豪槍の邪紋使い   作:久保田みのる

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第三話です。ひとまず書き溜めした分はここまで。ここから不定期更新になるかと思われます。


豪槍の邪紋使いその三

夜の闇の中に幾つもの焚き火が焚かれ、臨時の足場と座席だけを設えた物見台に座る人々の姿がナナリー領にはあった。

だが、座っているのは老人や女性などの非戦闘員だ。訓練を受けた民平達は少しでも実践に向けてその体を休めるべく思い思いに寝転んでいた。

とは言え、眠れているわけではない。

今まで農民としてのみ生きてきた者達が命をかけて戦わねばならないのだから当然だ。

心臓は高鳴り、何度も何度も小用を足しに出歩く。

酒でも食らって気分を紛らわせたいところだが、そういうわけにもいかない。

「なぁ…お、俺達勝てるのかなぁ?」

兵達の中で一番若い男が言った。

「相手は本職の兵士なんだろ?…俺達なんかが戦えるものかな?」

「……」

質問に沈黙が応えた。

分かっているのだ、少なくとも自分達が勝てはしないと。

出来る事と言えば、せいぜい少しばかりの時間稼ぎだけだという事を。

「勝てなかったら、諦めますか?」

その声は館の外から届いた。

「今までの暮らしを全て捨てて恭順し、エリーゼ様を差し出して自分達の身を守りますか?」

「そっ…!」

そういうワケではない。

そう言い掛けた男はそれを言い切る事が出来なかった。

無論、率先してエリーゼを差し出すつもりはない。

けれど、諦めて降伏し…相手がそれを条件として出してきた場合。

そこから否と言えるだけの自負はなかった。

「我々に出来るのは、確かに時間稼ぎ程度でしょう」

扉が開かれる。

入ってきたのは、セッコーと名乗ったアライアンス軍の情報を持ってきた少年だった。

「けれど、その稼いだ少しの時間で、ブレンダさんが戻って来てくれるかも知れません」

その言葉にもまだ村の者達は物言いたげに視線を交わした。

「ブレンダさんが戻ってきたとして、数十人相手に勝てるのか」

切り出せない男達に代わってセッコーが呟いた。

「……少なくとも、我々よりもずっと勝てる可能性は高いはずです」

その言を否定する者は皆無だった。

「侵略されるのなんて御免でしょう?なら…賭けてみましょうよ。まともな報酬もなしに『面白い』の一言で怪物を倒して、戻って、軍隊を相手にするなんてバカな話に乗っちゃう戦バカのあの人に」

 

******

 

焦点が合わなくなったのはほんの一瞬だ。

だが、実践であればその一瞬が命取りである。倒れたブレンダの体はその一瞬の間に肉薄した怪物の顎をすんでのところで転がってかわした。

ふと握ろうとすると手の中にあるべき物がない。微かに目だけを動かし、それの位置を確認する。

あった。

怪物のすぐ足元に見慣れた朱塗りの柄を持つ槍が転がっている。最悪だとばかりにブレンダは血の混じった唾を吐き捨てた。

体はあちこちずきずきするが、幸い内臓をやられたわけではないらしい。今の血も、単に口の中を切っただけのようだ。

再び怪物が身を乗り出すようにして顎が肉薄してくる。

「はっ!ケダモノが、それほどワシを食らいたいかっ!!」

ギリギリ引きつけ、身を反らしてかわす。この怪物、膂力は大したものだが反射速度が鈍い。傷の痛みすら、数瞬遅れて感じているようだ。

とは言え、それが攻撃が生易しいという事にはならない。顎をかわせばすぐに前足のツメが襲ってくる。ブレンダもこれは想定の内で身を低くしてかわす。と、そのまま体を前方に投げ出すようにして槍に向かい飛びついた。

