ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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投稿遅れてすみません。就活してました。リクルートスーツでふらふらしてる男がいたらたぶんそれは私です。


15話

 しばらくして教会に戻ると、シルビアはサーシャを含めた少女達と、茶を飲みつつ笑顔で話を交わしていた。どうやらかなり打ち解けたようだ。

 俺達が教会に戻ってきたことに気付くと、シルビアは立ち上がってこちらを迎えてくれた。

 

「おかえりなさい、セドリック。お疲れ様でした」

 

 シルビアはそう言って微笑む。俺はその笑顔を見て少しむず痒くなり、

 

「ああ」

 

 とだけ答えて頷く。サーシャは俺の後ろに続く子供達の所へ行くと、全員が無事であることを確認してほっと息を吐いた。

 

「全員無事です。心配なさらず」

「はい……ありがとうございます、セドリックさん」

「成果の程はいかがでしたか?」

 

 シルビアの聞いてきた質問に対し、俺はニッと笑って子供達を見た。

 彼等は全員、腰に装備している《アニールブレード》を引き抜き、自慢するように見せびらかす。

 シルビアもこの剣には覚えがあるようで、感心したように声をあげた。

 

「《アニールブレード》……確か、実付きネペントのクエスト報酬ですよね。この短い時間に、よく人数分揃いましたね」

「ああ。どうやら俺は、《森の秘薬(あれ)》に関してはクエスト運が良いらしい」

「懐かしい……私も話を聞いて手に入れました。流石に、もう残ってはいませんけど」

 

 俺はまだストレージに残しているが、それを言えば残している理由も話すことになるだろう。人が聞いて気持ちの良い話ではないし、黙っておくことにする。

 

「では、教えた通りにやれ。その武器とレベルがあれば遊んでも狩れる。贅沢をしなければ充分暮らしていける筈だ」

「ああ! ありがとな、セドリック!」

 

 そう答えたあと、ギンは声を忍ばせて、

 

「ソーヤも、俺達がしっかり守るからな」

 

 そう続けた。俺が驚いてなにも言えずにいると、ギンは俺の背中を叩いた。

 

「ソーヤはさ。オレ達のために戦ってくれてたんだ。『大変そうにしてるサーシャ先生と、お前達のために戦わなきゃ』って言ってさ。アイツだってあんなに辛そうなのに」

 

 俺はそれを聞いて息を呑んだ。あいつが槍を握っていた理由はそれだったのか。

 

「だからソーヤは、戦っていたのか」

「ああ。でも、最近のソーヤは心配なんだ。狩りの途中もぼうっとして、たまにくらっちまう。だから、今度はオレ達がソーヤのために戦う」

 

 ソーヤは、しっかりと生きていた。明確な目的をもって、このゲームの中で戦っていた。

 俺が、自棄になって剣を振っていた時も。

 

「ソーヤ、お前は……」

 

 強い。強い人間だ。

 (レイ)を失っても、辛くとも、もう一度立ち直ろうと戦っていた。

 お前は、立派で強い人間だ。

 俺はお前のようにはなれなかった。

 やみくもに動いていただけだ。忘れようとして。気にしないようにして。

 ソーヤの事さえ思い出さないよう、逃げていたのに。

 

 そう、歯噛みをしていた俺に。

 

「だからさ、セドリック。さっさとこのゲーム、クリアしてくれよ」

 

 ギンは、そう告げた。

 

「なに……?」

 

 当たり前だろ、と言わんばかりに腕を組んで。

 

「アンタ等攻略組がクリアしないでどうすんだよ。オレ達が今から最前線になんて行けねぇんだから」

 

 そう、なんの奸計も無く。なんの謗りも無く。

 ただ単純に、「お前がやれ」と言ってくる。

 ああ、なんだろうか。無性におかしかった。

 

「ははっ――そうだな。さっさと終わらせて、帰らなければな」

 

 笑いながら言った俺の言葉に、「とーぜん!」とギンも笑って応えた。

 

 

 

 

「今日はすまなかったな」

「良いと言いました」

 

 《グランザム》へ戻ってからの俺の言葉に、シルビアはすましたように目を閉じたまま答えた。

 

「久しぶりに色々な人と話しました。《軍》のプレイヤーは好きになれませんでしたが、あの鉱夫の青年は好感が持てました。サーシャとは良い友人になれましたし、子供達のなかにも、私と話してくれる子が多く居ました。今日は――本当、久しぶりに楽しかったです」

 

 そう、呟くように言って微笑む。そしてそれを再確認するように頷き、

 

「うん、楽しかったですよ、セドリック。貴方のエスコート、悪くありませんでした」

「――そうか。それはよかった」

 

 そう安堵した俺に対し、シルビアはまっすぐにこちらを見て、

  

「貴方は?」

 

 と聞いてきた。

 

「なに?」

「貴方はどうでしたか、セドリック」

 

 俺は、だと?

