2、友と酒と。
「…フ?ドルフ?」
急に聞こえてきたヒルトリヒの声に驚き、彼の方を見た。
「どうした何を呆けている?お前らしくない。」
「すみません、考え事をしていたもので……。」
アサシンなのに不覚をとってどうする。とは思ったものの自分の部屋以外で休む事のない彼にとって唯一の心休まる場。集中力を維持する為にも必要なのだ。
「まぁ、いいさ。任務終わりで疲れているのだろう?」
背中に手を宛ててきて歩くように促して来る。
赤い軍服を纏う2人は主従と言うより友人のそれに近かった。
「えぇ、まぁ……。」
薄く笑みながらヒルトリヒに促されるまま歩くき部屋から出る。
「なぁドルフ。無理はするな。」
「分かっています。」
「では……一杯仰ぐか?」
反対の手で呑むようなジェスチャーをするヒルトリヒ。
「ふふ……全く……。」
陽射しが強く差し込む中、ゆっくりと歩く。
白塗りの壁が続く屋敷。時折赤い軍服を着た人たちとすれ違うが、全員軍人。階級は軍のバッチか家紋で判断するしかないだろう。
しかし、ドルフにはバッチも家紋も何もない。というか、表向きは軍人として生活しているだけで軍服は飾り。初めは教師の立場でいたが曰く「面倒。家庭教師とかガラにもない。」と軍服を着た。
「さ、入れ。」
「失礼。」
軽く会釈をして部屋に入る。ここはヒルトリヒの書斎。防音設備があって密会にはもってこいの場所。
「好きな所に座って構わないぞ。」
好きな所と言われても椅子は2つしかない。1つは書斎机の椅子で、もう1つは窓際に机に向かって置かれた簡素な椅子。つまり、ドルフが座れる椅子は1つしかない。
「えぇ。」
選択肢がないのに選択を与えるのは酷ではないだろうか……。
と思いつつ、窓際の椅子に座った。
「隣町のウィスキーだ。」
「隣町と言うと、ブレーメルフォルデ?」
「あぁ。味は保障しないが。」
なるほど、味見をしろと。まぁさしずめ名前に惹かれて買って来たのだろう。「ルーンドルチェ」とか書いてあったし。
一口、恐る恐る含む。
「ん……ほぅ、ビロードのような滑らかな舌触りに芳醇な香りと甘さがありますね。」
「で、美味いのか?不味いのか?」
「私は好きですが。」
そう言ってグラスを口に運ぶ。ドルフの呑むスピードが速くなっている。自分好みの味でも彼に合うかは解らない。だからはっきりとは答えなかった。
百聞は一見に如かずか、ヒルトリヒも一口含むだ。
「んん!確かにこれは美味いな。」
「ハハハハハっ!ドルフ、私はな、自由の為に戦っているんだよ!」
30分後、ヒルトリヒは完全に出来上がっていた。酒豪でもないくせにグラス3杯も呑むからだ。
「なのにあのハゲ……く、ふっ、フハはハハハハハっ!ハゲ!ハハハハハっっ!!」
「はぁ……。」
前言撤回。出来上がってるではなく壊れた、だ。さっきから同じ事しか言ってない。
最初は散々将軍を褒めていたのに今じゃ貶してる。
「ヒルトリヒ、用があったんじゃないのか?」
「そうだ。そうだったっ!確か……ヴァルデントゥガルって言う貴族がいただろ?」
いま、「確か」って曖昧な事言わなかったか?
顔を真っ赤にして意味不明な動きをしながら答える彼に対して冷静な自分。
「えぇ、ブジンベルグから亡命してきた。」
「そうだ。えぇと……なんだっけ?まぁいい、そこの娘が誘拐されたんだとよ、全くバっカだよなぁ?」
急に肩を組んできて同意を求めるように話しかけてくる。さっきまでグラスを持っていた右手には、いつの間にかボトルが握られている。
「それは言い過ぎですよ……。」
なんでそんな重要な事を早く言わないんだよ……。
そう心の中でぼやく。
「おいおいおい、敬語を使うとは何事かね?今さっき使わないと決めただろう。」
「イエスとは言ってない。」
「ノーとも言ってない。」
相変わらず酒を呑むと荒くなる。もう慣れたが。
「で、どうすれば?」
取り敢えず、無駄に考えても仕方ない。更に本題を続けた。
「あぁ、それはこれに書いてある。」
ドルフから離れて机の上から1枚の紙をとって渡して来る。
「……。」
さっと目を通して突き返す。
「なんだ?報酬が不満か?なら丸を1つ増やそう。どうだ?」
「違う。自分で読んでみろ。」
未だに突き返された理由が解っていないヒルトリヒに半ば強引に渡した。
「えぇ……私、ヒルトリヒはカトリーナ・バーデンを……。あぁ、これは手紙だな。ククク、こっちだ。」
ようやく理解して別の紙を渡して来た。
開くと任務の詳細で、目的から目標、場所、報酬までしっかり書いてある。
「どうだ?」
机に腰掛け得意げな顔をするヒルトリヒ。
それを見て、
「あぁ、分かった。呑むのはほどほどにしておけ。」
それだけ言い放って足早に部屋を後にした。
「何を怒ってるんだ?」
不思議そうにドアを見詰めたまま、ボトルに口を付ける。