彼らの異世界ライフ モモンガさんがやっぱり苦労する話 作:やがみ0821
ネイア・バラハにとって、それは人生の転機となった日であった。
聖騎士の従者を務めていた彼女は、幸運にも、その式典や歓迎行事に参加できたことから転機は始まっていたのかもしれない。
式典や行事の参加できる従者はネイアの他に僅か4名。
倍率は10倍以上であったが、その狭き門を彼女は突破したのだ。
魔導国におけるNo.2であるメリエルの聖王国親善訪問、それに伴って開催される歓迎式典。
先のカッツェ平野で王国軍を鮮やかに打ち破ってみせ、本人も女神のような美貌を誇り、更には最低でも第5位階以上の魔法詠唱者だという。
配られた資料には色々と他にも情報があったが、メリエルに関してはそのくらいのものだ。
ネイアは純粋に野次馬根性として、そんな人物を間近で見ることができるのを喜んだ。
式典当日、ホバンスにある王城の正門前に出迎えとして、聖騎士団の団長であるレメディオスや聖騎士達が正装し、整列する中、ネイアは他の従者達と彼らの後ろに正装をし、整列していた。
正門に通じる大通りには大勢の市民達がおり、今か今かとその到着を待っていた。
ネイアもまた緊張しつつも、どんな感じで来るのかとワクワクとしていた。
他国の使節団がやってくるとき、それは基本的に国威を示す為にこれでもかと派手な工夫を凝らしてくるのだ。
そのときだった。
ネイアの耳に微かに太鼓の音が聞こえてきた。
規則的に正しいリズムで打ち鳴らされる太鼓の音に笛の音色が加わり、旋律を奏で始める。
沿道の市民達も、それに気がついたのだろう。
ざわめきが大きくなる。
そのメロディは徐々に大きくなっていく。
最初に見えたのは騎兵だった。
赤一色で統一された軍服を着込み、白馬に乗った騎兵が隊列を組んで堂々と進んでくる。
旗手の2人が持つのは魔導国の国旗とメリエルの部隊であることを示す隊旗だ。
奏でられるメロディに合わせ、誇らしげに。
その次に見えたのはこれまた騎兵であるが、こちらはより華美なものだった。
特徴的なものは大きな鳥の羽根飾りと長い槍。
王国軍の騎兵を一撃でもって崩壊させた有翼重騎兵――フサリアだ。
市民達が歓声を上げ始めた。
ネイアもまた歓声の一つでも上げたくなかったが、それはさすがに我慢する。
ちらりと他の従者達やかろうじて横顔が見える聖騎士達の様子を窺ってみれば、誰一人例外なく、メリエルの騎兵達にその視線は釘付けだった。
フサリアの後に、軍楽隊が続いて、その後にいよいよ現れた。
カッツェ平野での魔導国軍の主力。
赤一色の軍服を纏い、黒い三角帽を被り、棒状のものを担いだ歩兵達。
3列縦隊を組んで、一糸乱れずに進んでくる。
「レッドコート……」
ネイアは思わず呟いてしまったが、幸いにも大きく響き渡るメロディに誰も気づかなかったようだ。
その堂々たる行進であったが、レッドコートの後ろに更に続く歩兵達がいた。
青白赤の三色を彩った軍服を纏った、軍楽隊。そして、その後に続く同じ軍服を着た歩兵達。
その軍楽隊が奏でるのは先程のレッドコートが奏でていた陽気なメロディとは違うもの。
勇ましいメロディであり、闘志を漲らせるには最適なものだ。
老親衛隊と配られた資料にはあったので、あれがメリエルの近衛ということになるのだろうか、とネイアは思う。
親衛隊だけなら分かるが、なぜ、老という形容詞がつくのか、誰も彼も疑問に思ったが、古参兵で構成されているんだろう、というレメディオスの一声で納得できた。
一時期から急に賢くなった団長はネイアにとって、素直に尊敬できる存在だ。
前の団長よりもよっぽど良い、というのが聖騎士団全員の偽らざる本音である。