 

「俺は――」

 

 なんとなく、今日を思い返すと笑いが込み上げてくる。自嘲でも皮肉でもない、純粋なものが。そのことに、自分で驚いた。

 

「――楽しかった、んだと思う」

 

 ギン達に剣を教えるのは楽しかった。無邪気だったのだ、あいつらは。打算など無かった。「助けてほしいから助けろ」と素直に要求してきた。「帰りたいから、さっさとゲームをクリアしてくれ」という、至極当たり前の要求をぶつけてきた。

 頼られているのだと感じた。

 

 それが、素直に嬉しかった。

 

「ああ――楽しかった」

 

 それを聞いて、シルビアは嬉しそうに笑った。俺は「どうしてお前がそんなに嬉しそうなのか」と聞こうかと思ったが、野暮な気がして黙っていた。

 たぶん、俺を心配してくれているだろう。教会でサーシャとの話を聞かれているのだ。気を使われてもおかしくない。

 

「よかったですね」

「ああ。よかったよ」

 

 まあ、素直に乗っておくとしよう。俺は笑って答えた。

 シルビアは少しだけ驚いたように息を呑んだが、やはり笑って頷いてくれた。

 

「では、今日はこれで解散か」

「ですね。どうします? よければ一緒に食事でも」

「そうだな。だが、俺は店は知らな――」

 

 ピコン、という通知音。俺とシルビアは同時に視線を動かして通知を見る。

 『血盟騎士団』のギルドメッセージ。

 

「これは――」

「――とうとう、ですね」

 

 俺とシルビアは、互いに緊張するのを感じながらつぶやいた。

 

 

 

 

 翌朝。眼を覚ました俺は、起き上がって大きく伸びをすると、ベッドに腰かけたままメニューを開いて操作する。

 六畳間程の鉄作りの自分の部屋のなかで、唯一ベッドだけに柔らかなクッションが敷かれている。テーブルとイスもあるのだがやはりそれも鉄で、座っているとケツが痛くなりそうなので使ったことはない。たぶん痛くはならないだろうが、気分の問題だ。

 ベッドから立ちあがり、装備を点検する。防具と盾、剣が万全であることを確認して装備する。腰のベルトに、投げナイフを実体化させて収納する。

 この白地に赤で装飾された鎧の派手な色彩も、もう慣れた。盾には大きく血盟騎士団の紋章が描かれている。その盾を背負い、片手半剣を左腰に。アーメットヘルムを脇に抱えて部屋を出る。

 廊下に出ると、シルビアが扉の横で壁に背を預けながら立っていた。俺が出てきたのを確認すると、壁から背を離して向き直る。

 彼女もまた、引き締まった表情で完全に武装している。腰に提げられた細身の剣も、しっかりとメンテがされていることだろう。

 言葉もなく頷き合い、ギルド本部の前庭に向かった。既に血盟騎士団のメンバーが集まり、皆が完全武装で、緊張感に包まれている。シルビアも左手で右手を撫でるような仕草を繰り返し行っていて、落ち着かない様子なのが伝わってくる。

 当然だ。なぜなら――

 

「諸君。揃っているだろうか」

 

 そう、ヒースクリフがアスナを伴って本部から登場した。

 ()()という表現が相応しい姿だった。その堂々とした姿に全員の視線が向けられ、自然と俺も背筋を伸ばす。ヒースクリフにはそうさせる何かがある。

 アスナが一歩進み出て、全員を見渡しながら話し出す。

 

「昨晩は会議に出席いただき、ありがとうございました。通達したように、本日はフロアボス攻略戦に向かいます。ですが、今回のボス戦、血盟騎士団から出せるパーティは1つだけとなりました」

「一つだと?」

 

 思わず声をあげてしまい、注目を集めてしまった。シルビアが諌めるように俺の腕をひくが、反省するよりも先にアスナが俺の方を向いて応えた。

 

「はい。今回のボス部屋の発見と偵察で得た情報は、《聖竜連合》の活躍があってのものです。ですから――」

「《血盟騎士団》は控えてもらおう、という腹か」

 

