誰も、何も言わなかった。俺は先程言われた言葉を、延々と頭の中で繰り返す。
――お願いします……死のうとするのはやめてください
なんというのだろうか。それを聞いた瞬間、ひどく後ろめたいような、何かをしてしまったかのような、極度の狼狽を自分で感じていた。
(まるで……
呆然としている俺の肩に、キリトが手を置いた。
「ナイスファイト、セドリック。お陰で誰も死なずに済んだ」
気を紛らわせるかのような、気を使ったその言葉。今はそれがありがたい。
「ああ……そうだな。よかった」
隣のアスナは俺を咎めるように不機嫌そうだが、キリトは笑いながら、剣を背中の鞘に納めた。チン、という聞き慣れた音が、俺を冷静にさせてくれた。
「……ああ、よかった。死人が出ていないのは幸運だった」
そう言った俺に対し、シルビアは俺の襟元を握り締めた。
「……大丈夫だ。俺も死ななかった。HPだって赤くなってはいるが、しっかり残っている」
「……はい」
「安心しろ。大丈夫だ」
俺はその手に左手を重ねて撫でた。少しだけだが、シルビアの手が緩む。
アスナがしゃがみこみ、シルビアを横から抱きしめて落ち着かせる。
俺はアスナに頷き掛け、キリトを見た。
「しかし、ずいぶんな重傷だ。これはどうしたらいい? 病院で診てもらうべきか? 教会で祈ってくるべきか?」
左手で、無くなった右腕の断面を指しながら聞く。
キリトはしゃがみこんで傷口を見ながら、
「《部位欠損》は見た目こそ派手だけど、普通の状態異常の一つだ。3分経てば回復するよ」
「そうか。それはありがたい。しばらく休んでおくことにしよう」
「そうだな。もうモンスターは出ないだろうけど、回復までガードしとくよ。シルビアさんも、まだ動けないだろうし」
キリトはそう言って二つのポーションを取り出して渡してくれた。左手だけで二つを受け取り、シルビアへ渡す。
「ありがとうございます、キリト」
顔を伏せたままだがキリトに礼を言うと、一つを手に取って口に咥えた。俺も一息にあおり、息を吐く。
シルビアと俺のHPゲージがしっかりと回復していくのを確認し、俺は今度こそ安堵の息を吐いた。
「リンド、次の層の転移門の解放を頼めるか?」
俺の言葉に、成り行きを見守っていたパーティのリーダーは困惑したようだ。
「いいのか、俺達で?」
「構わないさ。もう少しの間、俺達は動けないからな」
キリトの同意の言葉に、リンド達は頷いてボス部屋の奥の階段を上り始めた。
「……すみません、もう大丈夫です」
そこで、シルビアは顔を覆っていた手を下ろし、深呼吸をして顔をあげた。
シルビアは普段通りの、凛とした表情を取り戻していた。
「取り乱して、すみませんでした」
皆に向けた謝罪。会釈と共に呟かれた言葉。しかし、声はまだ僅かに震えている。
その眼がもう一度、しっかりと俺に向けられる。
怪訝そうな顔をしているが、それは俺に向けられたものではないように感じた。
無言だ。さすがに何を言っていいかわからず、黙ってしまう。聞きたいことはある。あれほどに捲し立てられれば、 俺にはきっと、訊ねる権利があるというものだろう。
だが、憚られるのも事実だ。俺が口を開こうとした瞬間、
「ああっ! バカ!」
「あぁあっ!?」
ライアとレイドの騒ぐ声が飛び込んできた。
思わず全員がそちらを向く。
「あっ」
「やべっ」
眼に飛び込んできた光景は。
レイドが握っている
「な、にやってんだお前ぇ!!」
その怒声は、俺のものだった。
◇
「違う違う違う! 違うんだ!」
「そう、聞いてくれ! オレらは違う!」
「何が違うってんだ!! あぁ!?」
セドリックは凄まじい形相でレイドの胸ぐらを掴み上げて、これまた凄まじい声量で怒鳴る。
それを見てライアが慌てて彼の腕を押さえ、
「レイドはあんたのために拾ってやろうとしただけだ! けど、拾ってすぐに
「勝手に、だと? んなことが――」
「あるある! つーかあったんだよ!」
レイドも慌てて頷く。まあ、確かに落ち着いて考えてみれば、彼らが故意にセドリックの武器を破壊する訳がない。