そして、老親衛隊の後に2頭の馬が引く大きな馬車が現れた。
馬車にはこれでもかと装飾が施されており、それだけでどれほどの価値があるか、ネイアには想像もつかなかった。
メリエルが搭乗していることを示す、メリエル個人の旗が掲げられ、風に靡いている。
美しい白と黒の翼を左右に生やした女性が片手で剣を掲げ、もう一方の手には書物を携えているその旗は非常に印象的だ。
また、馬車を引っ張る馬が、ただの馬ではないことに誰も彼もが気がついた。
その馬には足が8本あったのだ。
スレイプニルだ。
さらにはその御者台にはメイドが2人座り、1人は御者をしていたが、これまた非常に美しい。
ネイアは自分が何かするわけでもないのに、心臓がかつてない程にドキドキとしてきた。
そして、いよいよ馬車が正門前に到着した。
メイド達の手により、赤い絨毯が敷かれて、その左右をレッドコートと老親衛隊が並び、その手に持つ棒状のようなものを捧げる形で構えた。
準備が整ったところで、いよいよ馬車の扉が開かれる。
ネイアは思わず呼吸が止まったような気がした。
誰も彼もが、現れたメリエルに目を奪われた。
メイドは美しかったが、そんなメイドですら霞むほどにメリエルの美しさは飛び抜けていた。
純白のドレス姿である彼女は優雅に赤い絨毯を歩くが、それだけで絵画の題材にできそうな場面だった。
事実、記録として残す為にこの場に呼ばれた幸運な画家達は食い入るように端の方で見つめているのがネイアには見えた。
「よくおいで下さいました。聖騎士団の団長、レメディオス・カストディオです」
その肩書に恥じぬ、堂々とした態度でレメディオスは名乗った。
「今日はよろしくお願いするわ」
メリエルの声は非常に綺麗なものであり、女神の声というのはこういうものではないか、とネイアはメリエルを見つめながら思う。
そのとき、ネイアはメリエルと視線があった。
気のせいなどではなく、はっきりと。
そして、メリエルが微笑んだ。
ネイアは見惚れてしまった。
メリエルは女神だ、とネイアは確信した。
式典は特に問題が起きることなく終わり、メリエルとカルカの間で魔導国と聖王国の友好的な関係が確認された。
その後の昼食会ではカルカとメリエルが談笑する姿が見られ、その光景は参列していた者達、とりわけ画家や彫刻家の心を掴んだ。
そして午後はカルカが自らメリエルを王城内や首都であるホバンスを案内し、メリエルはカルカと共に市民達と触れ合い、また市民達による歓迎の音楽会なども開かれて、メリエルを大いにもてなした。
そして、休息を挟み、晩餐会となり、それが終わってようやくネイアの仕事は終わった。
一日中、扱き使われて疲労困憊であったが、それでも心地よいものだった。
何よりもネイアにとって幸運であったのは、メリエルをちょくちょく見かけることができ、もっとも接近できたときに漂ってきた良い匂いに、仕事中にも関わらず、蕩けてしまいそうになった。
「……綺麗な人だなぁ」
自分とは大違いだとネイアは溜息を吐く。
つい5分程前に自室に戻ってきた彼女は、衣類を脱ぐと、肌着と下着で、ベッドに寝転がった。
「恋人とか、婚約者とかっているのかな……」
あれだけ綺麗であれば、それこそ選り取り見取りだろう、とネイアは思いつつ、ちょっとした妄想をする。
「もしかしたら、女の子が好きだったりして?」
自惚れかもしれないが、メリエルと視線が何度か、合った。
その度に彼女はネイアの目つきに怖がることなく、微笑んでくれたのだ。
もし、もしも、メリエル様が実は女の子が好きで、私に気があるから、微笑んでくれたのだとしたら――?
