ソードアート・オンライン 一人の騎士として   作:ロア

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19話

 それからは順調だった。

 攻略の階層も進み、シルビアとの連携の練度もあがり、レベルも順当にあがっていた。《血盟騎士団》のギルドメンバーも増えてきたが、俺とシルビアのコンビはそのまま続けられている。二人ではできることは多くないが、俺もシルビアもかなりの高レベルプレイヤーのため、実力の不足はない。むしろ人数の少ない方が動きやすいため、フットワークの軽さを活かして便利に利用されていたりもする。

 例えば、下の階層への素材集めだ。

 

「ぜあっ!」

 

 狼男を斬り倒すと、爆散するポリゴンを剣で振り払う。

  

「よし、撃破」

「ですね。相変わらず良い剣です」

「お前もな」

 

 互いに剣を打ち合わせ、続けて拳をかるくぶつける。

 目が合うと、シルビアはにこりと笑う。

 

「なんだ」

「いーえ、別に?」

「それにしては嬉しそうだが」

 

 だって、とシルビアは手を広げて周りを示した。

 

「懐かしいと思いません? 私たちが初めてコンビで狩りに来たの、この迷宮区ですよ」

「……そういえば、そうだったな」

 

 シルビアと会った当時の最前線は、この狼男どもが闊歩する迷宮だった。両手剣を使用するパワー系のモブが大量に出てくる危険なエリアで、俺などは重金属防具を装備しないと安心して進めない。

 だというのに、そんな危険区域を胸元の薄いプレートと手甲と脚甲、額を覆うサークレットのみの軽金属鎧で、軽快に前線を跳び回って戦う我がパーティーリーダーには感心するほかない。

 

「まあ、多少な嫌な思いもしましたけどね」

「嫌な思い?」

「ほら、ボス戦で」

「――ああ、なるほど」

 

 片脚を欠損させられ、死にかけた時のことか。かなりの恐怖だったはずだが、それを「嫌なこと」で済ませるとは。

 そう口に出すと、シルビアはそれを聞いて考え込み、

 

「まあ確かに怖かったですけど、騎士様がかっこよく助けてくれましたから」

 

 んぐっ、と俺の口許から音が鳴る。

 

「私の名前を大きな声で叫びながら、無我夢中で駆け出してきましたね」

「い、いや……」

「正直、名前を呼ばれたときは、狼に脚を食いちぎられた時よりもびっくりしましたよ」

「それは、その……」 

「――でも、貴方が居なければ、私は間違いなく死んでいました」

 

 唐突な、努めて冷静な口調で紡がれる言葉。俺はその「死にかけた」という事実を噛み締めながら、

  

「――そう、なんだろうな」

 

 そう、呟いた。俺の考えが伝わったのか、わずかに身体を震わせるシルビア。俺はなんと声をかけたものかと迷った。気休めというか、気遣いは得意ではない。いや、正確に言うなら、どのような対応が正解なのかわからない。

 逡巡している俺に対し、シルビアは俺の右手を引っ張り、その手を自分の左手で握った。

 

「こういう時は触れても良いですから、こうして慰めてください」

「最近セクハラで訴えられる事案が多いからな。男としては難しい」

「……セクハラって言われるようなところを触るつもりなんですか?」

 

 完全に墓穴を掘った。なんと弁明したものか、と口を中途半端に開いたまま固まっていると、シルビアは少し呆れたように溜め息を吐き、

 

「まあ、貴方なら触れることを許しますが」

「なにっ――」

 

 俺の驚いて漏れた呟きを聞き逃さなかったシルビアは毅然として言い放った。

 

「冗談に決まっているでしょう。まあ、こんなことを言った私が言うのもなんですが、あまりそういう話に食いつくのは感心しませんよ」

「……面目ない」

 

 仕方ないだろう、俺だって男だ。思うが、声には出さない。

 シルビアは前髪の毛先を右手で弄りながら、

 

「まあ、もちろん貴方の事は信用はしています。けれど、貴方が悪いことをしたら牢獄(ジェイル)に入れますからね」 

「そういう状況にならないことを願おう」

「まったくですね」

 

 シルビアは髪を払うと、手を握ったまま歩き出す。それに引っ張られる形になった俺はつんのめるようにして後ろを歩いて着いていく。

 