「と・ど・けぇぇええええええええええええええええええっ!!」

腕を目一杯伸ばす。

ふと見れば、怪物の後ろ足が空振りの勢いでたたらを踏んでいた。背筋に冷や汗が流れる。

もしあの後ろ足に踏みつけられればただでは済むまい。よしんば、ブレンダがかわしたとして、あの巨体に槍が踏まれればそれもまずい。

鉄の柄のあの槍は折れずに曲がるだろう。頑丈が故に、大きすぎる力を受けた場合には取り扱いにくいままの曲がった柄がそのまま残る。

まぁ、無論それでも槍がないよりはずっとマシであるが。

「おぉぉぉおおおおおおっ!!」

葉を食い縛って槍に向かい、もう一度地を蹴り加速する。指先が触れた、と思った瞬間、ブレンダは躊躇わずその身を翻した。

槍が弾かれたように一瞬宙を舞い、ごろごろと転がりながら何とかキャッチする。先ほどまでブレンダの居た場所に怪物の右足が踏み下ろされていた。ひゅう、と口笛を吹き己の悪運の強さを賛美する。

「しかし、参ったの…正直疲労と痛みで体がまともに言う事きかぬわ…」

対してノーダメージとは言わないが、怪物はまだ余力を残しているように見えた。

まさにこの巨体の化物は一軍にも匹敵するようなバカげた相手であったのだ。

「……今までのように、足で撹乱するわけにはいかんな……よし」

そう言ってブレンダは槍を少し長めに掴み直した。そのまま真っ向から怪物と相対する。

「さあ来い!ワシが食いたければ食ろうてみるがよい!」

ブレンダの声に反応した…わけではなかろうが、怪物はドシドシと大きな足音をさせながら首を伸ばし愚直にブレンダの体を噛み千切ろうと接近してきた。

そして、ブレンダはその怪物の前から…動かない。

自らを食らおうと迫ってくる顎に対し、真正面で待ち受けた。鋭い牙が見える。肉食獣特有の生臭い吐息がかかる。

そして…ぬらぬらとした舌と、上顎までは見えるようになったところでブレンダは己の槍をこの戦いで初めて真っ直ぐに突き出した。

怪物の口内、喉を狙って。

ぞぶり、とゴムを突くような感触がして、そのままずぶずぶと刃先がめり込んでいく。

さすがに怪物もこれにはすぐに反応し、叫びを上げて首を跳ね上げた。故に…浅い。これで食事が摂り難くなり、後日弱ったり上手くすれば死ぬかも知れないが…即効性のある致命打には至っていない。

怪物は槍を引き抜こうとしてるのだろう、やたらめったに暴れている。前足も振り回しているが、その短さゆえに上手く槍を掴めない様だ。

「か、かか、かかかかかかっ!ざまぁみろ化け物がっ!さすがにこれは痛かろうっ!」

大声で罵る。怪物が内容を把握出来たわけではなかろうが、その声にぎろりとブレンダを睨み、愚直に懲りずに再度の突進をしかけて来た。

「ほんにケダモノよのう…己の力に自身があるのじゃろうが、懲りるという事も想像する事もできん」

にやり、ブレンダは笑みを浮かべて体を半開きに構えて腰を沈めて下半身に力を溜める。

「じゃが、お陰で助かったわ。そろそろこれで…終わりにするとしようっ!!」

怒りの咆哮を上げながら怪物の顎が迫る。ブレンダは沈めていた身を解き放つとむしろ己から一直線に怪物へと迫った。

それは、一種の賭けだった。

怪物の移動は一直線であるが、頭部の動きは決してそうではない。大きく左右に、上下にブレるように動いているのだ。

当ればお慰み、外れれば自ら怪物の口内へ、である。

だが、むしろその状況が愉快であるかのようにブレンダは助走をつけたまま怪物に向けて跳躍した。

「お、お、おぉぉおお大おおおおおおおおおおおおっ!!」

蹴!!

