彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「んっ……もう、メリエル様ったら……」
ヒルマは口では弱く拒みながらも、身体をメリエルに押し付ける。
転移で向かうのも風情がない、ということでわざわざ馬車を用意しての移動であるが、風情云々とかいう前に、単にメリエルがヒルマといちゃつく為にこうしたのではないか、とクレマンティーヌは目の前で乳繰り合っている2人を見て思う。
4人掛けの馬車であったが、メリエルとヒルマとクレマンティーヌしか乗っていない。
御者にはヒルマが手配したザックとかいう男だ。
「で、何で私まで?」
クレマンティーヌは構ってもらえないことに拗ねながらも、問いかける。
彼女としては目の前でヒルマが抱かれようが、慣れたものであった。
「強くなったっていう実感をしてもらいたくてね。六腕のゼロとかいう奴は、アダマンタイト級らしいわよ」
「それは確かに聞いたことがあるけどさー、デスナイトとかと戦ってるとねー」
クレマンティーヌはあんまり乗り気ではない。
そもそもからして、ナザリックで戦ってた方が効率が良いというのもある。
「じゃあ言い方を変えるわ。自分が強いと思っている奴を圧倒的な力で、ぶちのめして、絶望した顔を見たいって思わない?」
あん、とヒルマが喘いだ。
メリエルの手がヒルマの弱点を触ったらしい。
「それ、見たいかな。さすがはメリエル様」
獰猛な笑みを浮かべて、唇を舐めるクレマンティーヌ。
その仕草にメリエルは彼女を手招きする。
「あはっ、もう横に女がいるのに、私まで欲しいの?」
「私は欲張りだからね。欲しいものは欲しい」
「ま、私も、好きだからねーただ、もうそろそろ到着みたい」
馬車の速度が少しずつ落ちているのをクレマンティーヌは感じ取り、そう告げる。
「残念ね。まあ、帰ったら、ゆっくりやりましょうか。20分以内に処理しましょう」
「メリエル様にしては随分とゆっくりだこと。2分でいけるよー」
クレマンティーヌはそう言って、三日月のように口元に笑みを作った。
「ヒルマ、ようやく出てきたと思ったら……連れてきたのか」
八本指のまとめ役である男がそう告げた。
彼以外にも各部門の長がヒルマに対して剣呑な視線を向けている。
コッコドールだけは例外だ。
彼は手元に置いた書類に視線を落としている。
全く興味がない、と言わんばかりに。
「あら、連れてきてはいけない、とそう聞いてはいないのだけど」
ヒルマはそう言いながら、メリエルに抱きついてみせる。
「おい、ヒルマ。口には気をつけた方がいいぞ。ここには六腕が全員、揃っているからな」
ゼロは闘志を漲らせながら、そう告げた。
広い室内には確かに各部門の長を警備するかのように、ゼロ以外の面々も揃っている。
「それはそちら側にも言えることではなくて? まあ、それはいいとして、率直に告げましょう」
ヒルマはそう言って、各部門の長達を見回す。
そして、告げる。
「八本指は今このときから、メリエル様のモノにしたいわ。そうすればあなた達は誰も苦痛を味わうことがないと思うから」
ヒルマの言葉に失笑があちこちから出た。
「ヒルマ、ついに頭が麻薬でやられたようだな」
「メリエルとやら。その麻薬中毒の女はくれてやるから、さっさと帰りな。痛い目には遭いたくないだろう?」
そんな返事だった。
ヒルマは軽く溜息を吐く。
無知とはこうまで愚かなものか、と彼女は呆れるばかりだった。
「メリエル様、説得は失敗したわ。可哀想な話であるけれど」
ヒルマの言葉に部門長達からさらなる笑いが巻き起こる。
「なるほど、対話がダメなら力でどうこうするしかないわね」
「ほう、お前が俺達の相手をするのか? それとも後ろにいる女剣士か? 2人まとめてでも構わないぞ」
ゼロの言葉にメリエルはただ告げる。
「クレマンティーヌ、私の愛しい猟犬よ。殺せ」
命令を受けるや否や、クレマンティーヌは武技を同時に複数発動させ、メリエルとヒルマの横を駆け抜ける。
彼女の狙いは唯一つ。
肉を貫く音が響く。
「な、に?」
ゼロは視線を下げた。
そこには分厚い胸板を物ともせず、正確に心臓にスティレットでもってクレマンティーヌが刺し貫いていた。
「はじめましてー、私、元漆黒聖典第九席次のクレマンティーヌ。今はメリエル様の猟犬をやっているの」