「きっと、耐久値がギリギリだったんじゃないかな。それで、運悪く拾ったところで耐久値が全損した、ってところか。偶然にしては出来すぎだけど、可能性で言えば0じゃないし」
キリトが助け船のように、霧散していく剣の柄を指しながら言った。
「確かに……ボスの剣や、追加ポップの両手斧の奴とも何度も打ち合わせていたしな……」
セドリックは乱暴な扱いをしていたことを思い出すように呟くと、レイドに頭を下げた。
「すまん、こちらの責任だった。怒鳴ってしまって悪かった」
「いや、もしかしたらオレが触んなかったら保ってたかもしれないし。どっちにしろ、余計なことをしたかもしれん。オレこそ悪かったよ」
レイドは申し訳なさそうに首筋に手を当てながら謝罪した。
「しっかし驚いたなぁ。セドリック、お前そんな声も出るんだな」
「いや、声よりしゃべり方だろ。随分乱暴だったが、そっちが素か?」
「礼節を重んじてた騎士様にしては、ずいぶんと変わったロールプレイだったな?」
「……さぁな」
ライアとレイドとキリトがにやにやとしながらセドリックを囲む。彼はとてもばつの悪そうな顔でむすっとしている。
確かにびっくりしたねー、とアスナが私に向けて声を掛けてくるが、私は曖昧に頷いた。その様子にアスナが首をかしげたのを見て、私は声を潜めて答える。
「彼、たまにあの口調が出たことありますよ」
「そうなの? いつもは結構冷静で、大人なイメージがあるけど」
まあ話したことはあんまり多くはないけれど、とアスナは笑う。
――冷静沈着で、大人っぽい?
「うーん……」
あんまり、そういうイメージは無い。むしろあれは
(いや……たぶん第一印象かも)
実際私も、
しかし悲しきかな、私はなんというか、彼のことをクールとはあまり思わないのだ。
「ですから、驚きというほどでは。まあ、流石にあそこまで怒ったのは初めて見ましたが」
「シルビアの前では素が出るってこと?」
「そこまでは言いませんが……まあ、あの人は結構可愛いところがあるってことですよ」
「可愛い――?」
私の発言に目を白黒させるアスナ。まったく理解できないとでも言いたげな顔。
「わっ――」
そこで突然私の脚が光り出し、欠損していた部位が修復された。防具も脚が無くなる前に戻っている。立ち上がり、軽く跳び跳ねてみる。跳躍しながらの宙返りまで完璧に行える。よかった。後遺症とかは無いようだ。
「シルビアってほんと身軽だよね」
「アスナだってできるでしょう」
「うーん、さすがに戦闘中にまで跳ね回るのは……」
苦笑して断るアスナ。慣れれば楽しいんですけどね、と私は少し不満になった。
そこまで話していると、セドリックの右腕も生えてきた。戻ってきた感覚を確かめるように拳を握り、満足げに頷く。
「よし」
「セドリック、大丈夫ですか?」
「ああ。シルビアも問題ないな?」
「はい。あ、それと……お礼を言うのを忘れていました」
そこで少しだけ間を置く。セドリックが訝しげな表情になるのを見ながら、私は少しだけ深呼吸をしてから、
「セドリック、ありがとう。貴方のお陰で命を救われました――とてもかっこよかったですよ」
「なっ――」
私の言葉に赤面して言葉に詰まったセドリック。ここまでの反応が出るとは驚きだ。
けどそれも一瞬。セドリックはすぐに表情を繕うと顔を逸らして、
「いや……お前が無事で、よかった」
腕を組み、やはり気取った台詞を口にした。
――ほら、こういうところですよ。
私の目配せに、アスナは少しだけ合点がいったように頷いた。
◇
既に解放されていた転移門で解散する。キリトはあっという間にフィールドへ飛び出し、アスナとヒースクリフは《グランザム》のギルド本部へと帰還し、ライアとレイドは新しい街で美味いものを求めて走り出した。
「私たちはどうしますか?」
「俺は新しい剣を手に入れようと思うんだが」
「あ、そうですよね。なら
シルビアはそう笑うと俺の手を掴み、「転移、リンダース」とコマンドを唱えた。
急に手を取られて狼狽する暇もなく、「さあ行きましょう」とシルビアは手を離して歩き出していく。
急に人の手を取らないでほしい。心の準備と言うものがこちらにもあるのだ。
(……意識しすぎだろうか)
