彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「壮観だな」
ジルクニフは自らの軍勢をそう短く評価した。
表向きには毎年恒例の小競り合いとしているが、基本的に彼が戦場に来ることはない。
それだけで、騎士達は理解できるだろう。
帝国が本気で王国に攻め込むのだ、と。
整然と隊列を組み、旗手が各々の部隊の旗を高らかに掲げている。
ジルクニフの周囲にはかつては帝国四騎士と呼ばれ――今では帝国三騎士と呼ばれるようになった3人が護衛としている。
それだけではない。
「陛下、私は非常に楽しみですぞ」
弟子達を引き連れた――当初こそ違和感があったものの、今ではどうにか無くなった――若返ったフールーダもいる。
あれから魔法の研究成果はそれなりに進捗があったらしいが、報告にやってくるフールーダは専門用語を嬉々として羅列し、ジルクニフは早々に詳しく理解するのを諦めた。
亜人との国境地帯や、国内の治安維持などに残してきた部隊を除けば、ここにいるのは帝国の全戦力と言っても過言ではない。
もし万が一、ここにいる戦力を全て喪失したならば、帝国は無条件降伏するしかなくなるだろう。
そして、ジルクニフにとっては忸怩たる思いがある。
「これだけの戦力を引き連れてきたが、我々に出番はないだろう」
「陛下、それは言いっこなしですぜ」
バジウッドの言葉にジルクニフは苦笑する。
「観客として楽しみましょうや。それだけのものを向こうは出してくるだろうし。そうすりゃ、他の連中も納得できる」
ジルクニフやフールーダといった帝国のトップや重鎮クラス、あるいは秘書官、兵士でいうならば近衛兵などはメリエルの規格外なところを知っている。
どれだけ厳重に警備しようと、簡単に会議室や皇帝の執務室に現れる様を目撃しているのだから。
しかし、一般の騎士や文官などはそんな規格外の力を知らない。
無論、臣民も。
今回、戦争をするにあたってメリエルらが参戦することになるとジルクニフの名を使ってこの場にいる全ての騎士達に事前に通達を出してある。
だが、それだけでは弱いだろう。
ならばこそ、メリエルには帝国では絶対に勝てない、という戦力を見せつけてもらう必要があり、その旨はメリエルにも既に伝えてある。
じゃあ本気出す、とメリエルからの返事はきていたが、その本気とやらがどれだけのものか、予想はつかない。
「お待たせ」
だからこそ、ジルクニフはいつもと変わらずに
しかし、2人だけではなく、転移門からぞろぞろと、色んなのが出てきた。
純白のドレスを纏った黒い翼を持つ美しい女、スーツ姿の悪魔のような男、どう見ても人外の昆虫やら、ダークエルフの双子、極めつけは日傘を差したボールガウン姿の少女、そしてメイド達。
仮装行列と言われたほうがまだ理解はできたが、隣にいるフールーダが涙を流していることから察するに、どうも只者ではないことは分かった。
「じい、参考までに聞くが、どの程度だ?」
「我々にはたとえメイドであっても、手の届くことはないでしょう」
ジルクニフは思いながら、フールーダの言わんとすることを理解する。
下手をすればメイドですらも帝国の三騎士を相手にして、圧勝できるだろう、と。
メイド達の後にもまだ続いて出てきている中で、で、ジルクニフは見知った顔を見つけた。
彼が気づくのと同じく向こうも気づいたらしい。
「レイナース、お前も来るとは思わなかったぜ」
バジウッドの呆れた声がジルクニフに聞こえた。
「あら、皆様方。ご機嫌麗しゅう」
レイナースはかつては隠していた顔の半分を余すことなく見せつけるように、笑顔で挨拶してきた。
美しい顔だった。
彼女は人生を謳歌しているのだ、とジルクニフには容易に理解できた。