「おいっ、手を……」

「少しくらい良いでしょう?」

「お前がハラスメントって言ったら俺は牢獄送りなんだぞ」

「大丈夫ですよ。そもそもそんな表示出てません」

「出ていない?」

「はい。目の前にハラスメント表示なんて出てませんよ」

 

 不思議なこともあるものだ。なにか条件でもあるのだろうか。

 ちなみに、俺が彼女の手に口づけをした際は、しっかりとハラスメント表示が出ていたらしい。あのままシルビアが激怒して◯を押していれば、俺は牢屋で膝を抱えていただろう。

 だからこそ俺は不安を拭いきれない。

 

「しかしな――」

「あのですね。そんなに嫌ですか? 私と手を繋ぐのは」

 

 少し怒ったような、拗ねたような声色。俺は言葉に詰まるが、空いている方の手で頭をかきながら、

 

「……嫌なわけ、ないだろう」

「それはよかった」

 

 シルビアは答えを聞くよりも前に笑っていた。俺がなんと答えるかわかりきっているのだろう。あえて聞いてくるあたり質が悪い。

 

「ふふっ――ほんと良い反応してくれますね、貴方は」

 

 ――だが、まあ。

 

 こんなに嬉しそうに笑うのならば、俺も吝かではない。

 

「しかし、あれですね」

「なんだ、あれとは」

「しゃべり方ですよ。貴方の」

 

 何の話だ、と俺は肩をすくめた。

 

「あの時の《素の貴方》の口調、もう一回聞いてみたいです」

「断る」

 

 あの時はつい気が緩んでしまい、砕けた口調で話してしまったが、俺は騎士だ。騎士らしく、愚直で誠実さを体現するような話し方を心掛けねばならない。

 

「ただ格好つけているだけでは?」

「それの何が悪い」

「いえ悪いとは言いませんが。貴方、わりと人相悪いですし、その真面目そうな堅苦しい口調はあまり似合っていませんよ?」

「んなっ――」

 

 とんでもないことを言ってくれる。

 基本的に謗りを気にしない俺ではあるが、シルビアから面と向かって「人相が悪いし似合っていない」と言われるのは中々にショックだ。

 

「――だとしても、今さら変えられるか。キャラ崩壊などあってはならん」

「『普段は堅苦しいけれど特定の相手には砕けた口調』って、なかなか良いキャラだと思いますが」

「そういうのが好みか?」

「ええまあ、わりと」

 

 少しだけ心が揺れる。

 

「だが、それは両方を見るから味わい深いんだろう。その『特定の相手』からすれば、ただタメ口で話してるだけの相手にすぎん」

「んー、 そういう見方をすれば、まあそうですけど」

 

 そこまで話すと、眼前に光。モンスターが湧出するエフェクトだ。俺はシルビアの手から右手を引き抜くと、素早く腰の剣の柄を握った。

 抜き様の斬り上げを、出現と同時に叩き込む。リスキルもいいところだが、これはpvpでもないし、誰にも文句は言われない。

 俺の斬り上げは狼男の両手剣のポメルを強打した。握っていた両手がぶれ、右手が柄から外れる。

 その瞬間、跳躍しながら回り込んだシルビアが、落下の勢いごと振り下ろした剣で狼男の左腕を斬り落とす。切断された腕ごと重量級の両手剣が地面に落下すると、シルビアは更にその場で回転して狼男の首を《ホリゾンタル》で一閃した。

 弱点を的確にクリティカルヒットが斬り裂き、みるみる狼男のHPが減っていくが、残念ながら5センチほど残して減少は停止した。

 

「あら」

 

 シルビアが残念そうな声をあげると同時、俺は両手で握った剣を振り下ろしてとどめを刺す。

 爆散したポリゴンが晴れたあとのシルビアの表情は不満そうであった。

 

「惜しかったな」

「うーん、もう少し剣を強化しましょうか」

「この前強化に失敗して《速さ(Quickness)》が下がったばかりなのにか?」

「だからこそです。次はきっと成功します」

「ギャンブルだ」

「ネットゲームで今更なにを」

 

 肩をすくめたシルビアに、俺はそれもそうだと笑った。

 

「さあ、帰りましょう。なにかおいしいものでも食べに行きたいです」

 

 シルビアも俺の笑っている様子を見て楽しそうに笑顔になり、俺の背を押した。

 

 

 

 

