5、契約者
どんなに激(たぎ)つに足掻こうとも。
どれほど努力しようとも。
尽くし、労したとしても報われない。
そういうことは多くある。だが、そんな中でも諦める事無く遣り遂げなければならない。俺は死んだとしても戦うと誓った。だから、必ず……。
明かりの届かない繁みの中。
ドルフは哨戒兵の様子を注意深く観察いた。夜間哨戒の場合、大抵が決められた所を1人で回る。だが、ここは違う。1人の兵士が必ず2人以上とすれ違うように配置とルートが決められているのだ。もし1人でも居なくなればすぐに気付かれる。
だが、1つだけ弱点があった。丁字型の屋敷の表と側面の守りは強いが、裏手出入口周辺の警備が手薄。そして、繁みで視界が遮られ易い。問題点は中の警備。だが、これも夜だと手薄になる。これもクリア。
繁みと繁みを素早く行き来し、裏口に着いた。哨戒兵がもう1度戻ってくるまでに時間がかかるから大丈夫だ。
ノブを捻ると鍵が開いている。
その向こうに後ろを向いた兵士が1人。
外套の左ポケットから折り畳まれた布を取り出し、左手に持ったまま走る。音もなく駆け寄ると、布を口に宛がい右腕を首に回して締め上げた。
「ンンンンンンンっっ!!ングゥうっ!」
ドルフの腕を掴んで足をバタつかせて暴れる男。
「ウンぅうグっ!ふグっふぅうっ、うぅぅっ……うぅっ……ふぅ、ぐっ……っ!」
やがて男はジタバタと抵抗しなくなり、ぐでんと力なく項垂れた。
殺したわけではない。動脈を強く圧迫して気絶させただけ。
男を引き摺り、一番近くのドアをノックする。
こんこん……。
「はい。」
廊下に無造作に置いた。中から男の声がしたが、恐らく1人だろう。
コン、コン……。
もう1度ノックした。
ガチャ
「なんっ、ぐおっ……ンがっ!」
扉を開けた主にアッパーを食らわし、仰け反った所に右フックを入れる。
「あ……あぁ……うっ……。」
脳震盪を起こした彼は床で呻き、這って動こうとしていた。
横になった男の胸倉を掴んでもう一度顎に一発入れると完全に伸びてしまった。
廊下で気絶している男を引き摺って部屋に入れ、扉を閉めるとあかりを消す。それから、2人の手足を手際よく縛って、口に猿轡をか噛ませた。
殺さない理由はヒルトリヒに頼まれたからで、ドルフ自身が不殺を好んでいるわけではない。寧ろ殺しは好きな部類と言ってもいいだろう。殺人鬼気質というわけではわけではないが、アサシンという性質上難解な任務も熟さなければならないからだ。
皮肉なものだ。平和を求め、平和な世の中にしたいと思っているのに人を殺さなければならない。平和の為に平和から一番遠い事をしているのだから。
「………。」
屋内に入ってから妙な胸騒ぎがしていた。屋敷の外で血の臭いがしたのは気が付いていたが、戦闘の形跡がないにも拘わらずだ。それに火薬の臭いがしないのに血臭がする。
ライフル銃の普及した世の中で刃物を使うのは暗殺や捕虜の嬲り殺し、規模の大きい戦場にくらいなもの。数日前のものと言われれば、血臭の強さの割に腐臭がしない事がおかしい。
一応武器がすぐ出せるようにしておこう。
そう思い、背中に付けていたサーベルを外し、腰のベルトに左右一本ずつ付け替えた。
バネで出てくる仕掛けのナイフ(というよりダガー?)が2本、両手に装備しているが、如何せんナイフでの応戦は奇襲か暗殺でしか使えない。サーベルと銃が相手では分が悪過ぎる。そして、今装備している隠しナイフは簡易的で軽量な物で、刃の部分を出し入れする事しか出来ないのだ。尤も、これでは勝負にならない。
「チっ……。」
リボルバー銃を持ってくるんだったと後悔した。
そうと分かれば、すぐにアマリアを見つけて逃げるだけだ。
部屋から外の様子を見て出ても大丈夫な事を確認すると、廊下に出た。走って30メートル。右手に階段があってそこを登る。
2階……3階の踊り場に1人。
