ガイストの弾痕   作:嘘つき

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5.ハンティング

 

 

 

 

 ハイネとしばらくチームを組むことになったシノンは、促されるままにフィールドの手前、中央都市グロッケンの外周部に辿り着いた。

 この荒涼たる大地、GGOの舞台は最終戦争後の地球という設定になっている。遥か過去の大戦で文明の滅びた地球に、移民宇宙船団に乗って帰ってきた人々が暮らしている世界だ。ゲームプレイヤーたちは文明時代の名残である遺跡やダンジョンから有用な物資を回収し、情報を集めてくる調査隊、あるいは開拓者という位置付けとなる。

 この中央都市グロッケンもかつては地球に降り立った巨大宇宙船の一つだったらしい。それゆえか、都市内のメタリックに舗装された街路や街並みは外周部で唐突に途絶えており、そこから先は広大な荒野が広がっている。広い砂漠のど真ん中に高層ビル群がぽつんと存在しているエジプトなどに近いイメージか。

 

「んじゃ、この辺で支度すませとくか」

 

 ハイネの言葉を合図に、二人は街道脇にあるやや開けた場所へと移動する。そこでメニュー・ウィンドウを開き、アイテムストレージ欄を操作。それぞれ自身の武装を整える。

 シノンはまず移動中に携行する武器として一丁の突撃銃(アサルトライフル)をオブジェクト化し吊り紐(スリング)を使って肩から提げた。本来の主武装である《ヘカート》はまだ装備しない。移動中に突然敵が現れ戦闘が始まった場合、ボルトアクション式の大柄な対物ライフルでは対応しきれない恐れがあるからだ。大人数で周りを固めている時ならばともかく、チームが二人だけの状況で機動力や迎撃力を失うのはリスクが大きい。ゆえに今回の狩りでは、移動中の遭遇戦および近距離戦が避けられない状況に限りアサルトライフルで戦闘を行い、狙撃が必要な場面ではヘカートに持ち換えて後方からの火力支援をすることにしていた。

 

「対物ライフル以外にもなかなか良い武器を持ってるな。ロシアの“アバカン”ライフルか」

 

 自身の武装を整えながら、ハイネが横目でシノンの方を見て感心したように呟く。

 

「まぁね。ちょっとクセがあるけど、使い慣れれば他のアサルトライフルになんか乗り換えられないくらいしっくりくるわ」

 

 そう言って両手に持ったライフルを軽く持ち上げて見せる。

 彼女が選んだのはGGOでもレア武器とされている突撃銃の一つ《イジェマッシ・AN94》通称“アバカン”ライフルだった。5.45ミリ弾を使うロシア製の高性能アサルトライフルで、開発過程に“カラシニコフ”の名で有名なAKライフルの流れを汲みながら、中身はもはや別物と言っていいほど独特な造りになっている。特に歩兵用主力ライフルとしてはかなり異質な機構を持ち、その命中精度は前身であるAK小銃などとは比べものにならないほど高い。

 しかし同時に内部の構造や機能がかなり複雑になっているため、メンテナンス面なども含めて総合的に見ると、実際の現場ではやや扱い難いところもあったという。ゆえに現実世界では普通の軍隊や一般兵士ではなく、特殊部隊などといった一部のプロが好んで使う玄人向けの突撃銃とされていた。

 

「けど大丈夫か? 確かおたくはスナイパーだったろ。扱えるのか?」

 

「いちおう他のスコードロンに所属してた時に突撃銃を使った近・中距離戦も何度か経験してるし、少なくとも足を引っ張ることはないと思う。純粋に射撃の腕だけでいえばそこらのアタッカーにだって負けないつもりよ」

 

 確かな自負の籠ったその言葉に、ハイネはニヤリと口端を吊り上げて笑った。

 

「へぇ、そいつぁ楽しみだ」

 

 それからシノンはライフルの弾倉(マガジン)や各種レバーなどを軽く点検すると、次に副武装であるH&K(ヘッケラー・コッホ)社製の短機関銃(サブマシンガン)《HK・MP7》をオブジェクト化し、ベルトの左腰に取り付けた専用ホルスターへと収めた。アバカン同様、GGOではそれなりにレアな武器である超小型短機関銃だ。短機関銃の中でも『PDW(Personal Defene Weapon)』と呼ばれるカテゴリに属し、貫通力を重視した4.6ミリ×30の小口径高速弾を使用する。非常にコンパクトかつ軽量でもあるため取り回し易さの面でも優れ、ゲーム上での分類はSMG(サブマシンガン)でありながら、その重量はマガジン込みで2キロ以下と大型拳銃並。加えて小口径弾は反動も小さく、銃そのものの性能の高さも相まって、シノンのSTR値であれば片手でのフルオート射撃でもかなりの命中精度を維持できる。これを手に入れて以来、シノンはスナイパーという遠距離型のクラスでありながら、たとえヘカートを装備した状態でも、近距離型のプレイヤー相手にかなりのレベルで対応できるようになっていた。

 そして最後に、シノンは右腰のホルスターにスリムなデザインの9ミリ口径自動拳銃《CZ75B》を差しておく。その優れた性能で有名な《CZ75》シリーズ、その現行の基本モデルだ。基本的にはオーソドックスな機能を備えたシンプルな自動拳銃であるものの、製造過程での工作精度が極めて高く非常に堅実なつくりをしている。ダブルカラム構造による十六発装弾と多弾倉でありながら、人間工学を駆使したそのグリップのデザインは手に吸い付くように感じるほど握りやすい。市場での評価もきわめて高く、その優れた命中精度ゆえに数多ある自動拳銃の中でも世界有数の名銃と称されている。もっともシノンにとっては、ヘカートを装備していない分装備重量に余裕があるため、あくまで予備として身に付けているにすぎないが。

 

「MP7にCZ75……こうして見ると全体的に趣味の良い銃器を揃えてるな。どれもこれも実戦向きの優秀な武器ばかりだ」

 

「私にはあなたみたいに“遊び心”を加える余裕は無いから。じゃじゃ馬はヘカートだけで手一杯よ。

 それに比べてあなたの方は………相変わらずの軽装備ね」

 

 シノンは微かな呆れを浮かべて目の前の男の装備を見やる。

 現在のハイネはその服装を街区内用から野戦用装備へと変更していた。とはいえ、全体的に見ればそれほど大きな変化は無い。先程までのTシャツにミリタリーパンツという装いの上から気休め程度の簡素なボディアーマーを身に付け、さらにその上から黒のミリタリージャケットを着用しただけ。とても動きやすそうではあるものの、反面、敵の攻撃に対する耐久力はあまり期待できそうになかった。耐弾性・防御力という点ではスナイパーであるシノンも似たようなものではあるが、ハイネの場合は敢えて敵の目の前に飛び出すという戦法を取るくせに、身に付けたアーマーは気休めにもならなそうな薄っぺらな物。彼の実力が並外れたものであるということはわかっているものの、さすがに少しばかり不安が募る。

 

「防弾装備は最低限でいい。あんまり重いと敵の攻撃を躱しにくくなるからな」

 

 こちらの心情を知ってか知らずか、ハイネは軽く肩を竦めるような仕草でそう嘯く。

 確かに敵の攻撃を躱すには身軽な方が良いのだろうが、それにしても無防備だ。自分は絶対に攻撃を喰らわないとでも思っているのだろうか。

 それに軽装備なのは服装だけに限った話ではない。

 

「武器の方もかなり軽装だけどね……。ま、あなたにはそれで十分なんでしょうけど」

 

 そう言ってシノンはハイネの装備した武器類をしげしげと眺める。今回の彼の武装は自動拳銃が二丁にリボルバー拳銃が一丁、それにナイフが数本といったものだった。

 まず両脚のレッグホルスターには、それぞれ直線的なデザインのスライドが特徴的なH&K社製の自動拳銃《USP》を差している。命中精度もさることながら、頭文字のUが表す『Universal』の名の通り優れた汎用性を誇り、世界中で高く評価されている有名な傑作銃の一つだ。人間工学に基づいて設計されたグリップのデザインや各レバーの位置は数多ある拳銃の中でも特に扱いやすく、フレーム素材にはポリマーと呼ばれる強化プラスチックを使用しているため、サイズや装弾数の割には軽量で取り回し易さの点でも優れている。今回の戦闘では基本的にこの二丁がメインウェポンとなるようだ。