そして、レイナースの後から出てきた面々に彼は目を剥いた。
「……蒼の薔薇か」
小さく呟いた声は幸いにも向こう側には聞こえなかったようだ。
ヤルダバオトという悪魔に罠にかけられ、人類の敵とされた腕の立つ、元冒険者。
ヤルダバオトからメリエルが救い出し、行く宛もなかった為にそのままメリエルの私兵となった、というところだろうとジルクニフは考えた。
それで終わりだったらしく、転移門が閉じられた。
大所帯ではあるが、戦争ができるかどうかは――個々人の実力で考えれば戦争にもならない程に一方的な虐殺ができるだろうが――それでも臣民や一般の騎士にも分かるような軍勢といえるものではない。
ジルクニフはどうしたものか、と悩む。
しかし、彼の悩みを打ち砕くように、メリエルが口を開いた。
「ジルクニフ、彼らはあくまで観客よ。うちのシモベ達に見せびらかしたくて」
「それは有り難いな。それで、肝心の軍勢はどこに?」
ジルクニフの問いにメリエルは微笑んだ。
「まあ、慌てないで。まずは宣戦布告から」
「そうだとも。ゆっくりと楽しんでほしい」
そう告げた彼らは
「陛下、座って観戦しましょうぜ。向こうの連中もそうしている」
バジウッドの言葉にジルクニフがメリエルとアインズが連れてきた連中を見てみれば、椅子に座り、すっかり観客と化していた。
「……座るとしよう」
ジルクニフも観客となることを選択した。
どちらにせよ、やることがないのだ。
ならば、せめてもの娯楽として楽しまねば損だろう。
すると、声が聞こえてきた。
アインズのものだった。
《リ・エスティーゼ王国軍に告げる。我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、これより王国を攻撃する。無条件降伏以外は認めない。我々は王国の領土全てを魔導国に併合する》
王国軍は帝国の計略だとして、攻撃をしてくるだろう、とジルクニフは予想し、そして、同情した。
帝国軍よりも、もっと危険な連中だ、と。
そんなことを考えているとジルクニフの元にアインズとメリエルが戻ってきた。
「あそこら、ちょっと借りるわよ」
帝国軍陣地の外側、ちょうどジルクニフ達のいる場所からよく見える、何もない空間を指さしたメリエルにジルクニフは勿論だ、と許可を出す。
すると2人は
そして、アインズとメリエルは十分な距離を開けて、空中で静止した。
何が起こるんだ、とジルクニフが思ったのもつかの間――
「……は?」
ジルクニフは思わず、間抜けな声を上げてしまった。
しかし、それも無理はないだろう。
アインズとメリエルが連れてきた魔導国の連中とフールーダを除いて、帝国の全ての者がその光景に呆気に取られた。
何もなかったそこに、ちょうど空中にいるアインズの真下のあたりに巨大な門が出現していた。
その門は見たところ城門であり、大きさはそれこそ、縦に数十m、横に数百mにも及ぶだろう。
嫌な、予感がした。
ジルクニフは、何か、とてつもない化け物がその門の向こう側にいて、決してその門を開かせてはいけない、とそんな予感がした。
しかし、そんな彼の思いは届くわけがない。
ゆっくりと城門が開かれる。
そこから現れたのは――整然と隊列を組んだアンデッドの軍勢であった。
「ジル! 見ろ! デスナイトだ! あれ、全部! デスナイトだ!」
子供のようにはしゃぐフールーダ。
一方でジルクニフはそのアンデッドの軍勢を冷静に見ていた。
デスナイトと叫んだことから、タワーシールドを持った戦士がそうなのだろう、とジルクニフは思いながら、その数を数えようとして諦めた。
デスナイトは隊列を組み、続々と尽きることなく、城門から溢れ出している。
それだけで王国軍どころか、王国の領土全てを容易く飲み込めるだろう。