なんだか妙に気恥ずかしい。原因はきっとあれだろう。あんな――
――とてもかっこよかったですよ。
あんな――ただの誉め言葉に舞い上がるなど、ガキでもあるまいに。
「セドリックー?」
動かない俺に気付き、シルビアは首をかしげている。
「……すぐ行く」
呟くように答え、歩き出した。
シルビアは歩く速度を調節し、俺と並んで歩く。
「リンダースって良いところですよね。のどかで、きれいで」
「そうだな」
「ここでホームを買いたいなって思ったこともあるのですが、もたもたしている間にどこも一杯になっちゃったんです。残念だなぁ……」
「値段も張るだろうしな。リズベットはよくあんな良い家を買えたな。あの広さに、しかも水車付きだ。いくら腕が良いとはいえ、鍛治屋ではがっつり稼ぐことはできないだろうに」
「ええ、当然お金は足りなくて、色んな人に借金をしてましたよ。かく言う私もその一人ですが」
「いくら貸したんだ?」
「さあ、覚えてませんね」
肩をすくめて笑う。誤魔化されたようだ。まあ、金の問題に首を突っ込んだ俺も悪いか。
「まあ、もしかしたら上にもっと綺麗な町があるかもしれないだろう。そこの家を狙ってみるのもいいんじゃないか?」
「その時は貴方にお金を借りてもいいですか?」
「構わんが、相応の見返りは求めるぞ?」
「一緒に住んでもいいですよ」
「なにっ!?」
思わず食い付いてしまった。しまった、と思うと同時に、俺と顔を見合わせたシルビアは吹き出した。
「あははっ! 今の顔、おっかし……! ふふっ……」
やられた。俺はガリガリと頭を掻きながら、大袈裟にため息をついた。
「――ったく。俺は純情なんだ。からかうのはよしてくれないか」
「まさか、そんな良い反応してくれるなんて……くふっ……」
「くそっ、先行くぞ!」
ああ、みっともない。まさかこんなにも振り回されるとは。
シルビアは丁寧な言葉使いに反して、意外とフレンドリーに接してくれる。それ自体は嬉しいことではある。
が、このようにからかってくるのはなんとかならないものか。嫌ではないが、無性に恥ずかしい。みっともないところを見せたくないのに、取り繕っている表面をひっぺがしてくる。
「…………」
「ん? なんですか?」
俺が黙って睨んでいると、シルビアはにこりと笑いながら首をかしげた。
ああ、まったく。いっそ他のプレイヤーのように、俺の悪評におののいて距離をとってくれればいいものを。
――いや、それはそれでつらいか。俺は溜め息を吐いた。
「すみません、怒らせてしまいましたか?」
「怒ってはいない。今のは冗談を冗談とわからなかった俺が悪いからな」
「真面目ですねぇ」
「当然だ。騎士だからな」
「それは関係無いような――」
苦笑いを浮かべるシルビア。
「《黒騎士》さんがこんなに真面目人間だとは知りませんでした」
「うるさいぞ」
「いいじゃないですか。嫌いじゃないですよ、そういう素直なところは」
「あ、のな――」
「あのー……人の店の前でいちゃつかないでくださいますぅ? 営業妨害なんですけど」
店先の扉から顔を出したリズベットに、げんなりした顔で話し掛けられた。いつの間にか店に着いていたとは。周りに意識が向いていなかった。
「すみません、リズベット。今日は頼みがあって」
「頼み?」
「剣を折ってしまってな。新しい剣が欲しい」
「折っちゃったの? 昨日の今日で何しに来たのかと思ったら、そんなことになっちゃったの?」
俺は経緯を説明した。
「なるほど……じゃあ、とりあえず中で話しましょ」
リズベットは俺達を中へ招くと、カウンターを挟んで立つ。商売人としての気概が表れているような気がした。
「今のところ、在庫の剣はいくつかあるわ。この中にあるものでよければすぐに売れるけど」
「拝見させてもらう」
剣を手に取り、パラメータと重さを見ていく。
だが俺は先日の会話を思い出しながら、
「やはり、片手半剣は無いか」
「そうねー、欲しいなら前にも言ったけど、オーダーメイドになるわ」
「必要な費用は?」
シルビアが「必要なら私も出します」という雰囲気を出しながら聞いた。