 俺達が入ったのは、《グランザム》の片隅にあった小さな店だ。おそろしいほどひっそりと建っており、見付けたときには怪しさと興味が交ざった表情でお互いに顔を見合わせた。

 

「この《鉄腕牛の鎧焼き》ってなんなんでしょう」

「てつわん……? そんなモンスターなど見たことがないが」

「素材としても聞いたこと無いですね。えらく腕の固そうな牛ですが」

「頼んでみるか?」

「みましょう。貴方は何を?」

「俺は……そうだな。この《鉄骨鳥の砂鉄蒸し》にするか」

 

 なぜこんなにも金属推しなのだ、この店は。飲食店だというのに金属鎧を身に付けた店主のNPCに注文をしてから、シルビアにぼやく。

 

「どんなのでしょうね」

「初めて入る店は中々勇気が入るな」

 

 一口水を飲む。水が鉄錆び臭いなどということはなく、ほっとする。

 ほんの少しの間、二人でぼうっと座っていると、店主がごとりと皿を置いた。

 

「どれどれ」

 

 シルビアが皿を受け取って中身を見ると、鎧が置いてある。

 

「……これは、牛の脚か?」

 

 細長く、先に蹄の見える足首があり、そこからだんだんと太くなっている形状の肉。

 金属鎧は、この脚に張り付いているようだ。

 

「ああ、鎧焼きってそういう……」

「鎧付きの牛が居て、その丸焼きのようなものなんだろうな」

 

 シルビアがナイフとフォークを鎧の継ぎ目に差し込み、ひっぺがす。

 中からは色の赤いままではあるが、ジューシーな肉が顔をだす。

 

「これ生じゃないですよね?」

「火は通っているように見えるが」

 

 シルビアは一口サイズに切り分ける。が、その手付きはえらい力んでおり、少々乱暴にも見える。

 普段はかなり綺麗に食事をするシルビアにしては珍しい。

 

「いただきます」

 

 切り分けた肉をフォークで口に運ぶ。

 もぐもぐ。どうにもその咀嚼の所作もぎこちない。俺がじっくりと見ていることに気付き、シルビアは右手のナイフを置いてから口許を隠す。

 

「あの、あまり見ないでください」

 

 もごもごと喋る様子に、俺はたまらず訊ねた。

 

「どうだ?」

「んくっ――固いです」

 

 ふー、と息を吐く。

 

「けど、なんというか癖になりますね。スジ肉――うん、スジ肉とタンを合わせたような食感です。噛ごたえがありつつ、しっかりと噛めば噛み切れますね。しっかりと噛むほど味も出てきますし、油っぽくもないのでどれだけ食べても苦にはならなそう――あむ」

 

 二口目。咀嚼にえらく難儀しているようだが、わりと満足そうだ。当たりだったのだろう。

 

「一口あげましょうか」

「いいのか?」

「ええ、もちろん」

 

 シルビアはもう一切れ切り分けると、フォークに刺して俺に向ける。

 

「はい、あーん」

「ああ」

 

 俺は特に気にせずにそれを口で受け取り、肉を味わう。なるほど、確かに。味わったことのない食感ではあるが、癖になる。味も悪くない。

 

「いけるな」

「……そうですね」

 

 シルビアは不満そうに同意した。俺が「あーん」に反応しなかったことが気に入らないのだろう。

 馬鹿にしてもらっては困る。今までの経験からして、「一口あげましょうか」と言ってきた時点で確実にそうしてくると確信していた。だからこそ、俺は躊躇わずに食いに行くという行動をスムーズに行うことができた。

 してやったり、と俺はほくそ笑む。なんとも下らない勝利ではあるが、やられてばかりなのは性に合わん。

 

「さて、と」

    

 俺は自分の皿に目を向ける。こちらは言ってしまえば、わかりやすい骨付き鳥だ。

 ただ、その飛び出している骨は鉄であり、ちらほらと乾いた音を立てて砂鉄が肉から落下している。

 

「噛んだらガリッてなりそうですね」

 

 シルビアがもぐもぐと肉で頬を膨らませながら言った。

 

「気を付けるとしよう」

 

 注意深く砂鉄を手で払い、文字通りの鉄骨を手で掴んでかぶりつく。

 ギチ、とした食感。歯を立てて肉に食い込ませ、両手と顔を動かして食いちぎる。

 

「む……」

 