 アスナは頷いた。俺は歯噛みをする思いだった。

 《聖竜連合》は《血盟騎士団》に対抗している雰囲気がある。自分達の力を示そうと、手柄を主張してきたのだろう。

 お前達のそういうところが嫌なんだ。リンドの騎士としての矜持は――ディアベルの後継たろうとしていた信念は、既に無いのかもしれない。

 

「もちろん、失敗すれば従来通りに血盟騎士団から2パーティ出すことに合意してもらいました。ですが――」

「『失敗』をしたくはありませんね。少なからず死人が出る危険がありますから」

 

 シルビアがアスナの言葉を引き継いだ。

 

「そういうことです。1パーティのメンバーはこちらで選びますので、速やかに編成に加わってください」

 

 アスナは言うや否や、メンバーの名前を呼び上げた。

 

「ではこれより、59層フロアボス攻略戦に向います」

 

 

 

 

 SAOのパーティ上限は六人。 

 当然と言うべきか、メンバーのうち二人はヒースクリフとアスナだ。団長と副団長。まあ決まっているようなものだ。

 次に俺とシルビア、最後に両手剣(グレートソード)のライアと両手鎚(グレートメイス)のレイドという筋力ビルドの二人組だった。

 この脳筋の二人、なんと俺の知り合いだった。迷宮区をボス部屋まで歩きながら、知り合った時の状況をシルビアに話している。

 

「一層のネペント、ですか??」

「ああ。《実付き》の実を割っちまって、やばかったところをコイツに助けられたんだ」

 

 そうシルビアに答えながら、ライアが俺の背を叩く。

 

「いやぁ、あれはマジで死ぬかと思った。あん時はサンキュな」

「気にするな。やるべきことをやっただけだ」

「……セドリックは昔から()()だったんですね。ライアとレイド、でしたっけ? 運が良かったというほかありませんね」

「いやほんとそれな」

 

 シルビアは安堵したように息を吐き、ライアはしみじみと頷いた。

 俺はそこで、シルビアの言葉に違和感を覚えた。

 

「シルビア。お前、血盟騎士団に居るのに、この二人とは初対面なのか?」

「ああ、はい。実は私、まだ血盟騎士団に所属して長くないんですよね」

「あんなに先輩風を吹かせていたのにか?」

「もちろん。短い期間でも、先輩は先輩ですから」

 

 俺の皮肉に、シルビアはにこりと笑って答える。まったくその通りだ、と俺も笑った。

 

「確か――シルビアが来たのってどんくらい前だっけか?」

「さあ? 気が付いたら居たよな。とりあえず、オレが初めて見たのは一ヶ月くらい前かね」

 

 所属してからたったそれだけの期間だというのに、ボス攻略のメンバーに選ばれ、それに対してギルドのメンバーからの不満は無かった。

 アスナと同等の実力者と言うのは、周知のことらしい。そうして女騎士にほれぼれしながら、俺はもう1つ尋ねた。

 

「どうしてシルビアは血盟騎士団に?」

「貴方と同じです。団長に声をかけられました」

「基本的に、いま居るメンバーはみんな団長さん直々のご指名だと思うぜ」

「そうなのか」

「ああ。見込みのある強そうな剣士を口説いて連れ込むのさ。団長さん、かなりのナンパ師だぜ?」

 

 レイドはにやけ面と共にそう言った。

 俺は苦笑しながらちらりと視線をやるが、ヒースクリフは――こちらの会話は聞こえているだろうに――我関せずと言った風に歩みを止めず、こちらを見ようともしない。

 それを同じように見ているシルビアに、俺は重ねて訪ねた。

 

「シルビア。お前はそれほどまでの実力を、どうやって身につけた?」

 

 彼女は少し悩むように唸り、歩きながら俺の隣に並び、話し始める。

 

「私は……()()()()()()()から、攻略組になれるよう、騎士として戦ってきました。女という理由からか、パーティに誘われることはよくありましたので、利用させてもらって着々と経験を積んできました」

 

 利用、とは大した発言だ。苦笑した俺の後ろで、脳筋二人はゲラゲラと笑う。

 

「まあ当然下心はあったようですし、実際に迫られたこともありますが……その頃には私の方が速かったので、事なきを得ました」

「剣で打ち負かした、ってことか?」

「いえ、走って逃げました」

 

 なるほど。納得して頷いていると、シルビアは口ごもるように続けた。

 

「その……今のでわかると思いますが、私は決して自慢できるようなプレイをしてきていません。ですが、目的がある以上、一刻も早く前線に上がりたかったんです」

(……目的?)

