキュースもイビルアイも当初、何がなんだか理解ができなかった。
周囲を何度も見回して、空を見て、また周囲を見回して、というのを繰り返した。
それを何回も繰り返して、ようやくに理解した。
「嘘、でしょう……?」
ラキュースは震える声だった。
対するイビルアイはゆっくりと、膝から崩れ落ちた。
「こんな……こんなことができるのか……」
魔力系魔法詠唱者だからこそ、イビルアイはラキュースよりも理解できてしまった。
そんな2人にメリエルはゆっくりと歩み寄り、まずはラキュースの頬に手を添えて、優しく撫でる。
「私が全力で戦うとき、この空間を展開しなければならないわ」
妖艶に微笑み、今度は屈んで、イビルアイと視線を同じくし、その赤い瞳をまっすぐに見つめながら、その頬を優しく撫でる。
「なぜなら、この空間以外で私が全力を出すと、世界というのは容易く壊れてしまうから。ヤルダバオトと戦ったときも、私は全力でも本気でもなかったわ」
ラキュースもイビルアイも、もはやどんな言葉を出せば良いか分からなかった。
あまりにも、そう、あまりにも力の桁が違ったが故に。
「基本的に、この世界から出る為には私を倒すか、私に倒されるか、の2択しかないわ。私による私のためのキリングフィールドってやつよ。まあ、私が解除しようと思ったら解除できるから、3択ともいえるけど」
ああ、そうだ、とメリエルは良いことを思いついたとばかりににやっと笑う。
「ねぇ、今、私は実力を隠蔽するアイテムを装備しているの。外して良いかしら?」
問いかけにラキュースもイビルアイも逡巡する。
しかし、もはやここまできたら、どうにでもなれとばかりに2人はメリエルの問いに、頷いてしまった。
それを見て、メリエルはゆっくりと自らの力を隠蔽している指輪を一つ、外した。
変化は劇的だった。
急激にメリエルの存在感が膨れ上がる。
ただそこにいるだけであるのに、殺気の一つも飛ばしていないのに、押し潰されそうな程の圧迫感。
ドラゴン100匹に囲まれた方が遥かにマシだと言えるくらいに、圧倒的だった。
ラキュースは絶叫し、地面に伏して、ただただ泣きながら震えた。
許して、と壊れたようにひたすら許しを乞うその姿はアダマンタイト級冒険者などではなく、ただの無力な存在であった。
イビルアイは狂ったように笑いだした。
ラキュースよりも知覚に優れてしまっていたが為に、また彼女よりも長い年月を過ごし、様々な敵と戦ってきたが故に。
それは頭で理解した、という生温いものではなく、文字通りにイビルアイという存在そのものに刻まれてしまった。
メリエルにはただ伏して、従うしかない、と。
それがもっとも賢い方法だ、と。
そんな2人の様子にメリエルはすぐに隠蔽する為の指輪をつけることはしなかった。
彼女はまずラキュースに近づくと、地面を向いている顔に両手を添えて、そのまま自分の方へと向ける。
恐怖で歯をガチガチといわせながら、涙がとめどなく流れている。
「ねぇ、ラキュース。もう分かるでしょう? あなたは私から逃げられないわ。どれだけあなたが高潔で強靭な精神を持っていたとしても、私には折れるしかないのよ。私はあなたが欲しいわ」
そう言いながら、その額にメリエルは口づける。
ラキュースはメリエルの言葉を肯定するかのように、何度も何度も首を縦に振っている。
そのような恐怖状態となっているラキュースに対して、状態異常を完全に回復する魔法をかける。
すると彼女の顔は穏やかなものとなっていく。
メリエルはそれを見て、今度はラキュースから離れて、イビルアイへ。
叫ぶような笑い声は非常にうるさかったが、メリエルは気にせず、イビルアイを抱き寄せた。
そこでようやくイビルアイは笑うのが止まったが、その顔は麻薬中毒者であるかのような、へらへらしたものであり、聡明さはまったく感じられない。
「めりえるさまぁ……」
名前を呼んで、イビルアイはメリエルの胸に頬ずりする。
「私に尽くしてくれないかしら? 永遠に」
「つくしますぅ……」
へらへらしながら、そうイビルアイは言ってきた。
