6、仮設前線基地一時代理総督
いつから将校が先に逃げ出していい事になったのかね? ゲオルグ・フォン・リットベルク
あれから約3週間が過ぎた。
予想よりは時間が稼げたようだ。その間に起こった事をまとめれば、アドルフが武装集団を幾つか潰し、その死体にブレーベルグ軍服を着せてブジンベルグ領に侵入。ブジンベルグ軍駐屯基地に派手な攻撃を仕掛け、死体をそこに置くことであたかもブレーベルグ軍と交戦したように偽装工作した。効果は好調で完全な敵対関係まで発展。国領侵犯だとして、帝国全土にまで影響を及ぼした。お陰で国境要塞壁の建造に必要最低限の1ヶ月近く稼げた。後は補強建造と武器設置に必要な時間があれば完璧なのだが……。
だが実際そこまで待ってはくれなかった。
ブレーベルグは軍事国、ブジンベルグは商業国で軍隊の質も量も圧倒的な差がある為に疲弊。国境戦線を展開する冷戦状態まで落ち着いてしまったのだ。
そして今……。
「もう少し粘ってくれると思ったのだがな……。」
「ブジンベルグも今後の軌道を確保したいんだろ?というか、これはなかなか……。」
ヒルトリヒとドルフは櫓の上から敵陣を見渡す。お互いの距離は3キロ程もあるのにその戦力が解るほど兵士がいるのだ。未だに攻めてくる様子はなく、ライフル銃部隊しかいない。
「5万はいますかね?」
「もっといるだろ。」
装備はこっちの方が遥かに上だが、兵力は2000弱。差が圧倒的過ぎるが、時間を稼げば稼ぐほど向こうも装備が充実してしまう。
「これ以上は無理か……。準備はいいか?」
「えぇ、高射角砲の準備もできました。」
アドルフの言っていた新型大砲は砲弾を高く打ち上げる事の出来るもの。通常より遠くに撃つ事ができる上に威力も高い。
「ドルフ、私は戻るが君に祝いものをやろう。」
そう言って渡したのはヒルトリヒに頼んでいた銃。
「全て手作りだから時間は掛かったものの、なんとか間に合った。残念だが弾はまだだ……。」
「いえ。有難うございます。」
ホルスターに差して、ヒルトリヒを見る。そして、姿勢を正すと右手の握り拳を左胸に当てた。(共和国共通の敬礼。各軍によって若干異なるが。)
「必ず勝利を。」
ヒルトリヒも同様に敬礼する。
「必ず勝利を、健闘を祈る。」
去っていった。
櫓の上から馬車が見えなくなるまで見送ると、小隊指揮官を召集。すぐに作戦本部が開かれた。
「しかし、向こうは防衛戦線を攻撃してきた訳でもありません。」
「そうですよ。条例違反になります。」
攻撃に対して反対派と賛成派に分かれてしまっていた。反対派は帝国の影響が少ない国の軍人で危機感に欠けている。
「いいや、既に撤退命令と攻撃勧告を何度も送っている。それでも退かないのは立派な違反行為だ!」
「それだけではない、大麻などの違法薬物に難民、性病・疫病も入ってきてる。」
一方で賛成派は近国からかき集められ、切迫した状況をよく理解していた。
「我々は戦う為に戦うのではない。」
いつまでも埒の明かない状況に苛立ち、ドルフは立ち上がって歩きながら話し始める。
「この状況が長引けば、それだけ市民の危険が増す。もっと言えばそれぞれの祖国が、共和国が窮地に立たされる。そうなってからでは遅いのだ。軍将たるとも戦局を先読みできなければ戦う事など出来ない。」
ここでの総督の仕事はそれぞれの指揮官のやる気を出す事。それでもやろうとしなければ、誰かの頭を吹き飛ばしてでも重い腰を動かさなければならない。話術で必要なのは説得力ではない。それぞれの思想や思惑、野心、宗教観、道徳心に愛国心に囁き少しでも揺さぶる事。
「祖国の地が人が、宝が思想が蹂躙されるまで気付かないつもりか?何の地位か?勲章か?」
反対派だった人達が押し黙り始めた。もう一歩、あと一押しが必要だが、そこまでして動かない奴など後々邪魔になる。
「戦う意思のあるものは立て。ないならバッジを置いて帰るんだな。」
上官クラスの人間にとって、バッジを置く事は自主退役か下官クラスに自主降格するという事。戦わない事をすれば軍人として価値がない。と言われた様なもの。
それを聞いて次々と立ち上がり始める指揮官達。
そして、敬礼する。
「勝利を。」
「「勝利を。」」
「各隊員は可及的速やかに準備を行え。」
「了解。」
全員急ぎ足でテントの外に出ていった。
隊員たちをそれぞれの位置に着かせる。
「上角、焼夷炸裂弾装填!東風2、距離2、2、0、0。用意っ!!」
総指揮官が櫓の上から指示を出し、横にいる旗手が全高射角砲部隊に指示を出す。
それを見てハンドルを素早く回して角度を合わせている。各部隊準備ができたと、旗手の手が上がる。
「てぇっ!」
旗手の合図をする。
ドォンっドドンっドォンっ!!!
轟音が大気を揺るがし、大地を鳴らす。
予行演習していない為にズレはあるものの、上々の出来だろう。
「次弾、焼夷炸裂弾装填!距離1、8、0、0!よぉい!!」
「大角、徹甲弾装填!距離1、5、0、0!」
パンっパパパァン!!
準備していると敵陣から空を裂く破裂音が響いた。
兵士達が見た光景はこの世の物とは思えないものだった。空から火の粉の様な飛び散った砲弾が敵陣を覆うのだ。
遠くから雄叫びが聞こえる。
敵兵たちが狂った様に進軍しているのだ。
「う、うてぇっ!!」
再び高射角砲砲が火を噴く。砲弾は天高く撃ち上がり、放物線を描いて敵陣を目掛けて落ちながら破裂する。破片は火を纏いながら降り注いで土と一緒に火を吹き飛ばす。
爆風で吹き飛ばされる者、全身を焼かれる者、血を流しながら絶叫する者。
自軍ですら動揺する殺傷能力。土や小石ですら凶器になる。上空から降り注ぐ火の鉄鋼片すら容易く命を奪う。
数で勝っているブレーベルグ軍ですら慌てふためき逃げ惑う。
前線を守り切っても残るのは重苦しさだけ。
手にするのは上に立つ者達が我が物顔でその力を奮う。それを自分の力だと思い込んで麻薬の様に狂わせるのだ。そして、その先に待つのは同じ。
そう、破滅だ。ただ1人で散って行くだけだ。