 

 俺が疑問を口に出す前に、ライアが気まずそうに告白するシルビアをフォローする。

 

「なーに、手伝ったからって()()()()()要求してくる奴なんざ、そのくらいでいいんだよ。いい気味だ」

「むしろ良くやったと言いたいね」

 

 ライアとレイドはやんやと喝采する。実際それに関しては俺も同じ気持ちだった。むしろ、シルビアに対して()()を迫ったというそのプレイヤーに殺意すら覚えている。

 それを顔に出さないように堪えていると、シルビアは咳ばらいをしてから続けた。

 

「まあ、その。そうやっていく中でパーティを組むのが嫌になりまして。ですから、しばらくソロで迷宮に潜って戦っていました。フロアボス攻略戦に参加できるようになったのはつい最近ですが、それまでじっくりじっくりとレベル上げをして、着実に剣の腕を上げていたんです」

「お前のあの剣は、そうやって磨き上げられたのか」

「まあ、そうなります。一人だと危険はありましたが、その分しっかりと敵と打ち合うことができますから」

 

 様々な剣術を試すことができる、ということか。そう引き継いだ俺にシルビアは笑顔で頷き、ライアは感嘆の声をあげた。

 

「なるほどなぁ。オレもそんな風に自分を鍛えにゃならんな」

「じゃあ今度お前が襲われてもほっとくとするか」

「じゃあオレもお前が襲われても助けねえからな」

「死にそうになったら助けてくれよ?」

「それじゃ鍛錬にならんだろ」

「んだと? 見捨てる気か!?」

「見捨てるも何も、お前ボコられたって大してHP減らねえだろ。この脳筋のガチタンが」

「ビルドはほとんど同じだろうが、この蛮族」

 

 口喧嘩のようなものをしながら、仲良さげに犬歯をむき出しにする二人。それを見てシルビアと二人で笑っていると、前方にモンスターがポップする光が見えた。

 俺が剣を抜くよりも先に、抜刀の音と俺達を追い越す影。

 

「よっとぅ!」

「そいやぁ!」

 

 俺達の両端を駆け抜けたライアの両手剣とレイドの両手鎚が、ポップした狼男を先制攻撃した。

 

「速い……!」

 

 単純な速度ではなく、()()()()()。一瞬前までふざけていたのに、モンスターが出ると分かった途端に行動に出ていた。熟練の戦士でなければ、ああも見事に対応できないだろう。

 ライアは大剣を振り下ろして一体を両断して撃破し、レイドは大鎚で薙ぎ払って二体を吹き飛ばす。その薙ぎ払いはしっかりと頭部を捉えており、吹き飛んで眩暈状態(スタン)となった狼男に、同時に大威力のソードスキルを叩き込む。速攻と言う以外無い。

 撃破され、霧散するポリゴンの粒子を浴びながら二人はゆっくりと立ち上がり、左右に別れて武器を地面に突き刺し、恭しく頭を垂れる。

 

「見事だ」

「お見事です」

「「光栄の極みでありますれば」」

 

 その間を、ヒースクリフとアスナは労いながら当然のように歩いていく。そういえば、ヒースクリフとアスナは動く素振りも――剣を抜く素振りすらも――見せなかった。ライアとレイドの実力は二人にもよく理解されているようだ。

 その戦い方は洗練されていたが、確かに見たことのある連携だった。

 そこで、気になることがあった。

 

「気になっていたんだが、レイド。お前、昔は斧を使ってなかったか?」

「ん、武器のことか?」

 

 俺の質問にレイドは背負っている両手鎚の柄を示す。

 

「ああ。一層で見たときは、両手剣と両手斧の二人組だったと記憶しているが」 

「確かに昔は両手斧(アックス)使ってたんだが、エギル居るだろ。アイツと組んでから武器被るのが嫌だったんで両手鎚(メイス)にした」

「貴方たち、エギルのパーティに居たのですか?」

「おうよ。脳筋として気が合ったんでな」

「なるほど……まあ、そんな感じはしますね」

 

 シルビアも《エギル》の事は知っているようだ。攻略組として名高い斧戦士だが、いつからか商業用カーペットを手に入れて商人としても成功しつつある巌のような男。

 ライアとレイドは昔、そんなエギルのパーティ――誰が呼んでいたか、アニキ軍団――の一員だった。

 確かに、背も高く見た目もガッチリとして、陽気なやつらだ。シルビアの言う通り、エギルと気が合っただろう。

 

