シンデレラプロジェクトのスタートが決まってからは目が回るような忙しさだった。
衣装の準備やライブの企画、シンデレラプロジェクトに所属することになる少女達の選定とそれに関わる面接など、仕事は山積みで武内Pなどは泊まり込みで仕事をする日々を送っている。
「お疲れ様です」
そう言ってホットココアを武内さんのデスクに置く。彼の顔には僅かにだが疲労の色が見えた。
「ありがとうございます」
一口だけ飲んで、置く。デスクの上には空になった栄養剤の瓶も置かれていた。通称『スタドリ』である。
「少し休んだらどうです? 武内さん最近寝てないんでしょう?」
「大事な時期ですので、僅かな時間すらも惜しいんです」
「貴方が倒れたら元も子もありませんよ? それを飲んだら少し仮眠を取ってください。後の仕事は僕と千川さんでやっておきますから」
千川さんというのは僕と同じく武内さんの補佐としてシンデレラプロジェクトに参加している女性だ。ちなみにフルネームは千川ちひろ。
「しかしお二人にこれ以上の負担は……」
「貴方に倒れられてしまった方が僕達にかかる負担が大きくなるんですよ? ドゥーユーアンダースタン?」
「は、はぁ……」
笑顔と片言の英語の圧力に屈した武内さんは一旦横になることを納得してくれたようだった。かなり渋々といった感じではあったが、そこはまぁ良しとしよう。
とにかく武内さんが休んでいる今、自分が処理できる仕事は片付けてしまうに限る。
ソファに横になって数秒で夢の世界に旅立った疲れた男を横目に、事務仕事を処理し続ける。
「あら、プロデューサーは休憩中なのね」
「千川さん。お疲れ様です」
現れたのは先程話題に出ていた千川ちひろさん。第一印象は綺麗な人だなと思ったくらいだったが、今では、
「ふふ、よっぽど疲れていたんですね」
そう言ってソファの前のテーブルにそっと栄養剤の瓶を置いた。満身創痍の彼をまだ働かせる気なのかこの人は。
こんな感じが日常茶飯事なのでブラック企業体質の黒幕はこの人なのではないか、と最近疑い始めている事は千川さんには口が裂けても言えない。
「はい! バイト君もお一つどうぞ♪」
笑顔で僕にまで例のスタドリを渡してきた。一体この人は何本の栄養剤を持ち歩いているのだろうか。
倒れるまで働かせるつもりなのか、と若干苦笑いになりながらも受け取る。ちなみに味はジュースに近いので普通に美味しい。それに何故か力が沸くのでスタドリは本当に凄い。
凄いとは思うのだが……
「これを社員に定期的に支給している時点でブラック企業っぽいよなぁ」
「? 何か言いました?」
「いいえ、何も。それよりも千川さん。お手伝いしてほしいことがあるんですけど……この書類の整理をお願いします」
言って、一つの書類の束を千川さんに手渡す。
「これは……シンデレラプロジェクトの欠員の補充に関するものね。確か欠員は三人だったかしら?」
「はい。一先ずは前回のオーディションで惜しくも落選した方に声をかけてみようという感じらしいので千川さんにはその人達の詳細をまとめておいて欲しいんです」
「はい、了解しました。バイト君は何をするの?」
問いかけに、僕はデスクに置かれていた書類に目を通しながら、
「シンデレラプロジェクトのスタートに関する連絡を既に合格している方々に伝えに行きます。先程部長から連絡が来て、彼女達は既にここでレッスンを行っていると聞いたので挨拶も兼ねて行こうかと」
「顔合わせは早い方がいいものね。それならPの事と書類については私に任せておいて」
「はい。お願いしますね」
書類を手に持つと、笑顔で手を振ってくれる千川さんに頭を下げて部屋を後にする。
こんな忙しい職場だが割と笑顔の絶えない職場でもある。入ったばかりの頃は不思議だと思っていたくらいだが今ではこの職場の雰囲気にも慣れたものだ。
レッスン場に向かっている途中で見知った顔を見つけた。
「お!」
彼女もまた、僕に気がついたようでこちらへと近づいてきた。
「城ヶ崎さん、いらしてたんですね」
「うん! ちょうど撮影終わって帰って来たところ」
派手なピンクの髪に高校生にしてはしっかりとメイクがされた顔。346プロを代表するアイドルの一人、城ヶ崎美嘉である。
余談になるが、彼女とは二年ほど前に同じ仕事をした時からの仲なので、割と仲は良い方だと思う。
「そういえばバイト君ってシンデレラプロジェクトの中で大きな仕事任されるらしいじゃん?」
「耳が早いですね、そんなに言いふらしてるつもりはないんですけど」
「へっへー、私の情報網をなめて貰ったら困るなバイトくーん♪」
胸を張る城ヶ崎さん。彼女の豊かな膨らみが強調され、目のやり場に困るが顔には出さない。笑顔のまま対応する。
「バイト君ってば成長したじゃん! やったね〜。初めて会った時はまだまだひよっこって感じだったのにさー」
城ヶ崎さんが肘で突いてきたので軽く払いのける。