 さらにベルトの後腰に装着したヒップホルスターには大型のリボルバー拳銃《タウルス・レイジングブル》を差し込む。シルバーのボディに黒のグリップ、太くて長い銃身を持ったゴツい作りの拳銃だ。回転式の弾倉には大口径のマグナム弾が5発装填されている。見る限りこちらの方が一撃の威力は高そうだが、ハイネにとってはあくまで保険や予備、最後のトドメ用といった意味合いの方が強いらしい。

 そしてヒップホルスターよりもやや高い位置には、ボディアーマーの背中側にナイフを収める(シース)が二つ、交差するように取り付けられており、それぞれに刃渡り20センチほどのコンバットナイフが収められていた。さらに右腰にはその二本よりもやや大ぶりのナイフを身に付け、ミリタリージャケットの両袖にはカランビット・ナイフを一本ずつ内側に隠し持っている。

 ハイネが携行する武器はこれで全てだ。あとはせいぜい自動拳銃の予備弾倉をジャケットの内側やベルトなどに取り付けたケースに収めているくらいか。

 武器類をあらかた身に付けたところで、ハイネは右脚の拳銃を抜いてからスライドを引いた。これにより、弾倉内に込められていた十二発の弾薬のうち一番上の一発が拳銃の薬室内に送り込まれ、同時にコッキング――弾薬後部の雷管を叩く金具である撃鉄(ハンマー)を起こす動作――も行われる。大抵の自動拳銃なら、これでいつでも撃てる状態だ。

 ハイネはその状態のまま手の中の拳銃から弾倉を引き抜き、新たにオブジェクト化した実包を一発マガジンの上から押し込める。そして再び十二発フル装弾となった弾倉を拳銃の銃把(グリップ)下部に差し込み直した。

 本来この拳銃のマガジンに込められる弾数の上限は十二発なのだが、こうすることで、戦闘では実質十三発まで連射することが可能になる。ハイネはさらにもう一丁の拳銃にも同じ操作をし、それからセイフティを操作して安全装置を掛けておいた。ハンマーが起きたままでは、ふとした拍子に暴発する危険性があるためだ。このように、デコッキング(コッキングの解除)をせずにコッキング状態のまま安全装置を掛けることを「コック&ロック」と言い、主に特殊部隊員などが突発的戦闘の予測される現場で拳銃を携帯する時に好んで行う。

 

「へぇ」

 

 その様子を横目に見ていたシノンが、ハイネの手に持った武器を眺めながら感心したように呟いた。

 

「確かに拳銃だけってのは少し珍しいけど、それでも結構良い(モノ)を選んでるね。

 《MP7》と同じ、H&K社製の《HK・USP》か……しかも四十五口径仕様の“MATCH(マッチ)”モデル」

 

 それを聞いて、ハイネもまた感心を込めてニヤリと口元を吊り上げた。

 

「当たりだ。しかし口径までよくわかったな」

 

「普通のUSPより少し大柄だもの。それにさっき実包をむき出しで扱ってたでしょ?」

 

「ああ、成程」

 

 先程、弾倉に1発ずつ弾を込めた時のことを言っているのだろう。

 ハイネが標準的に使用する弾薬は.45ACP弾だ。この実包はもっともポピュラーな9ミリパラベラム弾と比べると、口径が大きい分その外見はやや太くずんぐりとしており、それなりのベテランプレイヤーならば見るだけで判別がつく。

 

「四十五口径は9ミリよりも反動が大きいから、それを抑えるためにスタビライザーを先端に装着したマッチ・モデルを選んだわけね。いい加減に見えて、なかなか理に適ってる」

 

「いや、SFチックなフォルムがカッコよくて選んだだけだよ」

 

 シノンの言葉に、本気とも冗談ともつかない口調でそう嘯く。

 それからハイネは口元に軽薄な笑みを浮かべると、手の中でくるりと拳銃を回転させてホルスターに仕舞った。

 

「さて、これで二人とも準備できたな」

 

「ええ。それじゃ行こっか」

 

 あらかた武装を整えたハイネとシノンは、顔を見合わせてお互いの姿を確認すると、改めて街の出口へと向き直る。

 と、そこでふと思い出したようにシノンがハイネの方を振り向いて訊ねた。

 

「そういえばあなた、メインの標的はプレイヤーかMobどっちなの? 何も考えずに実弾銃装備しちゃったけど」

 

 GGO内の銃器は大別して二つの種類がある。実弾銃と光学銃だ。

 この二つは、後者の銃がすべて架空の名称と姿を持っているのに対し、前者は現実世界に本当に存在する銃器がそのままの形で登場している。

 そして戦闘では基本的に、対人戦には実弾銃、対Mob戦には光学銃を使うのがセオリーとされていた。何故なら、この世界には 《対光弾防護フィールド》という不可視の力場を発生させる装置が存在しているからだ。この《防護フィールド》には光学系の銃器によるレーザーの威力を大きく減衰させる効果があり、フィールド上では大抵のプレイヤーが光学銃対策のため常に装備している。そのため対プレイヤー戦では、よほど近くにまで近寄らなければ光学銃でダメージを与えるのは難しい。ゆえに対人戦を主目的とするプレイヤーは、一発あたりの威力が大きくかつ防護フィールドを貫通することができる実弾銃を好んで装備しているのだ。

 とはいえ、光学銃にもそれなりのメリットはある。まず銃自体が軽量であり、弾倉にあたるエネルギーパックも非常にコンパクトだということだ。実弾銃と違って、重くかさばる弾倉をいくつも携行する必要もない。加えて、弾道が風や湿度の影響を受けにくいため、射程が長くて命中精度が高いのも光学銃を用いる利点の一つだろう。

 そのため、普段は好んで実弾銃を使っているプレイヤーでも、Mob狩りの時には光学銃に持ち換えたりするのだが……

 

「んー、特に決めてないな。フィールドとかダンジョンを適当に回って、Mobがいれば狩るし、プレイヤー見つけたら片っ端から攻撃仕掛けるだけだ」

 

「……随分と行き当たりばったりね?」

 

「ん? 俺ソロの時はいつも大体そんな感じだぜ?」

 

「……………」

 

 よくもまあそれで今まで通用してきたものだ。

 無論、そんな真似ができるのは彼の持つ人並外れた戦闘能力があってこそだろうが。

 

「まさか、一人で大人数のスコードロンに喧嘩売ったりとかは……」

 

「ああ、まぁな。毎日ってわけじゃねぇが、多い時には一日に二・三部隊は潰してる。人数はスコードロン一つにつき……大体四人から十人くらいだな」

 

 あっさりと言ってのけるハイネに、シノンはこの日何度目かの呆れた顔をした。

 この男のゲーム内における能力や思考の非常識っぷりはさんざん見せつけられたと思っていたのだが、まだまだ認識が甘かったらしい。一人軍隊(ワンマンアーミー)を地でいくとは。

 あるいはこの、常に困難な戦いを求める姿勢もまたハイネの強さの秘密なのか……

 いずれにせよ、シノンとしても彼の方針に異を唱えるつもりはない。ややスパルタ式だが、ハイネと行動を共にするのは自身を鍛える上で非常に効果的に思えるのも確かだ。敢えてリスクの高い道を選ぶのは、彼女にとっても望むところである。

 

「まぁそれはともかく……Mobと戦う時に武器を換えたりとかはしないの? ほとんどの人は光学銃に持ち換えるけど」

 

「俺は基本的に実弾銃しか使わないな。一発の威力はこっちの方が大きいし。予備弾薬がかさばるっつっても、無駄弾撃たなきゃ携行可能な分だけで十分事足りるさ。……ま、シノンがどうするかはそっちの判断に任せるが」

 

「…………わかった。じゃあ、それでいきましょ」

 

 とりあえず、差し当たっての方針は決まった。

 血をまぶしたような黒雲に覆われた空の下、二人は並んで目の前に広がる荒野へと踏み出していく。

 

「そういえば……あなた昨日の《ソーコムピストル》とは別の銃を使うのね。確かにどっちも同じ会社の製品だけど、わざわざ換えた理由とかあるの?」

 

 歩きながら、シノンは雑談程度に少々気になっていた質問を切り出した。

 普段はあまり行軍中などに自分から口を開く方ではないのだが、さすがに二人きりだと勝手が違う。だだっ広い荒野の中、他に誰もいない状況でお互い沈黙を保っていると、なんというか微妙に間が持たない。

 対するハイネは、その問いに対して特に感慨もなさそうに軽い声で答えた。

 

「いや、特に? 大体いつもその日の気分で決めてるよ」

 