「んー、材料の鉱石にもよるけど……タイミングの悪いことに、いまそもそも鉱石の在庫が無いのよ。明日になればいつもの商人プレイヤーから仕入れるから、それからになっちゃうかな」
「むう……」
「えぇ……」
俺とシルビアは同時に唸った。一応そのくらいは待てなくはないが、装備が空になってしまう。今ストレージに片手半剣は無いのだ。
どうするべきか、と二人して考え込む。
ピコン、と通知音がなった。
「ん?」
俺が気付くと同時に、リズベットがひとつの剣を実体化させた。
「そうねぇ……ひとまず、これはどうかしら? 扱いやすさは保証するわよ」
リズベットにすすめられたのは肉厚な丈夫さ重視の片手直剣。通知の確認を後にし、手に取って振ってみる。
「いや……申し分ないが、やはり
「あっ……」
俺の言葉に、シルビアがまずそうな声をあげた。何かあったか、とシルビアを見るが、呆れたような目で俺を見ている。なんだ、と聞き返すより先に、指をさした。
「……あっ」
俺も思わず声をあげた。
それは怒るだろう。俺だってきっと、他の騎士と比較されて卑下されれば苛立つ。
「す、すまない。失言だった」
「いーえー? そりゃ私も変態鍛治師と比べられたら立つ瀬がないわよ? 店一番の武器を見せて無下にされるなんて、攻略組の方々相手だったらよくあるだろうしぃ?」
「すまん……」
変態鍛冶師とは酷い言い草だ。俺はとにかく頭を下げるしかない。
「ま、まあまあ。武器の種類も違いますし、質の問題ではないでしょう。ところでセドリック、先ほど何かに気付いた様子でしたが」
「ん、ああ、メッセージだ。アルゴからだな」
「アルゴですか?」
「ああ、あの情報屋の?」
リズベットは会ったことがないらしい。シルビアが説明している間に、メッセージを開く。
《鍛冶師を名乗るプレイヤーが会いたがっている。「マリスブレードの銘を出せばわかる」だとサ》
「な、に……?」
俺の反応に、二人が顔をこちらに向けた。
「どうかした?」
「いや……どうも、鍛冶師が俺に会いたがっているらしい。《マリスブレード》のことも知っている」
「それって――」
「ああ、きっとこいつは――その
◇
「あたしも連れていけ!」と胸ぐらを掴んでガクガクされたので、リズベットも連れてアルゴから聞いた場所へ向かった。
「《はじまりの街》ですか?」
「まさか一層の、一番最初の街だなんて――盲点だったわ」
「座標は――」
随分と入り組んだ所だ。街の端になっているが、こんなところに店など構えられないだろうに。
「しかし、なぜリズベットも来たんですか? お店は?」
「予約の入ってる武器は作ってるし、店番NPCも置いてきた。一日くらいなら平気よ」
「そうまでしてナグリーとかいう鍛冶師に興味があるのか」
「当然でしょ。鍛治屋をやっててその名前を知らないやつはモグリよモグリ」
そんなにも有名なのか。俺のその疑問に、リズベットは歩きながらも腕を組みつつ、その指を俺の方に向けて説明する。
「前にも言ったと思うけど、変わった鍛造の方法も有名な理由の一つよ。でも、一番の理由はその使用率ね」
「使用率、ですか」
「普及率、って言い換えても良いかしらね」
「普及率、か」
俺の言葉にリズベットは頷き、
「『攻略組のプレイヤーは、必ず一回はナグリーの武器を使ったことがある』って言われるほどよ」
「それほどなのか」
「そうらしいな。オレ自身も知らんが」
「なるほど。まあ、確かに俺も扱っていたし――」
シルビアとリズベットの固まった表情を見て、俺も今の会話の違和感に気付いた。
俺はゆっくりと振り向く。
「よう、《黒騎士》」
目の前にあったのはペストマスクだった。
「うおっ」
後ずさり、ようやく全身が視界に入る。
まず、顔を覆うペストマスク。そして全身を覆う黒いフード付きマント。下にはある程度のレザー装備を身に付けているのが見える。黒いフードは目深に被っており、正直《ラフコフ》のメンバーかと錯覚してしまう外見だ。
「あんたか?」
「ああ。呼び出したのはオレだよ。オレがナグリーだ」
俺はメニューを開き、デュエル申請を行う。
《nagree にデュエルを申請しました》