「着いたぞ。皆、気を引き締めたまえ」

 

 そこで聞こえてきたヒースクリフの一声。俺達は一瞬で気持ちを切り替える。シルビアとアスナはおろか、あんなに騒いでいたライアとレイドさえも、静かに闘志を滾らせている。

 眼前に見えるは巨大な扉。その前に集まっている多くのプレイヤーが、《血盟騎士団》の到着にざわつく。

 それに欠片も動じることはなく、俺達は悠然と歩みを止めない。絶対強者であるヒースクリフの後ろに控える者として、俺達に無様は許されない。

 

『あいつ……《黒騎士》だ。今度は血盟騎士団かよ』

『ああ。軍に聖竜連合に、ずいぶん節操なしだな』

『黒騎士……? 白じゃねぇのか?』

『昔は黒い鎧だったんだよ、あいつ』

『裏切り者の無名騎士。仲間に追放された放浪騎士。色々噂はあるけど、あんまり良い話は聞かないな』

 

 そのような謗りは聞き飽きた。そんなことは言われずとも俺が一番よくわかっている。

 俺達は扉の前に到着すると、思い思いの待機姿勢をとった。ヒースクリフは自然体、アスナは腰に手をあてて瞳を閉じ、シルビアは手を後ろで組んで息を吐き、俺は剣を両手で地面に突き立て、ライアは同じく突き立てた大剣の柄を抱くように寄りかかり、レイドは大槌を背負ったまま腕を組んで首を鳴らす。

 その光景に、集まったプレイヤーは目を惹かれる。間違いなく、俺達はこの中で最強のパーティだ。注目を集めるのは当然だ。半分を占める聖竜連合のプレイヤーでさえ、一言も発することが出来ない。

 しばしの時間、静寂が流れた。俺は周囲を見渡す。見覚えのある顔はたくさんあるが、どれも俺に対して好意的なものは無い――

 

(……ああ)

 

 しかし、嫌悪でないものもあった。キリトだ。奴は仰々しく表れた俺達に対して驚いてこそいるが、吞まれてはいない。そして俺と目が合うと、不敵に、そして皮肉っぽく笑う。

 随分と久しぶりな気がする。いや、実際、フロアボス攻略戦であの《黒の剣士》とは何度も居合わせているが、顔を合わせるのは久しぶりだ。

 何度も共闘したことがあるあいつとは、どこか通じるものがある。同じ《黒》呼ばわりされていることもあって謎の親近感もあり、互いに気安く話せる仲でもある。俺は同じような笑みをキリトに返し、時間まで目を閉じて集中する。

 

「――時間だ」

 

 そして、その時がきた。俺はアーメットを被り、剣を地面から引き抜いた。

 

 

 

 

 扉が開く。

 一気にボス部屋になだれ込み、剣と盾を構える。しんとした静けさ。真っ暗な部屋。右隣にいるシルビアがちらりとこちらに()()()()()眼を向けてくる。索敵スキルの一種だ。

 俺はそれを受けて頷き、シルビアを庇うように前で盾を構える。あのように文字通り眼を光らせ、周囲の警戒にあたっている。索敵を抜けてくるボスではないはずだが、可能性を捨てきれないため、念の為に不意打ちを警戒する。シルビアの両隣に、盾になるようにライアとレイドが武器を構えた。

 静寂。あまり時間は経っていないはずだが、それでも長く感じる。今までのボス戦ではどうだったろうか。扉をくぐって何分後に、どのようにボスが登場しただろうか。駄目だ、思い出せん。緊張で剣が滑り落ちそうだ。いつ出てくる。どこから出てくる。まだ出てこないのか? 俺は張りつめた呼吸を緩め、僅かに息を吸った。

 

――――ウオオオォォォォォン――――

 

 遠吠え。俺はガチンと歯を鳴らし、瞬時に意識を切り替える。

 

「前です!」

 

 シルビアが叫んだ。その言葉を聞いて俺達は一点に視線を向ける。

 周囲の明かりが順に点灯していき、その影を映し出す。

 

 部屋が完全に明るくなると、全容が明らかになる。

 

 それは、巨大な狼男。迷宮区のモンスターが狼男であることから予想はついていたが、やはりザコの親玉がボスだった。高台から俺達を睥睨していたそいつは、両手にそれぞれ何かを掴むと跳躍した。

 ガァァン、と重厚な音を立てながら着地し、

 

