今回はシルビアの人間観察回です。
あと、少し性的なほのめかしが入ったのでそろそろやばいかな、と思ってR15指定にチェック入れました。
――遅刻してしまう。
ベッドで目を覚まして時間を確認し、私はそう感じた。普段は集団行動をするわけでも無いので、目覚ましアラームをセットしない。そのように生活していたのが仇になった。
「集合時間の十分前に起きるなんて……」
朝は弱い。俗に言う低血圧の人ほど酷くはないが、どうにも身体が起きようとしない。
「ふぁ……」
欠伸をしつつベッドから立ち上がり、メニューを開いて鎧を身に付け、細い赤のリボンで黒髪を後頭部で纏める。
仮想空間は都合の良いことに髪の毛が極端にボサボサになることがない。現実ならドライヤーやらヘアアイロンやらをしなければ綺麗に髪が纏まらないけれど、VRでは手櫛で軽く梳かすだけで済む。
まったく楽なものだ。
(急がなきゃ)
そう思って血盟騎士団本部から出ると、軽く走って転移門広場に到着。辺りを見渡すと、転移門横の柱に寄り掛かってウインドウを開いているセドリックを見付けた。彼は茶色混じりのくすんだ金髪をしている。SAOの中では意外と見ない髪色なので探しやすい。
近付いていくにつれ、その動作がメニューの操作ではなく、キーボードを叩いているものだとわかった。
なにかメッセージを書いているようだ。私は目の前まで歩いていくと声をかけた。
「すみません、遅れました」
「構わない。が、少し待ってくれ」
少しだけこちらに視線を寄越したあと、そう答えてまたキーを打つ。
その指先は淀み無く動く。仮想世界のアバターにしてはかなりタイピングが早い。私もそれなりにキーは打てるつもりでいるけれど、あそこまで速くは無い。セドリックが随分と
最後にエンターキーの部分を押し、セドリックはウインドウを閉じてこちらに向き直った。
「今日の事だが、少し予定が入って下層に降りなければならない。すまないが、今日は別行動で良いだろうか」
申し訳なさそうな顔でそう告げる彼に対し、私は首をかしげた。
「予定、ですか?」
「ああ。昔馴染みの鉱夫プレイヤーが、鉄鉱石の納入先である《軍》と揉めているらしい」
「《軍》と?」
「ああ。詳しい話は
そこで私は考え込んだ。別行動と言われても、一人で迷宮区の攻略やクエストを進める気にはならない。私はソロは得意ではないし、かといってアスナも多忙だろうから気軽に声をかけようとも思わない。
「あの、私も一緒に行ってはいけませんか?」
だから、私はそう訪ねた。
◇
彼は私が同行を願い出たことに驚いたようだったけれど、「お前が良いのなら」と了承した。
《はじまりの街》に転移すると、待ち合わせていたらしく一人のプレイヤーが駆け寄ってきた。耐久値が減って薄汚れた上下セットの麻布の服に、腰には大振りなツルハシ(こちらも鉄の部分が傷だらけだ)が提げられている。見た通り《鉱夫》といった印象の男――というよりは青年か――だった。
セドリックが声をかけた。
「待たせたな」
「いや、構わんよ。わざわざ来てくれてすまんな、セドリック」
腰に手をあて、やれやれと言わんばかりに青年は応えた。
そして私の方を見て驚いたように目を見開き、セドリックに意味ありげな視線を向けた。
「なんだ、女連れとは珍しいな」
「同じギルドのパーティリーダーだ」
セドリックは溜め息混じりに説明する。私も会釈をする。
「ギルド? 《軍》を抜けてから入ってなかった、って聞いてるけど」
「最近《血盟騎士団》に勧誘されてな」
