彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
「クライムには失望しました」
ラナーはメリエルの私室で拗ねていた。
メリエルはけらけらと笑う。
領土の内政が一段落し、また聖王国に対する準備が整い、あと数日のうちにメリエルは聖王国に向けて出立する。
これまでの仕事から解放されたメリエルは出立前の短い休みを楽しんでいた。
そんな中、ラナーはやってきた。
大量の愚痴を身に秘めながら。
「私がナザリックにやってきた夜、早速迫りました」
ラナーは思い返す。
あの衝撃的な夜を。
クライム、メリエル様は確かに女性ですが、それでも私は処女を散らすかもしれません――
初めてはあなたに捧げたい――
雰囲気といい、自分の表情といい、台詞といい、完璧だったとラナーは今でも自負している。
そんなラナーにクライムは全面降伏をするしかなく、ベッドの上に戦場は移行したのだが――
「いやー、さすがの私もまさかクライムが入れる前に……っていうか、あなたが触った瞬間に暴発するなんて、予想外だったわ」
大爆笑のメリエルにラナーはぽかぽかと彼女の体を叩く。
「笑い事じゃありません。何なんですか、男ってみんなああなんですか?」
いかに明晰な頭脳であっても、さすがに一般男性の性的な事情なんぞ分からない。
自分が拾ってからのクライムの行動は完璧に把握していた、と言っても過言ではないラナーは、初めての女となる自分にクライムもまた初めてを捧げ、2人は幸せなキスをしてめでたしめでたしとなる予定だったのだ。
「黄金の頭脳でも分からないの?」
「分かりません。本当に。ですから、教えてください」
どうやら本当に分からないらしいラナーにメリエルは笑いを抑えて、告げる。
「私の予想だけど、クライムってあなたの為に鍛錬ばっかりしていたでしょう?」
「当然です」
「で、娼婦とかそういう子と経験したこともない」
「勿論です」
肯定するラナーにメリエルはにんまりと笑って告げる。
「ねぇ、ラナー。性欲って、運動とかすると昇華されてスッキリしてしまうみたいよ?」
「……え?」
「で、女性経験のない、なおかつ性欲を昇華していないクライムが、大好きなラナーに迫られたら、そりゃ暴発するでしょうよ」
「あ……」
ラナーは己が調教に失敗していたことに気がついた。
「クライムって王国時代、自慰をしたことはあった?」
「私の把握する限り、ありません……」
「自慰もしたことがないってことは、排泄以外で自分で触ったこともない……生まれて初めて触られるのがあなたっていうのは幸運というか、不幸というか……そりゃ暴発するでしょう」
「2回も暴発するって言いましたね……」
「大事なことなので」
ラナーは項垂れた。
あまりにも性的なことから遠ざけ過ぎてしまった、と。
彼女の頭脳は今に至るまで、一線を越えることができていない原因は、そこにあった、と結論づけていた。
「で? 何回失敗しているの?」
「13回」
「うわぁ……」
メリエルはドン引きだった。
その反応はラナーにとって予想できたものであり、自嘲気味に笑う。
「1ヶ月前の13回目、私はこれまで以上に準備を整えたんですよ? 自分で濡らして、すぐに入れられるように」
「で?」
「これまでより、大きな進歩がありましたが、ダメでした……あてがった瞬間に……」
入り口で暴発されたラナーは後始末が非常に大変だった。
場所が場所だけに、あちこちが汚れてしまったのだ。
これまで以上に絶望し、怯えたような目を向けてくるクライムを見ることができたのはラナーにとって幸運であり――その顔に彼女はとてもゾクゾクしてしまった。
1ヶ月前であっても、鮮明に思い出せるその顔にラナーの胸は高鳴る。
それ以来、性的なことはしていない。
悶々としているだろうクライムを想像すると、ラナーは頬が緩んでしょうがなかった。
もしやと思ってラナーにメリエルは問いかける。
「こっちに来て、初めての夜以降、クライムって自慰をしているの? さすがに衝動が抑えきれないと思うんだけど……?」
「おそらく、していないと思います」
