豪槍の邪紋使い   作:久保田みのる

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第二話です。SSなので一気に話が進みます、全体を通しても短めです。もうすぐ佳境。


豪槍の邪紋使いその二

「そこ、反応が遅い!あと10秒は短縮出来る!」

ぶっちゃけて言ってしまえば、ナナリー領の兵士と言うのは完全に普段畑を耕している民兵だった。

そのため、ろくな訓練も受けていないし受ける時間も限られる。ましてや剣で斬ったはったなど出来ようはずもない。

何より、ブレンダの経験上では初めての武器として使うなら剣より槍だ、と思っている。

ともかく剣に比べて圧倒的にリーチが長い。弓のように当てるための訓練も必要ない。

全身の呼吸あわせを訓練し、狭い場所で並んで槍を構えて一糸乱れず前進すれば、それだけで脅威なのである。

ついでに言えばブレンダ自身の武器も槍である。柄を朱に塗り上げた総鉄拵えの長槍である。

アーティファクトなどではないが、一流の鍛冶に頼み込んで作らせた業物だ。ブレンダ自身がつけたものだが銘もある。

ともあれ、そんなわけで兵士(候補)達には畑仕事の後の時間を使って槍と簡素な鎧を身に着けて前進する演習を行っていた。

最初の二日は少し動いただけで根を上げていた兵士たちだが、鎧を着けての歩き方に慣れてくれば元々畑で体を動かしていた者たちのこと、まぁまぁ見れるようにはなってきた。

「大分手厳しくやっておられるようですね?」

「なに、まだまだよ。ここで温くやって実戦で死ぬより良かろう」

振り返れば領主の館の前で大釜が火にかかり、大量のスープが作られていた。他に直火に炙られた肉や魚、小麦と蜂蜜を練って串に刺したものもある。

更に横には大量の酒樽が置かれていた。

「よし、今日の訓練はこれまで!明日は装着から整列、1km行進と巻き藁突きをたっぷりやらせてやるからの!」

兵士達から軽い悲鳴が漏れた。実際、まだまだ慣れきったわけではない鎧に身を包んでの訓練はかなり疲れるものだ。

だがそれでも反抗や不満の爆発がないのは、準備された酒と料理のためだ。

訓練後、ブレンダは兵士達と飯を食い、酒を煽るのを常としていた。

そして一人一人と言葉を交わし少しずつ打ち解け、信頼を勝ち取っていったのである。

「しかしよぉ、ブレンダの姐さん。本当にこんなところまで敵が来たりするんですかねぇ?」

一人の若い…とは言っても、ブレンダより幾らか年上の男が言った。

「確かにのう、ヌシらからしたらこの狭い領を攻め落とすくらいなら、別の国境からまたアルマーダ領を攻めるべき、とそう思うじゃろう」

ブレンダはカリカリと地面に食いきった魚を刺していた串で図を描き出した。

ナナリー領は辺境である。規模も小さく、国境線も狭い上に行軍できるような街道は一本しかない。

森の中を移動しての奇襲など、ジェイル・アルマーダという土地勘のある指揮官だからこそやれた事なのである。

「しかしの、だからこそ短期で落とせる。そう思う者がいるかも知れん。そして、ここが落とせればそのアルマーダ領に攻め入るための補給線をここから引く事が出来る。ここをベースに攻め入れば、兵の損耗は著しく軽減できるのじゃ」

鎧を着けて歩く。それだけでどれだけの労力かをここ数日で知った男達はごくりと喉を鳴らした。

「まして、ワシらの敵はユニオンやアライアンスのみではない。いつ混沌災害が起きるかも分からぬ」

「それは、まぁ…」

この辺りの混沌濃度は薄い。

とは言え、急に混沌が濃くなったり混沌が薄いはずなのに投影体が出現した事例もあるのだ。

「まぁ、つまりの…」

そのまま串を持った手を伸ばし、火に当ててじりじりと焦がす。

十分に熱を持ったそれの先を煙管に寄せて小さな火を移すと闇夜に煙を吐き出し、告げた。

「何かあって、死んで後悔するよりは生きて苦労した方がマシじゃ、という話よの」

 