合点がいったように青年は頷き、
「だからか。《黒騎士》様にしちゃ、えらく真っ白な鎧だと思ったんだ」
「《黒騎士》は俺の
セドリックは皮肉じみた笑いと共にそう言った。
青年はその言葉にけらけらと笑ったが、すぐに表情を真面目なものに変え、
「んじゃ、ちょっと場所を変えよう」
そうして転移門広場から離れ、人目の無い路地裏へ向かう。私が不思議に思って辺りを見渡していると、青年は私を見て、
「最近は街中に《軍》の連中が
そう説明してくれた。一応女である私を気づかっての言葉だろう。私はその説明に頷いて了解の意を示し、次に疑問を口に出した。
「《軍》はそのようなことをしているんですか?」
「ああ。手当たり次第見付けたプレイヤーに絡んで、な。中には武器を持っていかれた奴も居るらしい」
私はセドリックに目を向けた。彼は誤解の無いように言っておくが、と前置きして、
「
「そうなのですか」
「そうだぞ女騎士さん。むしろセドリックはそのカツアゲを止めたこともある、って噂があったが、そこんとこどうなんだ?」
「さあ、な」
セドリックは不愉快そうに眉をひそめ、はぐらかす。
「この辺りで良いだろう。話してくれ」
「あいよ。というか、話自体はメッセで話した通りなんだがな――」
青年は頭を掻きながら話し始める。
「俺はいつも、鉱石を掘ったら《軍》に売ってるんだよ。鉄鉱石一個5コルでな」
「5コル――?」
私は思わず声をあげた。
あまり詳しくないけれど、プレイヤー間で取引している場合、最低でも10から30コル程度はしたと思う。
いや、確か会計のダイゼンさんは『鉄鉱石なら質によって一個20~40コルですなぁ』とか言っていたっけ。それでも、私個人としては安すぎると思うほどだ。
というのも、SAOの《採掘》というのはとかく面倒な作業だからだ。採掘ポイントへ行ってツルハシを振るう。 言うだけなら簡単だが、数少ない採掘ポイントを探して延々とツルハシを振るい、容量を圧迫する鉱石を大量に集めるというのはかなりの労力だ。いくらインゴットにして売るよりも価値が下がるとはいえ、5コルはあまりにも酷い値だ。
そう私が言うと、青年はあまり表情を変えずに答えてくれた。
「買い叩かれるのは仕方ねぇよ。俺の掘る鉄鉱石なんてクズ鉄手前の品質だからな――ほれ」
ストレージから取り出した鉄鉱石を渡され、私はそれを眺めた。《鑑定》スキルは持っていないが、鉱石の光り具合で何となくの品質は判断できる。
確かに、良質とは言い難いものだった。これでインゴットを作り、剣を鍛えたとしても、あまり期待は出来そうにない。
「けどな。連中、今度は一個1コルで買い取るとか言い出しやがった。これには流石のオレも苦笑いよ」
「1コルだと?」
思ってもみなかった言葉に、セドリックが声をあげた。私も鉄鉱石を返しながら、驚きを隠せなかった。
「ああ。一個1コルじゃ、どんだけ稼いでも一日分の食糧も宿代も賄えねぇ。だから、せめて前と同じ一個5コルにしてくれねぇかなー、っと思ってるわけよ」
「なるほどな……」
あの、と私は口を挟んだ。
「思ったのですが、そうまでして《軍》に売る必要があるのですか? その辺りのNPCショップに売った方がよっぽどお金になるでしょう」
私はそう言ったけれど、青年は先程と同じくあまり表情を変えずに答える。
「さっき徴税がある、って言ったろ? オレは鉄鉱石の納入を条件に、
その言葉を聞いて、私は自分が思っている以上に事態が切迫していることに気付いた。