 シノンの言う《SOCOM(ソーコム)ピストル》とは、ハイネが先日使っていた《HK・Mk23》の別名だ。設計のベースをUSPと同じくするため、外観やつくりには所々似ている部分や共通点が見受けられる。日本ではむしろこちらの呼び名の方が有名だろう。

 元は特殊部隊用に設計された高性能かつ大口径の軍用大型拳銃であり、一度はアメリカでも制式装備として導入されたものの、そのサイズと重量による扱い難さゆえに実際の使用現場では不評を被り、隊員たちの間でもあまり浸透することはなかった。そのため商業的には失敗に終わったのだが、そのハンドガンとしての性能自体は決して低いわけではない。悪条件下での酷使にも耐えうるタフで堅牢なボディに加え、H&K社製ならではの高い命中精度を有する。本来の目的であった軍用としてはいまいち振るわなかったものの、競技用の自動拳銃としては非常に優れた性能を発揮したため、民間では今でも尚この銃を愛用している者も多いという。

 

「毎回違う拳銃に変えるってこと?」

 

「変えるっていうか、その日その日で持ってる銃の中から適当に選んで装備してるだけ」

 

「ふぅん……例えば他にはどんなの使うの?」

 

 他愛の無い好奇心から出た質問に、ハイネはやはり軽い調子で答える。

 

「そうだな。他にはFN社製の《FNP・45》とかスプリングフィールド社製の《XD・45》、あとは《グロック21》に……《スター・M50》、《ジェリコ945》とかかな?」

 

 そうして並べられた名前に、シノンの眉が僅かに持ち上がった。

 

「………あなた、アメリカ人?」

 

「いや、日本人だよ。少なくとも生まれはな」

 

 どこか呆れたような声で言うシノンに対し、ハイネは肩を竦めつつ答えた。

 ちなみに彼女が思わずアメリカ人かと訊ねたのは、ハイネの挙げた拳銃がどれも四十五口径モデルだったからだ。

 銃社会であるアメリカには、昔から四十五口径信仰・四十五口径神話と呼ばれる考え方があり、世界でもっともポピュラーな拳銃弾の口径である9ミリよりも高威力の弾薬を使う銃として、軍や警察、民間を問わず大口径のハンドガンが求められる傾向がある。その神話に影響されているのかどうかは知らないが、目の前にいる彼もまた四十五口径の拳銃を好んで使用しているようだった。

 

「まあ、確かにアメリカにいたこともあるけどな。つっても、どっちかってーとステイツより中南米の方が馴染み深いが」

 

「そうなんだ……もしかして外国育ちなの?」

 

「一応そうなる」

 

 ハイネの言葉を聞いて、そういえばと学校での事を思い出す。シノンがリアルで通う学校でも、丁度今日の朝に外国からの転校生が来たところだ。

 奇遇……というほどでもないが、外国育ちの人間と一日に二人も――それも、リアルとバーチャルそれぞれで――出会うことになるとは思いもしなかった。

 もっとも、単にこれまでは周りに対して無関心だったせいで気付かなかっただけかもしれないが。

 

「へーえ……。それにしても、あなたそんなに四十五口径が好きなのに、ガバメント系は使わないの? さっき名前を挙げた中には無かったけど」

 

 四十五口径の自動拳銃として、大抵の者が真っ先に思い浮かべるのは《コルト・ガバメント》と呼ばれるシリーズだろう。

 先駆けとなる 《M1911》に端を発し、様々なバリエーションモデルや他社製のコピー・クローンの原型にもなったこの軍用拳銃は、昔からメディアにも多数登場しており、銃社会・大口径主義のアメリカにおいては、もっともポピュラーなオートマチックピストルと言われている。現在世界中で製造されている数多くの自動拳銃、その設計思想における原型にもなっており、ハンドガンとしての完成度は非常に高い。そのため銃器メーカーの間では、ガバメントこそがハンドガンのお手本だとも言われていた。

 ゆえに、四十五口径の拳銃を求めるのならばガバメント系のものを選ぶのが一般的なのだが、彼は敢えて他社の拳銃の四十五口径モデル、しかも設計元に《M1911》の流れを持たない武器ばかりを選んでいるように見受けられた。特定の会社やネームシリーズに強い執心があるのならばまだわかるが、彼の挙げた銃の名前はメーカーも製造国もバラバラだ。

 不思議そうに首を傾げるシノンに、ハイネは肩を竦めるような仕草をしながら答えた。

 

「んー、まあな。四十五口径弾は好きだけど、ガバメント系の銃はあんまり好きじゃないんでね。性能とかじゃなくて、あくまで個人的な好みと感性の問題なんだが」

 

「ふぅん? 見た目が趣味に合わないとか?」

 

「ちょっと違うかな。確かに、アメリカ製よりヨーロッパ製の銃の方がデザイン的には趣味に合ってんだが……それとは別に、なんとなくガバメントは肌に合わないっていうかさ。あくまで感覚的なものだし、説明するのは難しいが……。

 ただ、ヨーロッパ製でかつ四十五口径モデルも製造しているシリーズとなると、結構種類は限られてくるからな。性能面も考慮すると、色々と大変ではある」

 

「成程。単純に拳銃だけって言っても、色々とこだわりがあるわけだ」

 

 まあ、趣味というだけでわざわざナイフを使って戦うようなプレイヤーなのだから、性能より好みを優先するのも納得できる。本人もカッコつけでやっているだけだと言っていたわけでもあるし。

 話しながら、ハイネは時折双眼鏡を覗いては遠方の確認をしていた。とはいえ、その目に特別警戒の色はない。むしろ表情からはどことなく気が抜けているようにも見受けられた。双眼鏡を持ち上げて覗き込む仕草も、まるでバードウォッチングでもしているかのように自然な動作だ。しかしそれで隙だらけなのかというと、そういうわけでもない。飄々としているように見えて、時折鋭い視線を周囲に配っている。出発前に聞いた話によれば、彼は《索敵》スキルもかなり上げているそうなので、不意打ちの心配はまずいらないだろう。

 シノンは獲物と遭遇するまでの退屈しのぎに、さらに他愛の無い質問を続ける。いつもは口数が少なく他者との会話を拒絶することの多い彼女だが、他の男プレイヤーとは違い、ハイネとの会話は不思議と嫌な気分にはならなかった。それに加えて目の前の男に対する興味と関心から、シノンは自然と口を動かしていた。

 

「そういえば……アメリカにいたってことは、もしかして実際に銃を撃ったこともあるの?」

 

 オンラインゲーム内でリアル情報に繋がる質問するのはあまり褒められたことではない。というより、完全なマナー違反だ。シノンは踏み込み過ぎないよう気をつけながらも、好奇心を抑えきれずに当たり障りのなさそうな質問を重ねる。

 

「まあ一応はな。向こうじゃ州によっては子供でも射撃場を利用できるし。銃の扱いは慣れたもんだ」

 

「へえ……それもあなたの並外れたプレイヤースキルの秘密なのかな? それじゃあ、GGO歴はどれくらいなの?」

 

 ハイネはやや視線を上に向けてしばし考え、それからシノンの方へと向き直ると彼女の問いに素直に答えた。

 

「ん……大体、半年くらいか? 1月くらい前までは北大陸の方を拠点に活動してたけど」

 

「ほんとに?」

 

 正直意外だった。あれだけの腕を持ちながら、プレイ時間は自分とそう変わらないとは。

 自分との差は経験量ではなく、やはり経験の質の差なのかもしれない。

 

「あんなに強いんだし、てっきり正式サービス開始からずっとやってたのかと思ってたけど、そうでもないのね……。じゃあ、VRゲーム歴は長いの?」

 

「いや。そっちも同じくらい」

 

 こちらにはすぐにうんと頷くと思っていただけに、否定の言葉が返ってきた時は少なからず驚いた。

 

「そもそも生まれて初めてプレイしたVRゲームがGGOだったからな。日本に来たのは半年ほど前だけど、それまでゲームなんかしたこともなかったし。VRなんて最先端ゲームなら尚更だ。日本に来てから色んなゲームをやるようになって、そのうちVRゲームにもハマったって感じかねぇ。GGOをプレイし始めたのはそれくらいの頃だな」

 

「ふーん……たった半年でよくもまあナイフと拳銃オンリーなんて色モノ装備で戦えるようになったわね」

 

「もともと格闘やシューティングは得意だからな。ま、ほんとは普通にライフル使った方が()りやすいんだが」

 

「あ、やっぱりその方が強いんだ」

 

 もしかするとナイフや拳銃でなければ本当の実力を発揮できない、という可能性も考えたりはしていたのだが、別にそんな事情は一切なかったらしい。今の戦闘スタイルが取り立てて得意な戦法だとかいうわけでもないようだ。