******

 

若い衆を民兵として使えるようにするための訓練を始めて二週間が経った。

刺突、整列前進、印字打ち、止血、意識の有無の確認法……。

戦うのには武器を振れば良いと思っていた男衆も疲労によりその考えを存分に改めた頃にそれは起きた。

ナナリー領領主館……その応接間の円卓に拡げられた地図を前にブレンダ、エリーゼを含む数人は身を乗り出して集まっていた。

「整理するぞ。まず、三日ほど前から急激に周辺の混沌濃度が高くなった。そして…」

言ってブレンダは羊皮紙の地図の一箇所に×印を書き込んだ。

「領外れの樵が巨大な異形の姿を半日ほどの距離…この地点で目撃した」

樵の話では自分の倍以上もある巨大な獣を見かけ、恐ろしくなってすぐに逃げ出したと言う。

獣なのか、幻獣なのか、亜人なのか…その手がかりすらない。とは言え、これは樵を責められまい。むしろ無事で良かったと思うべきだ。

「そして…」

今度は更に地図上の領の位置から離れた…ナナリー領、と言うよりもブルテリア領からも離れたファクトリー・アライアンス領内の街道に矢印を書き込む。

「ファクトリー・アライアンスの軍勢…と言っても、三小隊程度じゃったか。その進軍の予想現在地が…ここ。間違いないかの、セッコーとやら?」

その言葉に目の細い長身の少年が頷く。

若い少年である。が、その引き締まった無駄のない肉体には苛酷な環境で密偵を行っていた歴史とも言うべき数々の傷と鍛錬の証が刻み込まれていた。

「見た所、三十人、三つの小隊として行動していた様です。十人ほどが重装歩兵、十人ほどが軽装兵、そして十人ほどが弓手のようでした」

「指揮官は?」

「馬に乗った大盾に長槍、鉄板鎧の男が一人…恐らく、ロードであると思われます」

そして、セッコーの指が書き込まれた矢印の先をなぞる。

「…無論、軽装での旅と違って戦闘装備での行軍です。順調な行軍であっても、恐らく襲撃は明日の夜になるでしょう」

「夜襲が予測されるのか。…ちっ…」

面白くもなさそうにブレンダが煙管の吸い口をぎりりと噛む。

問題は、投影体と思われる異形と同時に起こっているという点だ。

投影体は周囲の混沌を深くする。それにより、周囲に悪影響が及ぼされるのはよくある事だ。

例えば、作物が…どころか、畑の土が腐りその後数年に渡っての収穫に影響が出る、などという事もある。

ましてや、投影体が大人しい存在とは限らないのだ。最悪なのはアライアンス軍との戦いに重ねて投影体が領を襲撃した場合である。

だが、早急に手を打たなくてはならなくともその異形の正確な現在位置が分からない。

もし討伐に行っている間にアライアンス軍が襲撃してくればそれもアウトである。

地図を睨む。

無言のままの重苦しい時間が少しばかり流れた。

「ブレンダ」

沈黙を破ったのはエリーゼだった。

いつものほんわかとした笑顔を浮かべたまま、真っ直ぐにブレンダを見つめていた。

薄紅色の唇が再度動くのをその場の全員が注目していた。

そして、彼女は言った。

「ごめんなさい…死んでくださる?」

 

******

 