「皇帝陛下、私がご説明致しますわ」
そんな声にジルクニフが――否、その場にいた帝国の者が全て視線を向ける。
これにはフールーダも例外ではない。
説明役を買って出た――おそらくは最初からそうするだろう予定だった――レイナースはにこりと微笑み、告げる。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導国の国家元首たるアインズ様がご用意された軍勢。先陣のデスナイトおよそ5000体です」
5000、とジルクニフは言われた数字をそのまま呟いた。
「続いて、ソウルイーターですが数が少なく2200体」
ジルクニフは笑いがこみ上げてきた。
ソウルイーターが1体でもいたら、国が滅びる覚悟をせねばならない。
そんなのが2200体。
それこそ、世界全てを殺し尽くせる数だ。
レイナースは歌うように、アンデッドの軍勢をジルクニフ達に説明していくが、ソウルイーター以降は見たことも聞いたこともないアンデッドであり、さらに難度もあわせて教えてくれた為、ジルクニフ達を神話の中に迷い込んだ気分にさせてくれた。
ソウルイーターの推定難度は100から150の間。
しかし、その次のアンデッドでは難度180とレイナースは告げ、どんどんと難度は上がっていく一方だった。
「最後にこれらを指揮する
世界を問題なく征服できる軍勢だった。
ジルクニフは、もはや何の感情も湧いてこなかった。
あまりにも驚きすぎて、感覚が麻痺してしまったのだ。
フールーダはアンデッドの軍勢を食い入るように見ている。
王国軍が勝てるとか勝てないとか以前の問題で、これでは勝負にもならない。
いつも饒舌なバジウッドですら、体を震わせているのがジルクニフに見えるのだ。
一般の騎士達は見るまでもない。
それこそ恐怖に慄いていることだろう。
この軍団こそ、モモンガがユグドラシル時代に年単位の時間を掛けて、地道にコツコツと作って、溜め込んできたアンデッドの軍団だ。
「確かに、ああ、確かにこれは帝国が逆立ちしようが勝てないだろうな……帝国どころか、世界のどこにも勝てる輩はいないだろう」
そう告げるジルクニフにレイナースは告げる。
「陛下、まだメリエル様の……ええ、こちらはまだ勝ち目があるかもしれない軍勢が残っておりますわ」
「勝ち目があるのか?」
「少なくとも、今回、メリエル様が出される軍勢は理不尽な難度ではありません。ですので相応の軍勢を用意できれば勝利できる可能性はあります。それに何より、アンデッドではありませんから」
ジルクニフは希望を見出した。
メリエルはまだ、人類が理解できそうな範疇にあるかもしれないことを。
今回という部分が気になったが、ジルクニフは聞かなかったことにした。
「御覧ください。あれがメリエル様の軍勢、レッドコートです」
レイナースの言葉にジルクニフは視線をメリエルの側に現れた城門へと向ける。
ちょうど門が開いたところで、そこにいたのは――
「……素晴らしい」
人間の軍勢であった。
赤い軍服を纏い、黒い三角帽を被り、何か、棒のようなものを肩に担ぐようにしている。
彼らは門から隊列を組んで、続々と出てきている。
ジルクニフは素直に称賛した。
そして、その軍勢は門から出るとそのまま、王国軍と真正面から対峙するよう動き始めた。
隊列は一切乱れておらず、統率がよく取れていた。
「あれらは全て難度90程度のホムンクルスです。レッドコートの総数は、およそ6万です」
レイナースの説明にジルクニフは聞こえなかった振りをした。
難度はまだいい、だが、数がおかしいだろう、と。
「今回、アインズ様の軍勢は待機し、メリエル様の軍勢が王国軍を真正面から打ち破ります。勿論、投入されるのはレッドコートだけではありません」