ゼロの顔が驚愕に染まる。
「つーわけで、死ねよ」
クレマンティーヌは嘲笑を浮かべながら、2本目のスティレットを鞘から抜いて、そのまま勢いをつけて、ゼロの額に突き刺した。
「メリエル様、つまんなーい。コイツ弱すぎて」
クレマンティーヌはそう言いながら、スティレットを抜くと、近くにいたマルムヴィストがレイピアを構えていた。
他の面々もクレマンティーヌを取り囲むような位置取りをしている。
「マルムヴィスト、だっけ? あんた」
「知っているとは光栄だな」
「刺突に関しては王国最高らしいねー」
だから、とクレマンティーヌは狂ったような笑みをみせる。
「このクレマンティーヌ様が本当の刺突ってもんを教えてやるよ!」
一瞬で四つん這いになり、そのまま床を蹴った。
蹴った床はあまりの力に砕け散り、クレマンティーヌは疾風のように跳ぶ。
マルムヴィストは驚愕した表情のまま、その額にスティレットが突き刺さった。
「はい2匹目。弱いねー、あんたら。蟻を殺してるみたい」
けらけら笑うクレマンティーヌ。
「お、おい、こいつの命が欲しければ武器を捨てろ!」
サキュロントはそう叫んだ。
クレマンティーヌは思わずに顔を手で覆った。
サキュロントが人質としている相手、それはメリエルだった。
「あんたさ、よりによって、どうしてその人を選んじゃうかなー」
なんかもうクレマンティーヌはサキュロントが可哀想になってしまった。
「こ、この女はお前の飼い主なんだろ!? だからこいつの命をお前は優先するだろ!?」
「いや、普通はそう思うけどさ、私はその人に負けたんだけど」
「……え?」
サキュロントは恐る恐るに片腕で押さえているメリエルへと視線を向けた。
メリエルが深く溜息を吐き、押さえつけているサキュロントの腕をおもむろに掴んだ。
そして、力任せにねじり切った。
サキュロントの絶叫と共に鮮血が吹き出し、彼は床を転げ回る。
転げ回る彼の体をメリエルは片足で踏みつけて、そのままもう一方の足でその頭を思いっきり蹴り飛ばした。
衝撃に頭は砕け散った。
返り血がかかり、服が汚れたメリエルは思いっきり顔を顰める。
それだけでクレマンティーヌとヒルマにはメリエルの機嫌が急降下したのが理解できた。
「もう面倒くさくなったわ」
そう宣言したメリエルが魔法を唱えれば、3人を除いて内部からその体が砕け散った。
残った3人は目的であった踊り子、エドストレーム。
そしてモモンガから要請されていたエルダーリッチ、デイバーノック。
最後は勿論――
「メリエル様、また奴隷を買ってくれないかしら? 良い女が手に入ったわ。それと、娼館もまた来てね」
コッコドールだった。
彼にはヒルマから事前にこのようになる、と知らされていたのだ。
メリエルとしてもコッコドールには死んでもらっては困る為に当然の措置だ。
彼の娼館や奴隷販売にはかなりお世話になっているが為に。
「というか、メリエル様。何であっさり捕まっているのよー?」
「ついうっかり。どう頑張っても私を殺せないから……危険を察知する能力ってやつが落ちているのよね」
「それで返り血浴びてたら、世話ないと思うけど」
「あとでクレマンティーヌとヒルマで洗って」
メリエルはそう返しながら、エドストレームの前へ。
彼女は恐怖で顔を歪めて、体を震わせている。
「何で殺されていないか、理解できるかしら?」
「わ、私の体が欲しいから……?」
女を侍らせているならば、とエドストレームは震える声でそう問いかけた。
「それもあるけど、あなた、踊り子なんだって? 私専属の踊り子になってほしいのよ」
ダメかしら、と問いかけるとエドストレームは一も二もなくメリエルの元へと行くことを承諾する。
拒否するという選択肢は彼女には存在しない。
「ありがとう。勿論、色々と厚遇するから。それでデイバーノックだけど、私の友人があなたに興味を持ってね」
「そ、そうなのですか……?」
デイバーノックもまた震える声で問いかけた。
先程、メリエルが使った魔法、それはデイバーノックですらも知らぬ魔法であり、知識欲が大いに刺激された。
しかし、それでも身の危険と隣合わせであることは変わりない。
「そうよ。というわけで、あなたは私の友人のところに送るから。ま、悪い環境じゃないと思うわ」
メリエルはそう告げて、時計を見る。