 

「あくまで趣味でやってるだけだしな。武器や能力構成(ビルド)もそうだが、俺にとっちゃそもそもゲーム自体がただの遊びだ」

 

「……日本で唯一《プロゲーマー》のいるこのGGOで、そこまではっきり断言できるっていうのも凄いわね。弱小プレイヤーが言ってたら負け惜しみにしか聞こえないけど、あなたはそうじゃないし……。ある意味尊敬するわ」

 

 シノンは呆れ半分、感心半分で嘆息するように呟いた。

 

「ちなみに長モノだったら何を使うの? アサルトライフル? それとも狙撃銃とか?」

 

「一番好きなのは……ヘッケラー&コッホの《HK・G3》だな。他には《SIG・SG542》に《M14》のSOPMODモデル。それと少し古いが《ラインメタル・FG42》なんかも個人的に気に入ってる」

 

「へえ……拳銃と違って、さすがにこっちはどれもレアな武器ね。G3やM14は私も結構好きだし……。それにしても、あなたって拳銃だけじゃなくライフルまで大口径が好きなの?」

 

 ハイネが挙げた銃の名前は、どれもフルサイズと呼ばれる高威力の大口径ライフル弾を使う大型の軍用ライフルだった。

 

「ま、普通のアサルトライフルよりもバトルライフルの方が趣味に合ってるのは確かだけどな。威力も射程も、5.56ミリ弾より7.62ミリ弾とかの方が上だ」

 

 バトルライフルというのは、フルサイズ弾薬を使用する軍用ライフルの総称だ。

 とはいえ、この名称自体は正式な銃器の分類ではない。かつて世界中で軍隊における歩兵用ライフルの小口径化が進み、5.56ミリ弾や5.45ミリ弾といった小口径高速弾を使用する突撃銃が主流となった際に、あくまでアサルトライフルとそれ以前の軍用ライフルを比較・区別するために使われたアメリカ由来の造語である。それが銃器関連の者たちの間で定着したのが「バトルライフル」という呼称であり、明確な定義が存在するわけではない。世間的にも、あまり一般的で共通した呼び方とは言えず、実際、広義ではアサルトライフルの一群に含まれるものがその大半を占め、GGO内でもほとんどのバトルライフルがシステム上は突撃銃カテゴリに分類されている。

 

「けどフルオート射撃のときとか結構大変じゃない? 反動大きいし、よほどSTR値が高くないと……」

 

「フルオートはあまり使わないからな。絶対ってわけじゃないが、俺がライフルを使う時は基本的にセミオートだ。弾をばら撒くっていうのがあまり好きじゃなくてな」

 

「なるほど。あなたの腕ならそれも可能かもしれないわね。むしろハンドガンより強力で精密な射撃ができそう」

 

「まあ弾幕張るよりは一撃必殺の方が好みだ、っていうのもあるが」

 

 その後も、シノンとハイネは取り留めもないことを話しながら、人気のない荒野をひたすら真っ直ぐに進んだ。

 どれくらい歩いたか。いつの間にか後を振り返ってもグロッケンの街並みやビル群が見えないところまで来てしまっていた。

 このGGO世界では、かつて地球へと降り立った宇宙船を中心に建設された都市が、グロッケンの他にもこの広大な荒野に数多く点在している。彼らが現在目指している先は、グロッケンとはまた別の都市《クレマトリア》だ。

 ひとまずはその都市を目的地に定め、そこに辿り着くまでの道程で目に付いたプレイヤーおよびモンスターを片っ端から狩って回る、というのがハイネの告げたこの日の行動計画だった。 ……計画と言えるかどうか疑わしくなるくらいに杜撰で大雑把な方針だが。

 そうして二人が歩きながら他愛もない話を続けていると、やがて双眼鏡を覗いていたハイネが突然立ち止まった。つられるようにシノンもその横で足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「前方にプレイヤーを数人発見。多分、狩りから帰ってきたスコードロンだな」

 

 言われて、シノンはハイネが指差した方を見やる。

 二人が現在立っている場所は前方と比べていくらか高い位置になっており、眼下には突き出た岩などで凹凸のひどい急な斜面の先に、荒廃した廃墟が立ち並ぶ旧時代の遺跡が広がっていた。

 件のプレイヤー集団は、その建物群よりもさらに向こう――開けて平地となった荒野を、こちらの方角に向かって歩いている。そのまま真っ直ぐ進めば、シノンたちの目の前の遺跡を通過することになるだろう。

 

「どうする? 戦うの?」

 

「もち。見逃す理由もねぇしな。俺たちとの距離は……大体三キロくらいか。こっちからも近付いて、遺跡で待ち伏せかけるのが一番良いだろ。多人数を相手にするなら、開けた場所よりも市街戦の方がやりやすい」

 

 双眼鏡を下ろして眼下の地形を肉眼で確認しながらハイネが言う。

 

「襲撃の段取りは?」

 

「役割分担は簡単に行こう。シノンはどこか高い建物に潜伏して、まずは狙撃で一人に一発ぶち込む。その混乱を突いて俺が突貫&大暴れ。敵を殲滅する。もし可能なら、おたくの方でさらにもう一人二人適当に狙撃してくれ」

 

 言葉通り非常にシンプルかつ大雑把な指示に、シノンはあえて突っ込むような真似をせず「わかった」というふうに頷いた。

 それから僅かに首を傾げてしばし懸念するように思案し、必要事項を確認する。

 

「潜伏場所は?」

 

「スナイパー本人じゃなきゃわからないこともあるだろうし、シノンの方で好きな場所を選んでいい。ただ、狙撃ポイントに着いたらどの辺か位置を教えてくれ」

 

「了解。最初のターゲットは?」

 

「そっちもシノンで決めてくれていい。判断は任せる。おたくに合わせて俺も動くから」

 

「わかった。それで……あなたが敗北して死んだ場合は?」

 

「三十六計逃げるに如かず」

 

「自分のことは気にせず離脱しろ、と解釈しても?」

 

「イエス」

 

 口端を吊り上げ、おどけたような笑みを浮かべるハイネにシノンも苦笑を返す。

 それから一旦笑みを消すと、シノンはアイテム欄を操作してアバカンと《CZ75B》を仕舞い、代わりにアンチマテリアル・ライフルをオブジェクト化する。

 それを横目で見やりながら、ハイネは獲物を前にした獣のような表情で獰猛な笑みを浮かべた。

 

「んじゃ、狩りを始めるとしますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイネと分かれて数分後。

 シノンは廃都市に立ち並ぶ無数の建物の中で、もっとも高いビルに潜伏していた。

 とはいえ、最上階までは登らない。万が一居場所がばれて敵が接近してきた場合、素早くビルから離脱するためだ。

 シノンが潜伏しているのは建物の十七階。人のいない、がらんと開けた広い部屋。

 そこで彼女はガラスの無くなった窓の傍で伏射姿勢を取りながら、二キロほど先の地上にいる標的スコードロンの動きを追っていた。

 窓際の壁はもともと一面ガラス張りだったようだが、いまやそのガラス窓は一つも残っていない。遮るものは何一つなく、床の上で伏射姿勢をとっても地上のターゲットを十分に狙える位置だ。

 すでに廃都市内に入り込んでいた標的は、現在アスファルトで舗装された道路をこちらに向かって歩いていた。相手方の人数は九人。そのまま通りを真っ直ぐ進み、廃都市を突っ切るつもりなのだろう。彼らのいる街路の両側には、やはりいくつものビルが崩れかけた廃墟の姿で立ち並んでいる。

 敵の姿をスコープ内に収めながら、シノンは通信機越しにハイネに話しかけた。

 

「こっちは位置に着いたわ。場所は連中の進行方向側にある中で一番高いビル、十七階よ。そっちは?」

 

『了解。俺ももうすぐ位置に着くとこだ』

 

 それを聞いたシノンがスコープから顔を上げて直接通りを見ると、標的集団が進む先の曲がり角にビルを背にして立っているハイネの姿が見えた。丁度、相手からは死角になる位置だ。

 こちらの視線に気付いたのか、ひらりとシノンに向けて手を振ってみせた。狙撃手である彼女と同じく、彼も《遠視》スキルを持っているのかもしれない。

 それからハイネは背にしていたビル壁に向き直ると、いきなり壁面をするすると登り始めた。速い。どうやら窓などの凹凸やひび割れを利用して登っているようだが、それにしても鮮やかな身のこなしだ。その動きは驚くほどに身軽で、木の幹を駆け登るリスやニホンザルを思わせた。シノンが驚きの目で見ていると、あっという間に十階建てビルの屋上まで到達してしまう。