メリエルは満足し、彼女にも状態異常を回復する魔法をかけてやる。
そして、メリエルは隠蔽の指輪をつけて、さらに展開していた
草原は消え去り、宿屋の見慣れた光景が戻ってきた。
「メリエル、あなたはその力で、何をするつもりなの?」
ラキュースは未だ少し震える声で問いかけた。
「あいにくと世界を滅ぼすとかそういうことはしないわ。だって、私、寿命っていう概念がないんですもの。世界を滅ぼすなんて1週間くらいあれば終わるけど、8日目からは私は何を楽しみにして生きていけばいいのか……」
「1週間で終わるのか……」
衝撃の事実に、異常な精神状態から無事回復したイビルアイは思わずツッコミを入れてしまったが、その考え方は寿命がないアンデッドとして理解できる。
永遠に生きる、あるいは存在する者にとって、最大の敵は退屈なのである。
「だから私は仲間と組んで、近々、国を興すことにしたの。人間も亜人もアンデッドも竜も、ありとあらゆる種族が共存共栄できる、そんな国家をね」
そんなことはできるわけがない、と2人は否定しそうになったが、すぐに目の前にいる存在が人間も亜人も超越した存在であったことを思い、否定の言葉を飲み込んだ。
確かにメリエルのような絶対強者が君臨すれば捕食関係にある種族同士でも共存共栄ができるかもしれない。
イビルアイにとっては仮面をつけずに出歩くことができるというのは魅力的だ。
「メリエル、仲間と言ったけど……もしかして、あなたと同じような存在が?」
「ええ、そうよ。立場としては向こうの方が上ね。ああ、私がそいつを裏切るってときは事前に書面に提出して、関係各所に配るから安心していいわよ」
微笑みながら、そう告げるメリエルにラキュースもイビルアイも直感する。
それだけ良い仲間なのだ、と。
「見た目のインパクトはヤバイけど、話しをしてみると気さくで慈悲があるから。先入観は捨てといて頂戴」
「もしかして、アンデッド?」
ラキュースの問いにメリエルは「秘密」と笑って答える。
それが既に正解を告げているようなものだった。
そんなメリエルにイビルアイは気になった疑問をぶつけてみた。
「メリエル、ヤルダバオトのような悪魔はどうするんだ?」
「種族では差別しないわ。我々に敵対するかどうかで判断するのよ。ヤルダバオトなら、血も凍るような方法でブチ殺す。どちらが悪魔か、よく教えてやろうと思う」
ラキュースとイビルアイはその反応で、メリエルの種族に思い至る。
「メリエルってもしかして、悪魔?」
「それも最上位の悪魔とかだろう?」
ラキュースとイビルアイの問いかけに、メリエルは違う、と否定する。
「教えて欲しい? 絶対驚くわよ?」
そこまで言われると聞きたくなるのが人情というものだ。
とはいえ、ラキュースもイビルアイもメリエルから、どんな対価を要求されるか、分かったものではない。
2人がどうしようか悩んでいるうちに、メリエルはその姿を露わにする。
ラキュースもイビルアイも、完全に言葉を失った。
メリエルの背中から生えた4対8枚の美しく、白い翼。
「実はこれも仮の姿なんだけどね」
メリエルの姿を見て、イビルアイはある詩を思い出した。
十三英雄と行動を共にしていた時代に出会った、不思議な吟遊詩人だ。
十三英雄のリーダーはその吟遊詩人もぷれいやーではないか、と言っていたが、その吟遊詩人は最後まで正体は明かさずにいくつもの詩を残した。
その中の一つに、とある天使のことを詠ったものがあった。
その天使の誕生、苦難、力への渇望、堕天から混沌へと至り、そして、最後に世界に戦いを挑み、敗れさるところまで。
吟遊詩人は「大いなる混沌の天使は決して滅びず、何度でも蘇る。あれこそがまさに世界の創造と破壊を司るが為に」と締めくくっていたこともイビルアイは思い出していた。
イビルアイはヤルダバオトとの戦いで見た力、そして先程の世界を創造する力、それらから確信し、問いかける。
「……メリエル、あなたはもしかして、ぷれいやーではないか?」
「ぷれいやーとは何を示したものかしら?」