「それはお互い様でしょう? 初めて会った時は城ヶ崎さんもアイドルの卵ってかんじでしたし」
言ってくれるじゃん、と城ヶ崎さんは不敵に笑う。
「お互いまだまた精進しなければ、ということですよ」
「うわー。バイト君ってば言うことが年寄り臭いよ? 何歳だっけ?」
「今年で二十二になります。城ヶ崎さんから見ればもうおじさんですよ」
自分で言っていて少しだけ悲しくなったのは内緒である。
「見た目はまだまだ若いから大丈夫だって。バイト君は結構イケメンだと思うよ? 自信持ちなって!」
彼女なりに励まそうとしているのだろう。見た目とキャラがギャルっぽいのが売りのアイドルだが素は優しい子なのである。しかし、見た目は、というのは一言余計だと思う。
「ありがとうございます。城ヶ崎さんにそう言ってもらえると照れますね」
「照れてるようには全く見えないんだけど?」
「感情表現が苦手なもので」
このように城ヶ崎さんとは軽口を叩き合う程の仲ではある。残念ながら、性別も違う上に、歳も離れているので友達というわけではないのだが、
……そういえば城ヶ崎さんといえば、
「城ヶ崎さんの妹さんも今回のシンデレラプロジェクトに選ばれていましたよね。確か名前は、莉嘉ちゃんでしたっけ」
「そうなのよ!」
彼女は僕に勢い良く詰め寄ると、
「莉嘉はまだ十二歳だよ十二歳! まだまだ目が離せないくらいの子供なのにアイドルやりたいなんて言い出してしかもシンデレラプロジェクトに合格して本格的にプロデビューまでしちゃうし! あの子にはまだ早いって何回言っても分かってくれないしーー」
「分かりましたから城ヶ崎さん。一先ず落ち着いてください」
はっ、となってそそくさと離れる城ヶ崎さん。
「妹さんが心配なんですね」
「……うん」
歳が離れているので妹だ。手もかかるだろうがそれ以上に可愛いのだろう。その気持ちも分からなくもない。
「僕や武内さんが全力でサポートしますから大丈夫ですよ。それとも、僕達が信用できませんか?」
「そんなこと……ないけど」
「それなら信じてください。莉嘉ちゃんは必ず無事に……というのは言い方が違いますが必ず素晴らしいアイドルになります」
ーー内心、笑いそうになる。
「僕達が責任を持ってあの子を立派なアイドルにしてみせます」
ーー心にもないことをこんなにあっさりと言えるようになったなんて。
「……うん」
それでも、僕の言葉に納得してくれたのか、城ヶ崎さんは素直に頷いてくれた。
最近ではその気になれば他人を騙すなんて簡単だなとか考えてしまう。随分下衆な発想をする人間になってしまったものだ。
「これからシンデレラプロジェクトの子達に挨拶しに行くんですけど城ヶ崎さんも一緒に行きますか? 時間があればですけど」
「あ、行く行く! これからあたしの可愛い後輩になるんだもんね。挨拶されに行ってやりますかー!」
先程の暗い雰囲気は微塵もない。すっかり調子を取り戻してくれたようだ。
ーーアイドルは繊細な人が多いので心の動きにも気を配らなければいけない。非常に面倒だ。
「それじゃ行きましょうか」
「おっけー。あ、バイト君って今日の夜ヒマ? 久しぶりに一緒にご飯でも食べに行きたいなー、なんて」
彼女の提案に少しだけ考えるフリをしてから、
「良いですね。しばらく働きづめでしたし、気分転換になりそうです」
「よっし! だったらさバイト君、奢ってーー」
「言っておきますけど奢りませんからね」
「えー! ケチだなぁ」
「何とでも言ってください。ほら、後輩達が待っているんですから早く行きますよ」
歩きながらそんな会話をする僕達の姿は仲の良い友人そのもの。
「そんな甲斐性なしじゃモテないよー?」
「生憎と女性関係は困っていませんので城ヶ崎さんに心配されるまでもありません」
「うわ、何それ。ちょっと嫉妬しちゃうなー…」
ーーあの事件から僕は誰一人として友人だと思った人物は存在しないというのに、
「あたし達じゃ物足りないってわけ? バイト君も罪な男だね」
「城ヶ崎さんは僕なんかに勿体無いくらいの素晴らしい女性ですから」
「またすぐ調子の良いこと言うんだから」
「ふふ、本心ですよ」
笑顔を作る僕に、僕の肩を叩く城ヶ崎さん。
慣れてしまえばこういったじゃれ合いも悪くないものだ。
「レッスン場に着きましたが……頼りにしてますよ城ヶ崎さん。あの子達の面倒を見てあげてくださいね」
「もちろん! バイト君やプロデューサーの仕事なくなっちゃうかもしれないからそっちこそ頑張ってね?」
「それは困りますね。そうならないように善処します」
僕達はレッスン場の扉を開け放った。そこでレッスンに励んでいた数人の少女達の視線が一斉にこちらに向く。
僕は笑顔でその視線に応える。心からの笑みだと見る人に疑わせないような仮面の笑顔で。
主人公とPはモテます(確信)
もう少し話が進めばハーレムタグを追加しようかな…