 さらにハイネは、軽く助走をつけて隣のビルへと飛び移った。屋上に降り立つと同時に再び走り出し、またもや跳躍。さらに隣のビルへと飛び移る。

 それを何度か繰り返しながら、ハイネは通りを歩く敵との距離をだんだんと詰めていった。その様子を、シノンは感心と呆れの混ざった目で静かに見守る。

 ビルの上を移動するというのが、地上を歩く相手に見つからないよう接近する上で非常に都合が良いのは確かだが、それにしても冗談みたいな身軽さだ。標的が歩いている通りは丁度側面に十階建てのビルが連続して立ち並んでいるため、十分な数値的ステータスと《軽業(アクロバット)》スキルさえあれば彼のような移動も可能なのだろうが、実際に実行するようなプレイヤーが他にいるだろうか。ビルとビルの間は、近くとも五メートル以上の距離がある。あんな高所では、実際の数字以上に離れているように見えるはずだ。にもかかわらず、ハイネは落下に対する恐怖など微塵も感じさせない身のこなしでビルからビルへと次々に飛び移り、着実に標的との距離を縮めていく。その動きには僅かの遅滞も無い。欠片も躊躇うそぶりを見せずに疾走と跳躍を繰り返している。身のこなしもそうだが、胆力の方も並ではない。

 やがてハイネはとある廃墟の上で立ち止まった。打ち捨てられたようなビルの屋上で、姿勢を低くしながら地上を歩く標的を観察する。

 

『待ち伏せ位置に着いた。もう少し引き寄せたところで狙撃してくれ』

 

 それを聞いてシノンは思わず疑問符を浮かべた。

 先程までは驚きゆえに考えが及ばなかったが、何故わざわざ屋上で待ち伏せするのだろうか。あの高さでは、襲撃の際に降りるのにも時間がかかるだろう。もっと引きつけて、曲がり角で襲えば楽だったのではないか。

 しかし結局、シノンは彼の言葉に従い狙撃行動に入った。

 セオリーに捕われない彼のことだ。何か考えがあるのだろう。シノンはスコープを覗き込みながらヘカートを構え、相手スコードロンの中から最初のターゲットを選出する。

 

「誰を撃つかは私が判断していいのね?」

 

『ああ』

 

 シノンはしばし標的を観察し、敵の中でもっとも脅威となりそうなプレイヤーを選び出した。

 

「じゃあ先頭にいる男にするわ」

 

 言われたハイネもまた、屋上で腹這いになりながら標的スコードロンを確認する。

 

『……あの《SIG・SG550》を持ってる奴か?』

 

「ええ。《ダイン》っていう、前のBoBで十八位だった奴よ」

 

『強いのか?』

 

「自尊心が強い割に臆病で小心者だけど……順位が示す通り腕は確かよ。何よりあのレア銃はかなりの脅威だわ」

 

 BoB本戦は基本的にソロの遭遇戦であるため、一位を別とすれば、順位の数字が必ずしも強さの序列とは言い切れない。

 だが、出場選手中でも予選を勝ち抜いて本戦に進めるのは上位30人だけであることを考えれば、少なくとも本戦に勝ち進んだという時点で十分警戒に値する相手と言えるだろう。

 

『成程。じゃ、そいつで』

 

 軽い調子で言うと、ハイネは再び標的の観察に入る。シノンはスコープ内にダインの姿を捕えたまま、相手がもう少し接近してくるのを静かに待った。

 細く長く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そんな呼吸を繰り返しながら、シノンはスコープを覗く右目視界内に表れた《着弾予測線(バレット・サークル)》の、自身の拍動に合わせた挙動を注視する。それと同時に、左目はハイネを含めた地上全体の動向を俯瞰で捉えていた。

 拡大と収縮を繰り返す円の内部に常にダインの姿を収めながら、相手がハイネの潜伏位置に近付いてくるのを今か今かと待ち構える。

 やがて集団の姿が、彼のいる建物の真下に到達した。絶好の襲撃ポイント!

 

『いいぜ。いつでも撃て』

 

 ハイネの声を合図に、シノンはサークルがもっとも小さくなった瞬間を見計らってヘカートのトリガーを引いた。

 冥界の女神が殺意の咆哮を上げ、絶対致死の弾丸を射出する。シノンの放った巨大な五十口径ライフル弾は一瞬で敵との距離をゼロに変え、ダインの歴戦の兵士然とした屈強そうなアバターを一撃で粉砕した。

 突然目の前でリーダーが倒され、メンバーたちの間に動揺が広がる。その隙を突いて、すかさずハイネが動いた。

 彼は徐に立ち上がるや、微塵の躊躇いもなく十階建てビルの屋上から飛び降りる。てっきり登る時と同じように降りる時も壁伝いに行くと思い込んでいたシノンは驚愕に目を見開いた。

 それも当然だろう。GGO内では高所からの落下もHP減少に繋がる。もちろん相応のステータスさえあればそれなりの高さまでは――それこそ現実世界なら大怪我に繋がるほどの高さでも耐え切ることが可能だが、十階建てビルのさらに上の屋上から飛び降りるなど、よほど高レベルのプレイヤーでも無傷で済むとは思えない。むしろ即死する可能性の方が大きいだろう。一体何を考えているのか――!

 

 しかしそれは杞憂に終わった。飛び降りたハイネは硬いブーツの裏と踵でビルの壁を擦りながら落下の勢いを殺して、壁を滑り降りるように降下したのだ。そしてある程度まで降下したところで、今度はビルの壁面を蹴るようにして跳躍。その身を宙に躍らせるや、落下先の足下にある街灯(の名残)を蹴りつけることでさらに勢いを殺し、まるで猫のような軽やかさで着地してみせた。

 僅かな時間、その場に奇妙な沈黙が満ちる。標的のプレイヤー達は、あたかも己の時間が停止したかのように、突然目の前に飛び降りてきたハイネを呆然と見つめていた。明らかに敵として現れたにもかかわらず、その鮮やかな身のこなしと非現実的な光景に半ば意識を奪われ、反応に数拍の遅れが生じたのだ。

 棒立ちのまま、戸惑うようにハイネを見つめる男たち。しかしそんな相手の心情を斟酌することもなく、ハイネは即座に次の動作へと移る。彼は地を這うような前傾姿勢から獲物を狙う肉食獣さながらの動きで猛然と疾駆し、躊躇うことなく敵集団のど真ん中へと飛び込んだ。

 同時に両手で二丁の《USP・45》を抜き、すかさず発砲。放たれた二発の.45ACP弾が、あやまたず奥にいた敵プレイヤー二人の眉間に突き刺さった。

 現実とは微妙に違うどこかデジタルな着弾音と共に、彼らの顔面でエフェクトフラッシュが弾ける。そこでようやく、男たちは彼を敵と認識した。それぞれ己のもっとも得意とする武器を構え、一斉に応戦体勢を取り始める。

 

 そして地上は銃火に包まれた。

 いくつもの銃口が火を吹き、九人の兵士の間で無数の弾丸が交わされる。

 それらの動き全てを俯瞰で見ていたシノンは、ハイネの並外れた技量に驚嘆していた。

 銃を抜いてから安全装置を解除し照準する。一連の動作がとてつもなく速い。離れて見ていたシノンの目にすら、ハイネが無手の状態から二丁の拳銃を前方に向けて構えるまでの動きが、あたかもコマ落ちしたかのように見えたほどだ。

 そして常軌を逸したその射撃技術。ひとたびその銃口が敵を見つめれば、吐き出された弾丸は決してその的を外さない。頭数、銃の数、弾の数で負けていながら、傍目にはむしろ相手を押している。

 視線の先では、今や激しい銃撃戦が繰り広げられていた。

 八人の敵プレイヤーがたった一人を取り囲むようにして十字砲火を行っているのだが、当のハイネは素早い足捌きとしなやかな身のこなしで彼らの銃撃をことごとく回避する。どころか、逆に次々と反撃の弾丸を叩き込んでいた。その動きは舞うように流麗かつ軽やかでありながら、両手のUSPから放たれた四十五口径弾は寸分の狂いもなく敵の急所を撃ち抜いていく。9ミリよりも大型の弾丸が敵プレイヤーのアバターを殴りつける度に、相手のHPゲージはがくんがくんと減っていた。