まだいるのか、とジルクニフは思ったが、口にはしなかった。
王国軍にとって、混乱は比較的少なかった。
国王たるランポッサ三世の「戦うしか道はない」という鶴の一声によるものだ。
結局のところ、相手が帝国ではなく魔導国であったとしても、ここである程度の出血を強要しなければ、王国の領土が奪われることに変わりはない。
むしろ、はっきりと王国全土を併合すると宣言してきた魔導国には王派閥からすると、意志の統一がやりやすい為、有り難いくらいだった。
貴族派閥も、さすがに自分達の領地も併合すると暗に言ってきている相手に対して、いい加減に戦うことはせず、王派閥に対して一致団結を申し入れてきたのだ。
都合が良すぎる話ではあったが、そんなものだ。
だが、そんな中で王国戦士長であるガゼフと、今回はガゼフに雇われた傭兵として参加しているブレインは相手が誰か分かった瞬間に勝つことは疎か、勝負にすらならないと理解できていた。
ガゼフは直接見てはいないが、カルネ村で陽光聖典を退けたこととブレインの証言から、そしてブレインは死を撒く剣団にいたときの体験から相手の実力は理解できている。
だからこそ、いかにして味方の犠牲を少なくして逃げるか、それに尽きる。
ガゼフとブレインが最近、目をかけているクライムが今回の戦争には参加せず、ラナー王女の傍にいることは幸運だと感じた。
「ガゼフ、どうする?」
「まずは相手の出方を見るしかない。一撃で、こちらの軍を消し飛ばすような魔法なり武技なりが飛んでこないことを祈ろう」
ブレインの問いにガゼフはそう答えた。
彼とその戦士団、そしてブレインがいるのは比較的前線に近い場所だ。
練度が高い彼らは徴集兵による最前線の槍衾が突破された場合に迅速に動いて、穴を塞ぐ役目を期待されていた。
その為、部隊の行動に関してはガゼフの裁量に一任されている。
王国軍は全体として、鳥が翼を広げたような、いわゆる鶴翼の陣形を取っており、ガゼフ達がいるのはもっとも敵の圧力を受ける中央だ。
「動くようだぞ」
「お手並拝見といきたいところだが、見たくないなぁ」
ガゼフの言葉にブレインはそう愚痴を溢した。
ガゼフもまたその言葉に内心同意しつつ、魔導国の軍勢――赤い軍服を纏った連中――が動いた。
その軍勢から、太鼓のリズムに合わせて、横笛の音色が聞こえてきた。
その旋律は陽気であったが、どこか恐ろしく感じられた。
ガゼフ達から――否、王国軍から見れば旋律に合わせて、一定の速度を保ち、赤い壁が迫ってくるようであったのだ。
両軍の間は長い距離ではなく、あっという間にその差は詰まっていく。
王国軍の陣から次々と矢が放たれ、投石機による攻撃も加えられる。
意外なことに、それらの攻撃により赤い軍勢は次々と当たると倒れた。
まるで普通の人間のように。
ガゼフもブレインも、おや、と不思議に思った。
しかし、すぐに異質さを理解することになった。
倒れても、止まらないのだ。
たとえ兵士が倒れても、その戦列は止まることはない。
そして、後列の兵士が前へと進み、空いた部分を埋める。
次々と矢が射掛けられ、投石機による攻撃が加えられ、やがて個人携帯のスリングによる投石すらも行われる。
バタバタと敵兵は倒れる。それこそ的当てでもしているかのように、面白いように倒れる。
だが、それがどうしたと言わんばかりに敵の戦列が近づいてくる。
太鼓と横笛の音色は最初の頃よりも非常に大きく聞こえ、それがかえって恐怖を煽る。
敵はアンデッドだったのか、と思う者もいたが、しかし、倒れた敵兵に動く様子はない。
どれだけの兵士が倒れようとも、決してその赤い戦列は乱れることも止まることもない。
恐ろしさをガゼフもブレインも感じた。
自分達はいったい、何と戦っているんだ――?
