ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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11話

 俺が右腕を引き絞ると、刀身が暗い赤のライトエフェクトを纏う。

 

「せあっ!」

 

 《ヴォーパルストライク》を繰り出す。習得した中で一番新しい、単発重攻撃ソードスキルだ。

 ブーストは完全ではないが、それでも威力とリーチは片手用直剣のソードスキルの中では最高クラスだ。

 できるならこれで決めてやりたい。しかし、クラインは唸るように突き込まれる俺の剣を、

 

「くおっ!」

 

 カタナを沿わせるようにして受け流した。

 

(知っていたか――っ)

 

 その対応は、明らかに《ヴォーパルストライク》というソードスキルを知っている動きだった。

 開幕速攻で強力なソードスキルを打ち込む。デュエルにおいて、それ自体は実は悪手だ。相手も気を張り詰めている状態でヒットさせられるほど、対人戦は甘くない。

 しかし、《ヴォーパルストライク》ほどの強力なソードスキルは、まだ修得しているプレイヤーが少ないはずだ。故に、技を知らなければ不意をつけると思ったのだが――

 

「おらぁ!」

 

 俺の技後硬直が解けるかどうか、というタイミングでクラインが鋭く斬り込んでくる。

 俺は即座にバックステップをしながら盾を割り込ませるが、斬撃の速度が予想以上だ。盾の端に引っ掛かり、速度の鈍った刃が鎧の表面を滑った。クラインは素早く刃を返して逆袈裟、薙ぎ払いと続けてくる。

 

「ちっ……」

 

 俺は押されていた。甘く見ていたとも言える。ジャストガードを成功させる隙が無い――いや、()()()()()()

 クラインの斬撃は速い。このカタナ使いの連撃は予想以上に速く、鋭いものだった。防御に徹すれば防ぐこと自体は問題ないが、反撃に移るには少々厳しい。

 

(なら、強引に崩す……っ!)

 

 俺は唐竹を盾で受け止めると同時、腰だめに構えていた剣を振るう。切っ先がクラインの胴を浅く斬った。

 僅かにクラインのHPが削れる。連続で袈裟から薙ぎ払いに繋げる。クラインも負けじとカタナを振るう。

 俺達の剣は噛み合うことは無く、それぞれの軌跡にそってお互いを裂く。二人のHPがまた僅かに減少する。

 削り合いを嫌ったクラインは鋭い薙ぎ払いで俺の剣を迎撃する。僅かに噛み合うが、俺の剣が打ち勝った。クラインはそれを見るや、ふらつきながらもバックステップで距離をとった。

 

「斬撃は速いが軽い――敏捷(AGI)寄りのビルドか」

 

 剣を振るい、手の中で回して肩に担ぐように構え直した俺に対し、クラインは手をぷらぷらさせ、

 

「そっちは筋力(STR)寄りみてぇだな。重てぇのなんの」

 

 油断なくカタナを両手で握り直し、脇構え。

 それを見た俺は、《スラント》を発動させた。

 クラインの右脇に構えられたカタナが発光する。

 

「どりゃぁっ!」

「おおっ!」

 

 クラインの斬り上げ――《辻風》と、俺の《スラント》がぶつかり合い、相殺する。

 

「ぜぇあっ!」

「らあっ!」

 

 硬直が解けると同時にカタナの薙ぎ払い。俺は盾で受け止めながら、剣を突き入れる。

 体捌きで避けられるが、そこから俺は更に踏み込み、斬り上げ。クラインはカタナに沿わせるように受け流す。

 手首を使って素早く切り返し、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「――ッ!」

「ぐぅ――っ!」

 

 クラインの表情が苦しげに歪む。それを見て、俺は確信した。

 クラインよりも俺の方がレベルは高い。『風林火山』というギルドは最前線では見ない。さらにステータスの振り方も違う。

 だから、押し切れる。

 

「おおっ!」

 

 ガギィ、と音を立てながら、俺の剣はクラインのカタナを大きく打ち払った。

 シールドバッシュの為に盾を振りかぶり、盾が発光する。盾装備スキルをセットすることで使うことができるスキルだ。ダメージは発生しないが、敵の体勢を大きく崩すことができる。

 