果たして、跳び蹴りの要領で繰り出されたブレンダの足は見事己の槍の石突きを捕らえ、ブレンダの助走の力、跳躍の力、筋力、体重を浅く刺さった槍に与えた。必然、槍は更に奥へと突き刺さり、ついに喉を貫き怪物の首の後ろから刃先が現れる。

ごぶり、と怪物が血を吐き出す。喉の深い傷からの出血である。それは気道を塞ぎ、失血のショックを怪物に与え、そして…。

ずずぅぅう…ん…。

ようやく、怪物は小さな痙攣を繰り返しながらもその巨体を大地に横たえた。

「やれやれ…てこずらせよって」

蹴りを放ちながら、着地には失敗し盛大に尻餅をついた姿勢のままさすがに少しうんざりしたようにブレンダが呟いた。

 

*****

 

戦いの前には静けさがやって来る。

いざ戦いが始まれば、戦場は怒号と剣戟、軍靴と風斬り音に支配されるが睨み合った開戦直前となると静かなものだ。

報告にあったとおり、侵略軍の数はおおよそ三十。数だけで見ても三倍、その上にわかでなく訓練された精兵の空気を纏っていた。

恐らく、今にも攻撃命令が降りればそうかからずして十名程度の民兵たちは蹴散らされてしまうだろう。だが、今彼らはこちらをじっと探るように見ていた。

ややあって……。

「ファクトリー・アライアンス所属、ダドリー領領主コーウェン様に仕えし騎士レイモンドである!指揮官と話がしたい!」

その言葉にざわめきが起きた。指揮官……普通であればブレンダだが、彼女はこの場にいない。

ならば誰か……ここに居る中で一番戦について知っているであろう人物はセッコーだろう。だが、彼は実際にはナナリー領の人間ではない。そんな彼に責任を負わせるわけにもいかない。

ならば、一番年を重ねているハンスか、それとも訓練では一番の素質を見せ付けていたクルトか……?

ざわめきはしばらく続き、やがて時間をかけすぎてしまっていると思ったハンスが前に進み出ようとした時。

「指揮官などという大層なものではありませんが……」

そう言って、民平達の背後から進み出てきたのは一人の華奢な女だった。

「私が、このナナリー領を大公から預かっております。エリーゼ・ナナリーと申します」

いつもの穏やかな微笑と共に、戦場にやって来るとは思えないいつもの簡素なドレスを身に纏い。

エリーゼ・ナナリーがそこに進み出てきた。

「エ、エリーゼ様……」

「エリーゼ様、何故ここにっ!」

「ここは危険です、早く領にお戻りを!」

一瞬、呆気に取られた者もいた。正直に言って、ほっとした者も居た。

だが、誰もが何よりも本心からエリーゼの身を案じて声を上げていた。

そんな彼らをそっと手で制しながら彼女は弓を放てば届いてしまうという距離まで進み出て、スカートを摘み会釈を送る。

あまりにも戦場の空気にはそぐわぬ礼。だが、レイモンドはそれを流す事無く騎士として受け止めた。

「お初にお目にかかります、ご婦人。私は先ほども申した通りの者。我が王の命により、僭越ながら貴方の領を貰い受けに参った次第」

「存知ております」

エリーゼの背後には何かあった時のためにと民平達が槍を強く握り、いつでも駆け出せるように身構えていた。だが、駆け出しても弓で撃たれればエリーゼの身を守るのは間に合わないだろう。そうであっても彼らがすぐにも駆け出さないのは、エリーゼが今も死の覚悟を持ってこの場に現れていると、そう感じているからだ。

死ぬのが怖くないわけはない。

誰かのために死ぬというロマンチズムに酔っているわけではない。

ここはこうするしかない、自分にはこれしか出来ない、誰かに負わせるべき事でもない。

そうした、想いとも何ともつかない。ただ、はっきりと現実を受け止めた上での何かに背を押され。

エリーゼ・ナナリーはそこに居た。

ならば、それを無視する事は男達には出来なかった。

「なれば話は早い。無用な殺生は好みません。今すぐ兵を下げ、住民も含めて領を出ていただきたい」

「村には領を出て行く当てのない者、長距離の移動が困難な老人もおります」

「でしょうな。だが、あまり時間をかけられて援軍が到着しても困る。明け渡すかどうかすぐに決めていただきたい。領を明け渡すのであれば、一刻の間に全ての民を領から出していただこう。出来ぬとあらば一戦交えるもやむなし」