その画面を見て俺は頷き、ペストマスクのナグリーは×を押してウインドウを消した。
「確かにナグリーのようだな」
「疑り深い奴だな」
「そんな格好をしていれば当然だ。圏外だったら抜いているぞ」
「腰に剣を帯びていないのにか?」
「俺がただ剣を振り回すだけの騎士だとでも?」
「はっは。何をするかわからんからな、《黒騎士》は」
肩を揺らし、笑っている。失礼な男ではあるのだろうが、あまり気にならない。というか、そもそも。
「なぜ俺を呼んだ?」
「一応、呼んだのはお前だけなんだがな。両手に花とは良い身分だ」
俺は二人に視線を移した。シルビアは「私は彼とコンビですから」と答え、リズベットは、
「《ナグリー》っていう鍛冶師がどんなやつか見に来たのよ。同じ
そう啖呵を切った。
ナグリーはペストマスクの奥の瞳を細め、
「リズベット。水車小屋で働く素朴な少女よ。散在する鍛冶師の中では腕は良いが、まだ足りぬな」
「なっ――」
リズベットは絶句した。当然だ。出会い頭に侮辱されたことではない。唐突に変貌した芝居がかった口調にではない。
プレイヤーネームが表示されないSAOにおいて、相手の名前を見るためにはパーティーを組むかフレンド登録をするか、先ほどの俺のようにデュエル申請を行うかだ。しかし、ナグリーは彼女の名前だけでなく、武具店の特徴である水車にまで言及した。
と、なれば。
「
「当然だろう。この隔絶された世界で、マトモに鍛冶師を営んでいる者など五十人もおらん。彼女がオレの名を知っているように、オレも彼女の名は知っているだけだ」
「……光栄だわ」
「オレも同じ気持ちだ、と言っておこう。リズベット嬢」
ナグリーは恭しくお辞儀をした。嬢、とは随分とキザだ。しかし、意外に様になっているのが妙な気分なのか、リズベットは僅かに頬を染めながら咳払いをした。
「さて、何はともあれ剣だ。《黒騎士》」
「なに?」
「お前が問うた本題だ。折れたんだろう。鍛えてやる」
「……まさかとは薄々感づいていたが、なぜ俺の剣が折れたのを知っている?」
「自分の鍛え上げた剣だ。尽きればわかる」
俺はリズベットを見た。リズベットは「んなアホな」 と言わんばかりの表情でぶんぶんと首を振る。
俺はその反応を見てからナグリーに向き直り、
「……本当にわかるのか?」
「わかるとも。オレの
もう一度リズベットを見ようかとも思ったが、すでに彼女の口からは「んなアホな」という呟きが漏れていた。
「――お前、もしかしてNPCじゃないだろうな」
「NPC? これは折れた剣の代わりに新たな聖剣を入手するためのクエストで、オレはその導き手だとでも? 連れの女騎士と女鍛冶師との睦事があるとでも? 随分とロマンテストなんだな、《黒騎士》」
「そこまでは言っていない」
無意味でつまらない突っ込みであることは重々承知しているが、ここで猥談に噛み付いては余計にこじれそうだ。一つ否定するだけに留めておく。
「……まあ、この変わり者は間違いなくプレイヤーだな」
「そうね。変人って聞いてるし」
「緑のアイコンも出ていますし」
リズベットとシルビアは頷く。
「まあ良い。本題に入るぞ」
ナグリーは俺達を手招きすると歩き出す。そこまで長くは歩いていないはずだが、ナグリーは「ここだ」と言って歩みを止めた。
「教会?」
《はじまりの街》に点在する教会の一つ。随分と隅にあり、小さい建物ではあるが、十字架を掲げた厳かなそれは教会に間違いない。
ナグリーは教会のドアを開く。祭壇と、その前に並んだ長椅子。チャペルという言葉が浮かぶが、確か厳密には教会とチャペルは別物だったはずだ。
ナグリーは迷わず中央を歩いていき、司祭のNPCを横目に奥の扉をくぐる。俺達は司祭に会釈をしながら後に続き、扉の奥を覗き込むと、
「なっ――」
鍛冶場だった。鉄床、砥石、ふいごのついた巨大な炉。壁一面に並んだ武器の数々。
ナグリーは勝手知ったると言わんばかりに、丸太を切って作った椅子に腰を掛けた。
「教会の中に鍛冶場を作るとは、なんとも罰当たりな人ですね」