「おおよそ100年毎にぷれいやーと呼ばれる存在が現れる。彼らは例外なく強大な存在で、世界を救ったり破壊したりするんだ。六大神や八欲王もぷれいやーと言われている」
イビルアイの言葉にメリエルは法国からの情報はどうやら間違っていなかったと判断する。
法国からもたらされた情報の一つにイビルアイの言うぷれいやーに関するものはあった。
だが、モモンガもメリエルも、どうにもその情報は眉唾物で、追跡調査が必要と判断していたものだ。
思いがけず、裏付けが取れた形になる。
「……ええ、そうよ。私はプレイヤーってやつね」
メリエルは短く告げた。
イビルアイには驚きはなかった。
だが、ラキュースは展開についていけず、困惑していた。
「えっと、メリエルはぷれいやーっていう存在で、神様と同義ってことでいいのかしら?」
「ああ、ラキュース。その認識で構わない」
「プレイヤーだから、何か嫌悪感とか持たれるのかしら?」
メリエルは思わず問いかけると、イビルアイは首を傾げる。
「畏れられたり、敬われたりはするだろうが、嫌悪感を持たれるというのはまずないぞ。事実、私もメリエルが普段通りで良いと言ってくれたから、こういう口調だが、さっきのアレを体験すると……正直、消されないかと怖い」
「そうなのね。それくらいじゃ機嫌を悪くしないからいいわよ。それで、キーノはどうして私がそうだと?」
「昔、不思議な吟遊詩人がいて、そいつが詠った。ある天使の誕生から終わりまで。世界に戦いを挑んで敗れ去った。だが、その天使は滅びず、何度でも蘇るって」
あー、とメリエルは何とも言えない声を出して、頭をかいた。
後半の滅びず、何度でも蘇るという文言は置いといて、それ以外は全部メリエルに当てはまっていた。
「間違いなく私だわ。そいつもきっとプレイヤーね」
「何で世界に戦いを挑んだんだ?」
答えによっては旧友達の力を借りる必要がある為、イビルアイは問いかけた。
「自分がどのくらい強くなったか知りたかったから。あとなんかノリと勢いで」
予想外の返事に聞いたイビルアイが困惑した。
「なんかさー、でっかいことやらない? っていう仲間内で話になって、それならメリエル対全世界でいいんじゃない? ってことになって、それなら企画するわってなって、まあ、そんなものね。ぶっちゃけ戦ってた相手、ほとんど私のお友達だし」
超越者になると、そんな気軽に戦っちゃうんだー、とラキュースもイビルアイも遠い目になった。
「まあ、それも昔のことよ。当時の仲間もほとんどいないし。それで、対価の話なんだけど」
そらきたぞ、とイビルアイとラキュースは身構える。
「私達が返事をする前に、もう姿を現していたような気がするんだが?」
ささやかな抵抗とばかりにイビルアイが言うものの、メリエルはけらけら笑う。
「正直、知りたかったんでしょ?」
そう言われると返事に困る2人だ。
確かに知りたいか知りたくないかでは、知りたいという気持ちが圧倒的だったのも事実。
しかし、ラキュースは反論する。
「論点のすり替えよ。押し売りみたいな形だったわ」
「あら、それはごめんなさい。とはいえ、大丈夫よ。あなた達に用意できるものだから」
メリエルの言葉にラキュースもイビルアイも渋々といった顔で頷いて、メリエルの要求するものを待つ。
「簡単に言うと、私の傍にこい」
直球過ぎる要求だった。
「いやいやいや、メリエル。さすがにそれはどうかと思うわよ」
「そうだぞ」
ラキュースもイビルアイも予想外の要求にそう言葉を返すものの、思考は止まらない。
さっきのメリエルの私のモノになれや永遠に尽くして欲しい、というのは嘘偽りがないのだろう、と2人は考える。
これがメリエル以外の輩であったならば、蒼の薔薇を罠にかけようとか権力闘争に利用しようという予想もできる。
だが、メリエルが蒼の薔薇を罠にかけたり、権力闘争に利用したりなどする意味がない。
そもそもからして、蒼の薔薇を潰したいなら、瞬きする間にメリエルは蒼の薔薇を全員皆殺しにできることは火を見るより明らかだ。