「ということは、彼は王国時代のような激しい鍛錬とかもせず、日がな一日、あなたとお喋りか、あなたの部屋にいて警備みたいなことをしているだけ……そりゃ溜まりに溜まって、あなたが仕掛けたときに暴発するに決まっているわ」
「また暴発するって言いましたね……」
「事実じゃないの」
メリエルにばっさりと言われ、ラナーは再度、項垂れた。
「で、どうするの? このまま、クライムが性的なことに慣れるまで待つの? 色々教育すれば、すぐだと思うけど」
「いいえ」
予想外の答えにメリエルは軽く驚いてみせる。
そんな彼女にラナーは告げる。
「メリエル様、どうですか? 以前、仰られていた寝取りプレイ、してみませんか?」
「私は良いけど、その思考に至った根拠は? あいにくと、あなたほど、頭が良くないので」
メリエルの言葉にラナーはくすくすと笑う。
モモンガともナザリックに来た際、ラナーは直接に相対した。
だが、彼女の印象としては支配者として振る舞っている庶民といった具合だ。
もしかしたら、そのように見える演技であったかもしれないが、ともあれ、ラナーからするとモモンガよりもメリエルのほうが余程に脅威であった。
「御冗談を。私の考えることはあなたには見透かされているように、私は感じます」
そう言いながら、ラナーはいつも纏っている偽りの仮面を取る。
瞳の輝きが欠けた、彼女本来の表情が露わになる。
しかし、メリエルは平然としている。
初めて見えたときに彼女はラナーの本性を見抜いて、そしてこの顔を見ても、全く動じなかった。
それは演技などではないものだ。
「メリエル様、どうですか? そろそろ、あなたも仮面を取っては。私も、自分よりも上という相手に尽くすというのは吝かではありません。たとえば、私にとってのクライムのように」
そう問いかけるラナーとしては好奇心であった。
藪蛇になる可能性もあったが、しかし、メリエルは仮面を取るという可能性が高いと。
「仮面と言っても困るわ」
メリエルは困り顔だが、しいて言えばと口元に手を当てて、笑みを浮かべる。
ぞくり、とラナーは鳥肌が立った。
何かが変わったというわけではない。
しかし、その笑みの質はこれまでメリエルが浮かべたものの中で異質であった。
おぞましくも美しい、歪んだ笑みだ。
「ただ、見せていない、昔の私というものは存在する。それを知りたいの?」
悪魔の呼び声のように、ラナーには思えた。
「はい、それを知りたいのです。代価には私を捧げましょう」
ラナーの胸にあるのは喜び。
ただ自分と同じか、それよりも上という存在がある、と。
誰一人として、理解されなかった。
ナザリックの人外の者には、ようやく理解されたが、所詮は利用し合うだけの関係。
しかし、メリエルは違う。
彼女はラナーに対して一歩も二歩も踏み込んできた。
それはラナーにとって、初めての経験だった。
「モモンガやアルベド達にも、いずれは話しておかないとと思っていたけど、まさかあなたが最初とはね」
「ふふ、メリエル様の初めては私が頂きました」
ラナーの言葉にメリエルは笑みをますます深めて、そして告げる。
「大貴族の長男はどんなに無能であっても、領地も家臣も継げる。しかし、発展は疎か、維持はできない。さて、それが我慢できない家臣は何をやるかしらね?」
ラナーは一瞬でメリエルの言わんとしていることが理解できた。
それは自分にも理解できるよう、表現を変えられているのだろう。
「下剋上ですね」
「ええ。可哀想なことに、悲劇的な事故で死んでしまったのよ。ねぇ、ラナー。あなたの知らない世界ではあなたと同じくらいの輩は存在する。でも、あなたみたいに善悪の判断がついた上で、敢えてそれを成す輩は少ない」
「メリエル様はどちら側でしたか?」
「私はついたほうと思いたいわね。権力と武力、その二つを持った輩は善悪の判断というものはつかなくなる。私は庶民には何もしていないわ」
その言い方に、ラナーはくすり、と笑う。
「逆らう庶民は?」
メリエルの笑みが穏やかなものになった。
ラナーはその穏やかな笑みが先程の笑みよりも、恐ろしく感じる。
「ラナー、そういうのはね、庶民とは言わないわ」
子供に言い聞かせるように、優しくメリエルは告げた。
ラナーはピンときた。
「メリエル様、あなたはその組織において、死刑執行人でしたか?」