「オオオオォォォォォ――――!」

 

 地面を揺るがすほどの咆哮。遠吠えとは違い、純粋な闘志をむき出しにしたような、激しい叫び。

 

「こいつか……!」

 

 《The Greatwolf》――――偉大なる狼、とでも訳すのだろうか。聖竜連合の情報通りだ。これまでのボスに比べればシンプルな名前であるが、それゆえに普通の《狼》であることが気になっていた。

 これまでの迷宮区で戦った人型の狼男と、見た目はそっくりだ。だが、ずんぐりと前傾した姿勢に、ザコとは比べ物にならない太さの腕。鉄板のごとく巨大な大剣を右手だけで軽々と携え、左手にこれまた巨大な金属の盾。これほどまでに武装した人型のこいつを表すなら《werewolf(ウェアウルフ)》の方が的確だろうに。

 

(……いや、余計なことは考えるな。戦闘に集中!)

 

 素早く周囲を見渡す。取り巻きのモブが三体ポップ。これも情報通りだ。

 

「グルルル――――」

 

 奴がゆらりと身体を動かす。ぐっと腰を落とし、跳躍した。

 

「来るぞ迎撃ぃ!」

「おうよ!」

 

 真っ先に動いたのはライアとレイド。凄まじい高さで飛び上がり、縦に回転しながら迫った狼の大剣に向け、同時にソードスキルを打ち込んだ。筋力全振りに近い二人の、威力重視の単発技。その二つによる迎撃を受けた狼の剣は、

 

「ぐぉっ!?」

「あぁっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()、二人を跳ね飛ばした。飛ばされた二人は床を転がっていき、HPが3割ほど減少する。

 俺は驚愕し、思わず叫んだ。

 

「馬鹿なっ! あれで相殺できないのか!?」

 

 レイドが立ち上がるよりも先に、まず答えた。

 

「悪い、()()()!」

 

 ずれた。その一言でほぼ全員が理解した。武器を正面から合わせることが出来ず、衝撃を殺せなかったのだ。しかし、熟練の戦士である二人が受け損なうなど、誰が予想しただろうか。

 その疑問の答えを、シルビアが持っていた。

 

「あの剣技……《軽業》に似ています! 慣れていないと読みづらい!」

 

 それを聞いて、俺は先日打ち合ったシルビアの剣技を思い出した。縦横無尽に身を翻しながらの斬撃。確かに、先ほどの狼の剣はシルビアに似ていた。

 《軽業》スキル自体は攻撃スキルではないが、壁を走ったり宙で反転したり、曲芸染みた動きを可能にする。それを剣技に落とし込むと、使用者が少ないこともあり、無類の強さを発揮する。

 それを、ただでさえ厄介なフロアボスが使用する。その脅威は、ほぼ全員が理解できただろう。

 ――しかも。

 

「しかも、私なんかとは比べ物にならない威力です! まともに受けたらまずい!」

 

 跳躍と同時に回転し、全体重を乗せて叩きつけるような剣技。シルビアはスピード型の剣士で、身体も軽いからまだしも、あの狼の体躯で繰り出されるそれは計り知れない威力だろう。

 そんな危惧を感じ取り、アスナが叫んだ。

 

「剣を真っ向から受けないで! 回避を!」

「了解した!」

 

 こうなると、これまでのボス攻略の基本であった『タンクが攻撃を受け止めて別の隊が攻撃』という戦法は難しい。読みやすい大振りを多用するボスなら有効ではあるが、あれには普通のタンクは歯が立たない。パワー型と見てタンクで固めてきた聖竜連合のメンバーにはかなり厳しいはずだ。

 しかも聖竜連合のメンバーは、純粋な個人の戦闘技術は低い。集団としてはかなりのものではあるが、あの狼を相手するには厳しいだろう。

 

「どうなってんだ! 偵察したんじゃないのかよ!」

「したよ! したけど、まさかあんなんだとは思わないじゃないか!」

「血盟騎士団の剣士が二人がかりで弾かれるって……無茶だろ!」

 

 現に、士気が下がっている。当然だ。ライア達以上に実力のある筋力ビルドはおそらくいない。彼らではあの狼の剣技の速度についていくことが出来ず、受け止めることもできない。《軽業》を応用した剣技は乱雑にも見える挙動により隙がわかりづらく、あったとしてもその隙は僅かなものだ。生半可なソードスキルは当てることすらできないだろう。

 全力の剣術勝負に不慣れな者は、心を折られるのもやむなしだ。

 

「セドリック! 私達でタゲを取らなければ、皆死にます!」

「了解だ! みんな! あれと戦うのが無理だと感じたら、取り巻きを担当しろ!」

 

 しかし、俺の言葉を聞く前に、役に立たないと自覚した半分以上のメンバーが光に包まれて離脱、またはフロアボス部屋の扉から逃走した。

 残ったメンバーを見て、俺は愕然とした。

 

(13人……っ!?)