「こん……のっ!」

 

 だが、クラインは()()を使い、バッシュを繰り出す前に俺のヘルムを打撃した。

 

「がっ……」

 

 視界が揺れ、スキルを発動しそこなったシールドバッシュが空振りする。

 その隙を見逃すほどクラインは間抜けな男ではない。伸びきった腕を迎え撃つように、ソードスキルで盾の側面を鋭く斬り上げた。

 不運にもその攻撃で俺の左手から盾が弾き飛ばされる。しかも、今のは《浮舟》だ。クリーンヒットではないが、俺の体勢は崩れかけている。なら、間違いなく追撃が―― 

 

「ふっ――!」

「ぐっ――!」

 

 予想通り、クラインがソードスキルを発動しようと構えるのと同時、俺もギリギリで体勢を立て直し、ソードスキルを発動させる。

 お互いに繰り出すのは三連撃。

 俺が繰り出すのは《シャープネイル》。

 クラインが繰り出すのは《緋扇》。

 

「「らぁっ!」」

 

 ガガガッ! っと凄まじい音が鳴り響き、お互いにノックバックで大きく地面を滑る。ガランッ、と音を立てて、弾き飛ばされていた盾が落下した。

 おおっ、とお互いのギルドメンバーがどよめいた。

 

「いいぞ、セドリック!」

「カタナのスキルを相殺した……!? 嘘だろ、あの《黒騎士》!」

 

 その驚愕の声を聞きながら、俺は大きく息を吐いた。

 カタナのソードスキルはどれも速い。だが、何の技が来るのか、その技はどのような軌道なのか、ということを俺は完全に理解していた。《緋扇》に限っては、だが。

 そして、迎え撃つソードスキルの速度をしっかりとブーストする。そうして軌道を先読みしてスキルを繰り出せば、カタナのソードスキルであろうとも相殺することが可能だ。第一層で、キリトがコボルトロードのスキルを打ち払ったように。

 

 だが。

 

 もし先程のスキルがカタナのソードスキルであっても、《緋扇》でなかったなら、俺は迎え撃つことは出来なかっただろう。

 何故なら――《緋扇》はディアベルを殺した技なのだから。

 幾度となく脳裏をよぎる、あの映像。空中に打ち上げられたディアベルが、成す術も無く斬り刻まれたあの瞬間を、俺は一日たりとも忘れたことはない。

 だが皮肉にもそのおかげで、《緋扇》は初動から斬撃モーションまで、全て理解している。

 しかし、ギリギリだった。賭けでもあった。どうにも息苦しい。SAOのアバターにスタミナゲージなど無いが、俺の『本体』は酸素を求めているのだろうか。

 フルフェイスヘルムの隙間から、クラインを見る。どうやら俺と同じく、しゃがみこんだまま。追撃はしてこないようだ。

 それも武士道精神か――もしくは、キリトが事を終えるまで時間を稼ぐのが目的か。

 

(どっちでもいい――)

 

 舌打ちをした。息苦しい。視界も悪い。盾も遠くに落ちている。流石にクラインも、盾を拾いに行く事まで待ってはくれないだろう。

 俺は剣を地面に突き立て、両手でダマスカスヘルムを脱いだ。

 わざわざ防具を外した俺に聖竜連合の誰かが何か言っているが、関係ない。俺は元々ヘルムはあまり好きじゃない。こんな物を被ってタイマンは厳しい。

 脱いだヘルムを投げ捨て、大きく呼吸をし、剣を引き抜く。

 クラインもゆっくりと立ち上がり、構える。

 ちらり、とお互いの眼が動いた。HPゲージを確認。僅かに減っているが、危険域まではまだ遠い。

 

(しくじったな……)

 

 『初撃決着モード』はクリティカルを当てるか、HPを危険域――つまり緑ではなくなる――まで減らすことのどちらかが勝利条件だ。削り合いになれば、速度が上の向こうに分がある。やはり、最初に《ヴォーパルストライク》で隙を見せたのは悪手だったか。

 盾さえあればここから細かく削っていくことも出来ただろうか……いや、さっきもその戦法は試している。クラインも同じ手を食らうことは無いだろう。最初に決めきれなかった時点で俺のミスだ。

 

(カタナ相手に、片手直剣で打ち合うのも分が悪い)

 

 カタナは――軽い部類ではあるが――両手持ちの刀剣だ。いくら速さ重視でも斬撃はそれなりに重い。片手直剣のソードスキルでは相殺するのがせいぜいだ。

 

(……()()か?)