「お喋りとかしていたから、掛かった時間は10分くらいだったわね。あとはシモベ達に任せましょう」
今、死んでいる八本指や六腕の面々は生き返ることになる。
そして、ニューロニストによる教育を受けて、彼らは心からナザリックに尽くすようになる予定だ。
「メリエル様、エドストレームに関しては私が色々教えておくわ」
「頼んだわよ、ヒルマ。それじゃ、一足先に帰りましょうか、エドストレームとかも連れて」
「……とんでもねぇものを見ちまった」
ザックはそこらのチンピラだった。
特に力があるわけでもなく、頭がよく回るわけでもない。
勿論、特別な人脈があるというわけでもない。
だからこそ、彼は臆病であり、危険を察知する能力は知らず知らずのうちに身についていた。
帰りは馬車は使わないとヒルマに言われていたので、彼の仕事は既に終わっている。
送り届けたら、帰っても良かったのだが、一応最低限に終わるまでは待っていようと彼が気を回した為だ。
もしかしたら、万が一、その礼儀正しい態度が気に入られて何かしらの甘い汁を吸えるかもしれない、という僅かな可能性があるならば当然だった。
屋敷から出てきたヒルマ達と入れ替わるように、悪魔達が何体も現れて、メリエルに対して深々と頭を下げてから屋敷の中へと入っていったのを彼は見た。
それだけでザックには理解ができた。
いや、むしろ、ヒルマがメリエルに、媚を売っているのを見て、薄々とは感じていたが、悪魔達の態度を見て確信した。
同時に、もしかしたら、とザックはある予想がついてしまう。
蒼の薔薇の一件だ。
メリエルと名乗っていた女神のような女が、もし、蒼の薔薇の女達を手に入れる為に悪魔を使って一芝居打ったのでは――?
ザックは臆病なチンピラだ。
元々は農民だったが、奪われるのに嫌気がさして、王国と帝国の3度目の戦争の後に支給された武具を持って逃げ出した。
傭兵団に拾われたが、それも彼がエ・ランテルで誘拐する獲物を見つける為に情報収集をしていたら、いつの間にか壊滅していた。
そして、仕方なく、王都にやってきて、今に至っている。
そんな彼だからこそ、浮かび上がった考えだ。
もし自分がとてつもない力、それこそ悪魔を従える程の力を持っていたならば、と想像する。
蒼の薔薇の女達が自分のモノになると考えれば、どれだけ労力を払っても、手に入れるだろう、と。
王都では処刑が決まったラキュース達が処刑前日に忽然と消え失せて、大騒ぎになった。
その後にヤルダバオトが再度昼時の広場に現れ、我々悪魔が責任を持って始末した、と言ってきた。
そして、とんでもない発言をヤルダバオトは残していった。
我々の人類絶滅計画にとって、極めて邪魔な蒼の薔薇を始末できました。王国の皆様のご協力に感謝し、苦痛なく殺すことを約束しましょう、と。
それだけに飽き足らず、朱の雫やアインドラ家及びその血縁関係を襲ったのも全部自分によるものだ、とまで盛大にバラしていった。
これによって悪魔の罠であったことに、ようやくに気がついた、という何とも間抜けっぷりだ。
悪魔の話をそのまま鵜呑みにするのが、どれだけ愚かなことか、ザックですら理解できるのに信じ込んだ連中は馬鹿だろう、と思ったものだ。
もし、当時、広場にいたならその馬鹿な連中と同じように信じ込んでしまった可能性については勿論、ザックは考慮しない。
所詮は妄想だ、とザックは頭を振る。
確かに自分ならばそうする。
蒼の薔薇など歯牙にもかけない力があったなら、そうするだろう、と。
「ほう、中々、使える人材が意外なところにいたようですね。八本指と六腕の検分に来ただけだったのですが……」
後ろから聞こえた声にザックは思わず振り返る。
スーツ姿の男が立っていた。
だが、ひと目で人間ではないことが理解できた。
瞳のあるべきところには宝石が、何よりも尻尾が生えていた。
「だが、見たところ、何の力も知恵もなく、ただ臆病だからこそ、出てきた発想というようですね」
それでザックは目の前の化け物が自分が考えたことを見抜かれていることに気がつく。
戦うという選択肢はない。
逃げたところですぐに追いつかれて殺されるのがオチだ。
命乞いをしたところで、化け物にそんなものは意味がないだろう。
こんなところで、俺は死ぬのか――
諦めがザックの感情を支配しそうになるが、どうせ殺されるなら、男の意地の一つでも見せたほうがマシだと彼は思いついた。