 

 聖竜連合のリンドが率いる1パーティ、俺達血盟騎士団の1パーティ。これで12人。残りの1人はキリトだ。ソロ同士でパーティを組んでいただろうに、他の全員が逃げ出したか。それでも残って油断無く周囲に目を走らせているのは見事と言うべきか。

 俺は舌打ちをしながらもう一度叫ぶ。

 

「リンド! 取り巻きを頼む! ボスは血盟騎士団(おれたち)で抑える!」

 

 リンドが頷いたかどうかも確認せずにそれだけ伝え、ボスに向き直ろうとし――そこでキリトと眼が合った。

 

「よう」

 

 一息で距離を詰め、キリトは俺に声をかける。

 

「なあ、騎士殿。撤退する気は?」

「俺に聞くな。俺に決定権はない」

 

 そう剣を振り払いながら応えた俺に、キリトは呆れたような笑みを浮かべた。事実、他のメンバーが退くかどうかわからない。キリトは笑みを好戦的なものに変え、

 

「じゃあ、やるか?」

「当然だ」

 

 俺もニヤリと笑い返す。だからこいつとは気が合うんだ。戦うことが何よりの生き甲斐。俺もキリトも、おそらくそういう人間だ。

 俺達は同時に、今も暴れている狼に向けて疾走する。

 すでにヒースクリフが狼と真っ向から対峙していた。驚くことに、あの剛剣を一人でしのいでいる。

 巨大な剣がヒースクリフの盾に向けて振るわれる。ヒースクリフは体を捌き、その盾の角度を()()()()()()()()()()()()

 

「相変わらず、計り知れん……っ!」

 

 改めて、その技量に感服した。ほぼ初見の敵の、読みづらい攻撃さえ、ヒースクリフには通用しない。大したものだ。

 そして、その圧倒的技量による防御のおかげで、脇ががら空きだ。

 

「仕掛けるぞ!」

「おう!」

 

 俺は回り込み、脇腹に《サベージ・フルクラム》を叩き込む。わずかではあるが、四段ある狼のHPゲージの一段目が、しっかりと減少したのがわかった。

 離脱と同時のタイミングでキリトが凄まじい勢いの《ヴォーパル・ストライク》を打ち込む。これも量は少ないが、確実に減ったのがやはり()()()()()()()()

 それを見てキリトが声をあげる。

 

「体力は多くない! いけるかもな!」

「食らわなければ、ですけどね! 避けて!」

 

 狼は攻撃を食らったとわかると、すぐさま俺達に向けて剣を薙ぎ払う。

 俺は盾で、キリトは左手で支えた剣の腹で受けて直撃を避ける。

 

「シルビア!」

「はい、アスナ!」

 

 その隙を逃さず、アスナとシルビアが同時に鋭く踏み込んだ。

 

「「やぁぁっ!」」

 

 目に止まらぬ三連続技。シルビアは《シャープネイル》、アスナは確か《ペネトレイト》だったか? 細剣スキルはろくに使用者を見ないので自信が無い。

 そうして連続で攻撃されたことにより、またもや狼のヘイトが移りかける。二人を見ようと首を動かし、

 

「先手食らって……」

「黙ってられるかってなぁ!」

 

 そこに飛び込んだのは体力を回復し終えたライアとレイドだ。アスナの方に向いた狼の頭を、前宙しながらのレイドのグレートメイスが思い切り殴りつける。ライアは対称的に地面を這うように肉薄し、膝を薙ぎ払う。

 しかし、それほどの打撃でも怯みは発生しなかった。顔面の前に居たレイドがターゲットにされる。

 

「レイド! 薙ぎ払い来るぞ!」

「どっちから!?」

「右だ!」

 

 俺の指示に、レイドは斜めにメイスを構え、大剣を受け流す。

 

「ソードスキル! 振り下ろし!」

 

 続けてキリトが叫んだ。レイドは迷わず狼の懐に飛び込む。股の間を滑るように潜り抜け、狼の《バーチカル》に似た叩き付けを避けることに成功した。

 