恐怖しながらも、感じたその思い。
それは王国軍の全員に共通した思いだった。
とはいえ、王国軍側も馬鹿ではない。
帝国と比べれば数は少ないが、有能な者もいる。
その筆頭は貴族派閥の盟主とはいえ、指揮官としてはガゼフよりも有能なボウロロープ侯だ。
今回、5万以上の兵力を派遣し、更にはガゼフの戦士団に対抗して作られた精鋭兵団の5000人も連れてきている。
そんな彼は命令を下した。
「騎兵による攻撃だ! 連中がこちらに取り付く前に! 一刻も早く!」
ボウロロープ侯からすると、自殺行為にも等しい敵の戦術であったが、それをするだけの何かを敵が持っていると彼は判断した。
ましてや、相手はどこからともなく軍勢を出してきた連中だ。
そんなことができる相手が、無策にただ一定の速度で、どんなに犠牲が出ようとも兵を進ませ続けるわけがない。
むしろ、どれだけの犠牲が出ようとも決して隊列を乱さずに一定の速度で進んでくる敵兵の練度と規律に戦慄した。
ボウロロープは羨ましく思った。
そんな兵を持っている魔導国に。
彼の命令は直ちに実行に移された。
距離を詰められたとはいえ、騎兵を突撃させるには十分な距離がある。
だから、大丈夫な筈だ、と。
彼が今回、連れてきた騎兵は精鋭兵団の胸甲騎兵2000だ。
敵兵は多いが、それでも他の貴族達と連携すれば何とかなる、と確信する。
さすがに騎兵に突っ込まれたら、いくら敵兵でも隊列を乱す。
そこを遅れてやってくる他の貴族の騎兵で食い散らかせばいいのだ、と。
ボウロロープの命令一下、騎兵達が迅速に陣形を作り上げる。
精鋭兵団と彼が称するだけあり、個々人の武力はともかく、その統率はガゼフの戦士団に引けを取らない。
そして、陣形を作り上げると、騎兵達は雄叫びを上げながら、突撃を開始した。
一方のメリエルは帝国軍の陣地にて、周りに誰もいないよう距離を開けた上で軍勢を指揮していた。
それは持ち運びができるやや大きめの正方形の盤であり、指揮棒が付属したアイテムだ。
こうした軍勢を指揮する為のものであり、自軍と敵軍は駒として表示されている。
自軍と敵軍の情報を入力することで、敵の駒の位置や動きが自動で盤上に現れる優れもので、自軍を動かしたりする場合は指揮棒で自軍の駒を動かせばいい。
勿論、敵軍と接敵すれば攻撃する。
その盤上には事前に配置した不可視化のアイテムを使って空を飛んでいるシモベ達により、敵軍の情報がリアルタイムで反映されていた。
勿論、それだけではもったいないので、ジルクニフ達やアインズ達、その他一般の騎士達にもよく見えるように巨大な鏡が複数設置され、そこにはリアルタイムで音声付きの映像が投影されていた。
もっとも、その鏡が設置されているのは帝国軍だけではない。
今回の戦争にあたり、メリエルは法国、聖王国、エルフの国、ダークエルフの国、リザードマンの集落、
設置場所は基本的に誰でも見ることができるよう、複数であったが聖王国だけはカルカ達の3人だけが見ることができる場所に設置してある。
聖王国の攻略はこれからである為だ。
もっとも、唯一の例外ともいえる場所が竜王国で、法国経由でその巨大な鏡を女王の部屋にのみ、設置していた。
将来的に竜王国も傘下に収める予定であり、こちらの武力を示す為だ。
ビーストマンの度重なる侵攻を受けていることから、それを何とかすればあっさりと彼らは傘下に加わるだろうと予想されていた。
当初こそ、おっかなびっくりだった帝国側の面々は今や固唾を呑んで見守っている。
それは鏡を設置した全ての場所でも同じだった。
彼らからすれば映画を見ているようなものだろう、とメリエルは思いつつ、相手の打ってきた手に対して感想を述べる。
「騎兵は悪くない手ね。しかも、胸甲騎兵」
強力だが、揃えて、運用するのにカネが掛かる存在だ。
長大な槍を構えて、突撃を開始した騎兵達であったが、メリエルからすれば予想された展開だった。
その突撃を開始した左翼側騎兵に対し、右翼側も呼応したのか、やや遅れて騎兵が突出し始めた。
シモベからの情報によれば、こちらは軽騎兵だ。
敵が馬鹿ではないことにメリエルは満足しつつも、ほくそ笑む。