「メリエル様が、もし、万が一、そうだとしたら、私は大丈夫」
ぐへへ、と笑いながら体を猫のように丸める。
大丈夫とは何が大丈夫なのか、ネイア本人には当然分かっていた。
同性を好むというわけではないが、メリエル様は特別で、メリエル様に求められたら、喜んで応じる、とそういう意味だ。
扉が叩かれたのはそんなときだった。
誰だろうか、と思いつつ、ネイアがベッドから起き上がる。
肌着と下着だけど、まあ、いいか、と思いながら、扉を開けると――メリエルがいた。
ネイアは固まった。
目の前にいる人物が信じられず、夢か何かかと思ったが、メリエルは部屋の中に身を滑り込ませると、そのまま扉を閉めて、鍵を掛けた。
目にも留まらぬ早業に、ネイアは更に驚いた。
「え、と、あの……メリエル様?」
「そうよ、そのメリエルよ」
「な、なんで?」
問いかけるネイアにメリエルはくすりと笑い、ネイアを抱きしめながら、耳元で囁く。
「私のこと、ずーっと見てたでしょう? そういう誘いだと思って」
ネイアの心臓が飛び跳ねたような気がした。
メリエルから漂う良い匂いにネイアの頭はくらくらしてきた。
「あ、あの、その、問題になると、困りますから……」
何とか責任感を持って、そう告げる。
「問題にさせないから、大丈夫よ。あるいは、私にそうしないことを問題にしても良いのだけど」
くすくすとメリエルが笑い、更に告げる。
甘い声だ。
「私はあなたのその目、好きよ? 可愛い」
その言葉にネイアはもはやどうにでもなれ、とメリエルの腰に両手を回して、抱きしめる。
「その、私、初めてで……あ、あと、その今日は、まだ、お風呂とか入っていなくて……」
少し顔を俯かせて、そう話すネイアにメリエルは優しく告げる。
「大丈夫、全部私に任せて? 気持ち良く、してあげる」
「あー、慣れない敬語も楽じゃないわね。こういう楽しみがなければ、やってられないわよ」
メリエルは隣で寝息を立てるネイアを見ながら、愚痴をこぼす。
ネイアはメリエルが両性具有だと知っても、特に拒んだりすることはなく、受け入れた。
聖王国のカルカ達3人はメリエルのペットであったが、それでも公の場では、そんなことは出せない。
故にそれぞれの立場での振る舞いとなり、たとえ3人のベッドでの痴態を知っているとはいえ、魔導国の看板を背負っている以上、メリエルとしても普段の態度を引っ込めた、リアル以来の、久しぶりに礼儀正しいもので臨まざるを得なかった為、精神的に疲れを感じていた。
唯一の救いはネイアだった。
レメディオス経由でその存在については聞いていたので、今回の聖王国への公式な訪問の際に、ついでに手に入れてしまおうという魂胆だった。
そのとき、脳内に
デミウルゴスからで、予定通りに準備ができたとのことだ。
メリエルは予定通りに進めるよう指示を出す。
今回もまた盛大なマッチポンプだ。
デミウルゴスによるヤルダバオト劇場の開幕だ。
作戦の概要は簡単であり、聖王国全土を大量の悪魔が襲い、ヤルダバオトが盛大に名乗り上げる。
たまたま訪問していたメリエルにより首都を襲ったヤルダバオトは手傷を受け、撤退するが、ホバンス以外は悪魔の攻撃に晒されてしまう。
その後にメリエルが魔導国から援軍としてモモンガを呼び、タッグを組んで傷が癒えたヤルダバオトを叩きのめし、ヤルダバオトはスタコラサッサと逃げ出すという手順だ。
ヤルダバオトは便利な存在な為、まだまだマッチポンプに有効活用するので、ここでは倒さない。
聖王国は帝国と同じく、属国としての道を歩むことになる。
聖王国の次は竜王国、それが終わればモモンガとの交替で長期休暇という予定になっている。
「さて、頑張るとしましょうか」
ヤルダバオトとの戦いを間近でネイアに見せることで、メリエルは良い感じに魔導国へ連れて帰れるだろうと楽観していた。
日付が変わると同時に聖王国における作戦は実行される。
あと僅かのことであった。
「おー、派手にやってるなー」
モモンガは遠隔視の鏡にて、ヤルダバオトと戦うメリエルを見ていた。
「流石はメリエル様ですね」
ユリもモモンガの横から覗き込む。
そんな彼女の頭をさり気なくモモンガは撫でながら、もう一方の手を顎にあてる。
メリエルさん、めちゃくちゃ働いているよなぁ、と彼は考える。
カッツェ平野の戦いの後から何か変なスイッチでも入ったかとモモンガは心配してしまう。
パンドラズ・アクターとデミウルゴスとアルベドとその他必要なシモベの指揮権全部よこせ、それと決済権もよこせ、と戦争の直後にモモンガに直談判しにきたときは、その勢いに押されて承諾してしまったが、結果としてそれはナザリックにとって上手く転がった。
予定されていた魔導国領土における内政計画。
それを次々と同時並行的に進めていったのだ。