「ええ、そうよ。ただ、私が直接首を落とすということはなかった」
ラナーは、その言葉に完全にメリエルを理解した。
それこそ八本指における六腕みたいなもので、六腕に命令を下す立場にある存在だと。
その地位に上り詰める為には、どれだけの組織内部での権力闘争があったか、そして、そこから更に無能なトップを事故死させるまで、どれだけの手回しがあったか。
無能なトップであっても、忠義を尽くす輩はいただろう。
そういった輩を如何にして取り込むか、あるいは始末したか。
ラナーは容易に想像ができてしまう。
「有能か? 無能か? 敵か? 味方か? 中立だとしても、敵寄りか? 味方寄りか? そいつの持っている人脈は? 性格は? 家族構成は?」
流れるように、メリエルは告げる。
ラナーは彼女をじっと見つめる。
「そういったものを短期間で見抜かないと、ダメよ。あなたみたいな頭の良い輩は使いやすくて分かりやすいから、便利だった」
ラナーは笑い、そして、そのままメリエルの傍へと歩み寄り、その横に座った。
そして、そのままメリエルに抱きついた。
ラナーは胸いっぱいにメリエルの匂いを吸い込む。
嗅いだことのない、良い匂いだった。
その行動にメリエルは問いかける。
「私の答えは満足いくものだったかしら?」
「ええ、とても満足できました。そのような環境下で、色々と育まれたのですね」
「要するに、人の顔色を窺っていただけよ。私の頭、そこまで良くはない」
ラナーはメリエルの耳元でくすくすと笑う。
「ですけど、人を使いこなすことはできる。私も、使われてみたいですね」
「それは嬉しいわ。あなたを使えるなら、色々と便利だし……というか以前、クライムとの生活の代価として世界征服するから協力してって言った記憶があるんだけど?」
「それはあくまで協力です。私はあなたの部下となって、扱き使われたいんです。私を好き放題できるなんて、あなたくらいしかいませんよ?」
「私が断らないって分かって言っている癖に」
口を尖らせるメリエルにラナーは勿論です、といつも通りの、仮面の笑みを浮かべて答える。
「それとメリエル様。アルベド様達に、今すぐこのことをお伝えしましょう。モモンガ様は後回しで構いませんが、アルベド様達には伝えておいたほうが良いです」
「やっぱり、そうなるわよね」
予想されていた、とラナーは思ったが、驚きはない。
頭が良くない――
それは謙遜だ、とラナーは確信する。
馬鹿や無能では、たとえどれだけ人の顔色を窺って、ゴマスリが上手くても、それこそ権力者の子供などでなければ、その地位に上り詰めることができなかっただろうに。
そして、権力者の子供がゴマスリをするなんぞ、到底無理なものだ。
権力者の子供――例えば庶民の味方とされている心優しき王女のラナーであっても、行動規範というものが存在する。
それは単純であるが故にもっとも重要で、その規範とは他の者に舐められ、侮られるような行動をしてはならないというものだ。
子供だけでなく、親に、そして程なく一族全てが侮られ、やがては求心力の低下を招き、反乱を呼び込んでしまう為に。
ラナーはそういうものを己の損得だけで、乗り越えられるが、彼女は自身が特殊な例だと理解している。
大多数の権力者にとって、その行動規範は絶対であり、幼少期からの教育により刷り込まれ、無意識のうちにその規範を破らぬように行動すると考える。
そして、ラナーはメリエルについて最終的な判断を下す。
「昔のあなたは、まるで権力を求める獣のようですね」
言われたメリエルは思わず、ポカンとして目をパチクリと瞬かせる。
その顔にラナーはくすくすと笑う。
「……それ、部下とかにも言われた記憶があるわね。権力に取り憑かれた野獣だって。でも昔の私は仕事のときは、ただ、自分に利があるかないかで判断していただけよ。勿論、誰にだって基本は友好的に接したわ」
大昔に、野獣呼ばわりされた男をメリエルは知識として知っている。
しかし、いくらなんでも、あそこまで歪みきってどうしようもない性格ではなかったし、友人もそれなりにはいた。
結婚はしておらず、恋人などもいなかった為、女遊びも結構していたが、問題はない。