下層に住まう彼らにとって《はじまりの街》は安全な《圏内》であると同時に、《軍》が跋扈する無法地帯なのだ。
自分の身を――モンスターからではなくプレイヤーから――守るため、様々な対策を用いている。
私はセドリックを見たが、首を横に振られた。
「どうすることもできん。《軍》は既にこの街に深く食い込んでいる。引き剥がすことも、改めることも不可能だ」
「……でしょうね」
薄々わかってはいた。確認を取りたかっただけだ。彼はそれでもマシだ、と言った。街の中には、もっと酷いものが行われている場所もある、と。
「ひどいもの、ですか?」
「知る必要の無いことだ。もっとも、これから目にする可能性もあるがな」
含みのある言葉を言うと、セドリックは少し考えた後、青年に向けて頷いた。
「事情はわかった。《軍》の会計に掛け合ってみよう」
◇
《黒鉄宮》に入ったのは初めてだ。
内装を眺めながらセドリックと青年に並んで歩いていくが、文字通り真っ黒な壁や床にげんなりする。光量は充分にある筈なのに薄暗い印象を受けるし、比例して私とセドリックの白い鎧が眩しく感じる。心なしか青年も目をしばしばさせているように見える。
途中、何度か《軍》のメンバーとすれ違ったが、彼らはセドリックを見て何も言わずに通りすぎていった。
(セドリックは元《軍》らしいけど、知り合いとかいないのかな)
そう思って横目で見るが、セドリックは表情を変えずに歩いていく。なんというか、読めない
多少の表情の変化はある。だからこそ余計に、普段の無表情さが目立つ。何を考えているのかわかりづらい。
私はなんとなく気になり、声をかけた。
「あの、セドリック」
「なんだ、シルビア」
「《軍》の会計と掛け合うと言っていましたが、どうするのですか? 貴方は既に《軍》の一員ではないのでしょう?」
「まあ、なるようになるだろう。いざとなれば、幾らでもやりようはある」
「やりよう、ですか」
そうだ、と頷いたセドリックは私を見て少し考えると、
「……ふむ。よければお前にも協力して欲しい」
「協力、と言われましても……」
私は困惑した。
「私は
「なに、
「なんですか、これ……」
渡されたものを指でタップする。表示された名前は『町娘の服』。SAOにしては珍しく日本語名の防具だ。
――いや、防具なのだろうか。《服》だし、防御力はないと思う。完全に普段着として使うような物だ。
「まあ《圏内》ですし、着るだけなら――」
メニューを開き、セドリックと青年が律儀に反対側を向いたのを確認し、更に周りに《軍》の人が来ないことを確認してから装備を変える。
「……着替えましたけど、普通ですね」
七分袖の白いシャツ、膝に掛かる程度の茶色のロングスカートに、革を縫い合わせたブーツ。全体的に素朴なものだ。一式装備扱いのようで、手甲とヘルムも自動的に外されている。
ごくごく普通の、質素と言ってもいいほどの女性用の服だ。
――なんでこんな服をセドリックが持っているんだろう。
私が無意識に向けた疑いの眼差しに、セドリックは珍しく慌てた様子で手を振った。
「ちがっ――違うぞ! それは以前クエストの最中に手に入れたもので、売却するのを忘れていただけだ!」
「はあ……ま、まあ、そうですよね。ええ、大丈夫ですよ、セドリック。私は誤解なんてしていません」
「……違うって言ってんだろ」
頷きながらの私の言葉に、セドリックはばつが悪そうに吐き捨て、舌打ちをした。口調が崩れているのに気付いていないのか、むっとした表情を崩さない。
けれど、本当に苛ついているようには見えない。
(……拗ねてる?)