「あっぶねぇ! 誰か援護援護!」

 

 そう悲鳴混じりで叫ぶレイドの焦燥も当然だ。股抜きで避けたのは良いものの、狼に背を向ける体勢だ。あれでは次は避けれん。

 

「任せろ!」

 

 応えた俺は既に投げナイフを抜き、狼の顔を狙って投擲していた。頬に突き刺さり、わずかなダメージ。それだけでなく、俺は右手の剣を掲げ、盾を突き出すように構える。

 瞬間、モーションを認証してスキルが発動した。《スレットフル・ロアー》。敵のヘイトを強く自分へ向ける挑発技。初期も初期のスキルではあるが、だからこそシンプルに挑発のみを行うことができ、硬直も少ない。

 見事、狼は俺を目標に定めたようだ。右手の剣を振りかぶり、大きく吠えた。剣を構える右腕が膨張する。

 

「セドリック! 無理をせずに、防ぐことだけ考えて!」

「言われずとも!」

 

 振るわれるのは袈裟斬り。俺は大きく後ろに跳びながら盾を構える。盾に伝わってくる殴りつけるような衝撃。だがダメージまでは通っていない。俺は後転して素早く体勢を整えた。

 

「連撃!」

 

 シルビアが続けて声を張る。袈裟に剣を振りぬいた狼の脚が、ふわりと地面を離れる。得物を振った勢いを利用した前宙。こいつの戦い方からして、ここから来るのは間違いなく――

 

「くぉっ!?」

 

 振り下ろされる大剣。その側面を殴りつけるように盾で逸らしながら左に跳び、なんとか避けた。

 

「尋常じゃない――」

 

 今までの迷宮区にいた狼男は、巨大な武器をただ振り回してくるだけだった。それは当然驚異的な威力ではあったが、対応は容易かった。

 だからこそ、このボスの剣技はまずいと感じた。読みづらい動きで振るわれる、すさまじい攻撃力。

 武器を構えなおし、咆哮する狼に、俺は悪寒を感じずにはいられなかった。

 

「厄介だな、くそ!」

「まずはしっかりとパターンを覚えて! 今回が無理でも、次倒せるように!」

 

 アスナは突貫しながら俺達に指示した。了解、と答えると、俺は剣と盾を構えながら集中。挙動を余さず観察する。

 ボスの攻撃には、予備動作が必ずある。跳躍しての振り下ろし。振りかぶってからの斬撃。水平に構えてからの突進突き。力をため、吠えてからの連撃。最初に咆哮し周囲を薙ぎ払う回転斬り。

 それらの攻撃パターンをアスナとヒースクリフが引き出した。危険な立場を任せてしまう形になったが、おかげで気付くことができた。

 

「動きは激しくてわかりづらい……だが、斬撃自体は単純だ!」

 

 当然と言えば当然だ。どれだけ読みづらい斬撃を繰り出そうと、剣は一つ。攻撃の為に振るわれる斬撃は一つずつ。何度も使われれば見切ることは可能。

 見極めれば、対応することは可能!

 

「あとは――」

 

 それを失敗せずにできるか、ということだけだ。

 俺は、剣を握る手に力がこもるのを感じた。




自分でボス考えるのってめっちゃ大変ですね。一層一層のボスやら細かなスキルやら考えてる人って神か何かでしょうか。

 脳筋二人をオリキャラとして出しました。二人は再初期からの攻略組。エギルの仲間として愉快豪快に戦って、エギルが商人としての活動を始めた辺りから別行動し、団長から勧誘を受けて血盟騎士団へ来た、という設定です。ウルフギャングとかローバッカとかナイジャンとかいう人達のことは忘れてください。
 セドリックの読み通り、脳筋としては攻略組最高レベルの実力者。腕相撲大会があったら優勝できるレベル。

 《軽業》スキルって原作だったら壁走ったり登ったり棒を掴んでぐるぐるしたりだけど、めっちゃ使い込めばそのアクロバティックな動きを攻撃にいかせるんじゃないかと思ってます。壁から跳び跳ねて落下攻撃とか。

 いちおう狼男ボスの動きがシルビアの《軽業》に似ている、というだけで、《軽業》スキルをボスが使っているかは不明です。ソードスキルも片手直剣スキルに似ていますが、ボス特有のものという設定にしてます。

 あとセドリックの余裕がなくて描写はできてませんが、リンドさん達はしっかり取り巻きを倒しており、ボスに攻撃する機会を今か今かと伺っています。
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