死ぬか、ほとんど取る物も取らず住み慣れた領を明け渡すか。

だが、仕方がない。圧倒的に状況が有利なのは敵方なのだ。

本来、ただただ嬲り殺されても文句は言えない立場なのである。

ほんの少しの間、エリーゼは目を閉じた。

「さあ、お応えを」

あまり時間を与えてはならない。

そんな自身の勘に従い、レイモンドは返答を迫った。

「皆さん」

そうしてエリーゼが声を掛けたのは、しかしレイモンドではなく民兵達に対してだった。

「私はこのナナリー領が好きです。何もない土地、けれど夏の猛暑も、厳しい冬も、子供の頃から笑いあって過ごしてきました」

一体何が始まったのかと、レイモンドたちも民平達も一瞬呆然とした。

「朝起きて、家の手伝いをして、昼食を摂って外に出て、みんなでくたくたになるまで遊びました。夕方近くなるとマギーおばさんがいつもパイを焼いてくれて、泥だらけのまま食べて、手を洗いなさいと怒られました。そんな日々がずっと続くと思いながら過ごして、今私は大人になってここに居ます」

エリーゼと一緒に遊んだ事のある世代の男達がずるっと軽く啜り上げた。これから死ぬかも知れない。そんな今、エリーゼの言葉で思い出される少年時代は酷く美しく遠くにあるもののように思えた。

「今、世代は変わり、領の子供たちが同じように暮らしています。私は、出来ればずっと、ずっと……そんなナナリー領であって欲しいと思っています。今のナナリー領の人たちと、今の生活を守っていきたいと」

段々と彼女の言わんとしてる事がその場の者達に分かってきた。

彼女は吹っかけるつもりなのだ。ブレンダにしたように。己にしたように。

今度は、自分達に選ぶように吹っかけてくるつもりなのだ。

「私と想いを同じくしてくれる人だけで構いません。……お願いです、今を明日に繋げるために、貴方の命をください」

それは民平達全員に。しかし、一人ひとりに向けて放たれた言葉だった。

正直、今にも逃げたい。

死ぬのなんか真っ平である。民兵達は所詮農民、領を背負ったロードでも戦で金を貰う傭兵でもないのだ。

だが。

だからと言って、矢一本飛んでくれば命のない状況に身を晒しながら鼓舞する女を見捨てて逃げる。

そんな事が出来る程には彼らは男を捨ててはいなかった。

決意の表情で一歩前に、一斉に踏み出す民平達。

それを見て、エリーゼは微かに目の端に涙を浮かべ、深々と頭を垂れた。

「ありがとう……」

一部の侵略者達が動こうとする気配があった。

だが、レイモンドがそれを手で制する。もはや戦を回避する事はない。だが。

ほんの少し。あの女が下がるまでの間の時間を彼らにくれてやろうと思った。

でなければ、もし今彼女を殺せば民兵達はたちまち死兵となろう。

ただでも高い士気の上、狂乱し、死してなお喉笛を食いちぎらんとばかりに襲い掛かってくるだろう。

ろくな訓練を受けておらずとも、そういった人間は恐ろしい。それをレイモンドはよく知っていた。

やがて、民平達に促されエリーゼが民平達の後ろへと下がった。

それを見て、ゆっくりとレイモンドは腕を上げ、双方の兵士達が駆け出さんと身構える。弓兵隊が矢を番える。

「撃てぇいっ!!」

『う』が消える戦場独特の掛け声を切欠に、矢が放たれ男達が怒声を上げながら突撃を開始した。

 

******

 




自己満足的なSSをダラダラ流してる感で申し訳なくなってきますが、もし良かったら指摘、感想等いただけると今後の参考と励みになります。前述の通り、ここからは不定期になってしまうかと思われますが、お付き合いいただける方がいらっしゃれば幸いです。
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