右手の平を相手に向けるように直角に立てると手首の下、袖の中から両刃のナイフが刃だけを覗かせた。向かい合った状態で驚いている相手の喉の突き刺して、投げ付ける要領で倒す。
更に4段上、それを見ていた兵士が叫んで仲間を呼ぼうと振り返った。その背中右側に右ナイフを刺して、左ナイフで喉元を思いっ切り裂く。動脈まで達した傷口から勢い良く鮮血が噴き出した。口からも大量の血が溢れて口をパクつかせながら、男はドルフに階段下へと押されて倒れてゆく。
3階に登り、2つの道の左へ走る。2室向こうの右側、角部屋が監禁されている部屋。ドアノブの元にサーベルの柄尻を刺し入れて梃子の原理で壊すと、けり開ける。
だが、そこに彼女はいなかった。
居たのは血まみれで壁に凭れ掛かった男。いや、“居た”ではなく“あった”と言うべきかも知れない。事切れたそれは拷問され、剣でズタズタにされていた。そして、アドルフの軍旗である剣を持った龍の刺繍がされた外套が被せられている。
「その男は君の事は吐かなかったよ。」
後ろの方から軽薄な口調の男の声が聞こえた。
ドアを蹴破ってからそれほど時間は経っていない筈なのだが……。
ドルフはゆっくりと振り返るった。
「いずれそれの仲間が来る事は分かっていた。それがアサシンなのもね。」
ドルフは男を睨んだ。それを見て、ライフル銃を構える4人が一瞬怯むが再び照準をドルフに向ける。
「それでどうだろう、私の下に付かないか?一応“彼”にも勧めたのだが、生憎断られた。」
男が“彼”と言い直したのはドルフが気に喰わない顔をしたからだろう。だが、そうではなかった。なんでも上辺の言葉と金でなんとかなると思っている男が気に入らなかったからだ。
「あぁ、そうそう。自己紹介がまだだった、私はミュン・ゲルリッツだ。君の返答次第では人質の解放と身代金の取り消しを約束しよう。」
生きるか死ぬかの選択だった。
「お前みたいなペテン師に付いても碌な事にならないな。自分の顔を鏡で見た方がいいぞ?ペテン師です。って書いてある。」
答えはただ一つ。裏切るくらいなら死だ。
「そうか。では、鏡で確認してくるかな。……殺せ。」
バンっババンバンっバンっっ!!
物凄い銃声と煙と共に、後ろに突き飛ばされたような感覚が走る。
勢いで後退り、壁に凭れた。
痛みと寒気、息苦しさ、目眩で凭れたまま滑り落ちるように床に座る。
次弾装填する兵士達。音すら聞こえない。だが、妙な違和感を覚えた。
音が聞こえないのではなく、していないのだ。兵士はリロードした体勢のまま動かない。煙りも動いてない。
「「死ぬのは怖いか?」」
そんな中、声がする。地面を伝い頭に響くような気味の悪い声。
声は上の方からしていて、それを見上げた。黒い靄のかかったようなもの。目と思しき所が2つ赤く光り、足が短めで腕の様なものが異様に長いそれは、もう1度告げた。
「「死ぬのは怖いか?」」
項垂れるように背中を天井にくっ付け、ピクリともせずに自分を見つめ続けている。
「ふん……地獄からの迎えか……。」
「「………。」」
質問に答えろと言う事か、何も言わないそれは相変わらず見下げてくる。
「死ぬのは怖くない。だが……。」
「「………。」」
「1つ、心残りがある。」
「「ほう?」」
興味を持ったのか目だけが僅かに動いた。
「任務を遂行できなかった事だ……。」
それを聞くや否や目を見開き、首を捻る影。
途端に意識を失った………。
最新話アップが遅くなってすみません。
契約者(仮)を読んで頂き有難うございます!!
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契約者(仮)は毎週火曜日か水曜日に次話アップです。
今後ともよろしくお願い致します!
その内、設定集なども上げるかもしれませんのでよろしくお願いしまーすww