両翼から突っ込んでくる騎兵達の横っ腹はとても脆い。
メリエルが事前に配置したのは偵察役のシモベ達だけではなかった。
王国軍が両翼から騎兵でもって隊列を崩そうとしてくるならば、こちらも騎兵を潜ませておけば良い、と。
広範囲を覆う強力な認識を阻害する結界を張った上で、メリエルはそこに事前に騎兵を展開していた。
右翼と左翼、両方に騎兵を5000ずつだ。
しかも、ただの騎兵ではない。
地球の歴史上に存在した、独特の重騎兵だ。
メリエルは盤上に示された両翼に位置する、その騎兵達を指揮棒でもって敵の騎兵に当たるように動かした。
命令が下り、両翼において、その騎兵達が動き出す。
彼らは大きく散開したところから、ゆっくりと馬を走らせ始める。
ゆっくりとはいえ、その速度は人の歩くそれよりは速い。
だからこそ、結界をあっという間に抜け、突撃する王国軍の騎兵達に目撃されることになった。
敵軍騎兵を確認したメリエルの騎兵達は徐々に馬の速度を上げつつ、また同時に、互いの馬の距離を詰めていく。
王国軍の左翼側騎兵達は敵の伏兵であると気づくや否や、すぐさま指揮官は目の前の歩兵ではなく、敵の騎兵に対して対処すべく、指示を下す。
それを受け、並走する騎兵のラッパ手が吹き鳴らして、訓練通りに彼らは動きを変えて、敵騎兵に進路を取る。
その対応能力はガゼフの戦士団よりも優れているかもしれず、彼らは間違いなく王国においてよく訓練された騎兵集団だ。
だが、相手が悪かった。
そう、悪すぎたのだ。
ボウロロープ侯の騎兵達が目にした敵騎兵はあまりに華美であり、またその陣形は異質であった。
真紅のビロードの上に、これでもかと装飾を施した甲冑をつけ、更にその上から毛皮を着込んでいた。
そして、特徴的であったのは巨大な鳥の羽飾りを馬の鞍に固定しており、王国軍の騎兵達は知らなかったが、その羽飾りから有翼重騎兵という呼び名もある程だ。
また、敵騎兵が手に持つ長大な槍の先には白と赤のバナーがついていた。
敵騎兵の陣形は互いの馬同士が接触するのではないかというほどに距離が詰められており、最高速にまで加速した状態でボウロロープ侯の騎兵達目掛けて一直線に向かってくる。
彼ら騎兵の名前はフサリア。
かつて地球の歴史上において、2世紀もの間、決戦の場において、完全なる無敗を誇った存在。
メリエルがユグドラシルにおいて忠実に再現した、有翼衝撃重騎兵軍団であった。
まずい、とボウロロープ侯の騎兵達は誰もが直感的に理解した。
だが、何かをするには距離がなさすぎた。
そして、フサリアが密集隊形を保ったまま、彼らに突っ込んだ。
一撃でもって、ボウロロープ侯の騎兵達は半数以上が槍に貫かれ絶命するか、落馬して馬に踏まれて絶命し、かろうじて生き残った者達も散り散りにされた上でフサリア達に追い詰められ、止めをさされた。
右翼側の軽騎兵達はもっと悲惨であり、彼らは横合いから殴りつけてきたフサリア達に気づいてはいたが、ボウロロープ侯の騎兵達と比べると練度が不十分であり、即応できなかったのだ。
彼ら軽騎兵達は一撃でもってほぼ全滅してしまった。
そして、騎兵壊滅の報告はボウロロープ侯に伝わるのとほぼ同時に、敵の戦列が止まったという報告が届けられた。
最前列の敵兵とはそれこそ、
同時に響き渡っていた陽気なメロディも鳴り止んだ。
号令が敵の戦列に響き渡る。
《構え!》
最前列の敵兵達が一斉に担いでいた棒状のものを構えた。
その筒先は王国軍に向けられている。
当然に王国軍側も攻撃をされると理解している為、弓や投石は続けられており、文字通り目と鼻の距離となった敵兵に対し、槍衾を押し出すように、徴集兵達を前進させ始めた。
しかし、その前進する速度は敵兵がここまで歩んできた速度と比べると遥かに遅い。
隊列を維持しながら進むというのは簡単なようでいて難しい。
ましてやそれが専業の兵士ではなく、ただ徴兵され、訓練など全くされていない農民であればなおさらだ。
むしろ、何とか隊列を維持しつつ、じわじわと進めているだけで奇跡だった。
とはいえ、そんな徴集兵達の間にも、ちょっとした希望が芽生えていた。
敵に取り付けば勝ちではないか?