 

 決めきれるとは思えない。しかし、決まるか否かはともかく、使っておけば牽制にはなる。

 

「おおっ!」

 

 考えているうちに、クラインが突進してきた。カタナは鞘に納まっている。

 

(居合――っ)

 

 眼では捉えられない速度の抜刀。しかし居合は鞘から抜きざまに斬り払う技だ。必然、斬撃自体は読みやすい。

 俺は左手を剣の腹に添え、居合を真っ向から受け切った。やっぱりだ。斬撃は速いが、重くはない。俺の筋力値なら押し負けることは無い。

 

「――しっ!」

「――はっ!」

 

 切り返しの袈裟切りを踏み込みながら屈んで避け、手首を回しながら勢いをつけて両手で握り、上段から振り下ろす。

 またも鍔迫り合い。ヘルムが無くなった為、至近距離でお互いを睨み合う形になり――クラインが悔しげな表情をした。

 

「――ったく、おんなじ表情(かお)しやがって」

「……?」

「お前もかよ、死にたがりの馬鹿野郎が」

 

 死にたがり、と断言され、思わず怯みそうになった。

 

「なんだと――」

「瞳だよ。自分の事なんかこれっぽっちも考えてない――()()()()()()()()って思ってる奴の()だ」

「……っ」

 

 意味が理解できない――いや、()()()()()()()()()

 

「死にたがりだと――?」

「ああ、今のキリト(あいつ)と同じだよ。ほっといたら自分から死にに行っちまうような奴は……みんなそんな顔してやがるんだよっ!」

 

 俺は死にたい訳ではない。自分から死のうとするなど、あるはずがない。

 だが、そう言い切ることが出来ない自分が居ることにも気付いた。

 わかっている筈だ。けれど、俺は()()()()()()()()()をしているのだ。

 

「俺は――っ!」

 

 強引にカタナを打ち払う。クラインが即座に後退していくのを見て、俺は()()()()()()()()剣を構え、ソードスキルを発動する。

 

「せぁっ――!」

「なにっ!?」

 

 剣を高く構え、突進と同時に振り下ろす。

 《アバランシュ》。()()()()()ソードスキルを繰り出した俺にクラインは眼を瞠り、咄嗟の判断で防御に徹した。

 だが、先程までカタナスキルに応戦するために片手直剣用の速度の早いソードスキルを多用していたこともあり、クラインの対応は()()()()

 いなすために構えられたクラインの刀は、鈍重な俺の両手剣単発技に対し、何の対応もなく真っ向から受けることになる。

 

「らぁっ!!」

 

 俺の剣は掲げられたカタナを打ち据えた。両手剣の突進技のその衝撃は、生半可な防御では凌ぎきることは出来ない。クラインは()()()を踏み、尻餅をついた。

 俺は剣を振り払い、切っ先をクラインに突きつける。それを眺めながら、クラインは呆然と呟いた。

 

「な……なんだ、今のは」

 

 そして、俺を見上げて続けた。

 

「……おめぇはさっきまで片手直剣のソードスキルを使っていた! なのに、急に両手剣のスキルを打ってきた! んだよ今のは!」

「……言っておくが、バグでもチートでもエクストラスキルでもないぞ。単に()()()()()()()だ」

「武器だぁ……? さっきからおめぇが使ってるのは、その剣一本だけじゃねぇか!」

「それが理由だ。()()()ということが重要なんだ」

 

 俺は剣を逆手に握り直し、地面に突き立てた。

 この剣は拳二つ分の柄に、十字に伸びた鍔。そして、刀身が一般的な片手直剣よりも長い。

 

「これは《バスタードソード》……《片手半剣》と呼ばれる部類の剣だ」

「片手半、剣……?」

片手でも両手でも使える(ハンド・アンド・ア・ハーフ)、という意味だ」

 