あの金髪の野獣は結婚していた上で、派手に浮気をしていたのだから、大違い。
ただやっている仕事が似ているというだけで、えらい風評被害だと笑ったものだ。
「ところで、今の私は獣ではないかしら?」
「神という、この世でもっとも大きな権力を手に入れていますからね。ベッドの上では獣でしょうけど。あなたも、そしてアインズ様も、元々は人間でしょう?」
そこまで見抜いてきたラナーであったが、メリエルはくつくつと笑う。
「ラナー、良いことを教えてあげるわ。人が神を作るのよ」
「至言ですね。誰の言葉ですか?」
「この世界で言ったのは私が最初だと思うから、私ってことにしといて。なんかほら、そういうのがあったほうが、神様らしいでしょう?」
メリエルはそう言って笑う。
ラナーは笑いながらも、その瞳はまっすぐにメリエルを向いている。
ようやく、自分と同じような存在がいた、と。
もっと早くに出会っていれば、楽しかったのに――
ラナーは悔しがるも、どうせ自分に不老不死の薬を渡してくるのは目に見えているので、これから先の長い時間、共に過ごせることを喜ぼうと前向きに考えた。
「ああ、そういえば、ラナー。あなたはアインズ……我々は愛称でモモンガって呼んでるけど、ともあれ彼をただの庶民とか凡人って思っているみたいね?」
メリエルはそう言って、ラナーの瞳を真っ直ぐに見据える。
「この私や、他にも私と同程度の奴らを彼はとてもよく、従えていた。我々は彼以外の下にはつかなかった。その意味を、聡明なあなたなら理解できるでしょう?」
問いに、ラナーは目を見開き、そして吹き出した。
彼女の笑い声が室内に木霊する。
「そのことには思い至りませんでした」
「どう思っていたの?」
「メリエル様が黒幕で、アインズ様は傀儡だとばかり……だって、なんかこう、彼は支配者の演技をしているようで」
「まあ、彼の性格は庶民的だからね……」
「あ、そこは否定しないのですね」
「だって本当だもの」
ラナーとしては予想外も良いところだった。
何かしらの、どうやら特殊な経緯がありそうだったが、さすがにラナーであっても分からない。
「で、離間工作とかする?」
ほんの一瞬、ラナーの頭に浮かんだことをメリエルは問いかけてきた。
「私の心を読むとか、そういう魔法を使っていますか?」
「使ってないわよ。ただ、昔の経験で」
「されたんですか?」
「されそうになったけど、叩き潰しといた」
メリエル様らしい、とラナーはくすくすと笑う。
「それじゃ、ラナー、とりあえずアルベド達に伝えるから、一度退室して、寝取りのアレコレを……そういえば何で寝取りを?」
大回りして、戻ってきた話題にラナーは妖艶な笑みを浮かべる。
「クライムが絶望し、怯えた顔、想像以上に興奮できたので……シナリオとかはバッチリ任せてください」
そう言って、ラナーはメリエルの私室から出ていった。
メリエルはラナーを見送り、軽く溜息を吐いて
アルベド、デミウルゴス、そしてパンドラズ・アクターだ。
至急の話があるので、すぐに来て欲しいと伝えた。
「まずは3人に話して、最後はモモンガか……」
気が重かった。
以前、彼には中間管理職とか企業の偉い人とか、まぁまぁの地位にあった、と言ったが、それらは謙遜を多く含んでいるが、一応嘘ではない。
上層部と部下との間に板挟みというスラング的な意味での中間管理職としてなら間違ってはいない筈だ。
管理職の指揮下にある管理職という、本来の意味で考えると間違いではある。
勤めていた企業は誰だって知っているだろう世界的な巨大複合企業で、メリエルが大きな仕事をしたときはネットでよく騒がれたものだ。
とはいえ、気が重いのはもう一つある。
リアルでのウルベルト・アレイン・オードルについてだった。
ベルリバーについては残念だったとメリエルは思う。
彼は運が悪かったとしか言いようがない。
メリエルは部下達に命じて、漏れた情報を握った輩を事故死させた。
本来なら、そういう小さい仕事はメリエルにまで上がってこないのだが、漏れた情報が極めて不都合なものだった為、万が一があってはならないという役員達からの指示だ。
事故死させた輩が万が一、別の場所に情報を流しているのではないか、とメリエルは部下に指示をし、捜索させた。