「罰当たりかも知れんが、これでも信仰心があるからここにいる。主に祈り、捧げることで剣は力を宿すと信じているからな。もちろん、主はそれでも『剣を納めよ』と言うだろうがな」
「教養があるようでなによりだ」
聖書の言葉を引用したナグリーに対し、俺は皮肉をこぼした。俺はこの読めない男に困惑しきりだった。リズベットなど先ほどから一言も発していない。
(……いや、違うようだ)
リズベットは眼を皿のようにして鍛冶場を見渡している。俺達剣士が相手の武器や防具を見定めるように、鍛冶師である彼女は鍛冶場を見ているのだ。
鍛冶道具にレアリティがあるかはわからんが、道具の配置など、使い勝手の良さによっても経験が伺えることだろう。
「さて、何がいい? なんでも言え。なんでも作ってやる」
ナグリーは両手を広げて俺を見た。
「金はあまり持っていないぞ」
「オレはサービス精神が旺盛でな」
どうにも信用できなさそうな台詞であるが、払えない金額を吹っ掛ければ商談は成立しない。俺が損をするわけでもないし、構わんだろう。
「片手半剣。頑丈さと威力重視」
「心得た」
ナグリーはストレージから幾つかの鉱石と素材を取り出し、炉に放り込むとふいごを使って風を送り込む。
鉱石は光り出すと一つに纏まってインゴットとなり、ナグリーはそれをさらに熱していく。
赤熱していくそれを眺めていると、何かタイミングでもあるのか、ナグリーは素早くやっとこでそれを取り出し、鉄床に置く。
そして、くるくると上に跳ね上げたハンマーをキャッチし、構える。ハンマーがライトエフェクトを纏い、
「ふっ!」
インゴットに向けて、三連撃のソードスキルを繰り出した。確かあれは《トライス・ブロウ》だったか。
「ぜぇ!」
続けざまに回転して二連撃。あれはなんだったか。頭に手を当てながら記憶を探っていると、「《トリニティ・アーツ》だったと思います」とシルビアが耳打ちしてくれた。納得すると同時に、耳にかかる吐息が俺を妙な気分にさせる。
「そいよぉ!」
片手棍にしては珍しい回数の多い連続技。乱雑にも見える七発の打撃。
「あれは覚えている。《ブルータル・ストライク》だ」
「あら」
もう一度耳打ちしようと顔を寄せていたシルビアが残念そうな顔になった。頼むから不用意に顔を寄せないでほしい。
しかし、あのような乱撃技であっても、的確にインゴットを打っている。戦士としての技量もかなりのものだとわかる。
「だっしゃぁ!」
《ミョルニル・ハンマー》。名前の由来は言わずもがな。三連撃の叩き付け。
「そろそろか――」
そう呟いたナグリーは、裂帛の気合いと共にソードスキルを放った。
「ぜぇらっ!」
旋回しながらの連撃。身体の回転による遠心力を余すことなく打ち付けるその技。あれは見たことが無い。
「《ヴァリアブル・ブロウ》……!?」
「そういう名前なのか?」
「あれはメイスの熟練度をマックスにすることで修得できる、七連撃の奥義技よ。あたしだって最近ようやく覚えたのに、あんなに使いこなせてる奴がいるなんて――っ」
奥義技。片手直剣の《ノヴァ・アセンション》のような、手数が多く、威力も高い必殺技だ。当然威力ブーストも難易度が高く、SAOが始まって一年経った今でも、使いこなせるプレイヤーはそういないだろう。
遠心力と体重を乗せた最後の一撃がインゴットに叩き付けられる。その瞬間、インゴットが輝き始め、形を変えていく。
「22回か。良い感じだ」
ナグリーは満足げに頷くと、変容した剣を握った。
拳二個分の柄に、丸い
「名前は、っと……《サンセットブレード》。夕暮れの剣とは、小洒落た名前だな」
「《
俺の言葉にナグリーは鼻を鳴らし、俺に《サンセットブレード》を渡した。
「なるほど――」
広いスペースまで移動しつつ、手の中で回していく。柄のスペースを意識して握りなおし、回転しながら全力で横薙ぎに振るう。
切っ先が走り抜けるような感覚。何の違和感も無く、湾曲した鍔で取り回しも良い。
「……悪くない」
思わず口に笑みが浮かぶ。
「セドリック。少し見せてもらっても良いかしら」
俺は剣を手の中で回すと、リズベットに柄を差し出す。
リズベットは柄頭を指先で叩き、プロパティを見る。