 ここがヒットポイント制のゲームである以上、拳銃弾程度ではたとえ急所に当たっても一発二発で敵を殺すことはできないが、それでも普通に弾をくらうよりは遥かに大ダメージとなる。それに加えて、GGOの運営体である《ザスカー》なる企業が四十五口径信仰発祥の地アメリカの企業だからか、彼の使う.45ACP弾は一般的な9ミリパラベラム弾よりも数段高いダメージ設定になっているのだ。

 地上の戦いを見ていたシノンは、知らず知らずのうちにほぅっと感心の息を吐いた。

 ハイネは敵の弾丸を躱しながら、自身は両腕を踊るように大きく振り回し、前後左右の別なく撃ちまくる。それでいて、放たれた弾丸は狙いすましたかのごとく敵アバターを逃がさない。

 

「なるほど。二丁拳銃、ね。伊達や酔狂と断言できないところが恐ろしいところだけど」

 

 巷では「無意味な技術」「実戦的ではない」などと陰口を叩かれる二丁拳銃スタイルだが、決して外連味(けれんみ)だけで有効性がないというわけではない。

 確かに、完璧な習得が至難であるというのは紛れもない事実だ。利き手とは逆の手で銃を扱うというのは、素人が考えているよりも遥かに難しい。ましてや左右の手で同時に二丁の銃を扱おうとすれば、これに輪を掛けて困難となる。いくらこの世界がシステムによって支援されたゲームであるとはいえ、慣れというものはそう簡単に覆せるものではないのだ。

 しかし必要な知識と技術、それに加えて優れた判断能力と高い身体能力さえあれば、決してモノにするのは不可能ではない。そしてひとたびマスターすれば、この上なく強力な「実戦的近距離戦闘技術」にすらなりえる。

 単純に一丁の場合よりも装弾数や火力が増すというだけではない。

 同時に二方向の敵を狙える。同じ装弾数でも、サブマシンガンのフルオート射撃のように無駄に「バラまく」ことがない。

 コンパクトかつ軽量であるがゆえに携行が容易く、隠匿性の高さゆえに敵の意表を突いた攻撃ができる。

 無論それらのメリットは高い技量と射撃能力が伴って初めて実現できるものだ。しかし逆に言えば、習熟した二丁拳銃使いは並のガンナーよりも遥かに恐るべき相手となる。

 

「それにしても――、」

 

 眼下で暴れまわるハイネを見やりながら、

 

「『スティーブン・セガール』の次は『ガン=カタ』って……どこまでアクション映画が好きなのよ」

 

 シノンがやや呆れを含んだ声でぽつりと呟いた。

 ちなみに彼女自身は、映像越しとはいえ現実世界で銃を見ると発作を起こす危険があるため、普段はアクション映画など見ることはない。

 しかし一方で、このGGOをプレイする人間はいわゆるガンオタ、ガンマニアという人種が大半であり、戦争映画やアクション映画を好んで見る者も多い。ゆえに、彼女も(ゲーム内での)世間話に出てくる程度ならば、アクション映画に関する知識を持っていたりする。

 

「まあ、それはともかく……もう一、二発撃ち込んでおいたほうが良いかな」

 

 小さく独りごちながら、シノンは再びヘカートの照準に一人の敵を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノンの狙撃が成功し、残りの敵は八人。

 大型のバトルライフルを持った男が一人。散弾銃(ショットガン)が一人。突撃銃(アサルトライフル)あるいは騎兵銃(カービン)を持った奴が四人。残る二人は短機関銃(サブマシンガン)を携えている。

 ハイネは間隔を空けて立っている敵集団の中心へと疾駆しながら、出会い頭に奥の二人へ向けて引鉄を引いた。二発の弾丸が空を切り裂き、相手の眉間を凄まじい力で殴りつける。

 二人の顔面でフラッシュが弾けた瞬間、ハイネにはスコードロン側の殺気が不可視の死線(ライン)となって一斉に己の体を貫いたように感じられた。

 先程までどこか呆けたような顔をしていた男たちは、今の先制攻撃でこちらを明確な敵と認識したらしい。内心の敵意に後押しされて八つの銃口が持ち上がり、襲撃者であるハイネへと向けられる。コンマ数秒後には、無数の《弾道予測線》が彼のアバターに突き刺さるだろう。

 ハイネは即座にアスファルトで舗装された地面を強く蹴りつけ、猛獣のごとく俊敏な動作でその場から飛び退いた。

 次の瞬間、先程まで彼がいた場所を左右から撃ち込まれた二種類のライフル弾が通り抜ける。しかし完璧に回避したハイネのHPゲージには欠片の減少も見られない。人間離れした反応と動きに男たちの顔が驚愕に歪んだ。

 着地するやいなや、ハイネは素早く視線を走らせる。たった今彼に風穴を開けようとした射手は左右に立つ二人。右の一人はロシアの旧式突撃銃《AK47》通称“カラシニコフ”を、左のもう一人はコンパクトなイスラエル製突撃銃《IMI・ガリルMAR》をこちらへ向けている。

 ハイネは両腕を左右へ伸ばすように突き出すと、お返しとばかりに二丁の《USP》をぶっ放した。別々の敵を同時に狙いながら、その射撃は驚くほどに正確だ。

 USPをはじめとして、HKの製品は基本的に耐久性、信頼性そして何より命中精度が高い。

 さらに銃口に取り付けられたMATCHモデルならではのバレルウェイトがスタビライザーとしての役割を果たし、ハイネ自身のステータスも相まって銃口の跳ね上がりを完全に抑え込んでいた。

 両手のUSPから吐き出された二発の.45ACP弾が寸分の狂いもなく二人のプレイヤーに炸裂したところで、すかさず両腕を振り回すように銃口を巡らせ、今まさに別方向から彼を撃とうとしていた短機関銃使い二人に先制攻撃する。

 銃口から激しくマズル・フラッシュが弾け、それぞれ《H&K・UMP》と《IMI・ウージー》を構えていた二人が、鼻先で弾けたエフェクトフラッシュに目を眩ませた。

 次いでハイネは相手集団の立ち位置から最も狙いにくい地点を素早く脳内で算出すると、円を描くような足捌きで地面を滑るように移動し、他の敵による死角からの銃撃を回避する。

 結果、相手側はお互いの火線が仲間に重なり、同士討ちを恐れて僅かに攻撃を躊躇した。

 ハイネはその隙を突いてさらに攻撃。立て続けに撃ち出された四十五口径弾は、彼を取り囲んでいた敵プレイヤー達に(あやま)たず命中した。カッとなった相手側は、つい味方の位置を失念して思わず引鉄を引いてしまう。

 

「ぐぁっ!」

 

「がっ!」

 

 予想通り幾人かの間で同士討ちが起こり、敵は咄嗟にトリガーから指を離す。

 ハイネはその隙にさらなる攻撃を加えた。彼自身は敵が撃ってくると感じた時点ですでに立ち位置を変えており、その身には一発たりとも食らっていない。

 ハイネはぐるりと銃口を巡らせながら、周囲を取り囲んだ敵に向かって立て続けにUSPを撃ちまくる。

 

「くっ、そが!」

 

 頭に血が上った敵集団は躍起になって彼を撃ち殺そうとする。多少のリスクはやむを得ないと判断したのか、その銃撃からは躊躇いや容赦が消えていた。

 彼らが引鉄を引く指に力を込めると同時に、無数の弾道予測線が己めがけて殺到する。対するハイネは足裏で地面を舐めるような独特のフットワークで踊るように旋回し、予測線から刹那の間を置き次々と襲い掛かる無数の弾丸を見事な立ち回りでことごとく躱していった。

 同時に、回避する動作の中でも無駄なく両腕を振り回し、前後左右へと絶え間なく反撃の銃弾をお見舞いする。

 

「――っ、とぉ!?」

 

 しかし流石に捌き切れなくなったのか、斜め後ろから撃ち込まれた《ステアー・AUG》の弾丸を躱す際に大きく体勢を崩してしまった。

 横に傾いだハイネの上体へと、今度は反対側から《コルト・M4》が撃ち込まれる。さすがに弾道を読む暇がない。

 本能が鳴らす警鐘に従い、ハイネは咄嗟に体を前方へと投げ出した。飛び込み前転の要領で地面を転がりながら全身に降り注ぐ射線を回避する。彼の背後で5.56ミリ弾が何発も地面に突き刺さった。

 前転から跳ね起きるように立ち上がったところで、さらに前後から銃弾が襲い掛かる。敵は先程の攻防で学習したのか、射線が仲間に重ならないよう絶妙な位置取りでハイネを取り囲んでいた。