敵はこちらと同じ人間だ。剣や槍で刺せば倒せるのではないか?
鎧を着ていない分、帝国の騎士を相手にするより楽ではないか?
しかし、彼らの希望はあっさりと潰えることになった。
《撃て!》
その敵方の号令と共に白煙が敵の戦列を覆う。
同時に何かが飛んできて、前列の徴集兵達が次々と倒れ伏した。
何かが当たった箇所からは血が溢れ出しており、見るからに致命傷の者が多数であった。
しかし、敵は目の前であり、一撃でも当てれば倒せるという思いが徴集兵の指揮を取る者達の判断を誤らせることになった。
「突撃!」
あちこちの隊列で、その命令が下り、徴集兵達は嫌々ながらも突撃を開始した。
隊列を保ったままの完全装備の一般騎士達による突撃訓練など帝国軍ですら実施していない。
たとえそれが短距離であっても、騎士たちは瞬く間に体力を消耗し、戦えなくなってしまうが為に。
王国軍の徴集兵達は最低限の武器が防具のみ支給された程度で、帝国軍の騎士と比べると軽装とはいえ、重いことに変わりはなく、ましてやそんな訓練などは当然ながらされていない。
突撃した王国軍の隊列は当然のように一瞬で崩壊した。
しかし、敵兵も目前であり、あと10m足らずというところまで王国軍の兵士達が迫るが――
敵兵の最前列が屈んで、二列目がその筒先を迫り来る王国軍の兵士達に向けた。
《撃て!》
敵の号令と共に、王国軍の兵士達が先程と同じように、次々と倒れ伏していく。
二列目が終わると、三列目が前へと進み出てきて、同じように射撃を行い、王国軍の兵士達を殺傷する。
その光景は全ての敵の戦列で見られ、王国軍は近距離において、ほとんど一方的に叩かれた。
そして、恐怖は臨界点を突破する。
突撃した者達が一方的に殺されていく様に、その光景を見ていた突撃の命令が下る前であった徴集兵達。
彼らは隊列を組んでいたが、次に殺されるのは自分達だと確信するや否や、行動は速かった。
1人で逃げれば簡単に殺されるが、皆で逃げれば手が回らない。
その考えに至った徴集兵は周囲の徴集兵達に、その考えを伝える。
それを聞いた周囲の徴集兵達がまた更に話を広げて、と次々に連鎖的に広まっていく。
そして、彼らはほとんど躊躇なく、一斉に逃げ出した。
恐怖は伝染する。
逃げ出した者達の後を追い、次々と徴集兵達は堰を切ったように散り散りに逃げ始めた。
指揮官達や専業の兵士達が怒鳴りつけて制止したり、1人や2人を見せしめに殺したりもしたが、そんなものでは止まらない。
我も我もと次々に思い思いの方向に徴集兵達は逃げ出し、王国軍側は貴族の私兵やガゼフの戦士団、近衛兵などの一部を除いてその士気が完全に崩壊した。
そして、その時点で士気が崩壊しなかった兵達は国王であるランポッサ三世や貴族達を逃がす為に撤退を開始した。
もはや勝負の趨勢は決し、どうにもならないことは火を見るより明らかだった。
そして、この絶好のチャンスを、メリエルが逃す筈がなかった。
敵の赤い戦列の両翼から、同じく赤い軍服を着た軽騎兵が無数に飛び出してきた。
その行く手を阻む者はおらず、逃げる王国軍兵士達に追いすがっては手にしたサーベルを振るって斬り殺していく。
そして、これまで強固な戦列を維持していた赤い兵士達もまた動く。
《着剣!》
手にしたマスケット銃に号令の下、銃剣をつけ、そして――
《突撃!》
腰だめに構えて、一斉に駆け出した。
隊列は崩れるが、そんなものは問題にならない程度に敵兵は完全に崩れている。
勝敗は完全に決し、あとは勝者による追撃戦であった。