たぶん、そうなのだろう。面白そうなのでついからかってしまったが、この反応は予想外だった。
それはなんというか、年相応の子供染みた反応のようで。
私は思わず笑ってしまう。
「なにがおかしい」
「いえ……すみません。少し調子に乗ってしまいました」
私が謝ると、セドリックは驚いた様子で「別に、怒っていた訳ではない」と堅苦しい返事を返してくれた。
そこで、私をじっと観察していた青年が声をあげた。
「んー……なあ、髪も解いてみたら良いんじゃないか?」
「そうですか?」
「ああ。せっかく長いんだし、解いてみても似合うと思うぜ」
私は言われた通り髪を結んでいるリボンを解こうとしたが、
「馬鹿を言うな。髪は結んでいた方が良いに決まっている」
セドリックが厳しい声色で否定したので、リボンをつまんだまま手が止まる。
「そうかぁ? この服の落ち着きっぷりだぞ? いっそ髪も解けばストレートヘアと相まってかなりの清楚美人になるだろ」
「服が落ち着いているからこそ、結った髪の活発さが必要なんだ。清楚はもちろん良い。あか抜けなさは確かに魅力だが、それでは無個性に過ぎる」
セドリックの厳しい指摘に、青年は「ああん?」と唸り返した。
「上等だろ。個性的が主な今の時代、無個性も立派な個性だぜ?」
「その言い分は結構だがな。
(……なにを言ってるんだろう、この人達)
私は呆れながら二人のやりとりを眺めた。
人の髪型一つでよくそんなに討論できるものだ。
私が髪を結んでいるのは『動く際に楽だから』というだけの理由なので、そこまで拘りもない。この格好で結んでいようがいまいが、正直どちらでもいい。
けれど、必要以上に饒舌に《
(たまに楽しそうだよね、セドリックって)
ここに来る前までの無表情っぷりとはうってかわって、さっきは不貞腐れ、今は不敵な笑みを浮かべながら青年と語り合っている。
なんなんだろう、と思う。普段のセドリックと、今のように楽しげなセドリックはどのように違うのだろう。
(……やっぱり、普段は意識して抑えているのかな)
なんと言うのだろうか――意識的に
セドリックは、本当はあのように気さくな性格なのではないだろうか。
それなのに普段の無愛想っぷりを考えると、やはり堅物のように
あくまで私が感じた印象だけど、あながち間違ってもいないように思う。
その理由はきっと――
「んじゃ……まあ、本人の好きにさせりゃいいか」
「無論、それが最善だ。女性の髪型に口を出すなど、そもそもデリカシーを欠いていたな」
あ、終わったみたいだ。
セドリックが私に軽く頭を下げた。
「すまなかった。髪型に関してはお前に任せる」
「はい――では、このままにします」
セドリックがあそこまで結い髪を推していたのだ。ここで髪を解いたら――ほんの少しであっても――不満を買ってしまうかもしれない。
そう判断しての事だったが、セドリックは特に表情を変えなかった。それに対して私の方が――もちろんほんの少しだが――不満を覚えた。
それを隠すために咳払いをしてから、私は一番聞かなければならない質問をした。
「それで、この格好はなんですか」
「男というのは、女の前では幾らでも隙を見せるものだ」
セドリックはうって変わって、真剣な顔で呟いた。
◇
その言葉の意味を理解したのは、《軍》の会計をしているプレイヤーが、セドリックと話しながらもチラチラと私に視線を送ってきたからだった。
(……なるほど、私を
セドリックをちらりと見る。彼は椅子の背もたれにふてぶてしく寄り掛かりながら会計担当を睨み付けている。
まあ、こういう役目でも構わない。女だからと侮られるのも慣れている。
「だから、鉄鉱石一つが1コルなど認められんとこちらは言っている」
セドリックが横暴に感じる言動で詰め寄りながらトントンと指先で机を叩く。
「数が多くなればなるほど安くしろ、というのならわかる。数が二倍で値段も二倍、という法外な提示をしているならこちらに非があるが、そうではない。ビジネスの素人でもあるまいに」
