4、光と闇
俺は神を信じない。
神は人が考えた偶像物だからだ。
人は世の苦しさから逃れる為に神を生み出し、自ら信仰をするようになった。
信じる神に洗脳され、信じる神に苦しめられている事に人々は気が付いていない。
そして、人々の信じる神は裏切るのだ。
散歩に行くフリをして屋敷を出て、市場にやって来た。自分以外に軍人が数人いるがどれも見回りをしている哨戒兵ばかり。後を付けられてはいないようだ。とは言え、念の為に市場と商店街をぐるぐる回って用心している。
「………。」
5、6キロは歩いただろうか。
追手はいない。
そうと解れば市場に戻って、隠れ家に向かう。
日も暮れ、暗くなると仕事終わりの飲み会集団、若者の逢引ごった返している。人込みを掻き分けて進み、裏路地を通ってゆく。
レンガの敷き詰められた細道は、一見人通りが多そうなものだが殆どない。しかも手入れなどされておらず、あちこちでこぼこしていて歩き辛い一本道。さっきの表通りの賑やかさとは一転、音など忘れたかの様な静けさと暗さ。
売春婦や覚醒剤中毒者、病人、孤児に乞食がそこかしこにいる無法地帯。
「ねぇえ、お兄さん。私とイイ事しない?」
「私、上手よ?ふふふ……。」
娼婦が2人、腕に纏わり付いてきた。
「すまんが遊んでいる暇はない。他を当たれ。」
勿論、遊びに来たワケでもしてやそんな時間などドルフにはない。女の腕を振り払って歩みを進める。理由は他にもあった。彼女達が覚醒剤の常習者である事。これは瞳孔が開ききっているのとおぼつかない足取り、アーモンドの様な特徴的な臭いで解る。そして、もう一つ、性病患者だからだ。こっちは腕や首筋にあった痣で解った。打撲の痣とは違い特有のものだからだ。
「ふふふ、ふふ……ふふふふ……。」
「またおいで坊や、うふふ……。」
彼女達の声につられて物陰から次々と顔を覗かせて、虚ろな目でこちらを見る人々。
昔と同じだった。自分が生まれ育った町と。だが、そこも戦火を受けて荒れ、廃村となった。そんな連中ばかりがこういう場所に集まっている。世の中に喰われた人達が……。
それから少し歩くと、違法商店がちらほら軒を連ねる。その内の一軒、飲み屋に入店した。
ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ……
店内は一斉にブーツの靴音の方を見た。それはそうだ。こんな違法店に軍人が足を踏み入れるのはガサ入れか、横領隠蔽の為のプールに来たか、はたまたイケナイ密会のどれかだ。1つ目はここにいる全員が困ることになるが、1人で来たという事はこれはない。残りの2つは金に困っているここの人間にとって、いい揺すりネタになる。
どっちと取ったとしてもドルフを見る訳だが、相手の顔を見ればどう取ったかなど容易に解る。
薄ら笑みを浮かべる彼らは、酒を呑む手を止め、女を玩ぶのも喋るのも止めた。
そんな時だった。
「ここは軍人が来るところじゃねぇぜ。」
1人の大柄の男が首を捻りながら、そう言い放った。中途半端な装備を見る限り賞金稼ぎか野盗の類だろう。
「出口はあっちだ、とっとと帰んな。」
大男はドルフの前に立ちはだかり、見下ろした。
恐らくこの中で一番の腕なのだろう。周りに小さい笑いが飛び交った。
「そんな装備で俺に勝てるのか?」
半ば面倒臭そうな顔で男を見上げた。
「バカかお前。拳1つで十分だ。」
右手の握り拳を鳴らす。
「やめておけ。……忠告はしたぞ。」
余裕の大男を前に数秒で人払いできる方法は、今のドルフには1つしかなかった。そして、ここは軍の関与がなく人気のない場所。使わない手はない。
「……はぁ。」
バンッ!
一瞬だった。
「ぐぅぅぅ……!!」
軍服の中、ホルスターから小銃を右手で抜き、左手で撃鉄を引きながら右腕を体の側面にホールドする。そして引き金を引く。一発目。もう一度撃鉄を引き引き金を引く、2発目。同、3発目。計、0,7秒。
「忠告はしただろ。もう1発いくか?」
ドルフはニヤニヤと笑う。
1発目は左胸部。2発目は左腹部。3発目は左大腿。無論、外しているわけではない。1発1発に意味がある。
胸部は心肺機能の低下。胸膜腔を穿つ事で中の気圧が上がり肺はしぼむ。左肺での呼吸出来ない。そして弾丸によって傷付いた肺は血で満たされ、やがて息ができなくなる。
腹部は出血による意識混濁。
大腿は動きを遅くする為。
獣の様に笑うドルフを恨めしそうに睨む男。
「っっ……っ……っ……っ!!」
急に目を見開き、声のない煩悶し始めた。みるみる青ざめていく男の顔。
その男を一瞥し、小銃をホルスターに仕舞う。身なりを整えながら店の奥へと足を向けた。
客達は、一瞬で片の付いた事と男の苦しみのあまり暴れる姿に呆気にとられていた。その筈、見たこともない小銃で弾丸を爆ぜ、しかも銃声が1度しかしていないにも拘らず3発も撃っていた。
だが、マスターだけは平常だった。
「今日はお開きだ!ほらっ、帰った帰った!」
手を叩いて鳴らしながら客を追い払う。そんな事をしなくても帰ってゆくだろうが。
客が1人もいなくなると、扉の鍵を閉めてカーテンで窓を仕切った。それから足早にカウンター奥のドルフの入った部屋に向かう。
コンコン
「フュルフェンドルフっ。」
こんな時でも律儀にノックする。
「……誰だ?」
「あぁ、俺だ。」
扉を開けながら遠慮がちに言う。
「どうした?」
「いや、毎度神芸を見せてくれるのはいいが、いつも遣り過ぎじゃないか?片付ける身にもなってくれ……。」
少し焦った様に口元を押さえるマスター。ドルフから目を離して壁に背中を預ける。
「それに見合う報酬は払っている筈だが。不満か?」
見向きもせずに着替えを続けるドルフ。真っ黒の中着に黒のブーツ、ルダンゴットの様な外套の縫い合わせが赤。そして、顔が隠せる深いフード。
「金じゃなくてだな……って聞いてるか?」
準備が終わり、窓から身を乗り出している。
「いや、聞いてない。」
「というか、その下5メートルはあるぞ……って、おいっ!!」
そのまま飛び降りた事に驚き、窓に駆け寄って下を見た。
その時既にドルフの姿はなかった………。
「…………。」
屋敷の屋根に立つ漆黒の外套が風に揺れ、僅かな月明かりに照らされる。
じっと一室を見詰めるドルフの目は野獣の様に光を反射して妖しく輝く。
素早い動きで屋根の上を駆け、そこから飛び降りた……。
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