 この世界(SAO)は『剣が自分を象徴する世界』だ。文字通り、この世界には無数の剣がある。

 ならば、この剣が無い道理はない。

 

「簡単な事だ。この《片手半剣》カテゴリの剣を装備し、尚且つ《片手直剣》と《両手剣》のスキルをセットしている場合に限り、両方のカテゴリのソードスキルを任意に使い分けることができる」

「なっ……」

 

 知らないのも無理はない。《片手半剣》カテゴリの剣はほとんど知られていないからだ。《片手直剣》としても《両手剣》としても装備できるので、《片手半剣》に気付いていない、と言う方が正しいのかもしれない。

 当然、デメリットはある。

 もしこの《片手半剣》を《両手剣》として使おうとすれば重さや威力が本来の《両手剣》カテゴリと比べて心許なく、しかし《片手直剣》として使うと威力はあれど、特殊な重心のバランスや柄の長さがネックになり、ソードスキルのブーストなどに慣れが必要になる。

 そもそも、二種類のカテゴリのソードスキルを使いこなそうとするプレイヤー自体が居ないだろう。目の前のクラインはカタナを、リンドは曲刀を、アスナは細剣を――といったように、一種類の武器を使い込むのが普通だし、そっちの方が良いに決まっている。スキルには熟練度もあるのだから。

 

「種明かしは終わりだ。立て、サムライ」

 

 突き立てた剣の柄に手を置きながら、俺は顎で示す。

 

「なに……? いまトドメを刺せただろうが!」

「それではつまらないだろう」

 

 俺は剣を抜き、肩に担ぎながらクラインと距離を開け、向き直る。

 そんな俺の眼を見て、クラインは何かに気付いたように息を呑んだ。

 

「お前……まさか」

「勘違いするな。俺は――」

 

 俺は苛立ちをそのままに吐き捨てた。

 

「お前が、どうにも気に入らない」

 

 

 

 

 遊んでいる暇など無い。

 一刻も早くデュエルを済ませ、キリトを追うべきだ。

 もしこの間にキリトが蘇生アイテムを手に入れ、使用してしまったらこの行動は全て無意味になる。

 そんなことはわかっている。

 だが――

 

「らぁっ!」

「おおっ!」

 

 剣とカタナを打ち合わせる。

 体捌きで避け、斬りかかる。

 避けられ、反撃を弾き防御(パリィ)する。

 

「「せぁっ!」」

 

 ソードスキルはもはや無意味だ。お互いの実力は把握している。

 何度も《片手直剣》と《両手剣》のソードスキルを織り混ぜて使ったが、カタナの速度では対応される。

 使っても決め手とならないのなら、ソードスキルは意味を成さない。お互いの技術によって斬り合うだけだ。

 火花を散らしながら得物を打ち合い、鍔迫り合いに持ち込み、力任せに薙ぎ払う。

 バック中をするようにクラインが体勢を立て直し、カタナを杖にしながら衝撃を殺す。

 その体勢のまま、クラインは声を荒げた。

 

「《黒騎士》!」

「――なんだ」

「お前、何が目的だ?」

 

 俺は眼を細めた。

 

「決まっているだろう。《蘇生アイテム》だ」

「知り合いでも死んだか?」

 

 率直な問い掛けに、俺は言葉を返さずに剣を揺らした。

 だが、クラインは理解したようだ。

 

「ハッ……やっぱりな」

「……何がおかしい」

「《蘇生》なんて言葉に踊らされてることがだよ!」

 

 立ち上がり、クラインは吼えた。

 

「本気で思ってんのか! 死んだ奴が生き返るなんて、本気で思ってんのかよ!? このゲームはそんな簡単なことじゃねぇだろうが!」

「知ったような口を利くなッ!」

 

 怒鳴り返した俺に、クラインは表情を変えずに睨み続ける。

 この男は、決してお節介で言っているわけではないのだろう。

 俺のような、蘇生を望むよう(ゆめみがち)な奴が許せなくて、気に入らないのだろう。

 

「それでも……信じなきゃならないんだ」

 

 俺は絞り出すように声を出した。

 

あいつ(レイ)がいなきゃ、駄目なんだよ! ()()は戻れないんだよ!」

「――ちくしょう、どいつもこいつもッ」

 