「悪いが、こっちも上の命令でな。なるだけ安く仕入れろとのお達しだ」
「ならその
「セドリック――ね」
名前を聞いて軍の会計はわざとらしく眉をひそめ、大袈裟に声をあげた。
「ふん……裏切り者の《黒騎士》か。なんだ、下層に来て女でも買いに来たのか?」
続けて私に眼を向け、
「見たところレベルも低そうで、顔もそれなり――幾らでさせて貰えるんだ?」
上からしたまで眺めると、下品な笑みと共にそう言った。
そして、そこで合点がいった。先ほどセドリックが言っていた「ひどいもの」というのは、つまり
死ぬよりはマシ、という考え方なのだろうか。少なくとも、私はそんなことをするくらいなら死んだ方がマシと言うものだが。
私が不愉快なそれに溜め息を吐くより先に、セドリックが椅子に座ったままテーブルの上にガッ、と音を立てて踵を乗せた。
「……俺を侮辱するか」
セドリックの言葉から怒気が滲み出る。生真面目そうなきりっとした顔が苛立ちに歪み、眉間にシワが寄る。その様子を見ていると、その瞳が少しだけ私に向けられた。
私は視線を受け、僅かに頷いて微笑んで見せる。大丈夫、気にしていません。
セドリックはそれを見てから瞼を閉じ、瞬きとともに瞳を前に向けた。
「構わんがな。陰口も非難も慣れている。だが、口には気を付けた方がいい。俺の筋力値なら、お前をアインクラッドの
《外》と表現したそれは、おそらく比喩でもなく単純な外側――つまり、空に浮かんでいるアインクラッドから投げ捨てると言うことなのだろう。
アインクラッドの外周部はある程度の柵はあるけれど、進入禁止エリアではない。当然ながら、落ちれば命は無いだろう。
「放り投げるって、何を馬鹿な――」
「『そんなこと出来るわけがない』とでも思っているのか?」
セドリックは言葉を続ける。それを聞いて、軍の会計のにやけ面が固まった。
どうやらあの男は柵の仕様を知らないらしい。私は今度こそ溜め息を吐いた。セドリックもやれやれと言わんばかりに首を振る。
どうやらちゃんと説明するつもりらしい。
「例え《圏内》に居たとしても、アインクラッドの外側は即死圏とでも言うべきエリアだ。《圏内》ではダメージは受けないが、
「そ、そんなハッタリ、信じるとでも?」
「見たことがある。《圏内》だから、とふざけて落ちて死んだ奴をな」
セドリックは静かに告げた。
「あれは死の境界だ。ゲームとしての埒外だ。HPバーと同じ、この世界における明確な死の境目だ。忘れない方がいいぞ。
達観した物言いだ。私とそう変わらないであろう青年にしては、随分と。
彼はやはり、亡くしたことがあるのだろう。親友を。近しい者を。
でなければ、あんなに押し殺した表情はしまい。
「そんなところに放り出されたくなければ、俺にも彼女にも、不用意な発言は慎むことだ」
さて、話の続きといこう、とセドリックは脚を机から降ろした。
◇
その後の交渉は淡々と進んだ。唐突に怒りを霧散させたセドリックを気味悪く思ったのか、それとも下手に刺激したら本当に殺されると思ったのか、軍の会計担当はすぐに終わらせたかったようだ。
セドリックと青年の提案通り鉄鉱石一つ5コルで買い取ることを承諾し、「終わったんならさっさと帰ってくれ」と部屋を出ていった。
いつもの騎士鎧に着替えた私がサークレットヘルムを整えている間、セドリックは青年に声を掛けた。
「では、これで失礼する」
「おう、サンキュな。これで飢えずに済むわ」
「構わんさ。また何かあれば声を掛けてくれ」
「おう。また《軍》が横暴を始めたら頼むわ」
青年はおちゃらけて笑うと、続けて私の方を向いて、
「そっちの騎士さんも、付き合わせちまって悪かったな」
「いえ、構いません。勝手についてきたのは私ですから」
青年は私の言葉に笑うと、ひらひらと手を振りながら去っていった。