メリエルが陣頭指揮を執り、デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターを存分に使いこなしたが為に問題など起こる筈もなく、予定されていたものは次々と前倒しで実行され、ただちに完遂された。
24時間、1秒足りとも休むことなく働け、と要求したメリエルに嬉々として従うデミウルゴス達。
そもそもからして至高の御方の1人であるメリエルが陣頭指揮を執っている段階で彼らの士気は天井知らず。
さらにそこに人手が足りないならとメリエルがそれぞれの作業や計画に必要なホムンクルスを作って投入し、人海戦術でもってゴリ押した。
それにより、僅か3ヶ月足らずでインフラ整備や魔導国が支援する新しい冒険者組合の設立など、予定された第一段階計画を完遂してしまったときは、モモンガはメリエルの底力に思わず震えたものだ。
とはいえ、それはメリエルが気を使ってくれたのだとモモンガは気がついた。
ユリ以外のプレアデスがメリエルから仕事を任され、あちこちに出向いたりする中、ユリだけはモモンガの専属メイドから外れることが無かったのだ。
たまにメリエルからの進捗状況の報告書を一般メイドが持ってくるくらいであり、モモンガはユリと存分にプライベートな時間を楽しむことができた。
2人でナザリックの外に散策に出かけるなど、それはもう大いに満喫した。
その間だけ、手の空いている守護者にナザリックにいてもらったが、特に問題は起きなかった。
もっとも、休暇中でも一度だけ、モモンガは仕事をした。
鬼気迫る勢いのメリエルに連絡を取るのは勇気がいることであったが、それでも勇気を振り絞り、パンドラズ・アクターを30分だけ借りて、漆黒のモモンについて、一芝居打ったのだ。
魔導王とメリエルの抑止力として、敢えて魔導国に仕えるという、そういう風に。
その後は再度、休暇を楽しみ、聖王国と竜王国が終わったら今度は自分が表に出る番だとモモンガはやる気に満ちていた。
交替で長期休暇を取ればいいんだ、ということにモモンガは気づいたのだ。
もっとも、メリエルからすれば、単純にモモンガとユリの砂糖を吐きそうな光景を見ないようにする為の、仕事漬けであった。
ネイアはその光景に目を奪われていた。
メリエルと結ばれた彼女が気持ち良く寝ている最中に響き渡った声。
かつて、リ・エスティーぜ王国に現れたというヤルダバオトの出現にホバンスは大騒ぎになった。
しかし、そこでネイアの部屋からいつの間にかいなくなっていた、メリエルがヤルダバオトに挑んだのだ。
そして、今の状況だ。
夜空に輝く雷光であったり、炎の渦、あるいは光の矢など様々だ。
どれもこれも見たことがない魔法であり、また夜間に、しかも空中で戦っているが為に、どんな魔法が飛び交っているかはよく見えるが、どっちが勝っているのか、戦っている当人達以外は誰も分からない。
ただ、一つ、理解できることがある。
それはその戦いが神話の域にあるものであり、聖王国の者では誰も加勢することなどできないこと。
「メリエル様……」
ネイアは自分が何もできず、もどかしい思いだ。
そのときだった。
唐突に夜空に声が響き渡った。
《あなたがいるのは予想外でした。次に会う時こそ、全力で戦ってさしあげましょう》
ヤルダバオトの声だった。
それを気に、空は静かになった。
メリエルが勝った、という事実にネイアは胸を撫で下ろした。
夜が明けて、惨憺たる状況が伝わってきた。
聖王国の南部と北部を問わずに悪魔達が大量に出現、アベリオン丘陵との境にある城壁は何の意味もなさず、悪魔達に制圧された。
それだけならまだ良かったのだが、悪魔達は亜人達と手を組んだようで、続々と制圧された城壁を超えて、亜人の軍勢がやってきたのだ。
聖王国の上層部は幸いにも王城は無論、ホバンス自体がメリエルにより守護された為に無事であった。
だからこそ、迅速な意思決定が行われた。
すなわち、聖王女であるカルカから魔導国に対する正式な同盟締結及び支援の要請だ。
強い政策が取れないと揶揄されていた彼女の、その意思決定に反論する者は誰もいなかった。
昨夜のメリエルとヤルダバオトの戦い。
それを見れば、もしメリエルがいなかったなら一晩にしてホバンスは陥落していただろうことは想像に難くない。
ホバンスにいた者は貴族から市民まで、メリエルがいたことの幸運を喜んだ。
とはいえ、ここで問題があった。
メリエルはNo2とはいえ、全権委任大使ではないのだ。
だからこそ、転移魔法で使節団を全員連れて帰って、1週間以内にまた戻る、と言われた時は理解はできたが、感情的に納得ができなかった。
1週間以内に、そのような重大な意思決定ができるというのは聖王国側からすれば驚くべきことであったのだが、今回はそれでも遅いくらいだった。
もっとも、あまり駄々をこねて魔導国にヘソを曲げられたらそれこそ大変な為、聖王国側は渋々と言った感じでメリエル達を見送った。