権力闘争に利用するというのもおかしな話で、メリエルと権力闘争ができるような相手はメリエルが先程言っていた仲間くらいしかいないだろう。
それ以外の相手では圧倒的にメリエルの方が力関係が上であり、そもそも権力闘争に発展することがない。
そして当然、メリエルの仲間も彼女と同じ程度の力を持っているわけで、蒼の薔薇がアレコレできるような相手ではない。
必然的に、イビルアイもラキュースも同じ結論――すなわち、メリエルは本当に自分達を気に入ったが故に肩入れしたくなっちゃって、更には私のモノになれ、とか永遠に尽くせとか、本気で言っているのだと導き出されてしまったのだ。
ラキュースとイビルアイは互いに視線を交わす。
「悪くないかも……」
「……ああ、悪くない」
単純にメリットのほうが大きいと2人は考えた。
心情的にも、あそこまで力を見せられては抵抗や反抗する気力すら湧かない。
何よりも、ヤルダバオトから自分達を救ってくれた上、蘇生までしてくれたのだ。
ちょっと助けるのが遅かった気がしないでもないが、そんなことは気にするのが野暮というものだろう。
2人の言葉を聞き、メリエルはにんまりと笑う。
しかし、メリエルとて蒼の薔薇の立場は考慮するつもりだ。
なぜなら自発的に来てくれるならば、それに越したことはなく、プランBを実行する必要もなくなる。
メリエルとしても気に入った相手に対して、手荒なことはしたくないのが本心だ。
「蒼の薔薇としても活動したいなら、全然構わないわよ? どうせ私が依頼を出して独占するから」
「それはそれで問題だけど……たとえばメリエルはどんなことを私達にやらせたいの?」
ラキュースの問いにメリエルは顎に手を当てて考え――
「強くさせたいわね。クレマンティーヌとかレイナースとかと戦って、力を高めあってるところが見たい」
そう言って、エロいこともしたい、とすぐに付け加えた。
「エロいことはまあ……おいおい考えるとして、すごく普通なことをやらせたいのね」
「意外と普通だったな」
ラキュースとイビルアイの言葉にメリエルは口を尖らせる。
「なんかとんでもないことをやらせると思ってるみたいだけど、私のペットという立場になるだけで、待遇はそこらの兵士よりも余程に良いわよ?」
ペット扱いなのか、とラキュースとイビルアイは思ったが、メリエルのような超越者からすればそんなもんなんだろう、と納得できてしまう。
「待遇って具体的には?」
「例えばラキュースの魔剣よりも数段上の武器をプレゼント。他にも防具とかアクセサリーとか全部プレゼント。基本的に経費で何を購入してもいいわよ? 給料が欲しいなら、欲しいだけ言ってくれれば。ただ私の傍にいてもらって、戦ったり、エロいことしたりするけど」
エロは重要なんだな、とラキュースもイビルアイも理解しつつ、その待遇の良さに心惹かれてしまう。
金儲けだけで考えるならば冒険者をやるよりも、よほどに良いだろう。
「というかさ、ラキュース達って何で冒険者なんていう、モンスター退治屋兼便利屋になったの? 私はてっきり、冒険者ってあちこち探検して、未知の遺跡へ行ったり、人跡未踏の地に足を踏み入れて、誰にも知られていなかった民族とかと交流したりとかそういうのを想像していたんだけど……」
メリエルはそう言いながら、ラキュースとイビルアイ、それぞれを交互に見ながら、告げる。
「正直、つまらなくない? 私だったら、世界一周してこいとか言うけど……モンスター退治したくて冒険者になったの?」
イビルアイはそもそも前任者でもある旧友に半ば無理矢理、蒼の薔薇に加入させられたので、冒険者としての仕事に頓着はない。
だが、ラキュースにはあった。
彼女が憧れたもの、目指したものは――冒険だ。
「……そうね、私が目指したものは冒険よ。メリエルの言う通りだわ」
メリエルは満足そうに頷きつつ、告げる。
「それじゃあ、私はそろそろお暇するから。ドワーフの件は……まあ、近日中にもう一回声かけるけど、来れたら来て」
「行かせてもらうわ。依頼っていうのもあるけど……冒険がしてみたいから」
ラキュースはそう言い、メリエルにウィンクしてみせた。