そして、彼が所持していたパソコン内から出てきた諸々のデータから、彼がギルドのメンバーであるベルリバーであったことが判明した。
更に、彼が情報を流した相手を探って、掴んで調査してみればそれはウルベルト・アレイン・オードルだった。
こういう仕事をしていれば、そういうこともある。
友人が、知人が、処理のターゲットになることは。
だからこそ、割り切りはしなければならない。
とはいえ、そもそも既に事件が起こったときはユグドラシルの終末期で、かつての仲間達である39人はアカウントを消しての完全引退かアカウントだけは残っているもののログインは長いことしていない事実上の引退状態だった。
少なくともメリエルにとって、彼らとの繋がりは完全に切れていた。
ウルベルトの処理は警察に情報を流して、任せた。
理由は簡単で、動きがあると予想された日はユグドラシルの最終日だったからだ。
もし万が一、警察側にたっち・みーがいたら、ウルベルトとの対決ということになるかもしれなかったが、さすがにそんな偶然はないだろうとメリエルは当時、考えたものだ。
こんな事態になるとは思ってもみなかったので、どんな結果になったかは分からないが、メリエルとしてはもう関係ないことだった。
地位も権力もカネもあった。
しかし、メリエルにとってリアルとは、くそったれな世界だったと改めて思う。
扉が叩かれた。
その音にメリエルは回想をやめ、許可を出せば扉が開かれ、呼び出した3人が入ってきた。
しかし、あの歪んだ笑み、ラナーにも通用したから、頑張って研究した甲斐があったな――
相手を恐怖させる為に頑張って研究したメリエルの成果の一つだった。
どうしてもそういう仕事をしていると、舐められないようにする必要があるので、仕事上必要なスキルだった。
ついでなので、この3人にも試してみようとメリエルはラナーにも披露した歪んだ笑みを浮かべてみせる。
3人が目を輝かせた。
3人のうち、パンドラズ・アクターに至っては大げさな身振り手振り付きだ。
内政計画を進めるにあたり、1秒でも時間が惜しいからそれはやめて、とメリエルが言って一時的に収まっていたが、計画が完遂された今では彼を阻むものは何もない。
もうちょっと怖がってほしいんだけどなぁ――
メリエルはそう思いつつ、口を開く。
「さて、あなた達には私の昔話を披露しておくわ。私のリアルでのことと、そして、ウルベルトについて」
メリエルはラナーに話したことと同じ内容を語る。
3人に対しては特に警戒する必要もないので、彼女としては気楽に話せた。
その過程で、メリエルが最初に語った宇宙的な脅威云々というのが3人全員に嘘だと見抜かれていることにも気づいたが、プレアデスの3人が気づけて、この3人が気づかないわけがなかったので、特に驚きはなかった。
もしくはその3人が見抜いて、教えたのかもしれない。
彼ら以外の、他のシモベにバレていても、おかしくはないとメリエルは思ったが、些細なことだった。
さて、メリエルの昔話を聞いた結果、3人からは彼女は畏敬がこれでもかと込められた視線を向けられた。
特にアルベドは凄まじく、興奮のあまり黒い翼がばっさばっさとこれでもかと動いている。
そんな彼女にメリエルは苦笑しながら、デミウルゴスへ視線を向ける。
メリエルは彼の宝石の瞳を見据え、告げる。
「デミウルゴス、ウルベルト・アレイン・オードルについて、端的に言うわ」
その言葉に彼もまたメリエルの視線を真っ向から受け止める。
「彼は
デミウルゴスはその一言でもって、自身の創造主に何が起きたかを理解する。
昔話からメリエルは体制側でいわゆる正義とされる側、メリエルの言葉によればウルベルトは反体制側であり、体制側からみれば悪であることなど、容易に想像できた。
デミウルゴスは深く頭を下げた。
「ウルベルト様は己の信じる悪を、貫かれたのですね」
「私を恨むかしら?」
問いに、デミウルゴスは「まさか」と否定し、頭を上げた。
「悪を成すからには、己の結末も考慮の上。メリエル様がされたこともまた、立場からすれば当然のことでしょう」
デミウルゴスは平然とそう告げるが、どうにも泣いているように見えた。
涙が流れているわけではなかったが、メリエルにはそう見えた。