 クラインは焦れたように地面を蹴り、突っ込んでくる。

 不意打ち気味の攻撃に俺は反応が遅れた。すんでのところで剣で防ぐが、あまりの連撃に一気に防戦一方となる。

 

「マジで《蘇生アイテム》を信じてるってんなら、よく考えてみろ!」

「なにを……っ!」

「もし()()()()()どうすんのかってことだ!」

 

 無かったら。

 《蘇生アイテム》が、無かったとしたら。

 

「そんなこと――」

「とっくに死んでんだよ! 死んだ人間が生き返るわけねぇ! そんな当たり前のことに、どいつもこいつも踊らされやがって!」

 

 ――生き返らない。

 

 死者は、生き返らない。

 ディアベルも。

 レイも。

 でも、ここはゲームの中だ。

 ゲームなら、死人が生き返るような、そんな奇跡を期待したって良いはずだ。

 死んだと思っていた相棒が、決戦で戻ってきても良いはずだ。

 

 そんなこと、あり得ないとわかっている筈なのに、いつまでも信じ続けて。

 

 有り得べからざる希望を、「ある筈だ」と思い込んで。

 

 この一年、俺は逃げ続けた。

 レイを死なせて。ディアベルを死なせて。ソーヤから逃げた。

 色々なパーティーに協力し、他のプレイヤーに判断を任せ、関心を持たずに剣を振るい続けてきた。

 だって、剣を振っていれば、恐怖も不安も忘れることができる。

 後悔や罪悪すらも、塗りつぶすことができる。

 

 そして、それを続けていれば――そのうち何もかも忘れて、その上で()()()()()()()()()()()と思ったんだ。

 

「俺、は――」

「もらったぁ!」

 

 鋭い斬撃。一撃目で俺の剣を押し切り、二撃目で大きく腕ごと弾き、三撃目の刺突が俺の鎧を貫いた。

 

 

 

 

 俺のHPが減った。防御に重点を置いている俺の装備に、速度重視のカタナの通常攻撃が与えられるダメージは多くない。

 しかし、その減り幅は、俺のHPバーの色を変えるには充分なものだった。

 

 つまるところ、俺は負けたのだ。

 

 カタナが引き抜かれ、俺はがくりと膝を着いた。クラインは血払いの様にカタナを振るうと、鞘に納める。

 

「決着はついた! デュエルはオレの勝ちだ! 取り決め通り、この場から立ち去れ!」

 

 仰々しいクラインの宣言に、聖竜連合のメンバーは不満を俺に向けて口々に呟いた。

 

「はっ……ははっ……」

 

 所詮、この程度が俺の限界だったか。

 

「セ、セドリック……?」

 

 乾いた笑いを浮かべる俺に、リンドが駆け寄ってくる。

 俺は左手で顔を覆った。ああ、下らない。自分よりレベルの低いサムライとの一騎討ちに負けるとは。

 リンドは俺の様子を気遣うように見ていたが、不満を隠しきれずに問い質してきた。

 

「セドリック、なぜあの時トドメを刺さなかった?」

 

 なぜ、と来たか。

 

「……あの場で終わらせるのが、惜しかった」

「なん、だって……?」

「すまん……自分でも、よくわからないんだ」

 

 俺は立ち上がり、剣を鞘に納める。聖竜連合の数人が俺のヘルムと盾を持ってきてくれた。

 それを受け取り、ヘルムはストレージに納め、盾は左腕に装備し直した。

 振り返ると、聖竜連合のほとんどはしぶしぶながらも帰り始めていた。

 曲がりなりにも事前の取り決めの結果だ。それを反故にするのは流石に避けたいのだろう。

 クラインを見る。奴は武者集団の皆に肩を叩かれ、健闘を称えられていた。

 それを見て、俺は静かに息を呑んだ。

 

 ()()()()と思った。

 

(……なに?)

 

 そして、自分で驚いた。

 羨んでいる? 俺が? 何に対して?