それを見送ると、私はセドリックに声を掛ける。
「これからどうします? 上に戻って狩りに出ますか?」
それに対し、セドリックは少し黙った後、またもや申し訳なさそうな顔で口を開く。
「これは完全に私用なんだが、寄りたい所がある。上層に戻る前に行っても構わないだろうか」
「勿論です」
いくらパーティリーダーとはいえ、それを駄目だと言う権利は私には無い。
ここまで来たら乗り掛かった船だ、と私もついていく。セドリックが「寄りたい所」と称した場所が何処なのかも気になるし。
「どの辺りですか?」
「すぐ近くだ」
言葉通りに歩いて十分もしないうちに、セドリックは小さな教会の前で足を止めた。
「教会、ですか」
「ああ」
小さく頷き、入口をノックする。
顔を出したのは小さな少年だった。
「ん……あんたか」
「ああ。近くに寄ったのでな」
「待ってろ、いまサーシャ先生呼んでくる」
少年が引っ込み、次に顔を出したのは眼鏡を掛けた女性だった。
彼女はセドリックを確認し、表情を複雑なものに変えた。不安げな、申し訳なさそうなもの。
「お久し振りです、セドリックさん」
「ご無沙汰しています、サーシャ」
セドリックも同じような表情を浮かべ、呟くように応える。
ただ事では無さそうだ。興味本意でついてきてはまずかったか。ひとまず私は無言で気配を消そうと試みるが、サーシャと呼ばれた女性は当然隣に立っている私に気付く。
あまりにも自分が場違いだと自覚している私は咄嗟に眼を逸らしてしまう。そんな私にサーシャは戸惑ったようだけれど、少し迷ったあとに私達を中に招いてソファをすすめた。私はセドリックの左隣に座る。大したものじゃないですけど、とサーシャは私達に紅茶を出した後、セドリックに声を掛けた。
「……セドリックさん、今日はどうして?」
「少し一層に来る機会がありまして。その――どうですか、様子は」
「……変わりません。狩りにも行ってくれますし、話もしますが――
「そうですか」
ふー、とセドリックは長く息を吐き出す。落胆と安堵が入り混じったような、不安と期待が綯い交ぜになったような。不思議な吐息だった。
「どうされますか? その――会っていきますか?」
「……いえ、俺は会うべきではないでしょう。また変に刺激してしまうだけだ。ひとまず生きているのであれば、それだけでいい」
たぶん、聞けばセドリックは答えてくれる。けれどそれは間違いなく越えてはいけない一線だ。わかりやすい傷口を抉るなど、私はしたくない。
私は黙って、二人のやり取りを聞いていた。
「あっ、ただ……気になることが一つあります」
「気になること?」
「その――ソーヤ君なのですが、最近どこかぼうっとしている事が多くて」
「――ぼんやりしている、ということですか」
「はい。一緒に狩りに出ている子供達も言っています。『ソーヤ兄ちゃん、なんか動きづらそうだ』って」
「動きづらい……?」
セドリックは顎に手を当てて考え込む。
「それはいったい?」
「わかりません。本人に聞いてもなんともない、と答えますし。時には聞こえていないみたいに無視されることもあります。彼の場合は状態が状態なので、あまり追求もできなくて……」
「……そうですか」
「すみません……」
「ああ、いえ。今のあいつの事は、貴女達の方が知っている。俺がとやかく言うことはできません」
それに、とセドリックは続けた。とても辛そうな
「俺はあいつから逃げ出した身です。本当なら、貴女達の位置には俺が居てやるべきだったのに」
「いえ、気にしないでください。私が望んでしていることですから。セドリックさんが頼まれていなくても、あの子を見捨てたりなんて絶対にしません」
「――ありがとう、ございます。すみません、本当に」
「……セドリック」
私は思わず声を出した。
はっとしたようにセドリックは私を見て、自嘲するように曖昧に笑ってから右手で顔を覆い、肩を震わせながら息を吐き出した。