だが、それを指摘するのは野暮というものだ、と彼女は思う。
男の涙とは他人に見せないものだ。
「……私を殺したくなったら、いつでも来てほしい。あなたにはその権利があるわ」
だからこそ、メリエルはそう告げる。
創造主を殺したも同然なのだ、そうする権利は彼にはあるとメリエルは考える。
「それこそ、ご冗談を。むしろ、私が悪を貫くことは……いえ、これは正しくありませんね。ああ、私としたことが、何とも言葉がうまく出てきません」
忠誠を捧げる相手が自身の創造主を殺した――
デミウルゴスといえど、予想などできよう筈もないリアルでの事情。
割り切ることなど到底できない。
「デミウルゴス様、遺恨などないよう、スッキリとさせておいたほうがよろしいかと思いますよ?」
パンドラズ・アクターは、そう告げた。
それで彼が何を言いたいか、理解できた。
故に、メリエルは両手を開き、受け入れる姿勢となる。
その際、彼女はアルベドに
デミウルゴスは深呼吸をする。
なんて、お優しい方だと彼はメリエルを心からそう思う。
最後まで残られた上に、さらに創造主たるウルベルト様の最期を知らせ、さらには自分を殺す権利があると仰られたのだ。
同時に、パンドラズ・アクターにも彼は感謝する。
メリエルを殺すなどというのはデミウルゴスからすれば強さの桁が違うが故に、また心情的にも無理であり、とはいえ、このまま何もせずに終わらせるのもどうにも消化不良であるのは間違いない。
そこで、パンドラズ・アクターがすかさず提案してくれた。
一発殴って終わりとする。双方、それで恨みっこなしと。
とはいえ、デミウルゴスにも懸念がある。
アルベドの存在だ。
殺気などは感じないが、それでも剣呑な視線を向けてきている。
「アルベド、私の防御力の高さを知る機会だと心得て欲しい」
メリエルの言葉にアルベドは渋々といった顔で頷いて、そっぽを向いた。
デミウルゴスは苦笑してしまう。
とはいえ、彼としてもこればかりは譲れなかった。
「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」
デミウルゴスの片腕が膨れ上がり、瞬く間に数倍する大きさとなる。
彼は消化できない諸々の感情を拳に込めて、思いっきりメリエルを真正面から殴った。
感触としては、硬い壁を殴ったような、そんなものだった。
デミウルゴスはただちに拳をどかして、更にその大きさを元に戻す。
メリエルの額のあたりから、ほんの僅かに出血しているのが見えたが、それも一瞬にして消え去った。
メリエルのアクティブスキルの自動回復により、ちょっとした傷では意味をなさないのだ。
デミウルゴスは直ちに平伏し、宣言する。
「メリエル様とモモンガ様に変わらぬ忠誠を誓うことを、ここに宣言致します」
「これで、恨みっこなしよ? 寝首をかくとか、そういうのはなしよ?」
「勿論です」
デミウルゴスの言葉にメリエルは安堵の息を吐いた。
「で、相談なんだけど、モモンガにウルベルトの件を伝えるか、伝えないか? 私としては、こう言うのは酷だけど、ギルドメンバーとしての繋がりが切れて久しいし、残念だとは思うけど、それくらい。ウルベルトに情報を渡したベルリバーも、実は始末しているわ」
メリエルの言葉に真っ先に反応したのはアルベドだった。
「伝える必要はないかと思われます。モモンガ様の言動などから推測するに、かつての仲間達にそれなりに執着されていらっしゃいます。伝えては、軋轢が生まれます」
「私としても、モモンガ様に伝える必要はないかと。おそらく、嘆き苦しみ、消化不良となってしまいますので」
アルベドに続いて、パンドラズ・アクターもそう告げ、最後にデミウルゴスもまた伝える必要はない、とメリエルに告げる。
「それじゃあ、私の昔話程度にしておいて、それ以外の、かつての仲間達については伝えないものとするわ」
メリエルはそう決意し、3人に告げた。
そこで彼女は思い出す。
ラナーを待たせていることに。
どういうシナリオになったのだろうか、とウキウキした気分になるのをメリエルは感じたのだった。
その後、メリエルがラナー考案の寝取りシナリオにドン引きすることになるが、それはまた別の話だった。