 戻ろう、とリンドが踵を返した俺も遅れて続く。

 リンドがエリアの繋ぎ目でワープしていく。俺はそのマップの切り替わりに踏み込む直前、無意識に振り向いた。

 ちょうどその瞬間、キリトが戻ってくるのが見えた。

 

(……ああ、そうか)

 

 クラインは守りきったのだ。

 キリト(だれか)を守るために動き、成し遂げたのだ。

 俺は気に入らなかった。

 

――行け、キリト!

 

 俺には出来なかったことを、いとも容易くやっていたクラインが。

 だが、だからこそ羨んだ。

 俺も、()()なりたかった。

 キリトが一言二言話し、クラインに何かを放り投げて去っていく。

 

(……無かった、か)

 

 可能性など無かった。

 奇跡など無かった。

 何もかも無意味だった。

 俺は顔を前に――いや、足元に向け、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 リンドには《蘇生アイテム》は無意味だったようだ、と伝えた。

 奴は泣き崩れこそしなかったが、それでもかなりショックを受けていたようだ。

 俺はフィールドに出た。未熟な自分を恥じながら、一人で迷宮区に飛び込んだ。

 出現するモンスターを次々と撃破し、買い貯めしていたポーションで逐一回復しつつ、歩みを止めない。

 黙々と歩き続け、敵を屠り続け、俺は無意識に呟いた。

 

――もし俺がここで死んだら、誰か気付いてくれるだろうか?

 

 このゲームは死体が残らないし、認識票(ドッグタグ)の様なアイテムも無い。

 どの様に死んだかは知られることはない。あの《生命の碑》には、死んだ()()が刻まれるだけだ。どんな状況か、というのは書かれない。

 

「……疲れたな」

 

 余計なことばかり考えてしまう。モンスターの発生しない安全地帯に足を踏み入れ、倒れた。まるで糸でも切れたかのように崩れ落ち、自分でも驚いた。

 倒れると何も行動しない分、頭の中がぐるぐると何事かを考え始める。

 

「……どうしよう」

 

 これから、どうするべきか。

 いっそ何もかも投げ捨て、《圏内》に籠り、過ぎていく時に身を任せるか。もし金が尽きたなら中層で狩りをすればいい。寝食するには充分に稼げるだろうし。

 攻略組なんて、俺一人が居なくても充分すぎるほど機能する。俺のようなタンク寄りのダメージディーラーなど、掃いて捨てるほど居る。

 当然だ。俺は()()()()()()()()()()()()()()()()。当たり前のことだ。

 主人公でもないし、勇者でもない。ディアベルのように《ナイト》を名乗り、皆を率いることなど、俺には出来ない。名も無き騎士のNPCの一人。俺はきっと、そういう存在だ。

 俺は無価値だ。わかりきっていることだ。

 

 でも――それでも、何かが出来ると思いたかった。

 

 自分にも何かが出来るのではないか、と希望を持ちたかった。

 コンシューマのRPGのような、死人を生き返らせる奇跡を起こしたかった。

 なんとしてもレイを――いや、一輝に生き返って欲しかった。

 そうすれば、俺のこの全身を苛む罪悪が無くなる筈だった。

 俺はソーヤに怯えることもなく、ソーヤも自分を責めることもなく、三人で「このゲームをクリアしてやろう」と大見得を切ってやることもできた筈だった。

 こんな絶望を味う事は、なかった筈だった。

 

「……疲れた」

 

 再度呟いた。しかし、先程の物とは込められた意味合いが違っていた。

 さっき呟いたのは肉体的な疲れで、今回は精神的な疲れ、といった印象だ。この肉体(からだ)はアバターなのだから、疲れるなら精神的以外あり得ないだろうが、()()()に関しては肉体的と表現する以外無い。

 

「……もう、どうでもいい」

 

 

 

 

 どれほどそうしていたのか、わからない。

 無防備に寝ていたせいか、オレンジプレイヤーの襲撃を受けた。

 攻撃された衝撃で目を覚まし、俺は全員を攻撃したのだが、グリーンが混ざっていた――そういう手口なのだろう――ようで、全員を追い払う時には俺までオレンジになってしまった。

 だが、別に構わない。街に戻る気は無かった。ポーションも食料もたっぷり買い込んである。

 

(……それに、オレンジになれば声を掛けてくる奴も居なくなるだろう)

 