応接間は一瞬また水を打ったように静まり返った。が、その一瞬後には堰を切ったようだった。

「エ、エリーゼ様!?」

「死ねとは一体何を…!?」

「ブ、ブレンダの姐さんをどうするおつもりなんで!?」

エリーゼのあまりにらしくない一言に追及の声は止まず、応えを挟み込む暇すらなかった。

が、その大騒ぎも更に大きな大音声で破られる事になる。

「静まれぇいっ!!」

鼓膜も破れんばかりの大声の元は、死ねと言われた当のブレンダであった。

それもあり、矢継ぎ早の質問もすっかり途絶えてエリーゼはやっと事場を続けられると軽く肩を竦めて見せた。

「で…ワシに死ねと言うたか?その真意を聞こうか」

死ねと言われて、むしろ面白そうにブレンダは口の端を持ち上げて言う。

「言葉の通りです。…巨大な異形、その目撃談に間違いがなければ個体での戦闘力も一個小隊クラスと思って間違いないでしょう」

「ふむ、それで?」

「ですが、この領の兵士は現在十人程度。そして、彼らには万一アライアンス軍が強行進軍してきても対応出来る様、守りについてもらいます」

再び、小さくざわつく声が出始めた。だが、会話を遮るほどではない。

「なるほどのう…。つまり、おヌシはワシに…」

「はい。一人で異形退治に向かってください。そして、それが終えたらすぐに取って返して領の防衛に加わっていただきたいのです」

「…エ、エリーゼ様…それは…」

無茶苦茶である。

確かに傭兵というのは戦争に参加し、必要とあれば死を厭わず戦うのが仕事である。

が、現状エリーゼはブレンダに衣・食・住の提供はしていても前金も支払っては居ない。

しかも、この領はさして裕福な領ではない。邪紋使いの中でもかなり高い実力を持ったブレンダに命を賭けて戦わせるだけの報酬を支払えるとは到底思えなかった。

「ワシの命は、高いぞ?」

案の定、ブレンダはそう言った。

だが、その表情はどこか楽しそうで挑発的であった。

「でしょうね」

事も無げに返す。いつも通りの穏やかな笑みを浮かべたままで。

「……ですから、私の全財産と……生きて帰ったら、ブレンダ。貴方にこの命を差し上げます」

笑みを浮かべたままのエリーゼの言葉に、今度はざわめきは起こらなかった。

皆一様に、気圧された様にしんと静まり返っていた。

否、一人だけ…。

ブレンダだけはその表情に浮かべた笑みを更に強くしていた。

そしてそのブレンダも含め、誰も彼女がブレンダが確実に死ぬ前提で踏み倒すつもりなのではないと確信していた。

その場に居た誰もがエリーゼの本気を感じていたのだ。

 

******

 

