今まで武内pと書いていましたが、武内プロデューサーに変更しています。深い意味はもちろんありません。
楽しい楽しい飲み会も終わり、またいつも通り仕事をこなす日々。別れ際の高垣さんの態度は気になったが、あの人は何も答えてはくれないので気にしていても仕方がない。
目前に迫った城ヶ崎さんのライブ。そのバックダンサーとして出番のある僕の教え子(仮)達の総仕上げ。そのライブの打ち合わせ。会場の準備などなど、仕事は山積みだ。
武内さんや千川さんもシンデレラプロジェクトのメンバーの仕事をまとめるので忙しそうだ。この職場で忙しそうにしていない人の方が稀なのだが、この二人は特別である。だってスペックが他の人より高いんだもんな。武内さんなんて仕事が立て込んでる時はいつ寝てるか分からないくらいには働いてるもんな。
「ーーでは、当日の段取りはその様に。バイトさんはこの区画の設営の指揮を担当してもらうという事で」
「了解しました。それで当日の動きで気になる事があるんですけどーー」
武内さんと当日の段取りを念入りに打ち合わせしたり、
「ーーうん。三人共良い感じになってきたんじゃないでしょうか」
「ほんと!? えへへ……やったぁ!」
「今までで一番良かったって自分でも思いました!」
「ま、これくらい当然かな」
教え子三人とレッスンを頑張ったり。ちなみに余裕そうにしていた渋谷さんと居残りで強化練習という名目のレッスンをしたら滅茶苦茶睨まれた。
「みく達より遅く入ってきたのに先にステージに立てるだなんて納得できないにゃー!」
「私もお姉ちゃんと一緒に踊りたいよー!」
「はいはい。二人のデビューも企画中ですから安心してレッスンしてください。それよりあちらでトレーナーさんが睨んでますが行かなくて平気ですか?」
「にゃ!?」
「やばっ、バイト君またね!」
自分達もステージに立ちたいと駄々をこねるアイドル達を宥めたりと、多忙な毎日を過ごしていた。暇なのは嫌いだが、偶には休みも欲しいと思う僕は間違っていないはずだ。
そんなこんなしているうちにライブの日はやって来た。
僕が指示を出し、スタッフが動く。全員が忙しそうに動き回っている。それはステージに立つアイドル達も例外ではない。彼女達も念入りにリハーサルを繰り返している。僕はそんな様子を見守っている訳だが、
「やっぱり固いな……」
島村さん達の動きがレッスンの時と比べてぎこちない。やはり緊張しているようだ。昨日のレッスンではそれを感じさせない動きをしていたが、やはり本番直前となれば意識せざるを得ないだろう。
こんなに大きな会場で自らのパフォーマンスを披露するどころか、三人共ライブに出演するのが初めてなのだから。バックダンサーとは言え、よく考えるまでもなく大抜擢である。
城ヶ崎さんも気を使って声をかけてくれているが、残念ながらあまり効果はないらしい。他人の緊張をほぐしてやるのは難しいのだ。
リハーサルが終わるのを待って僕は島村さん達に声をかける。彼女達の表情は、暗い。
「リハーサルお疲れ様です。調子はどうですか?」
「……見たら分かるでしょ。全然上手くいかない」
代表して渋谷さんが答えたが、他の二人も同様だった。
いつものステップが踏めない。いつものターンが出来ない。緊張が生むそれがフラストレーションとなり更なるパフォーマンスの低下に繋がってしまう。
正に悪循環。
「あ、あはは。私らしくないけど、ちょっとだけ緊張しちゃってるみたい。せっかくリーダーを任せてもらってるのにこんな調子じゃ駄目だよね」
「未央ちゃん……」
不安そうな声を上げる島村さん。
しかし不安なのは彼女だけではない。他の二人も不安なのだ。それを取り除いてあげるのも、僕のーープロデューサーとしての役割だが、
……僕にできるだろうか。
思わず弱気になる。こんな時に何をしてあげられるのかと。
「緊張するな、というのは無理だと思います。こんな大きな会場で初めてステージに立つんです。緊張して当たり前ですよ」
「うぅ……」
「卯月、大丈夫?」
「しまむー…」
彼女達には、自信がない。
自分が通用するのか。ミスをしたらどうしようか。今までの練習も無駄なんじゃないか。そんな負の感情が心の大半を占めているのだ。
そんな少女達の姿を見て思い出す。
ーー俺と彼女の始まりのワンシーン。その時に言った自分の言葉を。
「……自分を信じましょう」
「お兄さん?」
三人が僕を見る。僕はその不安そうな瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「もう出番は目の前です。どんな事をしても今更自分以上にはなれません」
コミックの様に突然自分の力が跳ね上がる……そんな事はあり得ない。どんなに背伸びをしても自分の力以上のものは簡単には出せないのだから。