深呼吸のような長い呼吸が多い。緊張しているのだろう。それはきっと、話に出てくる《彼》がここに居るからなのだろう。
こんな時、手を握ってあげるべきなのだろうか。励ましてあげるべきなのだろうか。
そんなことをする資格が、私にあるだろうか。
私はまだ知り合ってから三日目だ。踏み込むべきではない。でも、これ以上放っておきたくなかった。
「その辺りで良いでしょう。あまり長居をしては迷惑です」
強引にでも話をやめさせる。私はソファから立ち上がると、セドリックに向けて手を差し伸べる。
「あ……ああ、そうだな」
セドリックは私の言葉を聞き、私の手をしばらく見つめた後、手を取らずに自分で立ち上がる。
私は行き場の無くなった手を握り、小さく溜め息を吐く。こういう細かい所で頼ろうとしない。なんとなく、この人がどうして
「すみませんでした、サーシャ。ああ、それと――」
セドリックは謝罪と同時にメニューを開き、コルが詰まった袋を実体化させて机に置いた。
「あ、あの、セドリックさん!? とてもありがたいのですが、こんなには――」
「しかし、こちらも親友を保護してもらっている身です。何もせずに居るわけには――」
善意の押し付け合いを始めた二人を止めるべきか、と私が戸惑っていると、何人かの子供達がこちらに近付いてきたことに気付いた。
先頭に立っている少年は、先程出迎えてくれた気の強そうな子だ。
「なあ、あんた」
セドリックに声をかける。革袋片手に振り返った彼に対し、腰に提げている剣の柄を叩きながら言った。
「金はいらねぇ」
「……なに?」
「
セドリックは少年から眼を逸らさないまま、ウインドウを開いて革袋を放り込んだ。それを見届けてから、少年はもう一度セドリックに向き直る。
「その代わり、オレ等に稽古をつけてくれ」
それを聞いて彼は腕を組みながら聞き返す。
「――稽古とは? 金策のために狩りを行うにしても、一層のモンスターに遅れをとるわけでもあるまい」
「
「「えっ?」」
その言葉を聞いて、私とサーシャは――おそらく意味合いが違うだろうが――声をあげた。セドリックは眼を細めた。
「……なるほどな。確かに、腕と相手さえ見誤らなければ稼ぎは良い」
「ちょ、ちょっとギン!? 何言ってるの!?」
「まったくです。そんな装備で何ができると言うのですか」
革のチェストガードとロングソード。初期装備と言ってもいいそれ。
それを示しながらの私の言葉に、ギンと呼ばれた少年はむっとした表情を返してくる。
「でも、このままじゃ《軍》の奴等に全部持ってかれちまう! みんなの食いもんだって買えなくなるんだよ!」
「だから《軍》のプレイヤーと戦う、と?」
私の問いかけに、ギンは強く頷いた。サーシャは驚きで口許を覆う。私はちらりとセドリックを見る。彼はやれやれと首を振り、
「
そもそも、と続け、
「
「それは――そうだろうけど」
そう言い淀む少年に対し、セドリックは肩を叩いてにやりと笑う。
「だから、狩り場を変えろ。武器を新調し、狩るモンスターを変えれば、ドロップするコルも素材の価値も変わる。少なくとも、
「変える、つっても――わかんねぇんだよ。《軍》が全部おさえてて、情報とか全然入ってこねぇんだ」
《軍》は随分と手広くやっているらしい。うつむいて悔しそうに言った少年に対し、《黒騎士》と呼ばれた青年は膝をついて視線を合わせる。
「俺が教えてやる。狩り場も、
「……本当、か?」
「ああ。幸いまだ昼だ。今から教える時間はあるだろう。お前の気概に嘘が無いのならついてこい」
そう言いきって立ち上がり、ギンと共に来ていた数人の少年たちにも声を掛けた。
「お前たちも来るなら来い。少し遠くまで行くことになるが、一層なら問題ない程度にはレベルがあるだろう?」
そうして少年たちを鼓舞したセドリックは、次にサーシャを見た。
「良いですか、サーシャ。安全は俺が保証します」