 こちらの動きに合わせて逃げ場を塞ぐように向こうも動く。リーダーがやられたというのに、予想以上に連携の練度が高い。

 やがてフルオートで撃ち込まれた無数の弾丸のうち、二発のライフル弾がハイネの体をかすめていった。

 

「――っ!? ヒュウッ!」

 

 際どい弾道に、思わず口笛を吹く。

 ライフル弾がかすめたのは右のこめかみと左肩だ。銃弾の触れた確かな感触と共に、ひりつくような熱を感じる。これが現実世界ならば、火傷とかすり傷くらいはできていただろう。

 危なかった……。だが、だからこそ心が躍る。

 ハイネの口元には、いつの間にか隠しようもないほど深い笑みが浮かんでいた。

 一歩間違えれば脳幹をぶち抜かれていたのだ。それを思うだけで己の背筋に冷たい物が走るのを感じる。それと同時に、ゾクリとくる緊張感がハイネの胸に心地よく響いた。

 

「 ク ハッ!」

 

 思わず口から笑いが漏れる。

 楽しい。楽しくてたまらない。

 勝つか負けるか。()るか殺られるか。そのせめぎ合いが愉しくて仕方がない。

 ハイネがGGOをプレイする動機は簡単だ。

 VRゲーム特有の、実際にその場に立っているかのような臨場感。このリアルな仮想の世界で戦い、奪い合う。現実では実行できない、ゲームだからこその“殺し合い”。

 実際に命を奪うことなく、ただ戦場のスリルと高揚感のみを体感できること。それこそが、FPS型VRゲームに彼がとことんまで魅せられた一番の要因だった。

 魂が燃えるように激しく奮い立ち、心臓の鼓動が暴力的な衝動と共に荒れ狂う。ひりつくような熱を感じていたのは、弾丸のかすめたこめかみか。それともこの頭蓋の内側か。

 戦い、奪い合い、殺し合う。人間の原始的かつ暴力的で醜い部分を全面に押し出したかのようなこのゲーム。

 そんな狂気の世界において、あえて自らを狂気に染める。

 彼にとっては戦いこそが最高の愉悦であり、戦うことそれ自体がこの世界に来た目的だった。

 

「ふっ!」

 

 短機関銃による側面からのフルオート射撃を回避したところで、再び頭の傍を数発の7.62×39ミリ弾がかすめるように通り過ぎる。それに対して、ハイネは身を翻しながら右のUSPを敵に向けると三回続けて引鉄を引いた。

 先程から幾度となく弾丸を食らっていたAK小銃使いが.45ACP弾の三連射を全弾急所に受けて、とうとうその武骨なアバターを爆散させる。その結果を見やることもなく、ハイネは次の敵へと向き直った。

 

「おっと」

 

 ふと手元を見ると、今の三発を最後に右手に握ったUSPのスライドが後退したままで停止していた。弾切れを意味する「ホールドオープン」という状態だ。

 ハイネは慌てることなく「マガジンキャッチ」を操作して弾倉を下に落とすと、左で射撃を続けながら右のUSPを顔まで持ってきて銃身上部のスライド部分を口でくわえる。それから右手でジャケットのポケットから予備弾倉を素早く抜き出し、グリップの底から差し込んで「スライドストップ」を操作。後退していたスライドを元に戻した。同時に初弾も装填完了。一連の動作を1秒以下で行い、流れるような動きで再び射撃を開始する。

 ハイネはフル装弾となった右手のUSPを立て続けに四発撃ち、先程のカラシニコフに続いて《ステアー》を持った男をも葬り去った。

 そこですかさず次の敵に向かおうと背後を振り仰いだところで、

 

「――っ!?」

 

 ハイネは咄嗟に後方へと身体を投げ出し、ひっくり返るように思い切り倒れ込んだ。

 次の瞬間、ショットガンを構えた一人の敵が、先程までハイネの立っていた場所に向けて大きな黒塗りの銃をぶっ放す。

 何かが破裂したような轟音と共に12ゲージの散弾(ショットシェル)が撃ち出され、仰向けになったハイネの眼前を無数のペレット弾が放射状に広がりながら通過していった。

 

「――ッ()ネ!」

 

 地面に背中をつけた姿勢のまま、ハイネは安堵の息を漏らす。

 敵が撃ったのは映画などでもよく目にする有名なショットガン《モスバーグ・M500》だ。

 男は「ガシャコッ!」とポンプアクション独特の小気味いい音を響かせながら、地面に転がるハイネへと歩み寄ってきた。ショットガンは距離が近ければ近いほど威力が跳ね上がる。今度こそ至近距離で確実に仕留めるつもりだ。

 

――その前にこちらから仕掛ける!

 

 ハイネは仰向けの状態からブレイクダンスの要領で両足を振り回し、野生の獣さながらの敏捷さで跳ね起きた。カンフーアクションスターも顔負けのアクロバティックな動きだ。

 そして起きあがりざま、ハイネは相手が二発目を撃つよりも先にUSPを連射する。二丁拳銃が立て続けに火を吹き、何発もの四十五口径弾がショットガン男へと叩き込まれた。

 

「くっはははははははははは!」

 

 己の手の中で連続する銃声とリアルに再現された火薬の臭いに彼のテンションはさらに高潮する。ハイネは吠えるように笑いながら両手のUSPを何度もぶっ放した。

 派手なアクションに一瞬目を奪われた男は反撃もできず、咄嗟に首より上を右腕で庇う。その体勢ではショットガンを撃つことはできないが、相手は防弾装備で固めているため、こちらも敵の急所を狙うことはできない。

 それに構わず、ハイネは敵に向かって突進しながら二丁拳銃による連射で相手の動きを制限し、あっという間にショットガン男へと肉薄した。そしてすれ違いざまに自身の右腕を男の首に巻きつけながら相手の背後へと回る。

 

「がっ!」

 

 丁度、後ろから男の首に腕を回して他の敵に対する盾にする形だ。

 ショットガンでは背中に張り付いた敵を撃つことはできず、男はなんとかハイネの腕から逃れようと苦しげにもがくが、ゲームとはいえきれいに決まった拘束はそう簡単に振りほどけない。

 腕の中で暴れる男の様子には頓着せず、ハイネは敵集団が撃つのを躊躇っている隙に、左手のUSPも片手と口だけで弾倉交換を行う。

 

「待て! 待ってくれ!」

 

 拘束されたショットガン男が手を伸ばし、撃つか否か迷うそぶりを見せるチームメンバーに向かって命乞いのように懇願する。

 対するハイネは男の後ろで暴力的な笑みを浮かべると、間髪入れず相手の肩越しに左腕を伸ばし、男を盾にしたままその仲間に向けて立て続けに六回引鉄を引いた。

 それぞれ三発の .45ACP弾に撃ち抜かれ、二人のAGI型アタッカーである短機関銃使いが同時にそのアバターを爆散させる。

 さらにハイネは盾にしていた男の延髄に右のUSPの銃口を押し当てると、拘束を解かれた相手が振り返る前に三発の弾丸を連続で叩き込んだ。六割ほど残っていた男のHPゲージが一瞬で吹き飛ばされる。

 ショットガン男も倒れ、残る敵はあと三人。

 いや、SMG持ち二人がやられた時点で、すでに《M4》を持った男は戦場から逃げ出していた。残る敵はあと二人。

 

「テメェらの相手も飽きたし、そろそろお開きにするぜ」

 

「ちくしょうが!」

 

 相手が二人しかいない分、先程までと比べると弾道を読むのも容易い。

 ハイネは再び襲い来る敵の銃弾を流れるような足捌きで躱しながら、後に残った敵の片方――《ガリルMAR》を持った敵へと両手のUSPを乱射してありったけの銃弾を叩き込んだ。

 二度目のホールドオープンと同時に、突撃銃を持った男もその身を無数のオブジェクト片に変える。

 弾切れとなった銃を両手に振り返ると、最後に残った男が怒りに顔を歪めながらこちらへ銃口を向けていた。その手にあるのは高威力の7.62ミリ口径フルサイズ弾薬を使用する強力なバトルライフル《FN・FAL》。この至近距離でフルオート射撃でも食らえば、あっという間にHPを吹き飛ばされるだろう。

 

「さんざんやってくれやがって! だが……これで終わりだ!」

 

 声色は悔しげながらも、どこか勝ち誇ったように叫ぶ相手に対して、ハイネは皮肉げに笑いながら軽く肩を竦めると両手の銃をホルスターに仕舞う。

 

「諦めたのか? それとも余裕のつもりか? 馬鹿にしや――――!」

 