せめて最後に強そうな化け物相手にカッコつけて、死ぬなら、チンピラにしては上出来だ、と。
「メリエル様とやらが、蒼の薔薇を手に入れる為にお前達と手を組んで、一芝居打ったのか?」
震える体を抑えつけ、何とか平静を保った声を絞り出す。
その様子に化け物は正解だとばかりに笑みを浮かべる。
「あの御方は蒼の薔薇をペットとして欲されましたので」
その口ぶりから、どうやら手を組んだのではないことをザックは理解した。
「手を組んだっていうのは間違いだった。メリエル様はお前達よりも上位の存在なんだな」
「ほう、そこまで思い至りましたか。火事場の馬鹿力……いえ、この場合は閃きとでも言うべきものでしょうか」
化け物の言葉にザックは違いない、と笑いながら、告げる。
「メリエル様に伝えてくれ。良い趣味をしている、と」
ザックは両目を閉じた。
化け物相手にここまで言えれば上出来だ、と。
しかし、いつまで経ってもザックが思っていたような痛みはこなかった。
代わりにきたのは化け物からの提案だった。
「死ぬ覚悟ができたところで誠に申し訳ないのですが……どうですか? 仕事をしませんか?」
思わずザックは目を開けた。
「仕事って、何だ? 俺は何にもないぞ」
「ええ、構いません。お任せしたいのは集めた情報をあなたの視点から見て、どういう予想ができるかというものですよ」
「俺は文字の読み書きもできねぇぞ。計算だって無理だ」
「教育します。無論、仕事の期間もあなたが死ぬまでで、衣食住完備、給料は毎月金貨30枚といったところでどうでしょうか?」
「素晴らしい待遇だが……なんで俺なんだ?」
問いに化け物は答える。
「我々にはあなたのような、矮小で臆病な人間の視点が欠けています。時として、そのような存在は臆病さ故に、真実に辿り着くことがある……先程、私はあなたに教えて頂いたので」
何だか知らないが、ザックは自分が化け物に過大評価されたことが理解できた。
偶然であったのだろうが、マトモな就職先――チンピラに比べればもっとヤバそうではあったが――それでもカネが手に入るのは嬉しいことだ。
「そいつはどうも……ところで、一つ聞きたいことがあるんだ」
ザックの問いに化け物は「何なりと」と答える。
「女を知らないか? おそらく、娼婦で……リリアという名前で、茶髪の」
藁にもすがる思いで、問いかけたザックに対し、化け物は――
「ああ、知っていますよ。メリエル様のペットにいます」
あっさりと告げられた。
ザックは呆気に取られたが、ペットとはどういう扱いを受けるものなのか、と疑問に思い、問いかける。
「そのペットっていうのはどういう待遇なんだ?」
「メリエル様のお傍に侍ることが許され、また永遠の若さと命を与えられ、一切の不安や恐怖なく、メリエル様に愛でられるという立場ですね。あれは我々からすると血の涙を流してしまいたいくらいに、羨ましい」
悔しがる化け物に対して、ザックはかつてない程に穏やかな気持ちとなる。
妹が生きていた――
それだけで彼は良かったのだ。
「分かった。仕事を受けよう。ただ、妹に一目で良いから会わせて欲しい」
「メリエル様は大変慈悲深い御方ですから、大丈夫ですよ」
「リリア、どうかしたの?」
メリエルはナザリックに戻り、お風呂に入った後に適当にペット達と戯れていた。
既にクレマンティーヌは寝息を立ており、メリエルの相手をしているのは茶色の髪を長く伸ばした高級娼婦のリリアだった。
奴隷売買がラナーによって禁止される前に奴隷として売られ、娼婦になって、当時はまだ高級娼婦をやっていたヒルマと知り合い、彼女の手ほどきで高級娼婦にまで登りつめた女性だ。
そんな彼女はメリエルに奉仕している動きが止まって、何となく顔を上げた為、メリエルが声を掛けたのだ。
「何だか、良いことが起きそうな気がして」
そう言いながらも、再度、顔を戻して、奉仕を再開する。
「虫の知らせってやつね。意外と当たるものよ、それ」
メリエルはそう言いながら、エドストレームについて、思いを馳せる。
お風呂の後、ヒルマはエドストレームの教育に入った為にここにはいない。
教育とはいっても、ナザリックでの諸々を教えたりするだけで、何時間も掛かるものではない。
踊り子が無事に手に入って、メリエルはご機嫌だった。