かつて地球において、戦列歩兵達が戦いの主役であった頃、ある一つの戦訓があった。
レッドコートと決して、真正面から戦ってはいけない――
王国軍はそんな戦訓は当然、誰も知らなかったが、彼らは身をもって知ることとなった。
一方、帝国軍陣地は興奮と熱狂に包まれていた。
ジルクニフ達は勿論、一般の騎士達も、見るからに分かりやすい、そして理解できる範疇にある勝利に大いに沸いていたのだ。
離れたところにいたメリエルが戻ってくると、歓声はより大きくなった。
「メリエル、君の兵は素晴らしい! まさしく世界最強だ!」
ジルクニフは手放しでそう叫んだ。
敬語ではなかったが、ナザリックのシモベ達もモモンガの軍勢に、そしてメリエルの行った戦争に熱狂し、個々人が持ってきていたスクロールで記録するのに夢中であった為に咎められる心配はなかった。
「そうでしょう、そうでしょう! これこそ我が軍勢よ!」
「今日はなんて素晴らしい日なんだ!」
ジルクニフからすると、神話に出てくるようなアンデッド軍団と、メリエルのホムンクルスとはいえ、それでも帝国軍でも何とか再現ができそうな戦術や装備をしたレッドコートでは圧倒的に後者のほうが良かった。
何より見た目も鮮やかであり、美しい。
「……やっぱり、見栄えでは敵わないよなぁ」
そんな悔しそうなアインズの呟きがジルクニフの耳に聞こえてきた。
この熱狂の中、それが聞こえたのは奇跡に等しい。
意外なところもあるんだな、とジルクニフは思いつつ、この後の予定を考える。
メリエル達はこのまま、王都まで一気に侵攻し、王都を攻略後、王国各地のめぼしい都市を同時に攻略すると聞いている。
転移魔法があるのだから、それをするのも容易いだろうとジルクニフは羨ましく思う。
帝国側としては、このまま兵を引き上げる形となる。
勿論、タダでは転ばない。
帝国軍が6個の軍、6万人とそれに必要な膨大な物資を消費したのだ。
それに見合う対価がなければ、納得はできない。
とはいえ、それに関しては既にアインズ達との間で話がついている。
アインズの声が響き渡ったのはそのときだった。
《帝国軍の皆さん、結果として我々が皆さんの戦果を横取りする形となってしまい、申し訳ありません》
その声に騒いでいた騎士達が静まり返った。
《我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は王国の領土を全て併合する形となりますので、帝国が得る領土はありません》
そうアインズは言い切り、数秒の間をおいて言葉を続ける。
《無論、それでは帝国の皆さんは納得できないと思います。ですので、ここに宣言しましょう》
ついに来るぞ、とジルクニフはアインズの言葉を待つ。
《我々、アインズ・ウール・ゴウン魔導国は永久的な同盟を帝国との間に結びました!》
ざわめきが巻き起こる。
強大な魔導国の軍勢と戦わなくて済む、という思いと結局、今回は無駄骨だった、という落胆の思いだろう、とジルクニフはざわめく騎士達の心境を予想する。
しかし、それも予期された自体だ。
《はいはい、今度は私から無駄骨になったあなた達に良いものをあげるわ》
メリエルに変わった。
ジルクニフは、その物言いになんだか力が抜けるのを感じた。
《ジルクニフには対価として、3日くらい前に金塊を送りつけてあるわ。今回、この場にいる全ての帝国の方々へ。等しく、金貨100枚が行き渡るくらいの量をね。がんばってカネを使って、経済を回しなさい》
メリエルが言い終えて数秒後、大歓声が帝国軍の陣地において沸き起こった。