「――本当、良い剣ね。未強化なのに攻撃力は高い。耐久値も、強化施行上限も、普通のものの平均以上だわ」
「本当……私と打ち合ったのが、この剣でなくてよかったです。本当に折られていたかもしれない」
「そうかそうか。オレの剣はリズベット嬢も驚嘆の傑作か。それはよかった」
ナグリーはニヤリと笑って――ペストマスクで見えないが、目が細められた――肩を揺らした。
リズベットはむっとした表情ではあるが、怒りよりも驚きが強いようだ。
俺は逆手のまま剣を持ち上げ、
「これの代金は?」
「見てのお帰り、というやつだ。いや、この場合は『使ってのお帰り』かな?」
「――つまり、好きな代金を払えと?」
そういうことだ、と頷く。よほどの自信があるのだろう。だが、そうさせるだけのものがこの剣にはある。
俺は30万コルを実体化させ、ナグリーに渡した。
「こんなものでいいか」
「なんだ、存外妥当だな。もう一声くれても良いぞ?」
「次に剣が折れたらまた頼むさ」
「次、か……ふっ」
意味深な笑いを浮かべた。なんだ、と聞き返す。
「次はリズベット嬢に頼むと良い。きっとそれ以上のものを作ってくれるだろうさ」
「あ、あたし――?」
困惑するリズベットに、ナグリーは頷いた。
「《黒騎士》に言ってたじゃないか。『いつか
「なんでそんなことまで知ってんのよっ!?」
リズベットの絶叫は尤もだ。日常会話でさえ聞かれているとは、《ネズミ》もびっくりな情報収集能力だ。
ナグリーはウインドウから木材を取り出すと、削り出していく。鞘を作っているようだ。
「ま、ここで会えたのも良い機会だ。まだ時間もあるし、ついでに何でも聞いていけ。オレに興味があるのだろう?」
「気持ち悪い言い方しないでくれるかしら」
リズベットは溜め息を吐くが、すぐに真剣な表情になる。
「さっきの剣に使った素材って?」
「さて、何だったか。ベースの金属はただの鉄鉱石だ。それに騎士型モンスターからドロップする《折れた剣》と、狼男の《凶悪な犬歯》、あとは大昔拾った《翼竜の炎牙》を、
「混ぜこむって……そんなことできるの?」
「素材同士の相性が良ければ、な。そこそこの鉄鉱石でも、作られるインゴットの質をかなり引き上げることができる」
リズベットは更に踏み込んで聞こうとするが、ナグリーは手で制した。
「言っとくが、やめといた方が良いぞ。素材同士の相性なんて試さなければわからんし、失敗すれば素材は戻ってこない。そもそも、これは『ほどほどのレアリティの素材』から『高レアリティのインゴット』を作るためのものだ。本当に良い剣を作るなら、元から良質な素材で作られたインゴットをそのまま剣にする方が良い」
素材で勝負、というのは変わらないのですね、とシルビアも興味深そうに聞いている。
「その通りだ。オレの見立てでは、55層の雪山だな。あそこは良いものが採れるぞ。覚えておくと良い」
リズベットはこめかみに手をあて、情報を記憶している素振りを見せている。
「あのー、なぜ貴方はこんなところに工房を構えているのですか?」
「んん?」
シルビアの質問に、ナグリーは訝しげに唸った。
「さっき説明したろう。信仰心だ」
「いえあの、わかりづらかったというか、なんというか……ともかく、あなたほどの腕ならもっと上でも店を構えられるのでは?」
「ふむ、そういうことか。他にも理由はある。ここはなんだかんだでアクセスが良いんだ」
というと、と俺は聞いた。
「民間人RPをしているプレイヤー。《軍》の一員であるプレイヤー。日銭を稼ぐために外に出て戦うプレイヤー。まあそんな連中は見ていて面白い。特に面白いのは、ゲームが始まって一年と二ヶ月ほど経った今でも、たまに一層から上の階を目指す者も現れることだ。そいつらにほどほどの武器を売る。他にも、最前線で露天売りして稼ぐもよしだ。先も言った通りここはプレイヤーが多いからな。最前線が進んだ情報などはすぐ耳に飛び込んでくる」
「ここに鍛冶屋を構えると売りやすい、ということか?」
「だから言った。それは
「ああ、なるほど。これは的外れな事を聞きました」
「なに、気にするな女騎士」
あと一つだけいいかしら、とリズベットは口を開いた。