 ゴリゴリというか、ムギュムギュというか。そう言った音がなるほどの鶏肉。

 しっかりと噛み、飲み込む。

 

「どうです?」

「これは――そうだな。親鳥の弾力と砂ズリの歯応えを合わせたような感じだ。不思議な歯応えをいくらでも味わえる。鳥の皮もパリッと香ばしく焼き目がついているし、脂身もあってほどよく甘い」

 

 二口目。皮ごと肉に歯を立てる。皮をパリッと破り、肉から溢れる肉汁をしっかりと口の中に受け止める。ミチミチと音を立てながら食いちぎり、じっくりと咀嚼する。それなりに固いが、噛みきれないほどではない。

 

「うむ――中々美味いな」

 

 シルビアがそわそわとしているのを視界の端で見えているので、俺は握ったままの肉をシルビアに向けて差し出す。

 

「ありがとうございます。では遠慮なく」 

 

 シルビアは口を寄せてきて、俺に握らせたまま鳥にかぶりつく。何とも妙な気分になるが、これに関しては無意識にやったのだろう。

 咀嚼し、嚥下する。ふむ、と口の周りに付いた脂をぺろりと舐め取った。

 

「確かに、食感は独特ですね。好き嫌いは分かれるかもしれませんが、私は中々好きです」

「だな。ここは中々当たりだ」

「ですね!」

 

 そう頷くと、二人して目の前の肉をたいらげにかかった。

 

 

 

 

 目の前で骨付き鳥にがっつく彼を見て、私は胸が暖かくなる。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 その事実が、彼が少しずつ迷いを吹っ切っている紛れもない証だ。

 「贅沢をすることが怖い」と彼は言った。それに関しては、今となっても詳しく聞くことはしていないが、おそらく、亡くした仲間への負い目で楽しむべきことを楽しめなくなっていたのだろう。

 それはつらいことだ。もちろん、部外者である私には想像することしかできない。

 けれど、手助けをすることはできた。この頑固で背負い込みがちな、まっすぐな騎士を。

 私はそれを誇りに思う。()()()()彼を救えたのだと実感した。

 そんな彼と一緒に過ごせるのはとても楽しい。最近はずいぶんとよく笑うようになった。世間話とかしているときもそうだし、なにより――

 

(……なんというか、美味しそうに食べるなぁ)

 

 口の端に油を散らせながらもムシャムシャとがっつき、頬を緩ませながら満足そうに味わい、嚥下する。はあ、とこれまた満足そうに息を吐くと、楽しげに次の一口をかぶりつく。

 本当に美味しそうに食べる。私だって今ステーキを食べているのに、そっちの骨付き肉にかぶりつきたいと思ってしまうほどに。

 そんな風に思わせる食べ方は、普段クールぶってる彼とは違い、わんぱくな少年のようで。

 

「……かわいい」

 

 くすっと笑ってしまった。彼は耳ざとく私の呟きに反応し、しばし硬直。なにやら色々と思案していたようだが、少し経つと黙々と肉をかじり始めた。

 とてもクールに。

 きっと、「かわいい」と思われない食べ方を考え、あれにたどり着いたのだろう。本当にかっこつけたがりな人だ。

 

(……そういうところが一番面白いっていうのは、伝えない方がいいよね) 

 

 それを言ってしまえば、彼は確実にそれらをクールさで補ってしまう。なんだかんだでセドリックはそういうところが無駄に器用なので、やろうと決めたことは細かくやってのけてしまう。

 それはつまり、私の楽しみが減ってしまうということだ。彼との生活は、こんなゲームの世界での唯一と言って良いほどの楽しみだ。

 それが無くなってしまうなど、嫌だ。

 

「……ふぅ」

 

 ナイフとフォークを置き、一息。食べた食べた。心なしか顎が疲れた気がする。

 コップに残る水で口のなかに残るソースの味を流し込むと、もう一度「ふーっ」と息を吐く。

 

「満足そうだな」

 

 そう言われてそちらに顔を向けると、彼も彼で骨付き鳥を綺麗に――そして極めてクールに――平らげたところだった。

 

「ええ、とっても。ここまでがっつりお肉を食べたのなんて、アインクラッドでは初めてです」

「確かにな。ここまで下味が効いた肉は珍しい。炭酸が欲しくなる味だ」

 

 彼がコーラをぐびぐびと飲んでいる様子を思い描き、私はまたもや吹き出してしまう。

 そんな私を見てセドリックは眉をひそめ、

 