 《黒騎士》の名は俺の知らないうちに随分と広まっていた。

 一般プレイヤーには「報酬さえ払えばどんな事でも手を貸す便利屋」。

 ギルドには「目的のためなら組織を利用する裏切り者」。

 そういった評価をつけられていた。

 きっと俺は、ディアベルが死んでからずっとそんな生き方をしていたのだろう。

 やはり、《騎士》など俺には荷が重かったのだ。

 

「せあっ――!」

 

 片手直剣のソードスキルでモンスターを斬り捨て、俺は溜め息を吐いた。かなりの経験値が貯まったようで、レベルが70に上がったファンファーレを聞き流しながら、ステータスのスキルスロットを開く。

 

―――――――

 

〇片手直剣

〇盾装備

〇軽金属装備

〇両手剣

〇武器防御

〇戦闘時回復

〇投剣

〇重金属装備

〇限界重量拡張

 

―――――――

 

 こうして見返すと、笑えるほど戦闘特化のステータスだ。基本パーティで行動していたので、索敵その他は完全に他人任せだった。俺はひたすらに、前に出て斬ることだけを考えていれば良かった。

 普段の軽金属装備に盾と片手直剣、というスタイルの遊撃では厳しい状況も多々あったので、最近は重金属装備に両手剣を装備し、攻撃力を高めてタンクを請け負うことも増えていた。

 さて、そうなると今のレベルアップで増えた新しいスロットには何を入れるべきか。そう素直に考え始めた自分に驚いた。

 

(そういえば、こうして一人で戦うのも久しぶりだな)

 

 一人で動いていたのは、一層以来だろうか。

 そして、いま考えてみれば、あの頃はまだ()()()を楽しんでいた気がする。

 SAOの街を回り、武器を眺め、防具を新調し、攻略に勤しんだ。

 まだ、()()()()()を信じていなかったから。

 まだ、()()()()()と思いたかったから。

 だからあの時はまだ、前向きに生きられていた。

 

「……はあ」

 

 我ながら随分とネガティブなものだ。まあ、知り合いが二人死んでポジティブになる方がおかしいだろう。

 

 ――そう、()()だ。

 

 SAOが始まってから何千人と死んでいるのに、俺が気に病んでいるのは友であった二人の死だけだ。

 

 ――思ったんだ。きみは――セドリックはきっと、オレなんかよりも立派な騎士(ナイト)になるだろう、って。

 

「ディアベル。俺は……」

 

 俯き、呟いた。

 

「立派な騎士(ナイト)になんて、なれない――」

 

 迷宮区の奥、モンスターも失せた空間で一人、呟いた。

 その呟きに――

 

「そうかね?」

 

 そんな言葉が返ってきた。

 

「私が見た限り、きみは充分に立派な《騎士》だが」

「なに……?」

 

 剣を手にしたまま、ゆっくりと振り向いた。

 まず目立つのは、身に纏う赤い騎士鎧。それを纏うのは、聡明さを感じさせる、少し頬の削げた顔立ち。後ろで纏められた灰の髪。

 なによりも眼を引くのは、見事な造りの十字を象った剣と大盾。

 俺は息を呑んだ。()()()()()。パーティメンバーの名前すら把握しようとしなかった俺でさえ、彼の名前は知っている。

 攻略組で――いや、SAOで彼を知らぬ者は居ないだろう。《聖騎士》と呼ばれることさえある、攻略組のカリスマとも言えるプレイヤー。

 

「ヒースクリフ……!」

 

 その男が、興味深げな笑みを浮かべながら俺を見ていた。




セドリックが人前で、片手半剣によるソードスキルを使い分けたのは初めてです。隠していたわけではなく、普段は『剣と盾』か『両手剣』のどちらかだけだったので、使う必要が無かった、という感じです。

スキルですが、《武器防御》スキルは両手剣を使っている際に使用し、《投剣》スキルは離れた敵に対しての牽制、もしくはヘイト稼ぎの為に使用しています。ちなみに投げるのはNPCショップで売っている普通の投げナイフです。刺突属性なのでスローイングピックの様な貫通継続ダメージは無いけれど、威力が少し高めなのでダメージによるヘイトを稼ぎやすいイメージ。
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