「どうぞ、リズベット嬢」
「ナグリー。貴方は、剣を作るとき何を考えてる?」
「何を考えて、か」
ナグリーはペストマスクの嘴を指で弾きながら応えた。
「使い手のこと、仕上がる剣への期待、鉱石の変化していく様、剣士へ渡る
「打つときに、ソードスキルを使うのは何故?」
それは俺達も話を聞いたときから疑問に思っていたことだ。リズベットなら尚更だろう。聞かずにはいられまい。
ナグリーは少し考え込み、ふむ、と言った。
「それに答えるにはまず、今の質問を返してからにしよう。リズベット嬢。君は何を考え、どのように剣を
「あたし、は……」
リズベットは腕を掴み、考え込む。
「スパッと言葉には出んだろうな。なら聞き方を変えよう。剣を鍛える際、雑念と共に、ぞんざいにハンマーを振るうか?」
「いいえ。あたしは一つだって、気を抜いて叩くことなんてしないわ」
「そうだろうな。良い鍛冶師に共通するのはその武器に対する誠実さだ」
ナグリーは立ちあがり、壁に立て掛けられている剣達を指でなぞる。
「確かに、インゴットを炉で熱して叩けば剣は作れる。だが、
「貴方もそう思うのね」
「ああ。ここはゲームの世界だ。データによって作られ存在する世界だ。神の御業ではなく、人が技術で作り出した世界。そこに神秘は無い。だが、それでもこの仮想世界において、意思はおそらく重要な項目だ」
意思。俺はその言葉に同意した。
「そうだな。偽物の身体に、偽物の世界。そう結論付けるのは簡単だし、実際それは真理だろう。この仮想世界は、決して現実世界ではない」
だが、と俺は続ける。
「その世界でも唯一本物を使っているものがある」
「そうだな、《黒騎士》。わかっているようでなによりだ」
ナグリーは満足げに頷く。
シルビアは俺を見て聞いた。
「本物、ですか?」
「ああ。《脳》だ」
のう、とシルビアは口を動かした。
「意思、と言い換えても良いかもしれないな。身体も剣もポリゴンで構成された偽物でも、それを動かす意思は本物だ」
「……なるほど、確かに」
「だから、鍛冶にも打ち込むための意思が重要だってこと?」
リズベットの問いに、ナグリーは片手をあげてヒラヒラと振る。
「確証は無い。意思の干渉などそもそも無いかもしれない。だが、ナーブギアには、感情を読み取る機能が
「……まあ、説得力はありますね」
シルビアは頷き、俺を見てくる。
「ああ、俺もそう信じる。そうでなければ、この世界に意味が無くなってしまう。俺はこの世界を無意味にしたくない。だからこそ足掻くことを決めたんだ」
俺の言葉に、こちらを向いたシルビアは真剣な表情で問うてくる。
「無意味にしたくない、ですか?」
「ああ。仮想世界を無意味と断じれば、ここで戦った俺達の意味も、ここで死んでいったやつらの意味も無くなってしまう。あいつらのためにも、俺は戦わねばならない」
俺が目の前で拳を握り締めながら言った言葉に、シルビアは息を呑んだ。
「やはり、貴方は――」
その先は聞き取れなかった。俺は構わず、ナグリーを見た。
「良い覚悟だ《黒騎士》。だからこそオレが剣を託す価値がある」
ナグリーは赤革に包んで装飾した鞘を投げ渡してくる。
「その気高き自己犠牲の心が折れるのが先か、オレの剣が折れるのが先か。ああ、お前はゲームの登場人物としてはそれなりに面白い。お前のサイドストーリーがあってもいい、と思えるほどに」
「お褒めにあずかり光栄だ、ナグリー殿」
鞘を受け止め、《サンセットブレード》を納める。
「俺が折れるかどうか、あんたの剣が折れるかどうかはわからん。だが、どんな時であっても、俺は常に剣を握っているだろう」
「その意気だ。良くも悪くも、お前は攻略組を代表する《黒騎士》だ。お前が折れることは、多くのプレイヤーに影響を及ぼすだろう。くれぐれも自愛することだ」
「自愛、か。どうにも俺はそういうのが苦手でな」
「なに、美味いものを食って寝れば良い。オレはそうしている」
「美味い物、か……」
「……そういえば」
シルビアが思い出したように声をあげ、
「あなたがしっかりとした料理を食べているのを、見たことがありません」
そう言った。