 男は最後まで言えなかった。

 次の瞬間、彼は遥か遠方のビルから飛来した五十口径ライフル弾によって頭部を完全に粉砕されたからだ。

 その男のアバターが無数のオブジェクト片となって消えた後に残ったのものは……彼がドロップしたレアなライフルだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上では最後の敵がその体を無数のオブジェクト片に変えていた。

 通信機越しに『ありがとさん』という言葉を聞きながら、シノンは覗きこんでいたスコープから顔を上げる。

 

「命中確認……戦闘は終了ね」

 

 呟きながら、ふと、敵の一人が逃げ出した方向を見やる。

 逃げた男はすでにハイネとの距離を二百メートルほど離していた。丁度シノンの位置からは視認しづらい街路を走っているため、この場から狙撃するのは難しい。時折建物の隙間からチラリと見える程度だ。

 

「あれは……仕方ないかな」

 

 シノンは諦め気味にぼやきながら視線をハイネへと戻す。

 すると彼女の見つめる先で、ハイネは死んだ敵が落としたライフルを徐に拾い上げていた。

 そして軽く作動確認してから肩付けに構え、数秒の間を置いてから引鉄を引く。

 発射炎(マズルフラッシュ)と共に銃口から吐き出された7.62ミリNATO弾は、逃げる《M4》男の頭部を過たず撃ち抜いた。派手なエフェクトフラッシュと共に、最後に残った敵もアバターを消滅させる。

 

「へぇ………」

 

 それを見たシノンは思わず感嘆の息を漏らしていた。

 彼女が得意とするような超長距離(ロングレンジ)狙撃というほどではないが、スコープもなしで、しかも狙撃用のライフルでもない普通のバトルライフルを使い、二百メートル先の標的を一発で仕留めるとは大した腕だ。

 

「あなたって狙撃もできるのね」

 

『やろうと思えばな。ま、今回はライフルの性能に助けられた面が大きいかもしれねぇけど」

 

 通信機越しに苦笑の気配が伝わる。

 とにかく作戦は終了だ。

 シノンはヘカートの二脚(バイポッド)を折り畳むと、巨大なライフルを肩に担いでその場を離れた。そして足早に一階まで降りると、小走りで戦闘現場へと向かう。

 シノンが到着した時、ハイネは標的がドロップしたアイテム群の検分をしていた。

 

「お疲れ」

 

「おう、そっちも」

 

 軽く労いの挨拶を交わし、シノンはハイネの手元を覗きこむ。

 

「何か良いやつあった?」

 

「良さそうなのは《FN・FAL》くらいかねぇ」

 

 そう言ってベルギーのFN社製バトルライフルを指し示す。

 FALは「バトルライフル」という定義が生まれる前まで、西側諸国で「第一世代の突撃銃」と言われていた主力歩兵銃だ。弾薬には7.62×51ミリNATO弾を使用する。フルサイズ弾の威力ゆえにフルオート射撃では制御に難があるものの、セミオート射撃では世界有数の優れた性能を発揮する、GGOでもレア武器に分類される大口径の軍用ライフルだった。

 

「さっき狙撃が上手くいったのも半分はこいつのお陰だしな。あとレアってわけじゃないが、《ステアー・AUG》と《ガリルMAR》はそこそこ高値で売れるんじゃねぇか?」

 

「……《SG550》は奪えなかったか」

 

 敵が実際に装備していた武器の中でドロップしていたのは、FALとステアー、ガリルを除けば《H&K・UMP》と《AK47》だけだった。

 他の敵は幸運にも主武装をドロップせずに済んだらしい。それでも武器やアイテムの一部はランダム・ドロップの対象になっていたが。

 シノンとしてはダインの持つスイス製の高性能アサルトライフルを奪えなかったことだけが残念だった。

 

「《FAL》と《ガリル》は俺が貰っていいか?」

 

 ハイネは先程のバトルライフルに加え、イスラエルのIMI社(現在はIWI社)製突撃銃を指して言う。ガリルに限らず、イスラエル製の武器はその使用環境を考慮した設計ゆえか、作りが頑丈で耐久性が高く砂塵などにも強い。大本を辿れば《AK47》が製造のベースになっていることもそのタフさの理由だろう。

 ハイネの要請に対し、シノンは軽く肩をすくめながらあっさりと首肯した。

 

「もちろん。最初からそういう約束だしね」

 

「ありがとさん。んじゃ遠慮なくもらうよ。他はどうする? 何か欲しい物あるか?」

 

「私は特に無いかな……あなたこそ、《ステアー》はいらないの? この中では比較的高性能だと思うけど」

 

 《ステアー・AUG》はオーストリア製のブルパップ式(マガジンを差し込む機関部がグリップの後ろの銃床(ストック)部分にある)突撃銃だ。

 非常にユニークで特徴的な外観を持ち、そのSFチックなデザインゆえに映画や漫画などでも度々登場している。また性能面でもかなり優れ、ブルパップ式突撃銃としては一番の成功作とも言われてた。

 そんな人気銃ではあるものの、しかしハイネはピンと来ないのか、僅かに首を傾げて思案した後その首を横に振った。

 

「ヴィジュアル的に好みじゃないんでね」

 

「ふぅん……デザインの良し悪しはともかく、理由としてはあなたらしいかな」

 

 なんとなくだが、ブルパップ式ライフル特有の未来チックなデザインが、武器というより映画の小道具のようで彼の趣味には合わなかった。

 おそらくは人間工学的に撃ちやすい形状を追及しているのだろうが、ハイネは単純な撃ちやすさや取り回し易さ以上に、重さやデザインを含め「構えた状態でしっくりくるか否か」という感覚的な部分を重視する。ハイネの気のせいかもしれないが、デザインが趣味に合わない武器は構えた際に微妙な違和感を感じてしまうのだ。まるでかみ合わない歯車を無理やり当てはめたような、そんな感覚。逆に見た目が自分の好みと合致した銃は、それだけで幾分か撃ちやすいように感じられたりもする。

 

「んじゃ、残りは全部《クレマトリア》に着いたらNPCショップで換金するか。売り上げは全部そっちに譲るよ」

 

「いいの? いちおう今回の狩りは私が借りを返す側だけど」

 

「最初に独り占めする気はないって言ったろ。タダ働きさせるのも気が引ける。欲しい銃はもらえたし、これで十分だ」

 

 ランダム・ドロップの中には、敵が戦闘時に装備していた銃の他にも、おそらくはアイテム欄に仕舞ってあったものであろう数種類の銃器があった。中には主武装にも引けを取らないくらい高価な銃も含まれていたので、換金すればそれなりの金額にはなる。敵九人に対しこちらは二人という人数比のお陰だろうが、一度の狩りで得たことを考えればかなりの稼ぎだった。

 ハイネはふと視線を巡らせると、敵がドロップしたアイテムのうち弾薬箱に手を伸ばした。腰にガバメント系の拳銃を差していたプレイヤーのドロップ品であるためもしかしたらと思っていたが、やはり中身は.45ACP弾だった。シノンには必要ないだろうし、ハイネは遠慮なくいただくことにする。

 一旦箱を指先でタップしてから、表示されたポップアップ・メニューの《使用》を選び、同じ指で空になった弾倉(マガジン)をタップする。それだけで軽快な効果音と共に先程撃ち尽くしたマガジンがフル装弾された。代わりに、弾薬箱の中身は十二発分消費されているはずである。

 ゲームならではの手軽さだ。無論、手作業で一発ずつ込めることもできるが、そんな手間を掛ける物好きはほとんどいない。

 ハイネは残りの弾薬が入った箱をアイテム欄に仕舞うと徐に立ち上がる。そして、ぐるりと周囲を見渡してからシノンに向かって口を開いた。

 

「さて、第一戦は終わりだ。引き続き《クレマトリア》を目指して先に進もうぜ。運が良ければ到着までにもう一回くらい獲物に巡り会えるかもしれねぇしな」

 

 ニヤリと好戦的な笑みを浮かべるハイネに対し、シノンもまた唇の端を吊り上げるような笑みで答えた。

 

「了解、ボス」

 

 

 

 

 

 

 

 





銃器に関する説明はちょっと長すぎましたかね。くどいと感じられた方がいたらすみません。
色々と蘊蓄的な内容も多かったですが、今回はゲーム内での戦闘です。前回はナイフで、今度は二丁拳銃。
やっぱりガン=カタってカッコいいですよね。文章で表現するのはすこぶる難しいですが。
できるだけ臨場感のあるバトルが書けるよう、これからも頑張りたいと思います。
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