「――わかりました。子供達をお願いします、セドリックさん」
「承知しました」
そうして頷いたセドリックは、最後に私を見た。パーティメンバーとして勝手なことばかりしていると自覚しているのか、少し申し訳なさそうな表情だ。
その視線を受けて私は頷き、
「私に遠慮せず、お好きなようにどうぞ。それは
「――ああ、そうかもしれないな。今日は振り回してしまってすまない」
「構いませんよ。どうせ予定なんてありませんでしたし」
笑って返した私の言葉にセドリックも苦笑して頷き、子供達を連れて教会を出ていった。
私はそれを見送ってから、改めてサーシャに向き直った。
「――自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は《血盟騎士団》の《シルビア》です。セドリックとパーティを組んでいます」
「攻略組の……っ! は、はい、どうもご丁寧に……私は《サーシャ》です」
お互いに頭を下げる。
「挨拶もせずに上がり込んで、すみませんでした。ただならぬ雰囲気でしたので、口を出すべきではないと感じまして」
「いえ……少し込み入った事情があるんです。気を使っていただいてすみません」
その
「セドリックとは、いつ知り合ったのですか?」
「数ヵ月ほど前でした。子供達が《軍》の徴税部隊に襲われているところを助けていただいたんです」
「なるほど……あの噂は本当だったのですね」
先程の鉱夫の青年が言っていたことを思い出す。
「昔からセドリックはあの様な生き方だったのですね」
「はい――あ、でも。前に会ったときに比べて、少し変わったように感じました」
「変わった……?」
「はい。少し、雰囲気が柔らかくなったように思います。子供達にも笑いかけていましたし」
「以前は違った、と?」
私の疑問に、はい、とサーシャは頷いた。
「以前のセドリックさんはとても……とても、辛そうでした。見ているこちらが苦しくなるほどに」
「なるほど……なんとなく、想像ができます」
間違いなく、セドリックは抱え込んでいるものがある。けれど、それを話そうとはしないだろう。
――
ぐっ、と拳を膝の上で握り締める。
(なら……それが出来るほどに。それを聞き出すに足るよう、彼の信を得なければいけない)
彼が、私を頼ってくれるように。
私の手を、しっかりと取ってくれるように。
(セドリック……)
私はきっと、彼を放っておけない。
何故なら私は、彼を見て《騎士》を目指したのだから。
彼を見たから、私はこのデスゲームの中で戦う事を誓えたのだから。
(私は――貴方を救いたい)
彼が自分を責めているのだとしたら、それを助けてあげたい。
私になら助けられる、などと傲ることはできないけれど。
せめて、少しでも赦しを与えてあげられれば。
そういえば二人の見た目をほとんど描写していなかった事に気付きました。
セドリックはくすんだ金の短髪で、前髪は上げていて軽めのオールバックになっています。ガッチガチに固めてない緩い感じのオールバックです。
自己評価は低いですが、顔は男らしくきりっとしていて悪くはありません。ただ「すんごい真面目そう」とクラスメイトの女子から敬遠されがちなので、頼られるけれど恋愛感情は持たれないタイプ。男子からは結構好かれて信頼される。不良達も案外フレンドリー。
クラスに一人は絶対こういう生真面目な男子いるよね、と表現できるタイプ。
シルビアは腰に届くほどの黒髪をポニーテールに纏めています。染色アイテムで綺麗な金髪に染めてみたいと思ったこともありますが、似合わないだろうなと諦めています。
顔立ちは美人だけど長い髪と丁寧な口調で暗く見られがち。本人もそれを気にしてはいるけれど、決してネガティブではないので「まあどうにでもなるか」と適当に自分のイメージを受け止めている。
でもクラスの男子の中で三、四人は「あの子良いなぁ」と思っている奴が居る。隠れてモテるタイプ。