「俺、そんなに面白いことを言っているか?」

 

 不満そうに言った。

 

「ええ、とっても」

 

 もしここが現実世界で、黒髪の彼が学生服でも着て同じことを言ったなら、私だって「そうですね」だけで済んでいるだろう。

 だが、このデスゲームの世界で、《セドリック》という鎧を纏った騎士がそういうことを言うのは、たまらなく面白い。

 

「ふん……」

 

 その内心を告げることなく、不満げに唸る彼を、私はにこにこと見ていた。

 

 

 

 

「さて、後は装備の修繕か」

いつもの鍛冶屋さん(リズベット)のところへ行きましょうか」

「そうだな。できれば《サンセットブレード》の強化もしたいが」

 

 そういえば、ナグリーは何処へ消えたのだろうか。俺の剣を鍛え上げたが最後、姿を消してしまった。一層の教会へ向かったこともあるが、鍛冶場の痕跡はなく、がらんどうであった。

 やはりあいつはイベントNPCか何かだったのではなかろうか。一定期間だけ現れる、レア武器を入手できる特殊なやつだ。

 きっとその類いの存在だったのだろう、と考えることにした。

 そして、俺の剣を鎚でカンカンと叩いたリズベットは、満足そうに頷いた。

 

「はい、成功よ。なんか、性能が良いだけじゃなく強化成功率も高いわね、この剣」

「偶然だろう」

「セドリックはゲーム運は良いですからね」

「まあ、それもあるな」

 

 シルビアの言葉に、俺は誇らしげに頷いた。ゲームの中によくある、強化成功率やアイテムドロップ率などの確率においては、俺はほどよく運が良い。

 いわゆる「ガチャ」に関しては埒外だが。

 

「どうやったらこれより良い剣を……やっぱり素材かしら……」

 

 リズベットは独り言のように呟きながら俺の剣を鞘に納め、返してくる。筋力値がギリギリなのか、その手はどことなく覚束無い。

 それを受け取ると、次は買い取りをお願いします、とシルビアがクエストやボスドロップで手に入れた武器を取り出し、カウンターに並べる。

 

「はいはいっと。いつもご贔屓にしていただきありがとうございまーす」

 

 俺は何かを売るだけなら、50層で禿頭の偉丈夫が座敷を広げている怪しげな店に売るのも良いと思うが、彼女は武器は武器屋に、とリズベットの店へ売りに来ている。

 実際、ドロップ品の武器はそれなりに質も良く、依頼品の製作途中に貸し出したり、インゴットに鋳溶かしたりと便利に使っているらしい。

 そうしていつものように武器を一つ一つ調べていくリズベットは、そういえば、と口を開く。

 

「売ってくれるのは本当にありがたいけど、自分で使ったりはしないの?」

「片手槍は一応保管してますよ」

「ああ、シルビアは槍も使えるんだったっけ?」

 

 シルビアは頷くと、1つ槍をストレージから取り出して見せる。

 銀の穂先に、赤い柄。手のなかでくるくると回すと、肩に担ぐ。

 

「まあそうですね、最近はそれなりに。剣ほどではありませんが、なかなか面白いですよ。間合いが長いのはやはり良いです」

「スキル上げとか大変でしょうに、よくやるわね……セドリックは?」

 

 使用武器のことだろうか、と俺は腕を組んだ。

 

「俺は剣だけだ。《片手直剣》と《両手剣》」

「《曲剣》や《カタナ》は?」

「脆いし、そして切れすぎる。刃というのは研ぎ澄ませておくべきだが、だからといって触れたものすべてを斬るなどナンセンスだ。いらんものまで斬ってしまうだろう」

 

 肩をすくめてシルビアが口を開く。

 

「諸刃使いがそれを言いますか?」

「両方に刃があった方が便利でな」

「まあ私も西洋剣使いですし、それはわかりますけど――おサムライさんの前で言わないようにしてくださいね」

クライン(あの男)はカタナの悪口をも言わなくても俺のことは嫌っているさ」

 

 そう言いながら剣を腰に吊るすと、シルビアは肩を竦めながら槍をストレージに戻した。

 

「そういえば気になってたんですけど、セドリックはドロップ品は売らないんですね」

「記念にとっておきたくてな。それに、武器がなくなったときの予備として役に立つ」

「剣以外もですか?」

 