「だからこそ、自分を信じましょう。今までのレッスンを思い出しましょう。その努力は、嘘を吐かないと思います。あんなに辛い練習を乗り越えたんですから本番のステージなんてお茶の子さいさいですよ」
戯けた言い回しに空気が少しだけ柔らかくなる。あと、一押しか。
「……悪い言い方をすれば、三人はまだ無名。バックダンサーの貴女達に期待している観客は少ないでしょう。だからこそ、自分くらいは自分を信じてあげないといけないと思います」
慢心でも自惚れでもなく、自分ならできるという強い意志を。
「だから皆、自分を信じてください。その気持ちがきっと、貴女達をもっと先まで連れて行ってくれます」
「もっと、先……」
「そうですよ渋谷さん。このステージは通過点です。まだ先がある」
「……できる、かな。私達に」
本田さんの小さな声をかき消す様にステージの方から大きな歓声。出番はもう少しか。
「できますよ。僕が信じる貴女達なら、必ずね」
「バイトさんも信じてくれるんですか?」
「勿論ですよ島村さん。僕のシンデレラを僕が信じなければ夢なんて叶いませんから。それよりも貴女に……いえ。貴女達にそんな顔は似合いません」
え? といった感じで三人が僕を見る。同時にスタンバイお願いしまーす! とスタッフの声が飛んできた。少し喋り過ぎた。慌てて定位置にスタンバイする。
スタンバイしたのを確認して、僕は言った。
「皆、武内プロデューサーがスカウトした理由は何でしたか?」
三人の少女は顔を見合わせている。そしてスタッフが彼女達を押し上げる直前に僕を見た顔は今まで見た中で一番の、
「「「……笑顔!!」」」
「よし。行ってらっしゃい」
勢い良く僕のシンデレラ達が飛び上がる。舞台裏のモニターから見ても動きは練習とは比べ物にならない。上手くいきそうだった。
モニター越しではなくどうしても直接見たくなって舞台の脇から顔を出した。勿論観客席から見えない様に気を使っている。
「……綺麗じゃないか」
思わず声が漏れる。それ程までに素晴らしいパフォーマンスだ。バックダンサーとして、あの子達のデビューステージとして満点に近い点数をあげても良い。
「バイトさん」
声に振り返るとそこに立っていたのは武内さん。
「……上手くいったようですね」
「はい。心配かけちゃいました?」
「正直に言えば、少しだけ」
武内さんはいつも通り首元に手を当てながらステージを見ている。
「素晴らしいですね」
武内さんは短くそう言った。僕もそう思う。
ーーこれがあいつが見たかった景色、かと。
まだまだ道半ばも良いところだが、きっと彼女はあんな風に輝きたかったのだとステージで踊る少女達を見て思った。
「……うん、悪くない」
「随分と厳しいですね」
「ふふふ。まだまだこれからじゃないですか。僕も、あの子達も」
「……そうですね。今回のステージは彼女達には良い経験になった事でしょう」
僕にとっても良い経験になった。これはなかなかに楽しいしやり甲斐がある。苦労した分、感慨深いというものだ。これは確かに仕事のモチベーションに繋がるし、次も頑張ろうと思える。
しかしあのステージに立っているのは城ヶ崎美嘉であり、島村卯月であり、本田未央であり、渋谷凛だ。
決して、彼女ではない。
あの子達では僕の生きる意味にはなりえない。
ーーこんなもんで、いいのか。
「今、なんと?」
「ふふふ、何でもないです。今日は祝勝会ですね武内さん」
「……飲み過ぎはいけませんからね」
「分かってますよ。高垣さんや千川さんじゃないんですから。それに今日は未成年もいますしね」
「それならいいんですが」
僕達は視線をステージに戻す。武内さんは何かを言いたそうだったがそれ以上は何も言わなかった。
ステージは大成功で終了し、その後に城ヶ崎さんや島村さん達三人、武内さんに親しいスタッフ数人という面子で食べに行った焼肉はとても美味しかった。
打ち上げは終始明るい雰囲気で、楽しいまま終わった。
しかし僕の心には何かが刺さったままで、それが何かも僕には分からなくて。
シンデレラ達の心からの笑顔が、今の僕には少しばかり眩しかった。
おまけーーライブ後の更衣室での出来事
「三人共お疲れ様! すっごく良かったよ☆」
「有難うございます!」
「美嘉ねえもお疲れ様!」
「ところで皆リハの時とは動きが全然違ったけど何かあったの?」
「あ、それは……」
「えへへ。実はバイトさんが励ましてくれたんです」
「そういえばあの時のバイトさんの『僕のシンデレラ』って言い方、何か口説かれてるみたいだったよね!」
「そ、そんな事あの人に言われたの!?」
「よく考えれば結構恥ずかしい事言ってた気がするね。今度茶化してみる?」
「それも面白そうだね! やろやろ!」
「ええ? それはバイトさんに悪いですよ。凛ちゃん、未央ちゃんやめておいた方が……」
「私には何も言ってくれなかったのに……三人共ずるいなぁ」
ちなみに焼肉会の時に城ヶ崎姉に滅茶苦茶睨まれたらしいです。