ブレンダは一人、薄暗さを増しゆく森の中を歩いていた。

サバイバビリティに関しての知識はある。が、土地勘はないため何とか自分の来た道を把握するので精一杯だ。

獣道とすら言えない、たまに猟師や樵が入り込むだけの木々の間を一歩一歩大股に進む。

時折罠を見かけては外す時間も惜しく、かわせるモノも槍で或いは弾き、粉砕して進んだ。

帰り道やいざ戦いとなった時に引っかかったりしたくないためだ。

出てきた時には日が傾き出した頃合であったが、そろそろ日が完全に沈みそうになっている。

正直言えば、夜に正体不明の敵と渡り合おうなどとぞっとしないが致し方なし、今は時間が惜しかった。

然程疲労は感じない。ブレンダの鎧は軽装な物であるし、何より武装を身に着け戦うための筋力のつき方はほんの半月やってみた程度の村の若者とはワケが違う。

露出した肌を木の枝や葉が僅かに傷つけていくが、それも構わず力強く歩みを進めた。

どれくらいそうして歩を進め続けたか。月が中天に来る今までブレンダは一度たりとも歩みを止めはしなかった。

そして、今歩みを止めたのは微かな物音に耳を済ませるためである。

微かな物音…とは言ったが、それは距離が離れているからのようだ。実際には近くであれば木々を軋ませ巨体が進む大きな音を難なく聞き取れたであろう。

今までとは違い、慎重な足運びでブレンダは音の発信源へと進みだした。

そして、森の中小さな川が流れ木々が開けた場所にそれは居た。

暗いせいもあり、茶色とも緑ともつかぬ皮膚。

ブレンダの倍ほどもありそうな身の丈。

巨大な体躯に対して腕は細くやや短い。が、ツメは鋭く破壊力がありそうだ。

長大な尻尾があり、その尻尾で打たれれば人など軽々吹っ飛ばされてしまうだろう。

川に突っ込まれた大きな口には牙がずらりと並び、瞳は爛々としていた。

いわゆるドラゴンに似た姿を持っていたが、その瞳からは竜のような高い知性は感じられない。

あれは、凶暴な肉を食らう野獣の瞳だ。

何にせよ、先にこちらが発見出来たのは僥倖だ。

真後ろを獲るべく、音をなるべく立てぬように少しずつ木々の間を移動する。

が、野生の獣の勘と彼女の隠密能力では野生の勘にやや軍配が上がったようだった。

真後ろを獲り、そのまま前に出ようとした瞬間、野獣が川から顔を上げ、左右をきょろきょろと見回しだしたのだ。

そこからの判断と行動は早かった。

舌打ち一つ、首が後ろを向かぬうちに木の陰を飛び出し、走る。

走る、疾る。

10mほどの距離を詰め、怪物の背を槍の射程に捕らえた時にはぎょろりとした目が振り返っていた。

豪!

振り向きもせぬまま、横合いから尻尾の一撃がブレンダの上半身を狙って放たれる。そちらを見ぬままにブレンダは一瞬身を沈ませ、そのまま前方へと跳び、怪物の背へ迫る。

背に肉薄しながら、ブレンダはしかし槍を突き出しはしなかった。

行きがけの駄賃とばかり、横薙ぎに振るい浅く皮膚を切り裂き、そのまま怪物の背を蹴って更にもう一度跳躍した。

尻尾をかわされたと悟った怪物が振り返り巨大な顎を伸ばしてくる。切り裂かれた傷の痛みは感じていないようだ。

「ケダモノがっ!図体ばかりで戦技が甘いわ!!」

怪物の咆哮に対抗するように吼え、振り向く怪物のこめかみへと石突きを繰り出す。ブレンダの膂力と重量、それを十分に乗せながらそれは怪物の押し返そうとする力と拮抗し、そのまま双方一瞬動きが止まる。

怪物は憤怒の視線をブレンダに向けた。が、それを受け流すようににやりと笑ったブレンダはその目に向けて縦に槍の穂先を閃かせた。

斬!

狙い過たず、その一撃は怪物の目を切り裂いた。さすがにこれは堪らなかったか怪物は顎をのけぞらせて叫びを上げた。

「かっ!かかっ!じゃろうのう、おヌシ恐らく自身より強い者と戦った事があるまい!それが獣というものじゃからのう!」

ブン!と槍を振り、体液を払う。そのまま、首元を狙い更に槍の穂先を振るった。

一撃、二撃、三撃…さして深く切り裂けぬままに幾たびも槍を薙ぐ。

決して突きは繰り出さない。相手の皮膚の分厚さ、巨体を支える筋肉を考えれば、突きを放てば抜けなくなる危険性が考えられた。

「ちっ、普通ならこれだけ首を傷つけられれば頚動脈をやられてしまうものだがのう」

投影体ゆえか、それとも別の理由からか怪物は動きを鈍らせる様子すら見せなかった。

必死に前足のツメをかわし、尻尾をかいくぐり近寄っては斬り、離れを繰り返す。

しかし、相手の動きに対してブレンダの動きは大きい。相手はその場からほとんど動いてすら居ないのに、ブレンダは脚を使い回りこみ、踏み込み、飛びのいているのだ。

体力、そして時間が少しずつ削られていくような感覚に再びブレンダは舌打ちをした。

「いい加減で…往生せいやぁっ!!」

槍の穂先の付け根ぎりぎりまでを叩き込むような大降りの一撃。

その一撃は怪物の首を深々と切り裂く。

…筈であった。

穂先で引っかくように切り裂くのではなく、根元から叩きつけ、叩き斬るような一撃は、しかし刃を微かに沈めたところでそれ以上進まずにブレンダは慌てて槍を引き戻そうとした。

その一瞬、脚が止まり、体勢が崩れた。

怪物の尻尾がブレンダの胴を捉え、軽々とその身を弾き飛ばしたのはそのほんの瞬き一つの後だった。

 




文章力の足りなさを自覚しつつも何とか頑張って書いてみております。しかし、指摘を受けたりしなければ変われないのが僕のレベル。良ければ、指摘や感想等いただければ幸いです。
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