 ああ、と頷いた。リズベットが肩をすくめるように疑問を口にする。

 

「でも、あんた剣以外はスキルあげてないんでしょ? 使えるの?」

「手に握って、振ればダメージは与えられるだろう。イレギュラー装備判定でソードスキルが使えないということに目をつむれば、いくらでも使い方はある」

「へー、なるほど……まあ確かに、ステータスが足りてるならそれで十分戦えるのか」

「そういうことだ。振り回せばどうにかなる――まあ、仕様上の話でしかないがな」

 

 実際にいろいろな武器を振り回すことなどないだろうし。人の武器を奪い取れるほど器用でもないし。

 そこで俺は腰のベルトを見て、

 

「……ああ、そうだ。聞きたいことがあったのを忘れていた」

 

 右腰からホルダーに納まっている投げナイフを取り出す。

 

「鍛冶屋は《投げナイフ》カテゴリのアイテムは製作できるのか?」  

「そりゃもちろん。金属と槌があれば、鍛冶に不可能はないわ。魔剣クラスの投げナイフだって作ってあげるわよ」

「なんてコスパの悪そうな……」

 

 リズベットの大口に、シルビアは苦笑いを浮かべた。

 

「《魔剣・投げナイフ》はともかく、形状もか?」

「もちろん、ゲームに実装されているならね」

「なるほど」

 

 ふむ、と頷きながら、投げナイフをベルトに納める。

 シルビアは俺の様子を見て首をかしげ、

 

「なにか投げたいものでもあるんですか?」

「ああ……そうだな、ヘイトを稼ぐのに効果的な投げナイフが欲しい」 

 

 ヘイトを稼ぐと言えば、やっぱりダメージが大事でしょうか、とシルビアは呟き、

 

「ダメージが一番大きいものってどんなものなんでしょう?」

「そりゃまあ、大きいやつでしょ」

「威力よりも手数が重要な場合もあるが、基本的にはそうだな」

「手数重視――あ、確かに三本まとめて投げたりもしてますね」

「だが、数が多くなればその分消耗も多い。もちろん得物がでかければそれはそれで値が高いが、多少はマシにはなるかもしれん」

 

 財産管理とは厄介なものだ、という俺の言葉に、ふむんとリズベットは腕を組んだ。

 

「チャクラムとかブーメランは? 何回でも使えるわよ?」

「騎士が使うには少々似合わん」

「あらら」

「セドリックはわりと見た目重視ですよね」

「せっかくのRPGだからな。俺は騎士だ。それ以外のものになるつもりはない」

 

 ふむむ、とさらにリズベットは腕を組み替え、作ったような笑みをうかべる。

 

「現実の騎士様って、あんまり剣と盾のセットは使ってなかったらしいって聞いたことあるけど」

「俺も聞いたことあるが、そこはゲームだからな」

 

 ひらひらと手を振った俺に、シルビアも然りと頷いた。

 まあ野暮な話だとわかってて言ったのだろう。リズベットもさらっと肩を竦めて流した。

 

「……っと、店先で長話をしてしまった。すまないな」

「気にしないでいいわよ。今日はお客も全然来ないし。もちろん忙しかったら叩き出しますけど」

「ははっ、そうだろうな。接客商売は大変なものだ」

 

 腰のメイスを揺らしながらの言葉に俺は笑った。

 

「まあ、投げナイフカテゴリのことについてはこっちも情報を集めておくわ。もしかしたらまだ作られたことのないものもあるかもだし」

「その時は試させてもらう。まあ、《投剣》スキルをMAXにでもすれば、便利なMODか何かがあるかもしれんし、要修行だな」

「いま熟練度はどれくらいなんです?」

「859だ」

「あれ、結構高いんですね」

「よく物を投げるんでな」

「勢い余って剣まで投げないでくださいよ?」

「もちろんだ。武器を使い捨てるゲームではないしな」

 

 俺の冗談めかした口調に笑い合う。

 

「さて、と。そろそろ戻りましょうか。買わないのに店の中にいるのも失礼な話ですし」

「そうだな」

 

 「また頼む」と俺はリズベットに向けて頭を下げた。

 

「はいはーい。またのご来店お待ちしております」

 

 営業スマイルとお決まりの文句を言ったリズベットにシルビアが手を振り、店を出る。

 俺が手を離した扉をシルビアが静かに閉めたのを確認し、すっかり夕暮れに染まった町に目を移す。

 

「だいぶ時間が経ってしまったみたいですね」

「そうだな」

 

 真上は次の階層の底が覆い尽くしているが、その外側にはしっかりと赤に染まった太陽と、明るく照らされた雲がアインクラッド周辺を漂っている。

 綺麗なものだ。少なくとも、現実ではどの方向を見ても雲、などという風景は見れまい。

 

「すごいな、これは。壮観だ」

「ですね」

 

 にこりとシルビアは頷いてくれるが、

 

「でも私、あんまり夕暮れってあんまり好きではないんですよね」

「そうなのか?」

「はい」

 

 何故だ、と問い掛ける。綺麗だと思うが、と。

 

「だって、終わっちゃうじゃないですか。一日が」

「終わる?」

「はい。陽が暮れて、学校が終わって、帰る時間になって。友人とも別れて、一人で帰ってるときの寂しさが、私はちょっと苦手なんです」

「なるほど……」

 

 そう言われてみれば、覚えはある。三人で公園や町に繰り出して、木の枝を振り回しながら遊んで。幼い頃は、毎日そんな大冒険が繰り広げられていて、ずっと遊んでいたいと思っていた。だから、夕暮れになり、家に帰るのが嫌だった。

 そういうことなのだろう。確かに、そう考えれば、夕暮れとは――

 

()()()()()()()()()()()()()()、なんですよね」

 

 シルビアは、とても寂しそうな声で呟いた。

 悲しみの滲む表情をしたシルビアをなんとか慰めようと、俺は口を開いた。

 

「だが、陽が暮れて、家に帰れば家族が迎えてくれるだろう」

「そうなんですよね。でも子供の頃は友達の方が大事でした」

 

 くすくすとシルビアは笑い、でも、と続けて空を仰ぐ。

 

「夕焼けが綺麗なのはよくわかりますし、眺めるのは好きです」

「なら、存分に眺めるとしようか」

 

 二人で外周部まで足を運び、視界いっぱいに広がる黄昏の空を眺めた。

 雲と同じ高さに漂う城。そのファンタジーな世界を生きており、俺はその世界の美しさをこうして味わうことができている。

 

「変われた、と思う」

「はい?」

 

 唐突な俺の呟きに、シルビアは首をかしげた。

 

「俺はずっと、余裕がなかった。もうとっくにお前はわかっているだろうが、前までの俺はひどいものだった」

 

 シルビアは少しだけ口元を歪めた。笑い飛ばすべきなのか、悲しむべきなのか考えているのだろうか。

 だからこそ、俺は笑った。気にするなという意味を籠めて。むしろ、笑ってくれと言外に伝えて。

 

「お前のおかげだ。あの時も同じことを言ったが、何度だって伝えたい。俺は、お前に会えて良かったし、お前のおかげで――()()()()

 

 その言葉を聞いて、シルビアが顔を伏せた。ああ、我ながら臭いことを言っている。だが、そうしたって構わないくらい、彼女には感謝しているのだ。

 

「だから、こうして色々な物を見たり、楽しんだりできている。ああ――なんて言うのか」

 

 俺は照れ隠しに頭をかきながら、

 

「悪くないもんだな。こういうのも」

 

 そう言って笑った。

 シルビアはそんな俺を見て優しげに微笑むと、 

 

「ええ、悪くないでしょう? こういうのも」

 

 そう、誇らしげに胸を張った。

 俺は頷きながら、笑みを浮かべるシルビアを見つめた。

 ああ、最高のパートナーだ、彼女は。

 依存だとしても、虜だとしても。俺は確かに彼女を支えにし、立ち直ることができた。

 本当に、幸せだった。俺は彼女を愛していた。はじめから好みであったが、こんな俺を支えてくれた彼女に、俺は心酔していた。

 それが耳を塞いでいただけだとしても。

 それがただの現実逃避だったとしても。

 俺は確かに救われていた。

 人に頼ったものである以上、脆いものだとわかってもいた。

 

「ん?」

「どうしました?」

 

 だけど。

 

「ああいや、メッセージが来てな。見てもいいか?」

「もちろん」

 

 こんなにも早く崩れるなんて、思わなかったんだ。

 

「サーシャから……?」

 

 一通のメッセージが、届いていた。

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